帰還
「ヨウカイ、そしてオニか、聞いたこともねえな」
依頼達成と鬼の報告をするために連盟へと戻り、支店長であるガロスの執務室で話をしていた。
ミーアはガロスに少し苦手意識を持っているらしく、酒場で時間を潰して貰っている。
私が到着するまでに血霧童子と戦っていた冒険者達は現在治療中であり、意識を取り戻し次第話を聞きに行くとのことだ。
「魔物とはちげえんだよな?」
「私も書で読んだ程度の事しか分からないが、妖怪とは闇や人の負の感情から生まれる存在らしい」
自然発生し進化の果てに産まれた魔物達とは違い、怒り悲しみ憎しみ恐怖、それを糧に発生し成長すると残されていた。
「魔物より精霊に近い存在ってことか?」
精霊というのは魔物とは違い、濃い魔力が集まり形を持ち、意識が生まれた存在だ。
「んで、それがなにかしらの原因でこっちの世界に紛れ込んだってか」
何が原因かは詳しく分からないが、恐らくは初代当主と同じことが起きたのだろう。
「信じられないか?」
ガロスは腕を組み椅子に背を凭れ閉目する、恐らくは思考を纏めているのだろう。
唐突にこのようなことを言われても困惑するだろう、私自身も書を読んでいなければただの魔物と思っていた。
「正直な……、だが例が無いわけじゃねえ、すぐに連盟本部に伝書を出そう」
ガロスは紙と筆を取り出すと、異世界や妖怪の事を書き記していく。
「ヨウカイっつうのは他にもいるんだよな?」
「ああ、最もその妖怪達がこちらに来てるかどうかは分からないが」
「まあな、だが警戒はしておくべきだろうよ」
ガロスは書き終えた手紙を包みに入れ、溶けた蝋燭を垂らし金属の印を押し付ける。
「机に触れんなよ」
そう言って机に積まれていた食器類をどかしガロスは指を置く、するとそこを中心に魔術陣が展開され金色の鱗に身を包んだ小型の龍が現れた。
首からは革製の物入れを下げており、そこへガロスが手紙入れる。
確か使い魔と呼ばれる存在だった筈だ、主従の契約を交わすことで従えることが出来るのだと魔導学園に通うリズが教えてくれた。
「頼んだぞゴルグ」
『ギュララ』
ガロスがゴルグと呼ばれた竜の喉を撫でると気持ちよさそうに鳴き、再び魔術陣の中へ消えていった。
「そういった穏やかな表情も出来るのだな」
余程可愛がっているのだろう、ゴルグを見つめる目は今迄見たどんな時よりも柔らかい。
「うるせえよ、んなことよりもだ」
咳払いをして頬の緩んでいた顔を引き締めようとしているが、あまり効果は出ていないということは指摘しない方が良さそうだ。
「そのうち連盟本部の方からお前に話が行くだろうから、その時はしっかり頼むぜ」
「覚えておこう」
いつまた血霧童子のような妖怪が出るとも限らない、出来る限りは情報を交わしておくべきだろう。
もっともその時に時間的な余裕があればの話ではあるのだが。
「話はこれで終わりだ、もう下がっていいぞ」
「そうか、では失礼する」
支部長私室を後にし酒場へ向かうと、ミーアが退屈そうに果実飲料に口を付けていた。
窓の外から差す光は赤みを帯びており、もうじき夜が訪れると分かる。
「待たしてしまってすまないな」
隣の席に座り彼女と同じ飲み物を注文する。
「お話は終わったの?」
「ああ、確認をしただけだからな」
まだミーアの表情は暗い、あの三人の事を振り切れて居ないのだろう。
それも仕方の無いことだ、例え彼らが今迄してきた行いを知らないとしても、自分が発端と考え責任をを感じてしまう物だ。
それに彼女は思考や発言が大人びているとは言えまだ幼いのだ、簡単に切り替える事は難しいのだろう。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
先程まで喋り通しだった喉を果実飲料で潤す、果肉を絞っただけとは思えない鮮やかな香りと深い味わいだ。
「これからどうするつもりだ?」
「どうしよっかな、また一人になっちゃったし……」
「また?」
「ミーアの家族はね、ミーアが今よりずっと幼かった頃に殺されちゃったんだ」
その声と瞳に憂いは残っていない、歳を経て乗り越えたのだろうか。
