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武士の子孫、異世界を制す  作者: ふみぃ


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次なる地へ

 


 宿屋を出て再び騎士団詰所に戻り、一室の扉を開くと紅茶を嗜んでいたカルミナが此方を見て微笑んだ。


「お戻りになられましたのですね」


 彼女には聞きたいことがあった、それが答えられるかは分からないが、意見の一つとして参考にはなるだろう。


「ああ、無事に送り届けた」


「良かったです、これで安全に暮らせると良いのですが」


 時間は十分に稼げる筈だ、後はどれだけの地盤を固められるかだが。


「当分の間は大丈夫だろう、カルミナはどこに泊まるんだ?」


「騎士団にある女性用隊舎の一室を貸して下さるそうなので、そちらに泊まらせて頂こうかと」


「ふむ、そこならば安全か」


 泊まるところが無ければ一室を用意するつもりだったが、同性の騎士が集まる所であればより安心できるだろう。


「ふふっ」


 カルミナが不意に微笑む、何か喜ばしい事でもあったのか。


「どうした」


「いえ、気遣って下さることが嬉しくて」


「人を気遣うのは当然の事だろう?」


「ええ、そうですわね」


 その微笑みには何か含みが有るように見えるが、敢えて濁すのなら触れない方がいいのだろうか。


「……聞きたいことがある、構わないか?」


「はい、私にお話出来る事でしたら」


「私が貴族になるにはどうしたら良いだろうか」


「貴族になる、ですか……?」


 カルミナは予想もしていなかったというような、困惑の表情を見せる。


「ああ」


「……それはセレナさんの為にでしょうか」


 カルミナは私の真意を見極めようとしている、それは間違いなく自らの立場を自覚している者の目だ。


「それも理由の一つだが、それだけでは無い」


 私もいずれは初代当主のように、誰かに仕えるのだと考えていた。


 たが故郷を出て外の世界を知った今、その考えは消え去った。


「魔物が暴れだし盗賊が蔓延り、民を護る貴族が人を買う」


 だと言うのに人手不足故にそれらの対応に遅れ、今も尚苦しむ人々は増え続けている。


 さらには外の世界から鬼も入り込んでいる、恐らくこの世界に来ているのがそれだけでは無いだろう。


「この国は歪みの時を迎えている」


「歪み……」


「その歪みを正さなければこの国は危機を迎える、他の国にも影響を与える可能性もあるだろう」


 様々な事象によってこの国は弱っている、それに目を付け攻め込んでくる国が現れるかも知れない。


「貴方様の真意は分かりました……、ですがこの国は広大です、例えアルマ様が強くその力を振るおうとも、決して届かない地もありますわ」


 無論私だけでは難しいだろう、戦いに自信はあるが口はそれ程達者な方ではない、戦や内政そして外交に明るい人材を集める必要がある。


「他の貴族と繋がる事で力が及ぶ範囲を広げていく、まずはこの道を進めるべきだろう」


 貴族は繋がる事で地盤を強化するのだとカルミナは言っていた、だからこそ社交界へと赴くのだと。


「とはいえ、まだ絵空事の段階だ、時間は掛かるだろう」


 だが必ず達成させるべき事だ、こうしている間にも弱き者達が理不尽な目にあっているのだから。


「それほどまでに強い思いをお持ちなのですね……、私に出来る事は数少ないですが是非協力させて下さい」


「ありがたい、理解者が増えるのはこれ以上の無い喜びだ」


「いえ、そんな……」


 貴族の協力者が居る場合と居ない場合では、出来る事や得られる知恵の天地ほどの差がある。


「……コホン、では貴族になる方法についてですが」


「ああ」


「まず一つは、金銭を集め貴族から爵位を買い受ける事」


 爵位が買えるというのは驚きだ、金の無い私には無縁な話だろうが。


「最も早く手に入れる事が出来る手段ですが、相手方によって手に入る土地に少々の差ががありますわね」


「ふむ、早さを求めるならばそれが良いだろうが、私が求めている物には遠いな」


 例え金銭が奇跡的に集まろうとも、切り取られた僅かな土地を貰えるだけでは現状と対して変わらない。


「二つ目は国に対して貢献し、王家の関係者もしくは領主に爵位を授けて頂くこと」


 魔物や賊の討伐は貢献と呼ぶには少し弱いだろうか、騎士を率いて貴族を捕らえたがそれでも爵位を得るには物足りない程度か。


「現在の貴族の半分以上の方々は先の大戦にて戦果を上げ、その報酬として土地と爵位を頂いています」


 爵位を手に入れる為に戦を願うのは私の本意では無い、平穏が最も大切な事なのだから。


「戦で活躍する以外にも生活の基準を引き上げた方や、食糧難を解決された方にも配られていますわ」


 力を示す以外で私に何が出来るかは分からないが、積極的物事へ関わっていった方が良さそうだ。


「最後の一つは、貴族の身内となり爵位を受け継ぐこと」


「身内、つまりは養子となると言うことか」


「……婿に入るといった選択肢もありますわ」


 貴族の社会について詳しくはないが、どこの誰とも知らぬ相手に娘と婚約などさせるのだろうか。


「私のような者を計画含め受け入れてくれる者がいるのならば、その手もありかもしれないな」


「案外争奪になるかもしれませんわね」


「私がか?ありえないな」


 計略(けいりゃく)一環(いっかん)として人と結ばれるのはあまり好ましく無いが、そのような甘さもいずれ捨てなければならないか。


「いずれの選択肢を取るにせよ、信頼と名声を築く必要があるだろう」


「そうですわね」


 戦いに関しては自信がある、だがそれを知られて無ければ意味がない。


 連盟の依頼を積極的に受けていけば金は集まるだろうが、それで貴族達に名を売れるかは分からない。

 

