第二話 追想と二本の足
「セレン、私達は人魚姫の末裔なんですって!」
「カノン姉様、それは本当なの?」
人間の作った物がたくさん集まる秘密基地、海月の縦穴が私達の隠れ家。カノン姉様は、大切にしているフォークとやらをいじりながらそう言った。
「ご先祖さまの人魚姫さまは、人間に恋をして同族になれる薬を飲んだの。」
「うん、有名な話だから知ってるわよ。」
「素敵だと思わない?違う種族でも、愛があれば繋がれるの。」
フォークを木箱にしまってから、カノン姉様は縦穴の上を指差した。真珠のように……いや、それよりも眩しく美しい日の光が差し込んでいる。
「人魚姫さまは、人間になる直前に卵を産んだのよ。」
「そうなの?」
「うん、その卵から産まれたのが、おじいさまなのよ。」
カノン姉様は私の手を取った。そして、お互いの顔を見つめ合う形になる。
目を合わせているはずなのに、カノン姉様はどこか遠くを見ている。まるで、未来を見据えているかのように。
私はそう感じ取ってしまい、少し寂しくなった。カノン姉様は私を置いてどこかへ行ってしまうのではないか。
「カノン姉様__」
「あのね!私、人間の住む地上に行ってみたいの!」
希望に満ち溢れた瞳を輝かせ、誰よりも美しく微笑んでいた。
そんなカノン姉様を目前にした私は、何も言うことができなかった。いや、許されなかったのだ。
カノン姉様のほうが早く産まれたので、私は妹になった。それでも、卵の時からずっと一緒だった。
他の兄弟は産まれず、私達だけが残った。それぞれが、お互いの特別なんだって思っていたのに。
だが、私はカノン姉様の希望を踏みにじることはできない__それが願いなら、私は応援しなければ。
「カノン姉様の願いは叶う!いつかきっと、人間の世界へ行けるわ!」
「ふふ、ありがとうセレン。」
それが、カノン姉様との最後の会話だった。
◇◇◇
「こんな場所で何をしているの。」
(人間?)
何の夢を見ていたのだろうか。目のあたりが熱くて、水が頬についている。
(そうか、ここはもう海じゃないから……)
海に混じることなく、私の涙は水滴となって頬に残っている。そう理解して、私は人間になってしまったと実感した。
__いや、それより目の前の人間をどうにかしなければ。
元人魚だということがバレてしまえば、何をされるかわからない。
しかし、人間の言葉を流暢に話すことができないのだ。薬の効果なのかはわからないが、相手が言っていることは伝わる。
「質問に答えて、何をしているの?」
人魚と人間では、発声器官のつくりが違う。人間になったとはいえ、すぐに人間の言葉を話せるはずもない。
幸いにも、往来する船の上で話す人間を、よくカノン姉様とこっそり見ていた。
(よく思い出して……違和感のないような言葉を選ぶのよ……!)
「……昼寝。」
「昼寝……砂浜で?」
人間は怪奇そうな顔をして、腰に携えた剣を抜くような素振りを見せた。
(このままでは切られてしまう……)
復讐相手である王子が治める国は、ファンシュバキアという名前だったはず。ここがそうならば、すぐに情報を集めなければ。
「ここ、どこですか。」
「……記憶喪失なのかしら?」
(やった、剣から手を離した。)
この場所で昼寝をしていたのに、どこなのかわかっていない。そんな私を記憶喪失した人間だと勘違いしてくれたらしい。
ならば、このまま記憶喪失のふりをして、情報を聞き出そう。
「ここはファンシュバキア王国よ、わかる?」
「王国……?」
「そう、イリオス王子殿下が治める国よ。」
人間……姿形からして女性。彼女は剣を腰に携え、赤く長い髪を一つにくくっている。
(地上の騎士は、女性も剣を持つの?)
「あなたは、騎士?」
「そうよ。ま、この国の騎士じゃないけど。」
そう言った騎士の女性は、胸元にある金属製の……フジツボ?を誇らしげに見せてきた。
「見て、これはアトラス皇国の皇室騎士団に贈られるブローチよ。」
(なるほど、あのフジツボはブローチって言うのね。)
それよりも、王国と皇国。つまりは二つの国が出てきたことに驚いた。
地上には、国がたくさんあるらしい。人魚の国は一つだけで、あとは小さな集落がたくさんあるだけだった。
「皇国……王国……」
「本当に何も知らないのね……こんなに綺麗な子なんだから、どこかのご令嬢かしら?」
私の着ている服をつまんで、騎士の女性はそう言った。
そういえば、私はなぜ服を着ているのだろうか。これも薬の効果……というより、魔女の慈悲?
おそらくワンピースという名前の服だろう、人間の女性が着ているイメージがある服だ。しかし、白色のウミウシみたいなものがたくさん付いている。
(わからない……わからないことだらけ……)
ある程度人間について知っているつもりだったが、こんなにわからないことがあるなんて思わなかった。
頭の中で思考がぐるぐる回って、詰まって、熱くなる。復讐しないといけないのに、知らないことが多すぎて悔しい。
目頭が熱くなってきたところで、騎士の女性が私の頭を撫でた。
「……なんだか、かわいそうになってきたわ。」
騎士の女性は、『このまま置いていっても誰かに捕まるだろうし……』とつぶやいて、私に手を差し伸べた。
「貴女、私と一緒に来てくれる?ひとまず皇太子殿下に相談したいから。」
どうやら、記憶を失っている(という設定の)私を不憫に思ったようだ。騎士の女性は情に流されやすいらしい。
ちょうどいい。位の高い人間を利用しようと思っていた。あるもの全てを使って、のし上がる。それが私のすべきことだから。
「ありがとう、騎士の女性。」
お礼を言いながら優しく微笑むだけで、彼女は頬を少し染めた。予想はしていたが……やはり、私の顔は武器になるようだ。
「独特な喋り方ね……私はフォルティよ。」
騎士の女性__フォルティは、咳払いをしてからそう言った。眉を八の字にして、困ったような……いや、呆れたような笑顔を見せている。
「フォルティ……ありがとう。」
私は差し出された手を取って……
と、取って……
「どうしたの?早く立ちなさい。」
「た、た……」
「た?」
「立てない……」




