|白鬼《はくき》・上
「……ロウ、これは一体どういうことだ」
アルマが囚われていた者を達を救い出し、近隣の村へ避難をして暫くの時間が経った頃、森の中は重苦しい空気に支配されていた。
「剣士たった一人に忍び込まれて、捕らえていた者達を解放されただと?」
拠点の守りを任せられていた幹部の一人であるロウは、身体中から血を流し地面に倒れ、別の大男の幹部に顔を踏みつけられていた。
「これ程の数が居たというのに、情けない話だ」
暗い赤髪の男が近場にあった椅子を引き寄せ座り、倒れている男を見下ろす。
「カシラ違うんです!」
「何がちげえんだよ、ああ?」
「ぐああっ!」
反論をしようとした幹部に、大男は踏む足の力を強めた。
「ラウド」
「へい」
カシラと呼ばれた赤髪の男に咎められ、ラウドは足をどかしロウの髪を掴み起き上がらせる。
「油断をしていたんだろう、そうでも無ければ誰にも悟られずに奥までの潜入を許すわけがない」
カシラは雑に伸ばされた髪を掻き上げると、部下が注いだ酒を飲み続きを促す。
「あの男が異様に強かったんです!力も剣や弓の腕も!じゃなきゃここの守りが突破されるわけねえんだ!」
幹部は必死に弁明をするが、カシラは眉根を顰めるだけで何も返さない。
その時、建物から出て来た丸く剃られた頭に刺青を入れた男が、両足から血を流した男を引き摺りロウの隣に放り投げた。
血塗れの男は苛烈な拷問によって殆ど意識は残っておらず、ただ荒い呼吸を繰り返すだけとなっている。
「リードのカシラ、口割りました」
カシラであるリードは無言で視線を送り続きを促す。
「こいつら俺達が居ない間、商品に手を出そうとしてたようです」
「なんだと?」
カシラの掟に歯向かったという事実に、拠点内の盗賊達は騒めきだす。
「なんて……、ことを……」
ロウは歯噛みしながら、放り投げられた盗賊の男を睨みつける。
あれだけ手を出すなと言いつけていたというのに、何をしてくれるんだと。
「アクセル、当事者を全員連れて来い」
「了解、お前らも来い」
「へい」
アクセルと呼ばれた刺青の男は、部下を数人引き連れ再び建物内へ戻っていった。
リードは椅子から立つと剣を引き抜き、無言で倒れている幹部の傍に立ちそれを振り上げる。
「ま、待ってください……!奴の首は俺が必ず取りますから!」
リードは話に耳を傾けること無く、ただ無情に剣を振り下ろし。
「ぐあっ……!」
ロウでは無く倒れているもう一人の男の心臓に、凶刃を突き立てた。
「……!」
リードは男を踏みつけて剣を引き抜くと、再び高く振り上げる。
「ロウ、これはお前の教育責任でもあるんだぞ」
「申し訳、ありません……!」
ロウは額を地面に擦り付け、精一杯の謝罪の姿勢を示す。
「だったら、分かってるな?」
リードはロウを起き上がらせると、一度も視線を逸らさないまま、剣を振るって付着した血を払い鞘に納め立ち上がる。
「必ず!必ず俺が見つけ出して殺してやります!」
ロウは一度も目を逸らさず、決意の込めた言葉をぶつける。
「……こいつに治癒術をかけろ」
「はい」
リードの言葉に駆け寄ってきた数人がロウを立ち上がらせ、離れた場所に連れて行き治癒魔術を掛け傷を癒す。
「カシラ、連れて来ました」
アクセルが部下を引き連れて戻り、四人を前に立たせ、膝裏を蹴りつけて両膝を着かせる。
「これで全てか?」
「残りは全員殺されてました」
「そうか……」
「待ってください!俺は……」
弁解をしようとした一人の首を、リードが切り飛ばす。
「!」
「奴と戦った者はいるか」
リードは血の付着した剣を肩に担ぎ反逆者達を見下ろす。
「は、はい!」
「話せ」
「奴はなんか赤い煙を放ってて、恐ろしいほどの怪力でした!」
いまいち分かりにくい部下の話に、リードは苛立りを覚える
「……」
「カシラ、これを見てください」
