ガルマ=リゾール捕縛作戦
時は夕刻前、リゾール領内にて騎士による合同訓練を行っていた。
着いた当初こそ突然の事だと向こう側から不審がられていたが、暫くの時間が経ち漸く警戒心を解く事に成功した。
機は熟した、ここで次の段階へ移るべきだろう。
指揮を執っているベガに合図を送り、陣形の訓練を終了させる。
「全員そこまで!次は一対一の模擬戦を行う!」
弓と矢筒を近くの騎士に預け中央へと歩き出す。
「まずは隊長同士の模擬戦だ、皆はこれを見て手本とするように」
大勢の騎士による声が空気を揺らす。
私の前方に大柄の騎士が立ち、背中から分厚い大剣を外すと地面に突き立てる。
「お前がそっちで一番つええ奴か?」
腕を組みこちらを見下ろすと、威圧するように睨みつけてくる。
「それは分からないが、お前の期待には応えられるだろう」
「……へっ、おもしれえじゃねえか、じゃあいっちょやるか!」
騎士は凶暴な笑みを見せると、大剣を引き抜き肩に担ぐ。
「双方準備はいいか」
「いいぜ!」
「問題ない」
ベガは頷くと右手で剣を引き抜き天に掲げる。
「……始め!」
刃が振り下ろされると同時に、騎士が地を蹴り一気に距離を詰め大剣を高く振り上げる。
巨体に似合わぬ加速は魔術の強化によるものだろう。
「オラァッ!」
頭部を目掛けて振り下ろされた一撃を左足を下げ半身の姿勢になり躱し、刀を抜き放ち胴を斬り付ける。
刃は甲高い音を立てながら分厚い鎧を食いちぎっていく。
「なっ!」
通り抜けた刀を切り返し脇の下を狙って振り上げようとすると、騎士は地面を強く蹴って天高く跳び上がった。
「降り注げ龍焔!『プルヴィアフランマーレ』!」
騎士の背後に巨大な魔法陣が展開されると、そこから大小様々な炎が現れ次々と降り注いでくる。
小型は最小限の動きで躱し、避けた先に現れた炎を刀で切り裂き打ち消す、巨大な炎塊は刀を一度しまい抜刀斬りで両断する。
「『フランメルグラディアム』!」
騎士は炎のうずを纏った大剣と共に落下してくる、背中から噴射している炎により加速しているのか自然落下ではありえない速度が出ている。
相手が全力を出してくれるというのならこちらもやり易くなる。
一度息を吐き大きく息を吸い込む、高くなった気温に少々呼吸がし辛いが大した問題ではない。
刀を鞘に納め姿勢を低く構え、迎撃の準備に入っていく。
(『柳流抜刀術奥義』)
強く一歩を踏み込み、刀を大剣に目掛けて一気に引き抜く。
(『燕断ち一閃』)
高速で放たれた刀は炎を纏った大剣の刃と衝突し、火花を放ち一瞬の拮抗をした直後、刃へ食い込み鋼鉄を切り裂きながら突き進んでいく。
瞬く間に剣身を通過した刃は、分厚い鎧すらも濡らした紙の如く切り裂き、下に着込んだ鎖鎧、肌着、皮膚を抵抗すらも許さず分断していく。
騎士の身体が地面に落下し、切り離された剣身が炎を撒き散らしながら吹き飛び地面に突き刺さる。
「そこまで!」
刀に着いた血を振り払う、僅かに発光する刃を鞘に納める。
見た目ほど傷は深くない、致命傷に至らない程度の調整はしている。
「医療術士の元へ運べ、……次の模擬戦を行う」
ベガの掛け声により複数の騎士が駆け寄ってくる、抜け出すのならばここだろう。
「私が運び出そう、どこへ行けばいい」
騎士の腕を掴み肩に担ぎ上げ歩き出す。
「なんて力だ、鎧を着込んだソルベ隊長を魔術も使わずに……」
「救護室は向こうにある、付いてきてくれ」
先導するリゾールの騎士達に続き開かれた人の壁を通り抜け、弓と矢筒を持った二人に視線を送る。
――
「門を開けろ、怪我人を連れてきた」
騎士達に案内させる事で、リゾール城近くにある騎士団基地へやって来ることに成功した。
「ここ迄でいい」
「ああ」
門が開いたところで担いでいた騎士を引き渡す。
「では私達は戻らせてもらう」
「案内はいるか?」
「不要だ、道は覚えた」
