護衛依頼3日目
翌日の早朝、まだ日も昇らない内に馬車の準備をしていると、騎士隊長が手伝いを申し出てくれた。
「本当に別行動で良いのか?人数の多い方が安全だろう」
「その提案は有難いが、彼らにとっては盗賊達と同じ空間に居る事は不安に繋がるだろう」
仮に盗賊達が暴れ出したとしても彼ら彼女らには一歩も近づけたりはしないが、囚われていた事もあって心が休まらないかもしれない。
その可能性を考えるならば、傍にいるのは自分一人の方が安心できる。
「……確かにな、配慮が足りなかったな、すまない」
「謝る必要は無い、こちらの事を思っての発言なのだろう」
「無駄な心配だっただろうがな」
その後も会話をしながら荷物の積み込み作業を続けていると、二人分の足音が近づいてくるのが聞こえて来た。
「ごきげんよう」
「おはようございますー……」
カルミナとノーラの二人が丁寧に頭を下げる。
「おはよう、まだ集合時間には少し早いが」
まだ少し眠いのかノーラは眠気眼を擦り、小さく欠伸をした。
「何かお手伝い出来る事があればと思いましたので」
馬車へ荷物を運ぶ作業はもうじき終わり、旅立ちに必要な事は殆ど残っていない。
とはいえ、折角の厚意を断ってしまうのも悪いだろう。
「そうだな……、ではウマに水と餌は上げて貰えないか」
「わ、わかりました!」
「水と餌の入った容器はそこにある、服を汚さないようにな」
「はい」
カルミナとノーラがそれぞれの容器を持ち上げ、馬車の前の方へ運んでいく。
最後の積み荷を乗せ、落ちないよう縄を縛る。
「手伝ってくれて助かった、礼を言う」
「気にすんな、お前達はこのままザーウェイを目指すのか?」
「いや、その手前の村で待ち人と合流した後、街へ向かう事になっている」
「そうか、気を付けろよ」
「そちらもな」
騎士隊長を見送り、馬車の御者席に弓を刀を二振り立て掛ける。
「立派な馬車じゃないか、よくこのような物が手に入ったな」
「おはようございます」
「おはよう、事情を知った街の騎士団が使っていいと言ってくれたのだ、さてこれで全員揃ったな」
ヒュリアスを先頭に残りの四人がやって来た。
アーティアはまだ眠っているのか、セレナに背負われているようだ。
ウマの前に置かれた水と餌箱を端の方に戻し、御者台に荷物を載せてから乗り込み荷台と繋がっている扉を開いて中へ入り、乗口の扉の鍵を解き開ける。
「乗ってくれ、すぐに出発する」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
カルミナ、ノーラと手を取り乗車を手伝う。
村の外では馬車や船に乗る際には手を貸すのが当たり前なのだと、リズは言っていた。
「昨夜は良く眠れたか?」
「はい……!」
「それは何よりだ」
彼女達の反応を見た限り、これで間違っていないようで一先ず安心した。
そのままの流れでヒュリアスに手を伸ばすが、一瞥だけするとそのまま乗り込んだ。
「僕に尽くそうとするその心意気は買ってやるが、男には侮辱と取られるから気を付けろ」
「そういうものか……」
親切心でやろうともそれを失礼に思う相手もいるならば、村の外にいる以上は気を付けた方が良さそうだ。
「子供相手には手伝ったりもするんで、その限りでは無いですけどね」
「おい、どうして僕を見て言った」
「気のせいだろ?」
ハイラルが乗り込みながらヒュリアスをからかっている。
どうやら昨日の内に随分と仲が良くなったらしい。
全員が座席に着いた事を確認し、御者席に座り縄を掴み弾くとウマが走り出す。
町の門を潜った所で魔光灯を起動させ前方を照らし、対向馬車へ存在を知らせられるようにしておく。
道の前方に何も無い事を確認し、縄を打ち付けて走りの加速を促す。
引いているのが二頭いる事もあってかそれなりの速度は出ているが、この程度であれば自身で押して走った方が速いだろう。
