表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第四話 条件



「契約結婚……本気か?」


「本気です。」


 皇太子は喉を鳴らして笑った。そして、私の首から剣をゆっくりと離した。


「役に立つ、と言ったな。」


「はい、必ず役に立ちます。」


「……いいだろう、契約結婚しよう。」


「ちょっ、えっ、殿下!?」


 青白い顔で黙りこくっていたフォルティが、いきなり声を荒げた。


「本気ですか!?だって、だって!!」


「うるさい。」


 皇太子がフォルティを一瞥すると、背筋をタチウオのように伸ばして固まった。


「名前は?」


「私の名前は、セレンです。」


 セレンという名前は、人間では珍しい名前だったのかもしれない。皇太子は眉をひそめて『珍奇な名前だな』と呟いていた。


「セレン、契約書を書くから部屋に向かうぞ。」


「あ……歩けません。」


「……歩けない、とは?」


「歩き方を忘れてしまいました。」


 フォルティと皇太子は、二人とも頭をかかえていた。歩けないくせに役に立つ、契約結婚しようなんて言うのはおかしかったのだろうか。


 結果は悪くなかったので、問題はないと思ったが。


「……フォルティ、部屋まで運んでやれ。」


「は、はい!!……さ、背中に乗って。」


「ありがとう。」


 フォルティの背中に再び乗せてもらい、離宮の中を進んでいく。


(……結婚だなんて、馬鹿馬鹿しい。)


 誰かと結ばれることは、そんなに喜ばしいことなのだろうか。私に求婚してきた人魚はいるが……正直なところ、理解ができなかった。


 これは契約結婚。愛など当然あるはずもなく、私にとっては最適な手段だったのかもしれない。


 人間からの愛なんていらない、人魚として母なる海へ戻るまでの辛抱。


「着いたわよ、降りて。」


 いつの間にか知らない部屋まで連れられていて、ふかふかした謎の物体の上に降ろされた。


「不思議。」


「え、ソファのことも覚えてないの?」


「うん、初めて。」


「なんというか……残った記憶が断片的なのね……」


 フォルティは苦笑した。しかし、皇太子が話を始めたので、彼女は口を固く結んで凛とした表情になった。


「セレン、君はどんな契約を提示するんだ。」


「まず、私には目標があります。内容は言えません。」


 私は皇太子に三つの条件を提示する。


 一つ、互いの干渉は必要最低限にすること。


 二つ、私が形式上だけの妻となること。


 三つ、目標が果たされれば離縁すること。


「この三つを守っていただき、私も厳守します。」


「……いいだろう。だが、こちらからも条件がある。」 


「条件?」


「……俺の妹についてだ。」


 そう言った皇太子の表情は少しだけ柔らかく見えた。


 妹に何かあったのだろうか、それともとてつもなく凶暴な人間だったりするのだろうか。サメみたいに。


(……いいえ、契約だったとしても、結婚相手の妹に失礼な発言だったわ。)


「妹さん、どうかしたのですか?」


「……病気なんだ。」


 皇太子の深刻そうな顔から、重い病気なのは一目瞭然だった。その場の雰囲気が一変して、私は嫌な予感がして冷や汗を流した。


「リッテは、おてんばで元気な可愛い妹だ。」


「そうなんですね。」


「……だが、もう長いこと寝込んでいる。原因は分からない、医者も匙を投げるほどだ。」


(私の鱗なら、どんな病気も治せるけど……)


 復讐する上で、致命傷を負ってしまった。そんな時のために自らの鱗を剥いだ。


 当然、鱗を剥ぐのはとてつもなく痛かった。そして、鱗一枚で寿命が十年ほど短くなる。


 それほど、人魚にとって大切なものなのだ。


 他人のために使うことはしたくない。


「役に立つと言っただろう、君に病気は治せるか?」


 一番呑みたくない条件を出されてしまった。


 ここで治せると言わなくては追い出される。しかし、治すには鱗を使わなければならない。


 そして、私が人魚だということを知られてしまう可能性がある。


 人魚だと知られてしまえば、きっと皇太子も欲に溺れるだろう。


 肉を食らえば寿命が延びる。鱗は薬になり、血を飲めば若返り美しくなれる。


 人魚は人間にとって、万能な生き物だから。


 しかし、カノン姉様のために、私は何でもする。


「俺は、妹のためなら何を差し出しても構わない。」


 皇太子にそう言われて、私は息を呑んだ。


(ああ、この人間は"一緒"だ。)


 愛する者のためなら、どんなことでもやってみせる。


 それが、自分の立場や尊厳を捨てる選択になったとしても。


(今さら後戻りなんてするものか、このまま私は復讐を果たすのよ。)


「わかりました、私が病気を治しましょう。」


「……本当か?」


「ただし、その妹さんに一度会わせてほしいです。」


「……あぁ、準備が整ったらすぐに宮殿に帰ろう。」


 皇太子はくしゃりと顔を歪ませてから、片手で顔をすっぽり覆い隠してしまった。


 愛する者を大切に思う気持ちは、私にもよくわかる。


「フォルティ、魔道士にスクロールを用意させるよう指示してくれ。」


「わ……かりました。」


 フォルティはバタバタと走り去っていき、皇太子と二人きりになってしまった。


 数日間寝ずに動いていたような、そんな疲れが私を襲ってくる。

 

(頭が痛い……なんとか生き残れた……)


 安堵するにはまだ早い、これから皇太子の妹の病気を診ないといけないから。


「皇太子殿下、失礼します。スクロールの準備が整いました。」


「セレン、出発するぞ。」


「はい。」


 先ほどから気になっていたのだが、スクロールとは何なのだろうか。魔道士は……魔法使いのことだと予想できるが。


 魔道士が抱えているものを皇太子に渡して、皇太子はそれを開いた。


「スクロールって、何です?」


「……あぁそうか、記憶がないのか。これは魔法が込められた紙、とでも言っておこう。」


 分厚い紙を覗いてみると、赤い紋が書いてあった。


「魔法陣に血を付けると、描かれている魔法が発動する。」


(魔法を使うには血を使う。そこは人魚と変わらないのね。)


「これは、何の魔法ですか?」


「移動魔法だ、位置を宮殿に設定してある。」


 ……つまりは、これに血を使えば魔法が使える。そして、宮殿まで移動できる。


(こ、これなら私にも魔法が……!!)



「さあ、急ぐぞ。」


 皇太子は私の隣に座って、魔道士が手に持っているナイフで自分の指先を傷つけた。


 すると、私は皇太子に手を取られた。


(温かい。)


 人間は温かい生き物だと知った。人魚は海の中で暮らしているので、体温が低いのだ。


 太陽の光にも似たような温かさ。大きな手に私の手が包まれているのを見て、何とも言えない気持ちになった。


 皇太子はスクロールに指先を付ける。


 赤い魔法陣が浮き出て、私達の周りが淡く光っていく。皇太子の方を向くと、アイスラベンダーの瞳と目が合った。


「酔うぞ、目を閉じたほうがいい。」


 私は慌てながら、皇太子の言った通りに目を閉じた。それから一瞬体が浮いたような感覚がして、辺りの空気が変わる。


 どこか冷たくて、獲物を狙う大きなシャチを思わせる緊迫感がある。


 ゆっくりと目を開ける。そこは先ほどの部屋とは違う、知らない場所だった。


 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