思惑
「戻ったね、アルマ」
なにやら書類の作業をしていたらしい、眼鏡を掛けたリアメインに出迎えられた。
「仕事の依頼をしてすぐに騎士団に連れて行かれたと聞いたけど、無事に戻ってくれて安心したよ」
「ああ」
「小耳に挟んだけど、貴族様に喧嘩を売ったんだって……?」
あれだけの規模の騎士を動かせば、連盟の長には知られるか。
彼女が気に掛けていることは報復だろう、貴族が兵を動かせばいくら連盟であろうと一溜まりもないと。
「事は既に果たした、何も心配することはない」
「なら良いけどね……、それで荷物を受け取りに来たのかい?」
「ああ、だがその前に頼みがある」
「頼み……?」
頼みをされる事を予想していなかったのか、書類を見つめていたリアメインの視線がこちらに向く。
「貴族の娘とその使用人を保護している、その者達の……」
「待ちな、なんだって?貴族の娘を保護だって?」
リアメインの表情が困惑した物に変わる。
連盟長である彼女であってもこの反応をするというのなら、保護の依頼をするのは少し難しいかもしれない。
「その娘は今どこにいるんだい……?」
「今は騎士団の詰所に預けているが、そのまま置き続けるわけにはいかないだろう」
一時の間はあの場所に置いておくことは安全だろうが、カルミナが言っていた通りに考えるならば領主もずっと住まわせるわけにもいかないと考えるだろう。
「まさかその娘を私ら連盟で預かって欲しいなんて言わないだろうね……」
「そのつもりであったが、やはり難しいか」
「いくらここが連盟と言ってもね、貴族様直々に仕事を任されることも有るんだ、そこ迄は背負えないよ」
この回答は想定していた。
国に依頼をされる程には重要な立場だ、貴族が頼りにする事も有るのだろう。
「では人が隠れ住むに適した場所の情報は無いか?」
「……」
リアメインは目を閉じて何かを思案するように口に手を当て、暫く静止した後にゆっくりと目を開く。
「連盟で経営している宿屋がある、そこの一室なら貸してやらんこともない」
「本当か」
「ただし、部屋代は頂くし使用人にも従業員として働いてもらう、それでも構わないね?」
セレナの性格を考えれば、対価も無く護られたままで居るのは居心地が悪いはずだ。
雇い主として労働力を差し出すことで住む場所が出来ると考えれば、あまり引け目を感じずに済む事だろう。
「その条件で構わない、宿代に関してはここで先払いをさせて貰う」
騎士団で受け取ったままの金が入った袋を、そのままリアメインの机に置く。
「……随分な世話の焼き用だね、恩人て訳でも無いだろうに」
恩人と呼ばれるのは寧ろ私の方だろう。
「これだけの金を用意するなんて、その娘に一目惚れでもしたのかい?」
揶揄う様に目を細めて笑うリアメイン。
「救う者には救われた者へ対する責任が生じる、救っておきながら捨て置くなど私はしない」
その人物に惚れていようがそうではなかろうが、その者が悪人でないのならば手を貸す。
自身の要件を投げ捨ててまで助けようとは思ってはいない、他者を気遣える余裕がある今だからこそ助けた。
それだけの話だ。
「眉の一つすら動かないとはね……」
溜め息を吐くと収納の中から地図を取り出し広げ、その中の一部分に指をさす。
「宿屋はここにある、話は通しておくから連れて行ってやると良い」
宿の場所はここからさほど離れてはいない、いざという時に逃げ込める場所が近いというのは役に立つだろう。
「感謝する」
リアメインは一つ頷くと、棚から依頼の箱を持ってくる。
「後は、これもしっかり頼んだよ」
箱をうけとり腰の布袋に閉まっておく。
「確実に届けて見せよう」
セレナを事実上匿ってもらう以上、この依頼も確実に達成させなければならない。
元より失敗するつもりは無いが、さらに気合を入れて挑ませてもらうとしよう。
――――
「連盟が経営をする宿屋ですか?」
「ああ、そこならば知られることもなく、暫くは過ごせるだろう」
連盟から騎士団詰所に戻り、セレナ達に宿屋の事を説明するも反応はあまり良くない。
「あの……、私達は今お金が無い状況で、それで一室を占拠してしまうのは気が引けてしまいます……」
「宿泊費は私が既に払っている、だから気にするな」
「……へぁ?」
「さらに条件として使用人である三人には、宿屋で従業員として働いてもらうことになった」
「……」
彼女達の表情は正に絶句と言った所だろう。
自分達の知らない所でここまで話が進んでいるのだ、事に驚くのも当然か。
「悪いが断らないでくれ」
困惑した四人とアーティアを連れ教えられた場所に向かうと、しっかりとした作りの大型の宿屋に辿り着いた。
「見事な作りだ」
三階建ての建物を高い塀が囲い、その上には鋭い鉄柵が設置されている。
扉の前には連盟員だろうか、武装した人物が挟むように二人置かれている。
