真意・上
「まさかたった一人で攻め込み、この規模の盗賊拠点を制圧してしまうとは」
馬車に乗せられていく盗賊達が暴れないように監視をしながら、この騎士達を纏めている隊長と状況を話し合う。
離れた所では魔術によって大きな穴が開けられ、そこに盗賊達の亡骸が運ばれている。
「本来は我々騎士が対処すべき事だった、これは言い訳になってしまうが、各地で凶暴化した対応によってここまで人手が回らず、結果奴らを野放しにしてしまっていたんだ」
「野盗征伐は『武士』の務めだ、気にする必要は無い」
初代が故郷に居た頃は住民達を護るべく、周囲に現れた賊は徹底的に打ち取っていたようだ。
そして『民とは即ち力であり、徒に数を減らせば自らも弱くなる』と、書には遺されていた。
「『武士』……、だが代表して礼は言わせてくれ、ありがとう」
白髪の騎士が深く頭を下げ、感謝の意思を示す。
「ああ」
「我々はこのまま馬車で町へ戻る、良ければ君も乗って行ってくれ」
「では言葉に甘えさせてもらおう」
馬車に乗り込み弓と刀を外して置き座り白の仮面を外し、少しでも身体を休ませるために目を閉じる。
まだ戦えはするが、少々出血をし過ぎてしまった。
傷を癒すことは出来る、だが血は何かを食べるか眠らなければ回復しない。
ふと気配を感じ視線を向けると、前髪の長い女性の騎士がゆっくりと馬車に乗り込んできた。
「あの、お、お怪我は、ありませんか……?」
どこか落ち着かないような様子をしているが、たった一人で盗賊の拠点に乗り込み壊滅させたという男は、騎士とはいえやはり恐ろしいのだろうか。
「いいや、怪我はしていない」
「あ、そうですか……」
彼女は少しでも距離を取ろうとしているのか斜め前に座ると、馬車がゆっくりと走り出した。
「治癒魔術とは、血の量を正常にすることも出来るのか?」
「ち、血の量ですか?あ、はい出来ますよ」
「頼んでもいいか?」
目の前に移動し、袖をまくってから手の平を差し出すと、表情が固まってしまう。
「あ、あっ……!」
「大丈夫か……?」
表情が固まるどころか青くなっていく、どうみてもいい精神状態ではなさそうだ。
「悪かった」
袖を戻し、元の位置に座り直す。
(少々無神経が過ぎたか)
再び目を閉じて深く深呼吸をする、この状態は睡眠時と同じ効果を得ることが出来る。
安全な場所以外で身体を休ませる際には、主にこういった方法を取っている。
騎士の一団の中にいるという事はそれなりには安全なのだろうが、油断するべきでは無いだろう。
世の中は何が起きるか分からないのだから。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
か細く繰り返される謝罪の声が流石に気になってしまい目を開けると、魔術師の女性は椅子の上で膝を抱えていた。
一体どうすればいいのだろうか、このように怖がられては何をする事も出来ない。
馬車から降りて町へ向かうのも手ではあるが、好意を以て馬車に乗せてくれたというのに些か薄情だろう。
「これに返事はしなくもていいが」
「……」
「余り気に病まないで欲しい」
再び瞼を閉じて、精神を静め再び回復に努めることにした。
――――
その後の道中は騎士団の人数がいる事もあってか、特に魔物や賊などに出くわすことも無く街へ帰還することが出来た。
「これは少ないが礼だ、是非受け取ってくれ」
騎士を纏める隊長に重みのある包みを手渡される。
「報酬の為にやった訳では無いのだが」
「ここまで働いてくれた者に何の礼も渡さずに帰すなど騎士の名が廃る、これは我々の面目を保つ為として受け取って貰えないか?」
「……そうか、ではありがたく頂戴しておこう」
ここまで言われては、突き返すのも忍びない。
包みを荷物に入れ、収容所へ並んで歩いて行く盗賊達に視線を戻す。
「長い間ここで騎士を務めているがよ、こんなに大人しく収監される盗賊は初めてだ、一体何をしたんだ?」
「力を見せつけだけだ」
盗賊達はたまに周囲を見渡しているが、私を見つけた途端に血相を変え顔を下を向く。
「はは、まったく恐ろしいな」
その様子は騎士にも見えているのだろう、苦笑いをしながら肩を叩かれた。
「隊長、賊の収監完了しました」
「分かった直ぐ向かう、……また改めて礼をさせてくれ」
「気持ちだけ受け取っておこう」