「そうか」
建物の奥へ怪我人を運んでいく騎士達の背中を見送り、ある程度の所まで来た道を遡ってから建物の影へ隠れる。
「アルマ臨時指揮官、これを」
「ああ、重くはなかったか?」
二人から受け取った弓を背中に付け、矢筒を腰に装着する。
「はい」
「大丈夫です」
「そうか、ではこれより侵入経路を捜索する」
「了解」
二人の声を揃えた返事に頷き、侵入する経路を確認する。
ここを知る者によれば城には正門だけではなく、逃走用に隠された通路がいくつかあると言っていた。
「とはいえそう見つかりやすい場所に配置はしないだろう」
城の外壁に耳を当てながら、軽く拳で叩く。
「材質はそれほど硬いものではない、厚みはそれなりではあるが……」
これくらいであれば破壊は出来るだろう、だがそれを実行すればかなりの音が響いてしまう。
見つからなかった際の最終手段だ。
壁から耳を離し周囲を見渡す。
一見怪しい物は見つからないが、もっと他の場所を探すべきか……。
「アルマ指揮官」
「どうした」
「隠し通路らしき場所を見つけました、今は魔術によって隠されているようですが」
騎士の一人に呼ばれ近づき指差す場所を見たものの、何の変哲もない石積みの壁が聳え立っているようにしか見えない。
「開けられるか?」
「やってみます」
騎士が壁に手を当てるとそこから魔法陣が展開され、そこに浮かび上がる文字が様々な形に変わり一つづつ消えていく。
「開きます」
その言葉と共に魔法陣が砕け散り、積まれた石の一つ一つが窪み壁の中に飲み込まれていく。
そして、地下へと続く階段が表れた。
「よし、では行くぞ」
暗く続く階段を慎重に降りていくと細い道が続いていた、中は外よりもずっと涼しく湿度が高い。
非常時の為に作られた物だろうが、あまり長居はしたくない空間だ。
「……明かりを点けますか?」
小声で提案されるが手を振って却下する。
合同訓練中で人が駆り出されている状況ではあるが、最低限は非常通路を巡回の人間を配置するだろう。
明かりを点けていては向こう側に存在を悟られる可能性が高くなってしまう、それによって応援を呼ばれては厄介だ。
「走るぞ」
「はい」
「了解」
なるべく音を立てないよう、後ろの二人の視界から消えない程度に走る速度を上げていく。
「速い……!」
暫く走り続けていると前方からうっすらと光が見えて来た、その光の揺れ動きに自然の物では無いと確信し速度を一気に上げる。
その動きからして人数は二人いる事は間違いないだろう
「なんだ?」
走ってる途中で横に跳んで光を躱し、壁を蹴り騎士の背後へ回り、口を覆って首に腕を通し締め上げる。
「ムグっ……!」
騎士は何か声を上げようとするが、その数秒後には全身の力が抜けた。
もう一人の騎士も追いついた二人が雷撃の魔術を浴びせ、意識を刈り取った。
気絶した騎士を壁を背にして座らせておき、騎士達と再び走り出す。
そして開いたままの扉の横に立ち止まり二人の方へ向く。
「まずは囚われた者達の捜索及び救出を行う、リゾール確保はその後だ」
「了解」
「分かりました」
短刀を引き抜き扉の外が刀身に映るように露出させる、鏡面の如く磨き上げたこの短刀ならば気付かれずに外を確認することが出来る。
「地上に人影無し、ここから見張り台は確認できないが逆を言えば向こうからも見えないはずだ」
短刀を収納し刀の鞘を掴む。
「後に続け」
「了解」
揃った返事を聞いてから外へ飛び出し壁に背中を張り付け、窓の位置を確認してから走り出し、窓枠に手を掛け身体を持ち上げ中を覗き込む。
中には女が一人、鎧も武器も身に着ず部屋の掃除をしている所を見るに恐らくは使用人だろう。
換気の為に僅かに開けられた窓をさらにゆっくりと開いていき、全開になった所で一気に身を乗り入れ部屋の中へ入り、女の背後へ回って叫ばないように口を手で覆う。
「――――――!」