扉を開き受付へ向かうと、女性の従業員に笑顔で迎えられた。
「いらっしゃいませ!宿泊ですか?」
「アルマ=リュウガンジだ、リアメインの紹介でここへ来た」
「!、かしこまりました、ではこちらへどうぞ」
従業員に続き階段を登り、廊下を奥へと進む。
「此方がお貸しする部屋です、どうぞ中へ」
先に部屋へ入らせてもらい、中を確認し窓の外を見る。
「此方が鍵です」
「ああ、だが一つは不要だ」
従業員が取り出したのは六つの鍵の中から、五つだけ受け取る。
「……かしこまりました」
あくまで五人が生活をする為に借りた部屋であり、私がここで寝泊まりすることは無い。
「すごーい!広いねお姉様!」
「そうね……、でもあんまり走り回っちゃダメよ」
「はーい」
アーティアが走り回れるくらいの広さはある一室だ、これならば五人居ようとも問題なく生活できるだろう。
ここは連盟員専用の宿屋であり、さらに宿泊費も高めに設定されている為、客層に付いては安心できるだろう。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、とっても素敵です……!」
費用が高いだけあって置かれている物の質がどれも高く、部屋には埃の一つも見当たらない。
恐らく日頃から徹底した清掃を行っているのだろう。
「従業員として働くのはこの三人だ、明日から働けるように作業内容に付いて教えてやって欲しい」
「成る程彼女達が……、分かりました」
無理矢理自身を納得させたような表情をした三人を連れ、従業員は部屋の外へ出て行った。
「後で使用人達に渡してやると良い」
セレナに鍵の束を纏めて手渡すと、申し訳なさそうに両手で受け取り胸に抱えた。
「ありがとうございます……」
これで一先ずの目的は果たした、解決に至ったわけでは無いが暫くの時間は稼げるだろう。
「あの、私達はいつまでここに居ることが出来るのでしょうか……」
「全てが解決する迄だ」
リアメインが言うには、あの袋一杯に入っていた金を使えば、この街の一等地を買い取ることだって出来たそうだが。
見知らぬ土地に見知らぬ人間を用心棒を立て、そこに力の無い者達を住まわせるなど論外だ。
であれば連盟が経営しているこの宿屋に住まわせた方がよっぽど安全だろう。
「慣れない地で不安はあるだろうが、今は辛抱してくれ、必ず平穏に暮らせるようにする」
「……っ!、うぅっ……!」
突如、セレナが床に膝を付くと、涙を零し始めてしまった。
「大丈夫か」
セレナの隣に片膝を付き、彼女の背中に手を置きゆっくりと叩く
「ううぅ……!ご、めんなさい……!」
「おねえさま……?どこかいたいの……?」
アーティアは困惑しながらも、慰めるかのようにセレナの頭を撫でる。
――――
漸く落ち着きを取り戻したセレナが、目元に布を当てながら口を開いた。
「アルマ様は、どうしてそんなに、お優しいのですか?」
泣いていた影響か、その声は微かにざら付きを帯びている。
「私は、優しいか?」
「はい」
「アルマ様はとっても優しいよ!皆のこと助けてくれたんだもん!」
アーティアが私の背中に伸し掛かりながら、誉めの言葉を掛けてくる。
「優しい理由か……」
初代当主、父上、アニスやアルス達使用人、親しい友人達。
影響は色々と思い浮かぶが、私の中で最も占めている要因、それは。
「一つ上げるとすれば、『力』だ」
「力ですか?」
セレナは予想外といったような、やや困惑した表情を見せる
「ああ」
人の域を超えた怪力、身体の頑丈さ。
「私には生まれた時から魔力が無いんだ」
「!、あ、あの……、ごめんなさい……」
「気にすることは無い、……私は魔術も魔道具も使えないが、その代わりに人よりもずっと力が強かった」
それがあったからこそ腐らず前に進み続け、人に優しいとまで言われるようになったのだろう。
「だからこそ、人にも優しく出来ているのかもしれないな」
人前で自分の事を分析するのは少し気恥ずかしくもあるが、見つめ直すのに良い機会になった。
アーティアを背中から降ろして立ち上がり、服を直して弓を背負い直す。
「私は行く、何かあった時は連盟を通して知らせてくれ」
「あ……」
セレナは何かを言おうとして口を閉じる、その表情は心細さを必死に抑え込もうとしているように見える。
「心は鍛えし鋼が如く、決して折れる事なかれ」
「アルマ様……」
「私の家に古くから伝わる言葉だ」
セレナの手を引いて立たせ、肩に手を置く。
「!」
「どんな苦境に立たされようとも、心は強く保ち続けるんだ」
「はい……!」
セレナの表情から陰りが消え、目に強い光が宿った。
「アーティア、セレナの事を支え護ってやるんだぞ」
「うん!」
「良い返事だ」
アーティアの頭に手を乗せて髪を撫でてやると、擽ったそうに笑顔を見せた。
「ではな」
「はい!ありがとうございました……!」
