未知
「この感覚は……」
思わず鞘を握る手に力が入る。
走る程に強まっていく暗く重い気配、これは刀を見つけた際に感じたモノと同じだ。
「妖刀が震えている……?」
この得体のしれない気配に反応しているのだろうか、だとすればあの死人と同じような存在である可能性は高い。
「急がなければ……!」
足に力を込めさらに強く地を蹴る。
――
――
「クソッ!こんなことってありかよ……!」
槍使いの男は状況に酷く困惑し、依頼を受けた事を後悔をしていた。
「ちくしょうが……!」
なんてことのない依頼の筈だった。
オークの討伐数が五十を超えるぐらいには依頼をこなしてきた、そして今回もいつも通り何の問題もなく終える筈だった。
『同胞の匂いがすっから降りて来たってのに、大外れじゃねえか……』
(こいつが出てくるまでは……!)
太い手足に筋肉質な赤い身体、人の二倍はある体躯、そして頭に生えた二本の角。
(オーガか?いやあの色の奴は見たことがねえ、それにあんな能力は持ってなかった)
オーガとは、積極的に人里を襲う事で恐れられる二足歩行の大型魔物だ。
当然依頼も受けた事があり特徴も調べ上げている、稀に強い個体が出ることも知っているがこの魔物とは似ても似つかない姿をしている。
『豚共も食い飽きた、そろそろ人里に降りるか』
(こんなのが森から出たら大変なことになる……!)
そんなことになればどれ程の犠牲が出るだろう、それを知らせるためにも一刻も速くここを離れなければならない。
(相棒は無事だろうか……)
「……うぅ」
遠くに倒れた仲間の一人が呻きき声を上げる。
『なんだまだ生きてたか、こっちの人間はしぶてえなァ』
魔物が倒れた仲間の腕を掴み持ち上げる。
(クソッ……!)
無事な右手で握った槍が軋む。
このままでは仲間が殺されてしまう、だが今出て行ったとしても手持ちに奴に通用する術などないい。
(見捨てて逃げるのが最適解ってか……)
『それにしてもよォ』
「!」
耳元で魔物の声が聞こえ、振り向きざまに短く持った槍を振り抜く、だがそれは奴の身体を傷つけることなく硬い肌で押しとどまった。
『こっちの奴らは術だけ鍛えてばっかで、精神が弱っちィ腑抜ばかりでいけねえなァ?』
「グゥッ……!」
巨大な手に首を掴まれ持ち上げられる。
『ただよォ味に関しては話は別だぜ』
(息が……)
首が折れない程に加減された力で、ゆっくりと気道を締め付けられていく。
『陰陽師の奴らもそうだったがよ、お前みたいに術を使う奴らの肉は格別なんだ』
魔物はこの世の物とは思えない程に恐ろしい笑みを見せる、口からはみ出した鋭い牙は人の骨など容易く噛み砕くだろう。
(やめろ……やめろ!)
魔物は槍使いを喰らう為に大きく口を開き、そして……。
『……あ?』
魔物の首と両肩の先が吹き飛んだ。
『……ああ?』
理解の追い付かないといった表情で固まった魔物の頭が地面に転がり、二人の冒険者を抱えた黒髪の男を見つめる。
「気付くのが遅れて済まない」
「あ、アンタは……」
「少し待て、手を外す」
アルマは槍使いともう一人の冒険者を掴んでいた手の指を掴むと、容易く圧し折り二人を解放した。
『そうかァ、お前だったんだなァ?同胞のやつはァ……』
二人の冒険者を離れた場所に隠すアルマを見つめ、魔物は獰猛な顔で笑う。
「お前は何者だ」
『そんなのお前なら分かるんじゃねえか?なあ同胞よ』
「同胞だと?」
アルマはその言葉の意味を考え、魔物を観察する。
「赤い肌に二本の角……、そうか、お前は鬼か」
『鬼』、人間では到底敵わない圧倒的な怪力と、人を弄び喰らう残忍な性格。
その性質から大変恐れられ、被害を受けないように神として祀る者達もいたという。
『正解だぜェ侍ィ!オレは近頃こっちのモンしか喰ってなくてよォ!久々に故郷のモンが喰えるって腹の虫も騒いでるぜェ!』
「!」
喧しく騒ぐ鬼の首や両腕が切り口から崩れ出し、真紅の煙へと変わっていく。
それは立ち尽くしたままの身体へと集まると、失った部位が再び成形され完全な姿へと戻った。
『ああァ、首が飛ばされるなんざァ久々だァ……』
鬼は肩や首を回し状態を確かめると、獰猛な笑顔を浮かべ自らの拳同士を打ち付けた。
『さァ喰らい合おうぜ!』
鬼の怒号が波動となり空気を伝い木々を揺らした。
「お前の言う日ノ本の侍はかつて鬼を斬ったという、ならば私もそれを成さねばな」
アルマは刀に手を掛け赤鬼を見据える。
「お前には彼らに並び立ち、そして超えるための礎になってもらうぞ」
『ハッハッハァ!侍はそうでなくっちゃなァ!』
鬼は雄叫びを上げ、アルマへと襲い掛かった。