 たが国に直接の依頼をされている以上、完全に貴族との繋がりが無いというわけではないはずだ。


「社交界はどれだけの頻度で開かれているか分かるか?」


「以前は二つ星が並んだ時に開かれていたのですが、近頃は情勢の悪化によってその機会も減っていますわね」


「そうか……」


 完全に機会が無くなったというわけでは無いようだが、これでは護衛として中に入るにも時期を合わせる事が難しい。


「また社交界が開かれると思うか?」


「今回の事もありますから、暫くは様子を見るのではないかと」


「ふむ」


 焦るべきでは無い。


 私にはやるべき事があるのだ。


「今は蓄えの時期と見て、地盤を固めていくべきか……」


 己をさらに鍛え、積極的に人を助けて名を知らしめる。


 これを聖国へ辿り着いた後も継続的に行っていく、そうすれば道は開かれるはずだ。


「ありがとう、参考になった」


「いいえ、お役に立てて頂けたら幸いですわ」


 ふと人の気配を感じ部屋の外へ意識を向けると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。


 その足音が部屋の前で止むと、扉が三回叩かれる。


「入ってくれ」


 一応はとカルミナと扉の間に立ち、入室者を受け入れる心構えをしておく。


「失礼致します」


 扉が開かれると数人の女性騎士が入室し、胸にの位置に手を当てながら一礼をした。


「ストロメリア様、お部屋のご用意が出来ました」


 カルミナの家名はストロメリアか、彼女に合う美しい名だ。


「分かりました直ぐに向かいます、ではアルマ様、また……」


「ああ、また会おう」


 カルミナが優雅な一礼をすると騎士達もそれに続く、そして彼女を挟むように立ち部屋の外へと歩いていった。


「私も旅に備えねばな」


 騎士団詰所を後にして水や食料、注文していた矢などの消耗品、寝袋や雨避け風除けを買い込んでいく。


 旅に必要な物を買い込んでいく度に手荷物が増え、動きが制限されていく現状を考えれば、やはり馬車の様な荷物を運べる何かが欲しくなる。


 だが魔物を引き寄せる状態である今の私の傍に、ウマなどを置くのは忍びない。


 一度に物が多く運べて、かつ危険の及ばない方法があれば良いのだが。


「……あれは」


 目に入ったのは運ぶ者が居ない荷馬車の群れだった。


 二輪や四輪、屋根が無いものや、荷車が幾つも繋がれているものまで様々な種類がある。


 どうやらここは荷馬車等を専門に取り扱う店のようだ、敷地はかなりの広さを誇っている。


「ならばいっそか私が……」


 丁度いい大きさの物を探しながら敷地内を歩いていると、丸いが筋肉質な男が建物内からこちらに歩いて来た。


「何かお探しでしょうか?」


「小型の荷馬車を買いたい」


「小型ですか……、他に要望ありますか?」


「衝撃に耐えられる強度は欲しい、山や悪路を走るだろうからな」


 詰める量に関しては現状の手荷物が載ればそれで問題はない、人が一人横になれるだけの空間があれば尚いいが、多くを望みはしない。


「ふむ、ではこういったのはどうでしょうか」


 案内された場所にあったのは、小型だがやや縦に長い四輪の荷馬車だった。


「車体は西から取り寄せた湿気に強く腐りにくい木材使いました、さらに車輪の軸に施した仕掛けが、衝撃を吸収し積載物を守りますよ」


「ふむ、乗ってみても?」


「どうぞ」


 荷馬車に乗り横になると、頭一つ分の余裕がある事が分かる。


「積載量についてですが、中型の水樽が八つは載りますので、小型馬車の中ではかなりの物が積めるかと思います」


 車体を観察してみると何かの魔術陣が幾つか焼き付けられている、魔術にはあまり詳しく無いがどのような効果があるのだろうか。


「この魔術陣にはどのような意味が?」


「そちらですね、防火防水防刃防腐防臭、さらに木材の強度を高める魔術が施されていますよ」


 馬車に求められる要素の大半をこれだけで補えてしまうとは、魔術と言うものはつくづく有用だと実感させられる。