「またね!」
深く頭を下げるセレナ、大きく手を振るアーティアに片手を上げて返し部屋を後にした。
「後は、貴族達がどう動くか……」
彼女達の父親、そして婚約者となっていた相手の貴族。
そのもの達の事がどう動いているかは分からない、だが今も捜索を続けていることだろう。
そして遅かれ早かれ彼女達の事は気付かれる、それは何をしようが避けられはしない。
ならばどうするか。
「早急に、さらなる力を手に入れねばな……」
尤も、今の旅の中では歩みが遅くなってしまうだろうが。
「……」
ふと三人分の足音が階段を上がってくる音が聞こえ、視線をそちらに向けると使用人達の姿があった。
「丁度終えたか」
三人は驚いたように一斉に此方を見あげた後、ふと何かを確かめる様に頷き合う。
「アルマさん、少しお話良いですか?」
「構わない」
何か決意を固めたような、意志の強い表情をしている。
「ありがとうございます、では付いてきてください」
使用人達に付いていくと、暗い一室に通された。
中は先程の部屋より狭く、少人数用の一室だということが分かる。
明かりが着けられると共に、扉が施錠される音が聞こえ振り返ると使用人達が横一列に並んでいた。
「まず、貴方に感謝をさせて下さい、私達を救って頂き有難うございます」
一人が深々と頭を下げると残りの二人もそれに続く。
「さらにはこのような生活の出来る場所まで提供して頂き、大変感謝しております」
「ああ」
態々感謝を告げる為にここまで連れてきたわけでは無い筈だ、何か周囲に知られてはならない様な目的があるのだろうか。
「貴方には最大限の礼を持ってお返ししたく、この部屋へ来て頂きました」
やや緊張感を帯びたその表情と雰囲気からは、何かを覚悟しているのだと伝わってくる。
「礼など気にするな、勝手にやった事だ」
家を失い捕らわれていた様な者達に、礼を求める鬼畜外道になるつもりは無い。
「そんな訳には参りません……!、貴方は私達にとっての恩人なのですから……」
「だが返せる物など無いだろう?」
「……はい、ですから」
一つ深呼吸をした後、長髪の使用人は衣服に手を掛け留め具を外し始める。
「待て、何をしようとしている」
「私達の身体を持って、精一杯のお返しをさせて下さい……」
さらに脱ぎ進めようとした彼女の手を掴み、行動を辞めさせる。
「よせ」
その手は震えていた。
「既に穢れた身ですが、喜んで頂ける様に努力します……!」
「貴方様が望むならどんな事だってしてみせますから……!」
残りの二人が抱き着いてくると、僅かに震わせた手を身体に這わせてくる。
引き剥がそうにも両手は長髪の使用人を抑える事で塞がり、怪我をさせる恐れがあって力尽くで引き剥がすのも難しい。
「ですから……!どうか二人には手を出さないでください……!」
「!」
その目には光が無い、まるで全てに絶望しているかのように。
奥底から怒りの感情が溢れ出してくる、彼女達にではない。
このような選択肢を迫らせた者共に対してだ。
「やめろ」
思わず低く出た声に使用人達の表情が固まり動きが止まる、さらに呼吸は荒く震えが強くなる。
「離れろ」
長髪の使用人の手を解放すると、三人は私を刺激しないようにと考えたのかゆっくりと傍を離れる。
彼女達を恐れさせるつもりは無かったが、優しく諭しても彼女達に届きはしないだろう。
ならば恐怖によって行動を縛り、冷静さを取り戻させた方がこの状況には適している筈だ。
「私はお前達に対価を求めて行動を起こした訳では無い、二度とこの様な真似をするな」
「……っ」
あるいはもっと速く旅に出て、彼女達を助け出していたならばこの様な選択肢を取らせずに済んだのだろうか。
「元より姉妹にもお前達にもその様な関係を迫るつもりは無い」
信じられないだろうが、示せる思いはこの言葉に全て込めた。
「話は終わりか?」
「……」
涙を溜めた使用人達が無言で何度も頷く、その表情は恐怖で満ちていた。
「そうか……、では私は行かせてもらおう」
道を開けるように左右に分かれた使用人達の間を通り、鍵を解錠して扉を開ける。
「怖い思いをさせて済まなかった」
部屋を出て、泣き声が聞こえてくる扉の前で乱れた服装を直す。
「一度助けた程度では、やはり信頼を勝ち取るのは難しいか」
彼女達の境遇を考えれば、仕方の無いことだろう。
セレナ達も一歩遅ければどうなっていた事か、やはり最初に見つけた段階で潰して置くべきだったのだろうか。
「修行不足だな……」
彼女達の予想外の行動に思考が固まってしまった。
力ずくで離そうとすれば怪我をさせてしまう恐れもあり、それで引き剥がす事が出来ないというのもあったが。
一番の原因はあの程度の事で判断力が鈍ってしまった、私の精神の未熟さだ。
「もっと心を鍛えねば、色で鈍るなど『武士』失格だ」