アクセルは捩じれた金属の残骸を取り出しリードに見せる。
「これは手枷か……」
「ええ、檻の中に転がっていました」
何かをぶつけて壊したというものではなく、圧力を掛けて無理やり潰されたような傷が遺されている。
「余程の力があるか、魔術の精度が高いか、いや熟練の魔術師だろうと破壊できる奴はそうそういないはずだ」
アクセルから手枷を受け取り観察をしてみるが、金属の疲労や錆などは特に見受けられない。
これは騎士団が輸送していた所を襲い奪った物だ、魔封じの性能に関しては疑ってはいない。
「おい、枷を持って来い」
「へい」
リードは盗賊の一人に手枷を持って来させると、ラウドを呼び寄せる。
「これを捩じり切って見ろ、魔術で身体を強化しても構わない」
「は、はあ」
ラウドは手枷を両手で掴みまずは力だけで破壊しようとするが、手枷はビクともせず僅かな歪みすら生じない。
次は魔術で全身を強化し再び手枷を全力で捻じ曲げようとするが、直ぐに強化が解けてしまった。
「だっだめだ、魔力が吸われる!こんなもん砕ける訳ねえ!」
「だとすれば奴はサイクロプス程の力があるか、宮廷魔導士の奴ら並の魔術操作精度があるってことになるな」
ラウドから歪み一つない手枷を受け取ったリードは、両膝を着く盗賊達にそれを見せつける。
「奴はどのようにしてこれを破壊した」
「魔術を使っている様子はありませんでした、それに奴は剣で檻をぶった切って……、とにかく化け物だったんです!」
男が震えながら発した言葉で、拠点内の盗賊達が騒めきだす。
手枷に檻、どちらも人の手で簡単に破壊されるような軟な金属では作られていないというのに、魔術を使わずに破壊して見せたというのか。
現場に居合わせていなかった盗賊達にも、圧倒的な力を持った得体の知れない剣士に対しての根源的な恐怖心が伝播していく。
「国が動いたか……?いや、まだその報告は無いはずだ」
「カシラ、これからどうします」
リードが思考の海に入りかけた所で、アクセルが問いを投げかける。
「……武器の準備をしろ、直ぐに出るぞ」
「はい、こいつらは」
「斬れ、規律を乱す者は不要だ」
「まっ、待ってください!」
「挽回の機会を下さい!」
喚く規律違反者達に振り返ることなく、リードは建物の奥へと消えていった。
「そんな……」
絶望をする盗賊達の首に刃が当てられる
「なんだ……?」
拠点内が騒がしくなっている事にアクセルが気付く、出発前のそれとは違う何かに混乱しているような声だ。
盗賊の一人が息を荒くしながら、アクセルの傍に駆け寄る。
「アクセルさん報告が!」
「なんだ」
「拠点内に魔物が入り込みました!それもかなりの数です!」
「どういうことだ?」
「それが、魔物除けの香や魔道具が破壊されていたみたいで……」
その言葉にアクセルは怒りで身体を震わせる。
「やってくれたな……、俺もすぐに向かう」
「はい!」
「ラウド、お前も来い」
アクセルは二振りの剣を鞘から引き抜き、騒ぎの大きな方へと走って行った。
「分かってるっての」
ラウドはダルそうに返事を返すと、立て掛けてあった大槌を肩に担ぎ現場の方へと歩き出そうとした。
だがある違和感を覚え、真逆の方へ走り出す。
広場に入る路地で底知れない気配に足を止め、耳を澄ませる。
「今すぐ武器を捨て抵抗をやめろ、そうすれば命を奪わないでやる」
「誰がてめえなんかに!ぐあっ!」
男の悲鳴の後、重たい物が地面に倒れ込んだ音が響いた。
全身を魔力で強化し大槌の持ち手を強く握り路地を抜けだすと、血で染まった空間が広がっていった。
中央では二本角の白仮面を身につけた剣士が、こちらを向き輝く武器を鞘に納める。
地面に倒れた血濡れた死体とは逆に、違和感がある程に返り血の一滴も付いてない姿に気圧されそうになる。
「どこのモンだテメエ!ここがどこだか分かってんのか!」