 しかしこれだけの機能があるとなれば、それなりに値が張りそうだが。


「この荷馬車の値段は」


「型は一つ前の世代ですが、性能は今でも優れた部類です……、五万ルードは頂きたいですね」


 馬車と言うものは高価なだと考えていたが、五万程度で買えてしまう物なのか。


「よし、これを貰おう」


「ありがとうございます、それと追加費用は掛かりますが雨天時用の簡易屋根はいかがでしょう」


 雨の際に荷物が濡れる事を防げるのは願ってもない話だ、夜間に身を隠す場所が無い場合の避難場所としても使えるか。


「頼む」


「かしこまりました、では調整しますので馬車を引く魔獣の種と大きさを教えて頂けますか」


「最初に伝えるべきだったな、これを引くのは私だ」


「……は?」


 意味が分からないといった様な表情をする店主。


 様々な客を相手にして来たであろう店主も、私の様な客は初めてだったのだろうか。


「あの、いくら小型の馬車とはいえ人の力で引くのはは、魔術を用いても長時間の移動には無理があるかと……」


「力と体力には自信がある方だ、問題は無い」


「そうですか……、でしたらこちらからは何も言いません」


「それと、押して引けるようウマの位置に一本持ち手を通してくれ」


「はい、では受け渡しは何時にしましょう」


「明日の早朝、それまでに調整を頼む」


「かしこました、また明日お待ちおります」


 その後は、連盟の掲示板に張り残されていた討伐依頼を全て引き受け、受付嬢に恐怖されながらも資金を稼いでから宿で眠りに着いた。


 ――――


 翌朝、出立前の挨拶をする為に連盟の宿屋へとやって来ていた。


「いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?」


 まだ入って一日、まだ従業員として働いてる訳ではないか。


「いいや、人に会いに来たんだが……」


 階段の方から人が降りてくる音が聞こえ目線をやると、受付と同じ装いをした使用人の三人と視線がぶつかった。


「アルマ様……!」


 昨日の件があったからか、ばつが悪そうな表情をしている。


「セレナとアーティアはまだ眠っているか」


 話をする為に近づくと身体の動きが固まったのを見て、足を動かすのをやめる。


「は、はい、まだ疲れが残っているようです」


「そうか、休めているならばいい」


 慣れない場所だ、疲れやすくもあるはずだ。


 だがしっかりと眠れているならば、何も心配する事は無いだろう。


「ならば伝言を頼めるか」


「はい……」


 三人の元へ歩を進める、近づく程に身体が硬直し表情が固まるがそれを気にしていては話が進まない。


「また会おう、それと、必ず普通に暮らせるようにすると伝えてくれ」


「……分かりました」


 三人の目をゆっくりと見る。


「無論、お前達の事もな」


「……!」


「では頼んだぞ」


 宿屋を後にして駐屯所への道を歩く。


「やはり傷は深いか……、仕方のない事だが」


 私がどれだけ彼女達と言葉を交わそうと意味はない、こればかりは時間に任せるしか無いだろう。


 ————


 騎士団駐屯地の前へやってくると複数の豪華な馬車が止められていた、その周りには周囲を警戒する様子のここに居る者とは違う鎧を着た騎士が何人も立っている。


 銀に輝く全身鎧には赤い十字線が兜と胴に走り、右手には槍を持ち腰には鞘の赤い剣が差されている。


 正門を通り抜け建物内へ入ると客人用に用意されたであろう椅子に座るカルミナと、それを護るように傍に立つ表に居る者達と同じ鎧を身に纏った騎士達を見つけた。


 カルミナはどこか淋しげな表情で周りを見回しては、俯き溜め息を吐いている。


 声を掛けよう近づくと、カルミナの周囲にいた騎士が腰の剣に手を掛け立ち塞がる。


「貴様、何者だ」


「お嬢様になにか用でもあるのか」


 彼女だけを護ろうとする様子から察するに、ストロメリア家の騎士と考えて間違いない。


「下がりなさい、そのお方は私の恩人です」


