|白鬼《はくき》・下
「コイツで最後だな、手間取らせやがって」
両足の腱を断たれ倒れ込んだオークの背中に立ち、アクセルは首筋に刃を突き立て命を刈り取る。
「被害状況の確認をしろ!魔除けの再設置も急げ!」
「はい!」
部下に指示を飛ばしながら、二振りの刃に付着した血と油を拭き取る。
今回の相手は随分頭の切れる奴らしい。
「厄介だな……」
恐らく魔物に乗じて拠点内に入り込んでいるだろう。
そいつが商品を解き放った奴と同じかは分からない、それでも今迄の騎士や賞金稼ぎ達と同じと思わない方が利口だ。
「漸く騎士共が来なくなってきたってのに、面倒くせえ……」
魔物の凶暴化以降、騎士団の人員はそちらの討伐へ割かれる事が多くなり、森へ拠点を移した事もあってか襲撃を受ける事も減っていた。
「おい」
「何でしょうか」
オークの背中から降り、通り掛かった部下を呼び止めた。
「ラウドはどこにいる」
「特に見ていませんが」
「……お前ら死骸片しとけ」
「分かりました」
鞘に剣を収めて走り出す。
「まさかやられてはいねえよな……」
ラウドは面倒臭がりで仕事をサボるような奴ではあるが、その実力は確かで信頼できる物がある。
「あれは……!」
ラウドの大槌が地面にめり込んでいるのを見つけたアクセルは、思わず思考を奪われてしまう。
「そこか!」
アクセルが気配を察知し、振り返りながら素早く腰の二振りに手を掛ける。
「遅い」
だが白鬼はそれをも上回る速度で柄を抑えると、そのまま下顎に掌底を放ち意識を刈り取った。
「こいつも幹部の一人か」
アクセルの両腕を背中側に回させ魔封じの枷を着け、白鬼はそれを担ぎ上げラウドと同じく馬車の荷台に乗せた。
「……!」
突如として飛来した雷鳴の槍を白鬼は腕の一振りで弾き飛ばす、そして攻撃の始点へ視線を向けるとすぐさま弓を構え盗賊の一人を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
それを合図にしたかのように四方から放たれ矢の雨が降り注ぐ、それに対し白鬼は分厚い木版を荷台に被せると透き通る刀を抜き放ち振るった。
刀の一振りで数十の矢を切り落とし、腕のひと薙ぎで矢を弾き飛ばし白鬼の身体へ到達することを許さない。
「バケモンが……、魔術部隊!すぐに魔術の準備をしろ!」
ロウは部下に指示を飛ばしながら、矢を吹き飛ばしながら前進を続ける白鬼を注意深く観察し、自らも魔術を発動させて発射の待機をさせる。
「いくらあいつでも、これだけの魔術量は防げない筈だ……」
魔術部隊の準備が完了したことを確認し、ロウは腕を振り上げる。
「撃て!」
掛け声と共に腕を振り下ろし雷の槍を放つ、それと同時に大小様々な魔術が白鬼に目掛けて降り注ぎ爆炎を巻き起こした。
「……!」
油断などしない、奴の力は計り知れないのだ。
魔術によって地形が変わろうとも止める指示を出さず、絶えず魔術を放たせ続ける。
そして暫くの時間の後、魔術を放つのを止める。
「撃ち方やめ!魔力を補給しすぐに次弾を構えろ!」
部下に指示を飛ばしながらも、巻き上がる土煙から一瞬たりとも視線を外さない。
(奴に魔術を使う様子は無かった……、そしてこの魔術量だ、いくら力が強くても剣一本で防げるはずがないっ!)
瞬間、未だに舞う土煙を、血のように紅い霧が内側から呑み込んだ。
「なんだアレ……」
盗賊の一人が言葉を漏らした瞬間、球状となった紅い霧から鋭い針が伸びその者の胴体を貫いた。
「ぐあああっ!」
「あの紅い霧だ!ぐあっ!」
「逃げ!……っ!」
次々と貫かれる部下達に撤退の指示をしようとロウは声を発しようとし、寸前の所である可能性を考え口を手で押さえる。
『大きな声を出さない様に伝えろ!』
近くの部下を引き寄せ、なるべく小声で伝令を伝える。
「……!」
無言で頷いた部下は動き出すも、他の者達へ指示を伝えていく。
すると辺りが段々と静寂で包まれ始め、紅い霧から飛び出す棘が減っていき、そして完全に紅い霧は静止した。
(やはり音に反応しているっ!ならば無音で戦うしかない!)
ロウは口に手を当てながら、もう一方の腕と目線で魔術部隊に指示を出す。
(奴の紅が霧であるならば風と光と水は駄目だっ!つまりここで選ぶべきは地属性!)
魔術陣を空中に描き魔力を送り大きくさせる、さらに意図を理解した部下もそれに続き、速度が増していく。
(幾人もの魔術師による上級魔術!これだけやれば奴は形も残らないっ!)