「大人しく指示に従ってくれ、そうすれば無傷のまま解放する」
「――!!」
だが女は暴れるままで、腕を叩き足を蹴ってくる。
痛くは無いが、このままでは埒が明かない、となれば状況を分からせるしか無いだろう。
「そこの兜を取ってくれ」
「兜ですか?……分かりました」
受け取った兜を女の顔の前に持ってきて、音を立てないように握り潰してみせる。
「――!」
そして、ひしゃげた兜をそこら辺に置いた後、そのまま左手で女の顔を掴んで目を覆う。
「大人しく従うか?」
「――」
女は身体を震わせながら頷いて返事をした、顔を覆っていた左手が濡れ、どかすと大粒の涙を流している。
可愛そうだがこれも仕方の無い事だ。
「城の案内をしてもらう、……仲間の下へ行こうなど考えるな、犠牲者が増えることになる」
扉の前に立ち、外に人の気配が無いことを確認してから、取っ手を掴んで部屋の外へ出る。
「城の地下の方向を手で指せ」
「――!」
女は首を横に振る。
この状況で拒否したとは考えにくい、恐らく場所を知らない可能性が高い。
「ここには日頃近寄るなと言われてる場所があるだろう、そこへ案内しろ」
そうして、震えながら指を差した方向へ歩いていくと、大きな鉄の扉へ辿り着いた。
「ここか……」
一見巨大な錠前が付けられているだけで、特別何かを仕掛けられてはいなさそうだ。
「何か魔術の施しはされているか?」
「調べてみます、少々お待ちを」
そういって騎士が扉の前に立ち手を当てるが、首を横に振って側を離れる。
「扉には特に魔術等は仕掛けられて居ませんが、錠と扉は魔封じの物が使われているようです」
となれば魔術による解錠や破壊は不可能だ、力ずくで開けるしか無いだろう
「そうか、ではこの者を抑えていてくれ」
「はい」
女を受け渡す為に一時的な解放をするが、諦めているのかもう気力も残っていないのか、叫びもせず大人しく引き渡された。
「……」
錠前に触れてみるとかなり分厚さをしているが、断ち切る事は可能な程度だ。
「少し離れていろ」
刀の柄に手を掛け姿勢を僅かに下げる、そして一息で引き抜き錠の細い部分を両断する。
「よし、開けるぞ」
落ちた錠を蹴ってどかし扉を引っ張って開ける、その中は仄暗い下り階段が続いていた。
厳重な扉には守られているが、戦力を一人も置いていないとは考えられない、灯りを着けず刀を抜き身のままで音を立てないように歩を進める。
階段を一段降りていく程に空気が湿り、鼻を付くような独特な刺激臭が強くなっていく。
揺れる灯りを見つけ足を止め左手を上げ警戒を促す、三人を待たせさらに慎重に降りていき一番下の手前で壁に背を付け耳を澄ませる。
「なにか妙な音が聞こえなかったか?」
「……?いいや、こいつらではないのか」
「上の方から聞こえたのだが……、気のせいだろうか」
「ただの見回りだろう、もうすぐ交代の時間だ、燃料を変えておこう」
「そうだな」
何かをいじる音が聞こえてくる。
音の大きさからして距離はそれほど離れてはいない、会話から察するにここにいる戦力は金属の鎧を身に着けた二人のみだろう。
「しかしリゾール殿も人買いなど危ない橋を渡りなさるな、このような事が知られれば取り潰しも避けられないというのに」
「奥方様に先立たれ、ご息女も病で亡くしたのだ、心を壊してしまったのだろう」
「その事には同情するが、巻き込まれた我等の身にもなって欲しい物だ」
「我等は従うしか無い、世知辛い事だ」
どうやらリゾールの騎士達はこの状況に危機感を持っているようだ、であればより事が進めやすくなる。
刀を一度鞘に収め壁から背を離し、階下へ歩き出すと足音に反応して騎士達が此方へ振り向いた。
「……!貴様何者だ!」
腰の剣の柄を握った騎士達の間合いを測る。
「領主シーランの命によりリゾールを捕縛するべくやって来た、この檻を開けよ」
「な、なに!」
