護衛依頼1日目
「本当に屋根の上で良いのですか?荷物を動かして座る場所も作れますが……」
「問題ない、それに屋根の上であればすぐに敵を見つけられる、雨が降った際はそうさせてもらおう」
「アルマ殿がそれでいいのなら、私は構いませんが……」
やはりと言うべきか、あまりこういった乗り方をする者はいないのだろう。
見ずとも魔術などで周囲の感知が出来る人間であれば、必要のない事なのだろうが。
それが出来ない私にとっては、実際に目で見る事が一番だ。
「では出発します、それなりの速度が出ますので落ちませんように注意してください」
「ああ」
ゆっくりと馬車が走り始め、次第に速度を増していくが、この程度であれば姿勢を崩さずに乗り続けていられる。
「風が心地良いな」
身一つで駆けた時に全身で感じる風も悪くないが、これはこれで良いものだ。
――
――
街を出てから数刻程、まだ日は高いところにあるが、道をすれ違う商人や旅人を見ることは無くなっていた。
つまり件の盗賊が出るという場所が近いのだろう。
「もうすぐ森が見えてきますので、準備をお願いします」
「ああ分かった」
胡坐を解き、片膝を立ててしゃがむ。
背中から弓を外し前を見据えると、森が確認できた。
「確かに人を隠すにはうってつけ」
これ程大きな森であれば、例え大規模な盗賊団であっても見つけるのは苦労しそうだ。
「これから森へ入ります、アルマ殿よろしくお願いします」
「任せてくれ」
全神経を研ぎ澄まし、集中力を最大まで高め周囲を警戒する。
「あれは……」
馬車の進行方向の遙か先、道の中央に何者かが倒れているのが見えた。
よく観察してみるが周囲に魔物は居らず、道が血で汚れている訳でもない。
「怪我をしている訳では無さそうだが、行き倒れか?」
まだ少し距離はあるが、このままでは轢いてしまうだろう。
「コラル!この道の先で人が倒れている!」
「人が?……恐らく盗賊の偽装でしょう!助けようと立ち止まった者を狙う盗賊の常套手段です!気は進みませんがこのまま突っ切りますよ!」
それはつまり、倒れている物をこのまま轢き潰すという事。
「分かった!ではその前に確かめさせてくれ!」
矢筒から一本引き抜き、弓に番え引き絞る。
「一体何を……?」
アレが盗賊か、止まらず確かめるにはこの手しか無い。
意識があるならば危険を感じて逃げるだろう。
狙いを定め、放つ。
解き放たれた矢は弧を描き、倒れている者の顔の真横に突き刺さった。
「うわあああああ!」
矢に驚いた男は飛び上がり尻餅をついた、その傍には抜き身の剣が落ちている所を見るに、近づいてきたものを騙し討ちする腹積もりだったのだろう。
コラルの判断は正しかったようだ。
盗賊が剣を拾い上げたところで二本目の矢を弓に番え、今度は当てるつもりで頭に狙いを定める。
「そこの者!命が惜しくばその道を開けろ!さもなくばその頭を撃ち抜くぞ!」
「まっ、待ってくれっ!」
「……っ!」
弓を引き絞り、男の目を見据え無言で最後の警告をする。
「わ、分かったから打たないでくれーッ!」
盗賊は道の外側へ走り出し、森の奥へ消えていった。
男の消えた道を馬車は通過する。
茂みの方へ目をやると、いくつかの人影がそこには見えていた。
もしあの状況で自分一人であったなら恐らく助けていただろう、そして彼は帰らぬ者となっていた。
そしてこの場所は、盗賊達の反応によっては死体の山が築かれていただろう。
「もうすぐ森を抜けます!」
「ああ」
盗賊が追いかけてくることは無かった。
彼等がこちらを獲物として厄介に思ったのかは分からないが、無駄な戦闘が避けられたようだ。
人を斬らずに済むのなら、その方がいい。
――
――
「今日のところはこのあたりで休むとしましょう」
道から外れた所にある小さな湖の側に、コラルは馬車を止めた。
屋根から飛び降り周囲を見渡す。
幾つかの鳥が水面を泳いでいるぐらいで、危険な魔物等はいなさそうだ。
「いやはや、アルマ殿のあの気迫は見事なものでしたな」
夜間の暖と灯りの確保の為に火を起こしていると、次の中継地点を地図で場所を確認していたコラルが、干した肉と果実を持って近くの椅子に座る。
「臆病な群れの魔物は大声を出すことで遠ざける事が出来るのでな、集団で人を襲う事を主としている盗賊達にも有効なようでなによりだった」
魔物と盗賊が同程度と言っている訳では無く、傾向と可能性に置いての話だが。
「ありがとう」
コラルから食料を受け取り口に含むと濃い塩と深い肉の味が広がる、旅用の携帯食料を食した経験はあまり無かったが、知り合いが言っていた程には悪くない味だ。
水を飲めば塩味も丁度良く、果実を齧ると甘味がより増して感じられる。
酒が好きな成人した道場の門生が濃い味は酒がよく合うと言っていたが、その味とはこれの事なのだろうか。
「水だけで良かったのですか?強くは無いですが一応酒もありますよ」
「酒を余り嗜む方では無いのでな、遠慮しておこう」
それにあの盗賊達が夜襲を仕掛けて来る可能性もある、万全な状態で迎え撃てるように控えておく方がいいだろう。
「ほほ、そうですか、では私も控えておきましょう」
「気を使わなくても構わないが」
この信条に関しては自分の中だけの物であり、他人に強要するつもりは無かったのだが、帰って気を遣わせてしまっただろうか。
「いいえ、実は私も酒を余り好む方では無いのですよ、取引先の方々との付き合いで飲む機会は多いのですが」
「商人とは大変なのだな」
酒の前で無ければ本音を話し合えないという物もいるらしいが、人と関係が儲けに直結する商人は苦手であったとしても、そういった酒の席を用意しなければならないのだろう。
「ええまあ、ですが自分で選んだ道ですからね、これでも楽しんでおりますよ」
それを言ったコラルの表情に後ろめたい物は見えない。
本当に商人として働く事が楽しいのだろう。
「ふっ……、ならいいのだが」
空を見上げながら残った最後の果実を齧ると、より一層と豊かな甘美が口の中に広がった。
コラル
ベテランの行商人
魔道具が主だが、食料なども売っている
伸びた顎髭は自慢であり、綺麗に整えられている