最も全力で走れば中の人間に危険が及んでしまう、それを考えるならばウマに引かせた方が確実で安全だ。
――
暫く馬車を走らせていると扉を開けてノーラが顔を覗かせる、その顔色は少し青く気分が優れなそうだ。
「どうかしたのか?」
「お恥ずかしながら揺れに酔ってしまいまして、それでカルミナさんから風に当たった方が良いと……」
「ふむ」
弓と刀を自分の方へ引き寄せ席を空ける。
「ここに座るといい」
「すみません……」
「街まではそれほど時間は掛からない、少し辛抱していてくれ」
「はい……」
ノーラがゆっくりと席に座り目を閉じ背中を壁に預けるのを見てから、縄を軽く引き馬の走る速度を僅かに減速させておく。
――
「あの、本当に良いんですか……?」
「構わない、友人に聞いた話だが乗り物に酔った際は横になると良いと言っていた」
風に当たっていても辛そうなままであったノーラにある提案をしたが、やや戸惑っている様子だ。
「でも、膝を借りるなんて……」
余りに辛そうにしている彼女を見て、会ったばかりではあるが提案をせずには居られなかった。
「これでも故郷では幼子相手に良くしていたのでな、こういった事には慣れている」
幼子に混じって大人が強請って来たこともあったが、いつの間にか寝ていると好評だった。
「……じゃあ、お膝、お借りします」
「ああ」
ノーラは一瞬の躊躇いを見せながらも、ゆっくりと頭を腿に乗せる。
目を閉じ絞って居るのは緊張故か、このままでは落ち着くことも禄に出来ないだろう。
ふと考え、ノーラの頭に手を乗せる。
「……!あ、アルマ様……?」
「……」
何も答えずにゆっくりと手を動かし、柔らかい髪が傷つかないように優しく撫でる。
落ち着きの無い子供や、体調の優れない子供にはいつもこうして寝かしつけていた。
「暖かい……」
どういった訳か、昔から人よりも体温が高かった。
その恩恵というべきか、今まで体調を崩したことがなく。
冬場には私さえ居れば安心と、よく分からない褒め方をされる事もあった。
「……すぅ」
規則的な寝息が聞こえ始め、眠りに付けたのだ安心しつつ空を眺める。
速度を少し緩めはしたが、まだ日も昇りきらない内に村へは付くだろう
――
覚えのある景色が見え始め、馬車の速度をまた少し落とす。
この辺りは人通りが増える、林から誰かが飛び出してくる事もあるだろう。
暫く走らせていると、村へと続く入り口が見えてきた。
その前では二人の騎士が周囲に目を光らせている。
「コラルと来たときはここまでの警備では無かったが……」
塞がっていない右手で縄を引き、立ち塞がった騎士達の前で馬の脚を止めさせる。
「村の中へ入りたい、門を開けてもらえるか」
「車内を確認しても?」
「構わない」
商人や旅人が偽装をして中に盗賊や危険物が紛れ込ませている可能性もある、誰が相手であろうとも確認はするべきだ。
「失礼します、……!」
騎士は扉を開き中を確認したかと思えば、すぐに馬車を離れもう一人と何やら話し始める。
「……んぅ、あれぇここは」
「目が覚めたか、馬車旅は終わったぞ」
ノーラが目を覚まし、緩んだ顔で此方を見上げてくる。
顔色もすっかり良くなっているようだ、それどころか段々と赤みを帯び始めている。
「ご、ごめんない……!」
ノーラが勢い良く上体を起こし、身体を縮こませる。
「気分はどうだ、悪くないか?」
「あっ、はい、おかげさまで、ありがとうございました……!」
「ああ」
そのような会話をしていると、二人の騎士が此方へ戻って来た。
「少し話をさせて頂いてもよろしいですか」
「構わない」
――
「……では貴方が救出し、ここまでの警護を?」
「そうだ」
騎士達に彼等を救出した顛末を説明すると、信じられないといった様子が返ってきた。
「なんてことだ……、さあ中へどうぞ」
導かれるままに門を潜り、邪魔にならないところで停車する。