「そのような事!信じられるか!」
一斉に抜かれた剣の腹に手刀を打ち付け圧し折って見せる。
「なっ!」
「待ってくれ!我等はリゾールによる命で監視をしているだけで……!この者達には何もしていない!」
「私達は彼には逆らえないのだ……!」
騎士達は勢いよく兜を外すと、両手を床に着け必死の弁明を始める。
その表情は青く絶えず汗を流し、声を震わせている。
「元より目的はリゾールと囚われた者達だ、だが解放に協力するとあればお前達に責任は無いと伝えよう」
「わっ、わかった!おい鍵を開けろ!」
「あ、ああ!」
騎士達は震える手で鍵を取り出すと、格子戸に掛けられた錠を外し扉を開いた。
中を確認すると最低限の衣服のみを身に着けた五人の女が、身を寄せ合いながら此方を見ていた。
「囚われているのはこの者達だけか」
「そ、そうだ……!」
騎士達を部屋の隅に下がらせ、階段に待機させている三人を呼び寄せる。
「捕虜を確認した、衣服の用意を」
「……!了解」
再び部屋へ部下二人を連れて戻り、身体を隠すことを任せ入り口付近で立ち止まる
「この中にセレナという名を知っている者はいるか」
「セレナ様!?」
三人が殆ど同時に立ち上がり、自らの服装など気にも止めず拘束具を着けた両手で縋り付いてくる。
「セレナ様は今何処に……!」
「お願いします!セレナ様に会わせて下さい」
「安心しろ、彼女は既に保護している」
自らがこのような状況だと言うのに他人をこれだけ心配出来るとは、随分と彼女は慕われているようだ。
「良かった……!」
「セレナ様……」
彼女達が身につけさせられている拘束具は、盗賊団が使用していた物と同じようだ、であれば破壊する事は容易。
「両手を前に、拘束具を外す」
「……!」
前に出した腕を繋ぐ拘束具の接合部分を両手で掴み、強く引っ張り歪めて破壊する。
「凄い力……」
「すぐに済ませる、皆両手を前に」
全員をなるべく直視しない様にしながら拘束具を外し、部下二人を残し部屋の外へ出る。
「彼女達の監視を任された者はどれだけ居る」
「え、ええと……、我々を含めて十二人です」
「名を紙に纏めろ、後に確認する」
「分かりました……」
扉の鍵を預けられている者達が彼女達に手を出している可能性はある、ここは秘匿された空間であり相手は逆らえない立場なのだから。
「リゾールの場所を知っているか」
「……この時間帯ですと四階の執務室かと」
収容部屋中を見ていた使用人が答える、その声音は低く一定で、失望の感情が読み取れる。
「そうか……、お前は非戦闘員を集め城から退避するといい、時期にここは戦場になる」
「はい、ありがとうございます……」
駆け出して行った使用人の背を見送り騎士達の方を見ると、丁度紙に名前を書き終えた所だった。
「これで全員です」
「あの、我々はこれからどうすれば」
「お前達はリゾールの命として彼女達を西の修練地に連れていけ、そこには私の軍が居る、アルマの指示と言えば手荒な真似はされないだろう」
謂わば敵勢力に彼女達を託す訳だが、二人だけで囚われた者達を連れ出すよりは安全だ。
「分かりました」
この表情を見れば無茶な事はしないと確信できる、余っ程の命知らずであれば別だが、先程の会話や私と対峙した際の反応を見ればそれほどの者達では無い。
「皆の支度が終わりました」
「そうか、では彼等と共に城の外へ」
「……大丈夫なのですか?」
「問題ない、……お前達は民を護る騎士だな!」
「はっ!」
待機している看守の騎士に声を掛けると、胸に手を当て返事をした。
「城を出た際に上空へ信号を放て、迎えが来る」
「了解しました」
「よし、では急ぎ脱出せよ」
「はい!」
城の外を目指し裏口へ駆けていく姿を見送り、再び階段を登り城内を進んでいく。
ここからは一切隠れるつもりは無い、立ち塞がる者は殺しはしないが無力化していく。




