第十六話 生きていた
注意書きです!
今回、ちょっと精神的につらい回になってます。苦手な方はブラウザバックを推奨します。
約束通り、誰もが待ち望んだ展示会は翌日に開催された。王妃が言っていた通り、私とエディアスが最初の客。他の国民は、私達が鑑賞を終えてから入場を許されることになっている。
会場の前、エディアスと私は重たいものを抱えたまま立っていた。
王妃の考えていることがわからない。それは彼と私、お互いに共通していることだと言える。
__そこで微かに感じた、潮の香り。
海で発見した蒐集品だとしても、こんなに強く香ることはないだろう。ならばこの、懐かしくありながらどこか胸をざらつかせるような感覚は?
「お二方。準備が整いましたので、中へどうぞ。」
会場の扉を開けて、レベリオ王妃が顔をのぞかせる。その表情はいつも通り、作り物のような微笑みを浮かべていた。
私達は息を呑み、会場へと一歩踏み出した。
「ようこそ、私の展示会へ!まずは、こちらをご覧ください。」
レベリオ王妃が指差したのは、大きな水槽だった。透き通った水で満たされた中に、淡く光る粒が一つ。
「これは、青い真珠と申しますの。深海で採れた貴重な宝珠でして、海の女神の祝福の象徴なんですよ。」
この水は、海水なのだろうか。海よりもはるかに少量の水、そのはずなのに__潮の香りがやけに濃いような。
「続いては、歌わない貝殻のオルゴールです。はるか昔の海の民が作った、とても素晴らしい民芸品ですわ。」
違和感を抱えたまま、次の展示品に移る。小さくて可愛らしい貝殻にゼンマイがついたそれを、王妃は回してみせた。
「この通り、音が鳴らないんですよ。ぜひ、皇妃も鳴らしてみてください。」
手のひらに乗せられた、小さな貝殻のオルゴール。しかし、私にはそれがとても重たく感じた。先ほどの王妃のように、私はゼンマイに手をかけてくるくると回してみる。
__瞬間、和音が奏でられた。
「あら。どうやら、皇妃のことが気に入ったみたいですわ。」
丁寧に奏でられた和音の中に、何か違う音が聞こえる。エディアスもレベリオ王妃も、この音には気づいていないようだ。
(……誰かの悲鳴?それとも、そう聞こえただけ?)
耳を澄ませると、微かに悲鳴のようなものが聞こえる。とても悲痛で、まるで助けてほしいと言っているかのような……
「さあ、次の展示へ行きましょう。」
レベリオ王妃は私達を急かすようにして、先を進み始める。
すると、エディアスが私の手元を見た。眉がほんの少しだけ寄せられている。自分の手のひらを確認すると、ひどく震えていた。
(なぜだかはわからない、けど__怖い。)
「これは、私の蒐集品の中でもお気に入りなんです。」
そう言った王妃は、小さなガラスケースを指差した。中に収められていたのは、小さな骨片。白く細いそれは、綺麗に磨かれて大切に保管されている。
「こちらは、とても古い海の民の護符ですの。」
王妃は誇らしく微笑んだ。しかし、それが私にとって悪魔のような微笑みにさえ見えた。
「歌を封じ、災いを鎮める骨と呼ばれていたものです。美しい歌声を永遠に留めるための……儀式の名残です。」
喉の奥が、きゅっと締め付けられる。息をうまく吸えなくなり、理由もなく、声を出せなくなった。
(違う、違う……!!)