得体の知れない者に湧きだしそう恐怖を押しつぶす為、そして応援を呼ぶ為になるべく大きな声を上げる。
「私は白鬼、命が惜しくば今すぐ武器を捨てろ」
「ハクキだ?ふざけやがって!」
威嚇をしながらも、頭の中で冷静に分析を続ける。
武器は二振りの剣と背中の弓、体格は良い方だろうが化け物じみたものでは無く、檻や手枷を破壊できるような姿にはとても見えない。
だが、ここを襲ったという剣士は間違いなく奴だという確信もあった。
「クソがっ……」
ラウドは大槌の構えや足の位置を少しづつ動かして白鬼の隙を探すが、武器を仕舞っている状態だというのに見つける事が出来ない。
「もう一度言うぞ、武器を捨て投降しろ」
「誰がてめえなんかに!」
「そうか……」
「っ!、『アースロッツ』!」
ラウドは白鬼がこちらへ一歩を踏み出した瞬間に、地面に大槌を叩きつけ土属性の魔術を発動させる。
槌の表面に刻まれた魔術陣が輝き、鋭い岩の壁がラウドを中心にして何重にもなって地面から飛び出した。
それは次々広がり白鬼を圧し潰さんと迫るが、命を奪うには少々速度が遅すぎた。
白鬼は岩壁の花びらを容易く躱してその場から高く跳び上がり、空中で弓を構えラウドに向け放つ。
放たれた矢は高速でラウドの元へ迫るが、額を貫こうとした寸前で突如全身を覆った岩の鎧に阻まれ砕け散ってしまった。
「岩の鎧か……」
岩を蹴って空中で体勢を立て直し、地面に着地した白鬼はラウドを観察する。
視界を塞がない為に開いた目の部分以外は、繋ぎ目すらない完璧な防御だと言える。
幾ら強く矢を射ろうと、その硬い岩肌を貫く事は叶わないだろう。
「この鎧さえあればてめえの矢も剣もなまくらよ!」
「であれば、これでやろうか」
白鬼は弓を背中に戻すと、左手を前に出し構え右腕を引き拳を握る。
そして姿勢若干低くし、左脚で一歩前に踏み出し同時に右脚を外側に向ける。
「魔力を練りもしねえでよ、今の俺に素手で勝てると思ってんのか?」
ラウドは僅かに怒りを滲ませながら警告するが、白鬼はそれでも動かない。
「余り時間が無い、さっさと来い」
「この野郎……!『ガイアエンチャント』!テメエは挽き潰す!」
ラウドは土属性の魔術で大槌に岩壁を纏わせて強化すると、肩に担ぎ一気に白鬼との距離を詰めそれを振り下ろした。
白鬼は振り下ろされた岩塊に左手の甲を打ち付けるだけで軌道をずらす。
「な……にっ!」
そして右脚を前に一歩踏み込むと同時に、右の拳をラウドの胸の中心に打ち込んだ。
「がっ……!」
高速で放たれた拳は岩の鎧を容易く砕き、ラウドの百キロ以上ある身体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらも意識が消えないようにラウドは堪え、両手を組み白鬼に向け魔術を唱える。
「……ク、ソ!『ガンズロック』!」
組まれた両手の前に魔術陣が現れ、そこから巨大な岩が発射された。
白鬼はその場から走り出し、手首を切り裂き出血させ紅い霧を噴出させる。
その霧は右腕に集まり固まると一回り大きな紅い腕となり、白鬼は正面から岩を殴りつけ打ち砕いた。
そして一気にラウドの元へ辿り着き、地面に着かんとしていたラウドの露出した地肌を血霧を払った拳で救い上げるように殴りつけさらに吹き飛ばした。
「ガハッ……!」
土壁をいくつも尽き抜け、大木に衝突してようやく停止したラウド。
その首に指を当て脈を計ると、白鬼はそれをうつ伏せにして魔封じの錠を両腕に嵌め両足を縄で縛る。
「生きているな、元騎士だけあって魔術の腕は中々のようだ」
白鬼は傷を塞ぐポーションをラウドに掛けると、片手で持ち上げ馬車の荷台に乗せる。
「反対側の魔物達は対処されたか、首領も直に動き出すだろう」
白鬼は残りの盗賊達へ向かって走り出した。