「っ!ではこの方が……!」


 騎士達は後ろに下がり道を開けると、失礼だと感じたのか一斉に兜を外し始める。


 見えるようになった騎士達はよほど疲れているのか顔色が悪く、目の下には濃い隈が浮かび上がっている。


 悟らせない為か割に僅かに体重を槍に預け、座り込まないようにしている者も見受けられる。


 その間をカルミナが通り目の前にやってきた。


 表情は先程までの暗いそれとは違い、どこか楽しそうに見える。


「出発をする前にアルマ様とお会いできてとても嬉しいですわ、この街から離れたら暫くはお会いできませんから……」


「奇遇だな、私もこの後すぐ街を出発する予定だ」


「あら、アルマ様もですか?ふふっ……、こういう偶然もあるのですね」


「そうだな」


 カルミナは実家がこの街からかなり離れた地にあると言っていた、このまま彼等に任せて帰らせるのは危険だろう。


「カルミナ、出発を一日遅らせた方がいい」


「?、それは一体どういう……」


 カルミナの話を遮るように他の者より歳を重ねた男が一歩前に出る、纏う雰囲気や装備を見るに騎士達を指揮している者と見て間違いない。


「アルマ殿、幾ら恩人と言えど口出しをするのは控えて頂きたい」


「敢えて言わせてもらう、その状態ではただ彼女の事を死なせるだけだ」 


「アルマ様?」


「貴様っ……!」


「何日も寝ていないのだろう、その状態で誰を護れる」


 その焦りはカルミナや、その家族を想って故の事だということは理解できる。


「……っ!」


「護るべき相手を想えばこそ、一度身体を休め万全の状態で事に当たるべきだ」


 カルミナは騎士達の表情を見て理解したのか、目を僅かに見開き口元に手を当てていた。


「カルミナ」


「……!、出発は明日、では無く全員の疲れが取れた頃にします」


「お嬢様!宜しいのですか!?」


「構いません」


「……承知いたしました」


 気持ちだけで保っていた者も居たのだろう、控えた騎士達も安堵したような表情を浮かべている。


 この様子であれば、これ以上の無茶をする事は無いだろう。


「カルミナ、あまり気に病むな」


「アルマ様……、はい、ありがとうございます……」


 どこか思い詰めた様子のカルミナに声を掛けると、力なく微笑んだ。


 貴族の誇りを大事にしているが故に、己の感情を恥じているのだろう。


 確かに彼女は騎士を従える立場にある貴族だ、だが人を使う将では無い。


 それに彼等は全身鎧でその表情を隠し、状態が分からないようにしていた。


 達人でも無ければ、肉体の疲労を見抜くことなど出来ないだろう。


「自らが足りぬと思うのならば、誇りに思えるよう自らを磨く事だ」


「自らを、磨く……」


「心技体のどれでもいい、その強さは己の支柱になるだろう」


「はい……!」


「では、私は行く」


「アルマ様、どうかお気をつけて」


「ああ、また会おう」


 これならば大丈夫だろう。


 優雅に礼をするカルミナと、胸に手を当て敬礼をする騎士達に見送られ騎士団詰所を後にした。


 ————


 昨日の店に向かうと注文していた馬車が置かれているのが見えた、既に私用の調整は終えているようだ。


「お待ちしておりました、すべての準備は完了しております」


「仕事が速いな、ありがたい」


「いえいえ、では料金のお支払いをお願いします」


「ああ」


「では、確認いたします」


 必要分だけを詰めた袋を手渡すと、店主は中を確認すると満足そうに頷いた。


「ありがとうございます、こちら馬車の権利書でございます」


 紙を受け取り懐にしまう。


「数えたりはしないのだな」


「私も長年この職業をやってますから、重量だけで幾らあるかは分かります」


 これもまた一つの道を極めし者の技なのだろうか。


 轅の下を潜り持ち手を掴めば太さも丁度良く作られていることが分かる、急な注文をだというのに素晴らしい出来だ。


「いい仕事をしているな」


「有難うございます、職人も新鮮な仕事をしたと楽しんでいました」