刀と弓と荷物を担いで御者台から飛び降り、反対側に向かい扉を開け足場を設置する。
「ノーラ」
「はっ、はい!」
元気よく返事をしたノーラが伸ばした手を掴み、下車を手伝ってから馬車の扉を開ける。
「随分と甲斐甲斐しいな、僕の専属使用人にでもなるか?」
いつの間にか買ってくれていたのだろう、ヒュリアスが独りでに馬車を降りながらそのような事を言ってくる。
「私には少々穏やか過ぎる、外で剣を打ち合わせる方が性にはあっているだろう」
「ふん」
ヒュリアスは不満そうに鼻を鳴らすと、壁に背中を預けて腕を組み目を閉じる。
ちょっとした戯れだと考えていたが、もしかしたら思うところがあったのかもしれない。
「確かにリアムさんが側に居たら社交界へ行く時も安心できますからね、有事が起こっても何とかしてくれそうだし」
ハイアルが後に続いてヒュリアスの隣に並ぶ。
「社交界か、話には聞いたことがある」
そういった信頼を寄せられているのは素直に喜ばしい事だ、今まで腕を磨いてきた成果が得られた気持ちになる。
「色んな人が来ますからねぇあそこ、会場に行くまでの道中も危険なんで信頼できる護衛は幾らいても足りないぐらいですよ」
話を聞きながらカルミナ、セレナ、アーティアと続けて馬車から降ろしていく。
「私はあまり好きじゃないです、あそこにいる大人ってなんか皆怖くって……」
「ですが貴族同士の繋がりを強め、国の地盤を確かにしていく事が私達貴族の役目ですわ」
「そ、そうですよね、あはは……」
「ふむ」
裕福な暮らしをしているだけだと羨まれる事も多い貴族だが、国防の要である騎士達を纏める役目を任せられているのは彼等だ。
「機会があれば私が護衛を務めようか、今は用事があり少し先の話にはなるだろうが」
「よろしいんですか?アルマ様にはそういった事をする義理などありませんのに」
「私の家系は古くから傭兵を生業生業としている、寧ろこういった事が私の本来の役目だ」
初代当主はかつて、故郷に居た主に仕え戦場を駆けていたが、此方に来てからは惚れ込むような者もおらず、報酬次第で参戦する勢力を選んでいたようだ。
「アルマ殿!無事に戻られましたか……!」
「コラル、ああ、待たせて済まない」
「いえそんな、後ろの方々は……」
コラルがカルミナ達に目を向ける。
「賊に囚われていた者達だ」
「そうですか……」
「それで、この後はどうする」
「え、ええ、出発前に村長への挨拶を」
「分かった、皆は少し待っていてくれ」
ここなら人通りも多く記事の目がある、下手に室内で隠すよりもずっと安全だろう。
「分かりました」
「はい」
コラルを警戒してるのか、返事こそ無いが他の者達も了承してくれたようだ。
「では行こうか」
「ええ」
コラルに案内され辿り着いたのは、大きな建物の中にある広い一室だった。
そこには兜だけを外した鎧姿の男、ここの住人らしき人物の三人が座り、壁際には五人の騎士が姿勢よく立っている。
「おおコラル殿、どうされました?」
その中の一人である長い白髭を蓄えた老人が席を立ちち上がろうとするが、コラルが手を前に立てそれを制する。
「ああそのままで、出発前の挨拶に伺っただけですので」
「そうですか……、つまり護衛の方が戻られたのですか?」
「はい、こちら私の護衛を務めていただいているアルマ殿です」
「貴方が……」
空間中の視線が一挙に集まる。
敵意といったものは感じないが、好ましく思われている訳では無さそうだ。
ふと兜を外した鎧姿の男が立ち上がり、此方へ歩いてくる。
「アルマと言ったか、アンタ賊の所に一人で行ったそうだな」
彼が何かをしてくるとは思わないが、コラルの前に立ち近づけないようにしておく。
「ああ」
背丈は私より頭一つ程高く、鎧で確認できないが首の太さから察するに身体がかなり鍛え上げられている。
