第十五話 祝祭の影
三日後。
王国使節団の到着を目前に控えた皇都は、王妃主催の展示会を祝う準備も相まって、祝祭のような華やかさに包まれていた。
通りには王国と皇国の旗が掲げられ、人々は浮き立った声で、展示会に関しての噂を交わしている。
けれど__私には、その賑やかさが遠く感じられた。
心に残る、冷たい違和感。
あの王妃と、また対面しなければならない。それだけで、呼吸が浅くなった。
「そろそろ到着するらしい。」
私の隣に立っているエディアスが、少しうわずったような声でそう言った。
皇都正門前の迎賓広場には、たくさんの近衛兵が規則的に並んでいる。通りの両端には見物人が集まっており、風に揺れる二国の旗が、乾いた音を立てている。
__公式の出迎え、もう逃げ場はない。
遠くから、豪華な装飾の施された馬車が、ゆっくり確実に向かってくる。
(平静を保つのよ、セレン。)
震えだしそうな冷えた指先をきゅっと握る。エディアスも緊張しているのか、いつもより口を硬く結んでいた。
そして__馬の蹄鉄の音が響き、ついに馬車が目の前に止まった。扉が御者によりゆっくり開かれ、夜空の星を束ねたような銀髪が目に入った。
「このように温かく迎え入れていただけて光栄です、皇国の皆様。」
「ようこそ、レベリオ王妃。」
「私達一同、王妃を歓迎いたします。」
私がそう上辺だけの言葉を伝えると、王妃は鮮やかな紫色の瞳を私に向けた。
顔、首元、指先と、なぞるように視線が下りていく。
「……セレン皇妃、今日も本当に美しいですね。」
「ありがとうございます。」
すると、エディアスが半歩、私の前に立つ。
その瞳には警戒はなく、代わりに__消えない影のようなものが滲んでいた。
「長旅、お疲れでしょう。皇都では万全なもてなしを用意しております。」
「……あら、そうですか。それはありがたいですわ。」
距離は近いのに、その背中は遠かった。過去に向けて身構えているようにも見えた。
「展示会では、私の集めた蒐集品を皇国の皆様にもお披露目したくて。」
レベリオ王妃は不気味とも言える笑みを浮かべ、楽しげにしている。
「構成も演出も……全て私が整えましたのよ。」
見物人は展示されるものを予想しては、他人と考えを分け合っている。だが、私にはそれほどの熱量はなかった。
寧ろ……冷たい何かが、とてもよくないものが__渦潮のようにぐるぐると激しく回っていた。
「……とても楽しみです。」
「ええ、ぜひ皇妃に『一番に』見てもらいたいですわ。」
光を通していない紫が、私をまっすぐに射抜いた。
「きっと、美的感覚も優れていらっしゃるでしょうし。ねぇ?」
「あ……」
何も言えない。肯定も否定もその場ではできなかった。それほどの何かを私に見せたいのだろうか。
「……ここまでにしましょう、休息できる場所まで案内します。」
「あら、お気遣いありがとう。お言葉に甘えさせていただきますわ。」
エディアスは私を一瞬だけ見て、またレベリオ王妃に視線を戻す。
(助け舟を出してくれたの?)
そう思って、胸のあたりがじんわりとあたたまったのもつかの間。レベリオ王妃はエディアスに近づいて、手の甲を上にして差し出した。
「疲れてしまって……エスコートしてくださる?」
私とエディアスの周りだけが、温度をなくしたように冷たくなった。まるで時が止まってしまったように動けなくなる。
「……すまない、俺にはセレンがいる。」
すると、エディアスが私の腰を優しく引いた。私の心臓が跳ねると同時に、王妃の眼差しが鋭くなったような気がした。
「……あら、そう。」
『皇妃殿下は妻としてとても大切にされているのね!』『一途でまっすぐな皇太子殿下、素敵だわ。うちの旦那もああだったらいいのに。』
人々がざわつき、たくさんの小声が耳に届いた。
(私は、大切にされているように見えるのね。)
そう思った瞬間に、怖くなった。
確かに、エディアスのそばにいると守られているという安心感がある。だが__それを他人に、王妃に見られているという事実が、ただ怖かった。
ふと視線を上げると、レベリオ王妃と目が合った。
美しい紫色の瞳は、確かに美しい。なのに、ありのままの姿だった宝石を磨き、カットしたような……そんな違和感を感じた。
「……仲がよろしいこと。」
微笑みを携えたまま、王妃はそう呟いた。その言葉は柔らかくありながら、どこかに棘を含んでいるようだった。
「ええ、とても。」
そう答えたエディアスは、私の腰に添えてある手に力を入れた。離さないと示すように。
「設営は迅速に終わらせるので、明日には展示を見られるかと。」
(明日……)
思っていたよりもはるかに早い。早くて二日後くらいかと思っていたのに。
「きっと、忘れられない時間になるでしょう。」
__その言葉だけが、嫌に耳に残って消えなかった。
私が忘れられないほどに、素晴らしい蒐集品があるのだろうか。それとも……心を抉るほどの惨たらしい蒐集品?
どちらにせよ、王妃は何かを企んでいる。そう思わないと、自分の身を守れそうにない。
「では、案内だけしてもらえますか?」
「ええ、もちろんです。」
エディアスは私の腰を抱いたまま、ゆっくりと歩き始めた。周りから黄色い歓声が響き、頭が痛くなる。
後ろをついてきているレベリオ王妃の顔は見えなかったが、きっと微笑みを崩さないままなのだろう。
祝いと喜びの喧騒の中で、私の背中を、どろりとした予感がなぞっていった。




