商業都市ザーウェイ2
「この地と魔導学術園はそれ程離れてはいないのだな……」
連盟で購入した地図を酒場で開き、この場所からの位置関係を確認する。
この距離であれば休まず走って二日といった所だろう。
とはいえ魔物や盗賊との戦闘で消費する体力を考えれば、一度も休まないというのはあまり現実的で無い。
さらに天候や地形などを考慮すると、到着は早くて三日と言った所だろうか。
「となれば雨具や臨時住居、結界も必要になるか」
魔法の使えない私でも使える物に限られてしまうが、商業都市と呼ばれるこの街ならば揃えることはあまり難しく無いだろう。
連盟からの借りた地形や環境、生息する魔物の生態などの本を開き地図に情報を書き込んでいく。
魔物を引き寄せてしまう以上、結界の無い村などは避けて進まなくてはならない。
その都合上、食料などの物資を途中で補給する事は難しいだろう、つまりはここで最大限買い込む必要がある訳だが、動きが制限されるのはあまり好ましくない。
「馬車、いやウマが危険か……」
人気の無い道を通る以上は地形も相応の物になるだろう、幾ら引く馬が頑丈な種であるとは言え。
物を引かせ動きが制限されていれば、悪路によって傷を負う危険性が高くなる。
「……、?」
ふと、金属同士の擦れ合う音が聞こえ連盟入り口の方を見ると、数人の騎士が扉を開き中へ入ってきた。
「なんだって騎士がこんなとこに……」
「さあな、誰が喧嘩でも売ったんじゃねえか?」
周囲の連盟員達が騎士を観察しながら、興味なさげに酒を煽ぐ。
「あの、どうされたのですか……?」
先程会話をした受付嬢が状況に困惑しながらも問いかけると、先頭を立っている背の高い騎士が一歩前に出る。
「ここにアルマ=リュウガンジ殿は居られるか?」
「え……?」
想定よりも早い呼び出しだ、余程あの盗賊達に難儀していたのだろう。
地図を畳んで懐にしまい、本を重ねて運び元の位置へ収納し、そのまま騎士達の下へ歩いていく。
「私に何か用事か」
受付嬢との間に立つように騎士と顔を合わせる。
背丈は私より頭二つ分は高い、背負う長く幅広い剣を持てば槍と変わらない範囲を攻撃できるだろう。
「貴公がそうか、領主様がお呼びだ、同行願う」
「分かった、直ぐに向かおう」
騎士に連れられ街の中を歩く。
この状態はやはり目立つのか、四方から視線を感じる。
街の中央へと近づいていく程に建物の色が変わっていく、さらには住民達の衣類も上等な物へとなり、装飾品を飾り付けた者達も多く見えてきた。
巡回する騎士の数も増え、周囲に目を光らせている。
「これが貴族街か」
知識にはあるが、実際に目にしたのはこれが初めてだ。
地位は違えど人としての本質はやはり変わらないのか、此方を興味深そうに眺めては何かを話している。
「彼等は貴族では無い、商人だ」
隣に立つ背の高い騎士が答える、私語を弁えているのかと思えばそうでは無いようだ。
「この地は商人の為に領主様が特別に貸し与えている、選ばれた僅かな者達だけだがな」
謂わば豪商。
武では無く商の力で成り上がった彼等の瞳に、私の価値はどのように映っているのだろう。
「あの目は値踏みか、面白い」
「おもしろい……?」
「彼等が私の武にどれ程の値を付けるのか、興味深くはならないか?」
誰かの下に付くつもりは無い、だが自身の武による価値には興味がある。
「商を極め登ってきた者達だ、人を観る目もあるだろう」
商いも戦いの一つだ、騙し、出し抜く、時には命の危険もあるだろう。
その修羅場を乗り越えた者達は、剣を持たずともただならぬ雰囲気を持ち合わせている。
「面白い考え方だ」