「ははは、ではまた会おう」
「ああ」
騎士達と別れ、宿へ戻り受付から鍵を受け取り階段を上ると、部屋へ戻る様子のヒュリアスとハイアルとに出くわした。
「アルマ……!まさかもう終わらせたのか……」
「ああ、少々手こずりはしたが」
「まじすか、あんだけの数が居たのに……」
割り当てられた部屋の鍵を解き扉を開ける。
「明日も早い、今日は早々に休むといい」
「分かっている、寧ろお前の方が休むべきだろう」
「ふっ、そうだな」
扉を閉めて服を脱ぎ、部屋に備え付けられた水場で冷水を浴びて汗を流す。
「少し血を流し過ぎたか……、食事を早々に済ませ直ぐに眠るべきだな」
僅かなふらつきと気怠さを精神力で押し殺し、掛けられている布で身体に纏わりついた水分を拭い宿屋の物らしい衣服を身に着ける。
「少々生地は薄いが、着心地は悪くない」
ふと、何者かがこの部屋に気配が近づいている事に気づき視線を向けると、扉を叩く音が聞こえてきた。
『お客様、料理をお持ちしましたが、いかがいたしますか?』
どうやら店主が料理を運んできてくれたようだ。
「入ってくれ」
『かしこまりました、失礼いたします』
扉が開かれ、店主が台車を押しながら入室し机に料理を並べていく。
「良い匂いだ」
「ありがとうございます、庭で栽培している香草を使ったものでして、魔鳥の癖の強い匂いを上質な香りへと昇華してくれるんですよ」
椅子に座り濡れ布巾を受け取って手を拭き、畳んでから横に置く。
「お酒もございますが、どうなさいますか?」
「やめておこう、まだ仕事の途中なのでな」
盗賊の征伐は一先ず終えたが、彼等を無事に街まで送り届けるまでは気を抜く訳にはいかない。
それに酒に酔ってしまうと力加減が難しくなってしまう。
もし宿備品を破壊するようなことがあれば、店主に申し訳が立たない。
「そうですか、でしたらこちらの果実水はいかがでしょう」
代わりと言って店主が台車から取り出したのは大きめの水瓶だった、その中には様々な果物が輪切りの状態で漬けられている。
「綺麗だな、頂こうか」
「かしこまりました」
硝子の器に水が注がれ目の前に置かれる、どうやら果物が零れ落ちないように注ぎ口は細い柵が作られているようだ。
器を手に取り、果実水を口に含み喉を潤す。
「見た目ほど甘くは無いのだな」
最初に感じたのは柔らかな甘み、だがそれが現れたのはほんの僅かな間であり。
後を引かない優しい酸味が口内をさっぱりとさせてくれる。
「ええ、食事の邪魔をしない中で最大限の味わいを作り出すために、果実の切り方や大きさや数に拘っています」
「ああ、いい味だ」
「ありがとうございます」
食事の際に呑む水や茶、それに加えてこの飲み物があるならば食卓は一層と華やかになることだろう。
これだけで売っているならば、是非とも土産として買っていきたいと思える程の味わいだ。
残念な所は、これが時間を掛けて持ち帰れる程に日持ちがしないだろうという事だが。
「他の者達は既に食事を終えたのか?」
「はい、貴族の方達でしたので満足して頂けるか少々不安でしたが、喜んで頂けたようでこちらも安心しております」
「そうか、良かった」
彼等を庇護する為に宿屋を借りた訳だが、一先ずここを選んだのは正解だったようだ。
「お食事がお済になられましたら、この鈴を鳴らしてお呼びください」
「ああ」
「では失礼いたします」
店主は一度頭を下げると台車を押しながら、部屋の外へ出て行った。
焼かれた魔鳥を食べやすい大きさに切り取り一口食べると、しっかりと焼き目を付けた魔鳥の香ばしさを香草の焼かれた爽やかな香りが昇華し、口内を満たし鼻腔をくすぐってくる。
程よくしっとりとした脂と、しっかり目に味付けされた塩気と香辛料が一戦を終えた後の身体にはありがたい。
――――
――
食事を終え店主に食器をかたしてもらった後、日課である精神統一を行っていると、扉の前で立ち止まる気配を感じた。
扉を叩くと思い待っていたが、一向にその気配が無い。
いつまでもそこに居られては集中も出来ない為、扉を開くと驚いたまま固まった表情のセレナと目があった。
「あ、アルマさんっ……!」
セレナは夕刻に買った服では無く、宿屋に備えられている衣服に袖を通している。
「セレナ、一体どうした」
「あの、お部屋にお邪魔しても、いいですか?」
「それは構わないが」