その反面鎧は所々が汚れており、あまり手入れが行き届いていない。
「随分お早いお帰りだが何もせずに帰ってきたのか?」
「いえ、彼は」
コラルが私を庇おうとしたのか口を開くが、男はそれに構う事無く話し続ける。
「奴等を刺激するような真似はしないでくれ、近隣の街が被害を受けたらどう責任を取る」
彼の目に光は無く、その声音には熱が無い。
盗賊がいるというのに手出しが出来ない状況に、心が折れてしまったのだろうか。
「その心配をする必要は無い」
「なに……?」
男の額に青筋が浮かぶ。
「賊共の征伐は既に終えた、あの森に人々を脅かす者達はもういない」
「なんと……」
「本当にそんな事が……!」
空間内が騒がしくなる。
「嘘つくんじゃねぇ!お前たった一人でそんなことが出来るわけねえだろ!」
男の叫びに再びの静寂が訪れる。
「奴等はそこら辺の賊とは話がちげぇんだぞ!」
「事実だ、生きた者達は騎士達に引き渡している、直にザーウェイへ移送されるだろう」
「っ……!」
男は私の胸倉を掴み睨みつけてくる。
その二つの瞳は怒りと理性が争っているかのように揺れていた。
突如現れた柄も知らぬ者が人々を困らせていた物事を、解決してきたと言われても信じられないだろう。
部屋へ近づいてきた足音の方へ目をやると、扉が開き一人の騎士が現れた。
その手には一枚の紙が握られている。
「隊長!ザーウェイより指令が届きました!」
「!」
隊長と呼ばれた男は私を離すと、騎士から紙を取り上げ読み始める。
「盗賊団のザーウェイ移送につき、街の警備を通常体制に移行せよ……!」
「それって……」
「じゃあ彼が言ったことは本当だったのか……!」
部屋の中が歓声で満ち、騎士ですら軽く拳をぶつけ合っている。
これで物流は多少回復するだろう、魔物に関しては未だ警戒が必要だが。
それでも魔除けが効く分、盗賊団よりは対処がしやすいだろう。
「予想よりも速い到着だな」
かなりの大所帯だったはずだが、引くウマの差なのだろうか。
「済まなかった……、アンタは本当の事を言っていたのに」
男は勢い良く頭を下げる。
「構わない、それよりも指令を仲間達に伝えてきた方が良いだろう」
「ありがとう、アルマ……、お前ら詰所に戻るぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
そして騎士達は部屋の外へと出ていった。
「街を代表して礼を言わせてくだされ、本当にありがとうございまする……」
老人が立ち上がり深く頭を下げる。
「アルマ殿!アンタのお陰で交易が元に戻る!」
「ありがとうございます!これで家族に会いに行くことが出来ます!」
それを皮切りに住人の二人が駆け寄って来て頭を何度も下げ始める。
役に立てた事は大変喜ばしくあるが、少々落ち着いて欲しいものだ。
「これも『武士』である私の役目だ、また賊が集まるのならば再び駆け付けよう」
「おお、なんと心強い……」
「アルマ殿、是非これを受け取って下さい!」
渡された包みには大量の金が入っていた。
「よしてくれ、これは私が勝手にやっただけの事、謝礼など不要だ」
「しかし……!」
「アルマ殿、是非受け取ってあげてください、これも一種の礼儀です……」
コラルが小声でそのような事を言ってくる。
歴の長い彼が言う言葉なら多少は信じても良いか、それに今回は仕事を放置して賊の征伐に向かったのだから。
「では有り難く頂戴しよう」
包みを受け取り荷物にしまう。
「ウチの娘も貰ってくれませんか!」
「私はまだ身を固めるつもりはない……」
贈り物をこれ以上押し付けられる前に外へ出ると、向かいにあった騎士団用の建物窓から村を眺めるウランの姿を見つけた。
「やはり貴族だったのか……?」
不意に視線がぶつかると、ウランは窓を開きこちらに手を振る。
彼女の安全も確保されたようでなによりだ。