愉快そうに笑う騎士。
堅物だと思っていたが、存外話せる人間のようだ。
「直に領主様の居住地へ着く」
「分かった」
僅かに緩めていた気を引き締める。
商業都市ザーウェイを治める人物、果たして如何程の者かなのか。
その者の思想によっては、立ち回りを考えなければならない。
「ここが領主殿の居住地か、中々に堅牢そうな作りをしている」
高く聳え立つ外壁の上には槍の穂先の様な金具が並び、付近には常に数人の騎士が巡回している。
さらに城壁の角部分にあたる場所には見張り場が設置され、外敵が侵入せぬように周囲に目を光らせている。
「そこ、止まれ」
城門へ辿り着き、門兵に呼び止められ足を止める騎士達に合わせ立ち止まる。
「要人をお連れした」
先頭を立つ騎士が門兵達と話を始める。
「移送ご苦労」
門兵は全身を黒く重厚な鎧で固め、穂先が長く分厚い大槍を装備している。
「お前はアルマ=リュウガンジで間違いないか?」
門兵が騎士達を掻き分け目の前で立ち止まる。
「ああ、間違いない」
大槍と隙間の少ない大鎧の組み合わせは、並の人間が相手にすれば正面からの立ち合いでは苦戦を免れない頑強さだ。
「門を開け!」
門兵が大きな声を上げると城門が開き、奥から黒く後丈の長い服を着た白髪の老人が現れた。
「よくお越しくださいました、リュウガンジ様」
綺麗に一礼をする白髪の老人。
顔と首に刻まれた皺から察して、歳は六十から七十程だろうか。
「奥にてシーラン様がお待ちです、こちらへどうぞ」
「ああ」
先へ進む背中を追い、見事に整えられた庭園の中を進む。
歪みのない綺麗な姿勢、隙の少ない振る舞い、随分と鍛えているようだ。
「名前を聞いても良いか?」
「もちろんでございます、ワタクシの名前はシルヴァリオ=ルードリッヒ、どうぞシルヴァとお呼びください」
「私の事もアルマで構わない、リュウガンジという名は呼びにくいだろう」
「滅相もありません」
「そうか、所でこの見事な庭園はシルヴァ殿が?」
「いいえ、使用人達が丹精込めて管理をしている物ですよ」
「ふむ、私も雇いたくなる程の美しさだ」
「ありがとうございます、彼女達も喜ぶでしょう」
「領主殿は私の事を恐れてはいなかったか?」
「いいえ、寧ろ懇意にしたいと仰っていましたよ」
「そうか」
行動のクセが見えない、いや、全ての行動を平均化し消しているのだろうか。
筋肉の偏りの無さからして、使用している武器は短剣、もしくは剣の二刀流か。
それとも魔術を軸として戦闘を行うのか。
「この扉の奥に領主様が居られます」
「分かった、武器はこのままで良いのか?」
妖刀を預ける訳には行かないが、臆病な人間の前に持って行くことは少し憚れる。
「ええ、貴方は安全な方だと分かりましたから」
「そうか」
相手を測っていたのはお互い様だったようだ。
「シーラン様、アルマ様をお連れしました」
「入ってくれ」
「失礼致します、さあこちらへ」
シルヴァに促され部屋の中へ入ると、痩せ型の男に出迎えられた。
「おお、其方がアルマ殿か……!」
頬は痩せこけ、白く長い袖から伸びる手指は細く頼りない。
「以下にも、このような場所に呼んで頂き感謝する」
「アルマ殿はこの地にとっての大恩人、一度顔を合わせて感謝を伝えなければ領主の名が廃るというもの」
聞き及んでいた話とやせ細った見た目とは違い、本人の性格は思ったよりも領主然としている。
「まずは礼を言わせて欲しい、あの者達には流通の妨害をされ大変な被害を被っていた」
シーランは深く頭を下げると、部屋の中央の椅子に座る。
「まずはそこに座ってくれ、早速だが報酬の話をしよう」