セレナを室内に招き入れ扉を閉じると、彼女はベッドへと座った。
その表情はどこか緊張をしているような一方、重い覚悟を決めているような様子も見える。
「アルマ様、私は貴方に、お礼をしたいです」
途切れながらも発せられるその言葉は僅かに震え、どこか不安定な雰囲気も滲ませている。
「お礼か」
「渡せるものは何もありません、ですが……」
セレナは一瞬の躊躇いを見せた後、自らの衣服を縛る布を掴み解き始める。
「……!何をしている」
力を入れないように腕を掴みその行為を止めさせる。
「私がそのような事を求めていると思っているのか?」
一体何を思い、その行動に至ったのかは分からない。
「アルマ様……!」
セレナは胸に飛び込んでくると、背中に腕を回し自身の身体を強く押し付けてくる。
「お願いします、私を貰って下さい……!」
会ったばかりの男に自身を抱けと頼むなど、余程の覚悟がない限り選ばない選択肢だ。
だが今の彼女は冷静な判断を下せるような精神状態にはとても見えない。
きっと何かがあるはずだ。
彼女をここまで追い立てるような何かが。
「一体どうしたというのだ……」
「……!」
セレナの背中に手を触れると、彼女は大きく身体を震わせた。
「……怖いのだろう、身体が震えている」
落ち着いて貰えるようなるべくゆっくりと語りかけながら、背中に手を当てゆっくりと撫でる。
ぐずる幼子へする対応と殆ど変わらないが、彼女にはそれが一番良いと感じた。
「セレナ、顔を上げてくれ」
顔を上げたセレナの目には大粒の涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっていた。
「まずは事情を話しては貰えないか?きっと力になれるはずだ」
なるべく優しく顔に触れ涙を指で拭い去り、そのまま髪を梳くように撫でる。
「うぅっ……、アルマ様ぁ……!」
セレナは決壊したように涙を溢し、嗚咽を漏らす。
今迄堪えて来た物もあるのだろう、妹の手前だと耐えていた物もあったのかもしれない。
その後、セレナはしばらく胸の中で涙を流し続けた。
――
「落ち着いたか」
「はい、ごめんなさいアルマ様……」
「謝る必要はない」
ベッドから立ち上がり果実水を注ぎ、セレナへ手渡してから椅子を引き寄せ彼女と顔を合わせるように座る。
「ありがとうございます……」
セレナは果実水に口を付けると深呼吸をする。
「私、私達は売られたんです」
予想にもしなかった言葉に、思わず耳を疑ってしまう。
「売られた……?」
人の親とは思えぬ所業だ。
「私のお父様は、東の地にある小さな農耕地域を任された領主でした」
セレナはゆっくりと、自らが置かれていた状況について語り始める。
曰く、近年凶暴化していた魔物により領地に被害が出ていたセレナの父親は、周辺の領主に戦力と資金の援助を申し出た。
父親はそれを借り受け魔物の討伐へ乗り出し、見事それを達成し喜びを噛み締めていたそ束の間、領主の一人が戦力と資金の返還をすぐに求めたという。
「ですが近年悪天候が続いていた事もあって碌に支払う事も出来ず、代わりと言って領主が要求したのが私とアーティアでした……」
「……そうか」
「最初にお父様から聞かされた時、それも貴族の娘である私の役目と受け入れるつもりでいました、でもまだ幼い妹にそのような思いをさせたくなかったんです」
小さな貴族間では連携を強める為や、大領主の庇護下に入れてもらう事を目的とし、三十以上も歳の離れた相手と政略結婚をする事がよくあるのだと聞いたことがある。
まだ十と幼い娘が、四十や五十の貴族に充てがわれることも決して起こり得ない話では無いのだろう。
「どうやってこの地に?」
「|出発日が迫った夜更けに、三人の使用人達が私達二人を領地の外へ連れ出してくれました」
仕える主を裏切る様な行為、だが何故その様な事をしたのかは理解できる。
「その者達は……」
「あの盗賊達に囚われてからは、分かりません」
もしかすれば、まだ生きているかもしれない。
「そうか、ここまで良く耐えたな」
とはいえ可能性は限りなく低い、セレナに生半可な希望を与えるような発言をする訳にはいかないが。
調べてみる価値はある。
「は、い……、うぅ、ううう!」
声を出して涙を流すセレナの隣に座り、ゆっくりと背中を撫で続けた。