「そうか……」
この世界ではどこでも起こりえる事だ。
街の外へ出れば魔物や盗賊などに溢れた世界、どれだけ対策を講じようとも決して無くなることは無い。
「うん、それでね、助けてくれた騎士団の保護施設に入って、いっぱい頑張って勉強して強くなったんだよ」
「ああ、あれは見事な魔術だった」
あの広範囲な攻撃や、骨折を治癒してくれた魔術は厳しい修練の結果なのだろう。
「えへへ、それでね十三歳になったミーアは施設から出て一人でこの街に来たんだよ」
その場所がここよりどれだけ離れていたのかは分からない、だが例え近い距離だとしても人間がたった一人で街の外を出歩くにはこの世界は余りにも危険だ。
「でもミーアはじっとなんてしてられないよ、だって家族を殺した奴らは、まだ生きてるんだもん」
ミーアの瞳は酷く暗い憎しみに染まり、周囲の椅子や食器などが揺れ始める。
この現象は見たことがある、感情の揺れに伴い魔力が溢れ出している。
まだ精神の熟していない子供にはよくあることなのだと、父上は言っていた。
「がんばって来たのだな、ずっと」
「っ……」
ミーアの頭に手を置き優しく撫でる。
父上はよくそういった子達の頭を撫で、落ち着かせていたのを覚えている。
もっとも私に関しては感情的になった果てに流れ出る魔力も無かった為、それで父上の手を煩せる事は無かったが。
ただ人よりずっと力が強かった為、周りと同様に精神を落ち着ける修練は行っていた。
「もう、女の子の頭は簡単に触っちゃダメなんだよ……?」
「悪いが他に慰める方法を知らなくてな、すぐにやめよう」
手をどけようとすると、ミーアの小さな手がそれを掴んで離れる事を拒む。
「ううん、ミーアは嫌いじゃないから大丈夫だよ」
彼女の頬少し赤みを帯びている、とはいえこういった事をされるのは恥ずかしいのだろう。
「そうか」
だが嫌ではないのならば、彼女が望むままにこうするのもいいだろうか。
――――
――
「あの者達と出会ったのは、この街へ来て直ぐだったのか?」
落ち着きを取り戻した彼女の頭から手を離し、器を持ちながら彼女に問いかける。
「うん、ほらミーアってかわいいでしょ?」
「そうだな」
彼女も段々と出会った時のような雰囲気に戻ってきているようだ。
「……、それで色んな人が仲間に誘ってくれたんだけど、まだ人が怖くって、それで困ってた時に助けてくれたのがあの三人だったの」
「そうか」
彼女にとってはさぞ心強かった事だろう、そして彼女の孤独や幼さに付け込み近づき、他の冒険者達を傷つけ果てにはミーア自身の事を傷つけようとしていた。
(腐りきっている)
思わず力が入り過ぎそうになり、手に持った器を机に置く。
既に連盟には報告をし、連盟の資格も調べが付き次第取り消されることになっている。
ミーアに対しての謝罪もさせた、これ以上の行動は意味が無い。
一呼吸をして怒りに満ちそうな感情を静める。
「ミーアお腹すいちゃった、なんか食べよ?」
「そうだな、好きな物を頼むといい」
「きゃー!あーくん素敵」
二度と会う事も無い人間に腹を立てるよりも、傍にいる相手を思いやる事の方がよっぽど有意義だろう。
———
(早いところ代わりの武器を用意しなければな……)
「はいあーくん、あーん」
「……」
出来れば妖刀は人に向けたくはない、どのような影響があるか分からないからだ。
「どう?美味しい?」
「そうだな、好みの味だ」
「そうなんだー、作り方教えて貰っちゃおー」
弓でも戦えるが、様々な状況に対応するならば刀の代用は手に入れたい所だ。
「ミーアにもあーんして?あーん」
「……」
出来れば片刃であり、抜刀に適した形である事が一番いいが。
「もうあーくん、あーんてする時はあーんって言うの、もう一回!」
それも無ければ槍か斧が選択肢に入ってくる、無論扱えはするがやはり刀程の信頼は出来ない。
「……あーん」
「あーむ、あはっ、あーくんに食べさせて貰っちゃった……!」
すでに十を越える程は繰り返しているが、まだ新鮮な反応をする程にミーアは喜んでいる。
慰めになるならばと付き合ってはいるものの、それ程に嬉しいものなのだろうか?