刀と弓を外し、領主の対面の席へ座る。
「望む物を言ってくれ、金でも地位でも望む物を与えよう」
想定していたよりも早い展開だが、こちらとしては好都合だ。
「人に会いたいと言えば、叶えては貰えてもらえるのか?」
「人……?余程の相手でさえ無ければだが、手を回そう」
「ガルマ=リゾールと話をしたい」
「リゾール子爵と……?」
恐らくシーランは人身売買の仔細をまだ聞いていないのか、容量を得ないといった表情をしている。
「目的は一体……?」
「取引した者達を解放させる」
「それはどういう……、いや、まさかリゾール子爵が、そんな馬鹿な……!」
シーランが立ち上がり大きな声を上げる、その表情は段々と赤く染まっていく。
その感情は事実に対しての怒りか、信じられないという激情か。
「盗賊団を捕らえた際に取引の帳簿を見た、既にザーウェイへ移送されているはずだ」
「……なんという事だ、誇り高き貴族がそのような真似をするなど」
シーランは片手で顔を覆うと背凭れに身体を預ける、この反応から見るに相当信頼していた相手だったのだろう。
「……シルヴァ」
「はい」
「盗賊の帳簿をここに持ってこい」
「かしこまりました」
シルヴァが部屋を去り、シーランと二人だけとなった。
素性も禄に分からない私と二人きりに出来るのは、やはり今回の事でかなりの信頼を勝ち取れているということだろう。
「奴をここへ呼ぶ事が難しいのならば、私に居城を攻め落とす許可を与えて欲しい」
「まあ待て……、物事には順序という物があるのだ」
シーランは席から立つと、窓辺まで歩き日除けを開くと窓の外を見下ろす。
「リゾール子爵は、先の魔獣侵攻にて多大な戦果を挙げた勇猛な者であった、彼のような男が人を買うなど……」
「その者だけでは無い、この国には人を食う輩が大勢いる」
表に出ていないだけであって、被害を受けている者達も多くいるのだろう。
「……」
扉が二回叩かれた。
「シーラン様、帳簿をお持ちしました」
ここから騎士団詰所迄はそれなりの距離があった筈だが、もう戻ってきたというのか。
やはり只者では無いらしい。
「入れ」
「失礼いたします、こちらが帳簿でございます」
シルヴァは部屋に入室すると、シーランに盗賊団が所持していた帳簿を手渡し、再び扉の近くに控える。
「ご苦労」
帳簿を開き中を確認したシーランは、時折視線を止めながらも紙を捲り続け時、最後に記入された所で帳簿を置いた。
「……そうか」
シーランは目頭を押さえた後、彼専用であろう椅子が軋む勢いで座り、机に両肘を乗せ頭を抱えた。
「アルマ殿、これは本物で間違い無いのだな?」
恐らくあの帳簿の中には、知っている名が複数あったのだろう。
「ガルマ=リゾールについては盗賊団の首領から直に聞き出した、間違いない」
「……分かった」
シーランは頭から手を離すと、紙を纏めて取り出し文章を記していく。
「シルヴァ、帳簿内の名を領地毎に纏めよ」
「かしこまりました」
「アルマ殿には一時的に騎士を貸そう」
「ありがたい」
「人員の選出は任せよう、シルヴァよ、アルマ殿を案内せよ」
「かしこまりました、では失礼致します」
シルヴァの後を続き部屋から出ようとすると、シーランに声を掛けられ足を止める。
「リゾールは生かしたまま捕えてくれ、彼には国へ尽くしてもらう」
恐らくは公開処刑による、人を買う者達への見せしめか。
「それ意外の者達は」
「アルマ殿の判断で決めて欲しい」
「分かった」
リゾールの家族や、部下や使用人を私がどう扱うのか。
これによって今後どのように接していくのか、立ち回りを考えるといった腹積もりだろう。