これは、護符なんかではない。
近づいただけで分かってしまった。
(喉だ。)
歌うための骨__声を出すための、人魚の喉。
削られ、磨かれ、美しい形にされただけの残骸。
それは、海の匂いをまとっていなかった。涙と恐怖に塗れた、血の匂いが染み付いている。
最後に吐き出された、救いを求める声が。この人魚の悲痛な叫びが__私の耳にこだましているように、耳鳴りが止まらなかった。
「セレン?」
エディアスの声が遠く聞こえる。震えと冷や汗が止まらない。それを隠すこともできず、視界がにじんでいく。
「どうですか?とっても繊細でしょう?」
レベリオ王妃は、私に気づかないフリをして言う。
「"素材"が良かったので、ほぼ手を加えておりませんの。」
__素材。彼女は人魚のことを資源として見ている。
次の瞬間、私の視界は真っ暗になった……というより、遮られた。
「……次へ行こう。」
低く、短い声。
視界を遮ってくれたのは、エディアスだった。彼は私の前に立って、骨と私の間に壁を作ってくれた。
展示に向けられた言葉ではなく、私へ向けた声。その声が、私を幾分か落ち着かせた。
「あら……では、次の展示へ向かいましょう。」
王妃は抑揚のない声でそう言って、私達の前を歩いていった。エディアスに支えられながら、私も後をついていく。ガラスケース越しに、磨かれた骨が鈍く光ったような気がした。
__歌えなくなった声が、今もそこに閉じ込められたまま。
「さあ、次も私のお気に入りです。」
世界が平面になりそうなのを抑えながら、私は前を見た__見なければよかったと後悔するほどの光景が、そこには広がっていた。
「人魚の"鱗"ですわ!」
ガラスケース一面に詰められた鱗。これは、人魚の鱗で間違いないだろう。ガラスケースの隣には、装身具とドレスが飾られている。どれも、人魚の鱗が使われていた。
「人魚の鱗は綺麗ですが、他になにも用途がございません。なので、装飾として加工すればいいと思いましたのよ。」
飾られている鱗は、一人分ではなかった。この色、この艶、この厚み__何人もの人魚の一部。
「レベリオ、これは__」
「さらに、この水晶をご覧くださいませ。これは人魚の歌が記録されたものですの。」
次に取り出されたその水晶を、レベリオ王妃は軽くこすった。すると、人魚の歌が流れ始める。
「……不快な雑音にしか聞こえないが。」
「ええ、ですが……人魚の歌を記録できたので貴重なものです。」
これは人魚の言語で歌われている。人間には雑音にしか聞こえないらしいが、私にははっきり聞こえる。
美しい旋律を奏でていたが、何かが切れるような音を立てて途切れてしまった。
「他の人魚の歌声もあります。」
王妃がもう一つ、水晶を撫でた。別の人魚の歌が奏でられる。しかし、それも途中で切れてしまった。
(……歌が、引き裂かれた。)
最後に、小さな悲鳴が聞こえた気がした。歌を記録し終えると、その人魚は……
「あら、お気に召しませんでした?」
「……いいえ。」
どれも美しくありながら__残酷である。
「……ならば、とっておきをお見せいたしましょう。こちらにどうぞ。」
レベリオ王妃に手を引かれて、断ることもできずに連れて行かれる。足がもつれながらも、抵抗するこもはできなかった。後ろからエディアスも来ているが、手を差し伸ばしたかと思えばすぐに引っ込めていた。
「この部屋は特別な人しか入れません。さあ、ご覧あれ!」
目を疑った。言葉を失った。
「ぁ……」
目は閉じていて、口元がわずかに開いている。腰から下は布で覆われていた。
「これは『人魚のはく製』ですの。」
同族の私にはわかってしまう。この人魚は、最後まで歌おうとしていた。きっと、人魚である自分を貫こうとしていたのだ。
「完全な形にするかどうか、迷っていますの。"生きていた頃"の面影が、一番残る状態ですから。」
足が震えてうまく立てない。地面に座り込みそうなところを、エディアスが支えてくれた。
「すまない、王妃。このあたりで退出させてもらう。」
エディアスは私を横向きに抱いて、足早に部屋を去った。会場を抜けて、城門の方角へと走っていく。
私はその間、言葉を発さなかった。ただ静かに涙を流すことしか、できなかったから。