「フッ、そうか」


 幾らその道を選んだ職人と言えど変化のない日々には飽きてしまうのか、だからといって手を抜くことも無いだろうが。


 荷物袋と弓、矢筒を外し荷台に置く。


「では、これは貰っていく」


「はい、また宜しくお願いします」


「ああ」


 持ち手を握りやすい押し出せば、馬車は少しの抵抗も無く前へと進みだした。


 これならばある程度荷物を置こうとも何の支障もなく移動が出来そうだ。


「……なんて力だ」


 馬車を押して市場の立ち並ぶ場所へ向かう。


 通常、馬車はこの市場を通る事は出来ないらしいが、私の場合は人力で押していて暴走する危険性が無いからと、例外で中を通る事が許された。


「おいおい、まじかよ……」


「馬車を人間が押してるぞ、可哀想に……」


 何やら身に覚えの無い憐れみの視線を送られているが、誰かにやらされているとでも勘違いされているのだろうか。


「水樽を三つ貰いたい」


「へ、へい、どうぞ……」


 立札に書かれている通りの金を払い、水が入った樽を荷台に乗せる。


「水樽を片手に一つづつ持ってんぞ、お前出来るか…?」


「いや、魔術で強化すりゃいけるだろ」


「まあ、それもそうか……」


 再び馬車を押して、保存食が数多く並べられた店頭の前で止まる。


 次の街までどれだけ掛かるかは分からないが、多く見積もって五日分はあれば十分だろう。


「そこにある分を貰おう」


「まいどあり」


 袋詰めされた様々な保存食を荷台に乗せ、代金を手渡す。

 再び馬車を押して進みながら、必要な物があるかを考える。

 いくら持てる運べる量が増えたとしても、あまりに増やしすぎては結局動き辛くなってしまうだろう。


 そう考えながら進んでいると、武具を取り扱っている店を見つけた。


「そこの矢を貰いたい」


「まいど、幾ついりますか?」


「そうだな、あるだけ貰おうか」


「戦争にでも行くんですかい……?」


「消耗品だ、幾らあっても困ることはない」


 矢の束を掴んでは荷台にある長めの木箱の中に転がしていく、これだけあれば絶えず魔物に襲われようとも戦い抜けるだろう。


「こんなところか」


 市場を抜け魔術学園方面の門を目指し進むほどに、馬車の数が増えていく。


「目立つのも当然か」


 やはりどれだけ探そうとも、馬車を人間が引いている姿は確認できなかった。


「そこの人力馬車、こっちに来なさい」


 城門を通り抜けようとすると、門を見張る騎士に声を掛けられた。


「君、まさかそれを引いて外に出るつもりか」


「なにか問題があるのか」


「いいや問題……というか、引く馬はいないのか」


 どうやら心配をしてくれているようだ。


「目的地は何処だ、近隣の村か?」


「魔導学術園に向かう」


 道中で村に立ち寄る可能性もあるが、それは何かがあった時ぐらいだろう。


「魔導学術園だと……?無茶だ、そこは馬車で五日は掛かる場所だぞ!」


 商人が扱うような馬車を引いている魔獣で五日ならば、私が絶えず全力で走り続けて二日といった所だろうか。


「そうか、話がこれで終わりなら私は行かせてもらう」


「あ、待ちなさい!」


 騎士の言葉を無視し、門を潜り街の外へ出る。


 あの者は私の事を心配してくれていた様だが、不要な気遣いだ。


「街の外には結界が無い、魔物が寄ってくる前に離れた方が良さそうだ」


 とはいえまだ周りには他の商人の馬車や徒歩で移動をする者達がいる、このまま全力で走っては巻き込んでしまう可能性があるだろう。


 走る速度をゆっくりと上げていき他の馬車達から距離を離していく。


「ここまでくれば大丈夫だろうか、後は馬車が耐えてくれることを祈るだけだ」


 周囲に誰も居ないことを確認し、速度を一気に上げていく。


 馬車が軋む様子も無い、これならばさらに上げても大丈夫そうだ。


「フンッ!」


 思い切り足を踏み込んで、最高速へと上げていった。


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