漸く完成した巨大魔術陣、いざ発動させようとした瞬間。
紅い霧から夥しいほどの棘が飛び出し、一部を除いた全てを貫いた。
「ば……け、もの……!」
身体のあちこちを貫かれたロウが、消えゆく意識の中で最後に見た光景。
それは崩れていく赤い霧から現れた、血の一滴も流していない白いの悪魔の姿だった。
――
「カシラ!敵襲です!」
「分かっている!直ぐに総員集めろ!」
盗賊団のカシラであるリードは焦っていた。
「クソっ、漸くここまで来たってのに……!」
謎の剣士による商品の解放、そして拠点への襲撃。
その者は途轍もない剛力であり、王都騎士団の遙か上を往く剣の使い手だという証拠が残されていた。
「どうするべきだ……、正面切ってやり合えばまず勝ち目は無い」
資金の横領が知られ立場を追われ騎士団をやめさせられたリードは、没落し生活が困窮した元貴族や篩に掛けられ先の無くなった騎士の訓練生を集め盗賊を襲撃、カシラの座を奪い取り自らの軍とした。
それを繰り返し拡大した盗賊団は、生半可な冒険者や賞金稼ぎを寄せ付けない程の規模になっていた。
さらに森を支配し天然の要塞を手に入れ、守りを盤石にする事も出来た。
それだけでなく、近年活発化している魔物の影響により国の騎士の戦力がこちらに割かれることが減り、さらなる追い風も吹いていた。
裏商人と繋がり地盤を固め、戦力を更に拡大させていく。
まさにこれからだったというのに、自慢の盗賊団はたった一人に壊滅させられようとしている。
「カシラ!報告が!」
「なんだ!」
「ラウド隊ロウ隊が壊滅!アクセルさんの行方も分かりません!」
「クソっ!」
ラウドは拳で机を叩き割り、周囲に木片が散らばった。
ラウド隊やロウ隊も自ら鍛えてきた精鋭達だった、そしてアクセルは団内二番手の実力者だ。
それがこの短時間でやられた。
戦って死ぬか、逃げて生き延びるか。
答えは一つしかない。
「拠点を捨てるぞ、すぐに伝令を出せ」
「その必要は無い」
「!」
見知らぬ男の声が聞こえ魔術を発動しながら振り返る。
だが放たれた火球は壁を燃やすだけに終わり、燃やすはずだった相手もそこにはいなかった。
「残っているのはお前達二人だけだ」
男は部屋の中央に立つと、仮面の隙間から覗く瞳でリードを真っ直ぐ見据える。
「馬鹿な……!」
盗賊団は三百人を超える、正に大部隊といえる規模だった。
だというのに、この男はたった一人で制圧したというのか。
「お前達には二つの選択肢がある」
角が生えた白面の男は、腰の剣に手を添え自然体で構え始める。
「武器を捨て投降するか、戦い命を落とすかだ」
面に空いた穴から覗き込む瞳は冷たく、僅かな慈悲すら残っていない。
今迄打ち倒して来た騎士や賞金稼ぎは、僅かな迷いを覗かせていたというのに、この者からは常に冷徹な意思が痛い程に伝わってくる。
「舐めやがって!」
「よせ!」
重圧に耐えきれなくなった部下が剣を抜き放ち斬りかかるが、その刃が白面に到達することは無かった。
白面は僅かに身体をずらしただけで一撃を躱すと、部下が突然床に倒れ、のた打ち回り始めた。
「あ゛ああ゛ああ゛!」
叫び声を上げると同時に剣が床に転がる、その柄には握った状態の手が張り付いていた。
(剣を抜いた瞬間が見えなかった……!)
奴はいつ剣を抜いた、奴はいつ剣を収めた。
「再度問う、戦うか、それとも死ぬか」
白面の男は魔封じの腕輪を取り出し、手に吊り下げる。
勝てるわけが無い。
この者にだけは抗ってはならない。
選択肢など、無い。
「リード、さん……!」
リードは両膝を着くと、合わせた両腕を白面に差し出した。
白面はリードに手枷を嵌めると引っ張って立たせ、建物の外に歩かせる。
外には抵抗したのか血溜まりに沈んだ者、リードと同じように大人しく手枷を着けられた者と別れていた。
「別動隊はいるか」
「いねえ、これが俺の全てだ……」
騎士を志し、唆されてされて悪事に手を染め、全てを失った。
再起を誓い同胞を集め、盗賊を手中に収め数の力を手に入れた。
金を集めて武器を揃え、人を増やして土地を奪った。
人を浚い金にして、豪商と繋がり、広大な土地が手に入るまであと少しだった。
「来たか……」
リードは白面が傍を離れた事で重圧から解放され、地面に倒れ込んだ。
その瞳には既に生気が無く、仲間達を捕らえていく騎士と白面の姿が空虚に反射されていた。
「どこで間違えた、俺は……、最初からか」
こうして、白の鬼と盗賊団の戦いは終結した。
リード
300を超える盗賊団のカシラであり、元騎士
嘗ての仲間に横領を誘われ乗ったが、悪事がばれ騎士団を追放された
その後は、同じく騎士を追われた者達を集め、盗賊を襲撃し従えた。
森の中を根城とし、人を物資を奪い資金に変えていたが。
護衛依頼を受けていたアルマを襲撃した為に、存在を気付かれ一夜にして壊滅させられた。
ラウド、ロウ、アクセル
三人共元騎士であったが、リードに誘われ盗賊へと身を墜とした