「あーあ、食べ終わっちゃったね……」
「そうだな、では宿へ帰ろうか」
「はーい」
二人分の代金を従業員の前に置き席を立ち、腕に抱き着いて来たミーアと共に連盟の外に出る。
「そうだ、あーくんこれー」
ミーアがどこからか取り出した包みを手渡される、手に硬い感触が伝わり封を開けてみると中には少なくないお金が入っていた。
「今日の依頼の報酬だよ、受付嬢さんが二人分にしてくれたんだー」
「そうか、ありがたく貰っておこう」
今日は色々とあったからか、依頼の事が抜け落ちていた。
だが収入が増えた事はありがたい、武器を買う足しになる。
視線を感じながらも宿へと戻り、階段を上り部屋の前へ辿り着いた。
「ミーア、この付近で武器を扱っている店は知らないか?」
「知ってるけど、それじゃダメなの?」
「これも使えはするのだが……」
一度振るったとはいえどこれは妖刀なのだ、どうしても不安は拭い去れない。
「武器屋ならこの近くにあるよ、明日ミーアが連れてってあげる」
「そうか、では明日の朝に待ち合わせるとしよう」
「はーい」
ミーアが手を離し二つ隣の扉前に立つ、どうやら泊まっていた階は同じだったようだ。
「りーくんおやすみ!」
「おやすみ」
扉に手を掛けた所で小さく走ってくる音が聞こえ、飛び込んで来たミーアを受け止める。
「あれ?気付かれちゃった、こっそり近づいたつもりだったのに」
「長い修練の成果だ」
ミーアの身体は僅かに震えている、だがこれは仕方の無い事だ。
悪意を持った者達に狙われていたのだから。
「そっかー、でも正面から受け止めて貰えたから逆に良かったかも……」
「部屋に一人は怖いか?」
「……っ!うん、こわい、こわいよ……!」
顔を上げたミーアの目から、涙がこぼれ出していた。
「ミーア、もし一人が耐えられないのならば、今日は私の部屋に来るか?」
「……!本当にいいの……?」
「ああ」
「じゃあ、お邪魔しちゃおっかな……!」
気丈に笑顔を作るミーアを部屋に招き入れる。
————
先に汗を流し、ミーアが浴室にいる間に部屋の構造を見直す。
(侵入経路はこの部屋と寝室、そして入り口の扉)
これに関してはミーアの眠る傍に待機し、窓と扉の警戒をすれば問題は無い。
戦闘に関しては、人間相手ならば妖刀を使わずとも素手で仕留められる。
魔物であろうとも、中型以下ならば十分に対応は出来るだろう。
「あーくんあがったよー、じゃあ寝室行こ……?」
「ああ」
ミーアと共に寝室に入り、ベッドの傍に置かれた窓と扉を同時に監視できる椅子に座る。
「どうしたのあーくん」
「ここならば相手がどこから来ようとも護りきれる、安心して眠るといい」
「それじゃあーくんが眠れないよ?」
「私は一日二日程度起きていようとも変わらず行動できる、何も問題はない」
以前どれ程睡眠を取らずに変わらずに動けるかを試したことがある、結果として十日以上は眠らずとも行動は出来た。
それに比べれば数日眠らずにいようと大した問題は無い。
「もう、それだと私が気にしちゃうよ」
ミーアはベッドから立ち上がると、私の腕を掴む。
「怖いから近くにいて……」
「そうか、分かった」
同じ空間にいれば恐怖を抑えられると思っていたが、近くにいる方が和らぐのだろうか。
布団を捲り横になると、ミーアが近くに来て胸に抱き着いてくる。
多少動き辛くなってしまうが、これで怖くなくなるのならば仕方ない事だろう。
「りーくんのいい匂いがする……」
「先程汗を流したのだから、同じでは無いか?」
「にぶいんだから……、おやすみ」
「ああ、今はゆっくり休むといい」
私には果たすべき使命があり、もう少しで街を離れる。
だがせめて、ここにいる限りは安全な場所を提供してみせよう。




