第十三話 ねじ曲げられた記録
次の日の朝。私は過去の記録を調べるために、エディアスの元へ向かっていた。
図書室を使う許可を得られれば、復讐するための情報源になる。
私がこうして動き始めたのは、レベリオ王妃のことが気になったから。
昨日の彼女は__やはり、どこかおかしな様子だった。
綺麗な微笑みを浮かべていたが、どこか悲しげで……怒りを孕んでいたように見えたのだ。
それに、レベリオ王妃はイリオスに最も近い存在。
彼女について調べたら、何か有用な手がかりが掴めるかもしれない。
しかし、どこを探してもエディアスが見当たらなかったので、私は温室に向かった。
すると、エディアスが一輪の花を撫でているのを見つけた。
「エディアス、少しいいですか?」
「……ああ、セレンか。」
「図書室を使いたいのですが……」
「自由に使ってもらって構わない。」
鮮やかな青色の花を、慈しむように大きな手で包んでいる。
その仕草は、誰かを思い出すように静かなものだった。
「そのお花、好きなんですか?」
「……子供の頃にな。」
温室に来ると、どうしても目に入る。
エディアスはそう言って、名残惜しそうに花から手を離す。
何故だろう。昨日の王妃の指先と、エディアスの仕草が、同じものを触れているように見えた。
「昔の記録は、図書室に残っていますか?」
「あると思うが……」
「調べたいことがあるんです。」
「好きなだけ読み漁るといい。」
淡々とした答えに、壁を感じてしまった。
王妃に会ってから、エディアスの様子もおかしくなっている。
(やっぱり、子供の頃のこと?)
私は海にいたのだから、二人の過去なんて知る由もない。
__胸がズキズキと痛み、涙が出そうになった。
◇◇◇
温室を離れ、図書室へとやってきた。
私は早速、王国に__レベリオ王妃に関する資料をかき集めた。
そこで見つけたのは、侍女の日記帳だった。
過去資料の整理の際、まとめて保管されたのだろうか。
詳しい情報が知りたいので閲覧させてもらうことにした。
『アストリア家のレベリオ様は、人の顔色を読むのが苦手で、思ったことをそのまま口にしてしまう不器用な方だった。』
(素直な性格だった?なら、今の王妃は……)
次々とページをめくっては、全て記憶していく。
『病弱だったレベリオ様は、花よりも剣を好む方だった。よく、エディアス坊ちゃまの鍛錬を見て喜んでいた。』
半分ほど読んだが、以降のページは全て何も書かれていなかった。
昨日の作り物のような笑みと、記録の中のレベリオ王妃。
あまりにも矛盾している。記録の中の王妃は感情があって、迷いがかって、未完成で__ちゃんと生きているのに。
(なら、イリオスと結ばれて何かが変わった……?)
私は王国の記録を開いて、イリオスが産まれた年から順に見ていく。
(……出てきた。)
レベリオ、という名前が出てきたのは、イリオスがまだ十代のころ。
レベリオは当時、少し幼さが残った年齢だったらしい。
紙をめくる音、大きくなっていく疑問。
何ページか進んだところで、私は目を見開き言葉を失った。
(ここだけ、破られてるわ……!)
指先が紙の裂け目に触れて、冷たい感触が背筋に走った。
意図的に破られたであろうページ。
誰かが何かを隠蔽した、という事実に、唇が震えた。
私は慌てて他の文献も見る。
『レベリオ・アストリア。幼少期から才色兼備と称された彼女は、社交界においても常に模範的な振る舞いを見せる。感情の起伏が少なく、理性的な女性として国民から人気であり__』
この文献が書かれたのは二年前。
ちょうど、カノン姉様が亡くなったころだ。
__偶然とは思えなかった。
破られたところから次のページに飛ぶと、現在から一年前の出来事が書かれていた。そして、人魚の密漁が増えたことも。
二年前、何かが確実にあった。
それを、誰かが隠したかった?
一体誰が__そう考えた時に、出てきたのはプラチナブロンドの髪だった。
「イリオス……?」
無意識にそう呟いていた。
イリオスは美しさに固執している。
それから、カノン姉様を拐っていった……
(人魚密漁も、彼の仕業なの……?)
美しい人魚をコレクションにしたいのか、もしくは__別の目的があるのか。
「……王妃にいったい、何があったの?」
破られた紙の断面をなぞった指先に、微かな痛みが走る。
__それはまるで、これ以上知るな。と、誰かに警告されているようだった。
◇◇◇
一方そのころ、温室では。
エディアスは青色の花に触れたまま、動けずにいた。
あの日も、同じ花を見ていた。
脳裏に蘇る記憶が、エディアスの心を締め付ける。
「どうして、こんなことに。」
呻くように低く漏れた声と同時に、エディアスの表情が痛みに歪んだ。
「あの時、俺が間違えてしまったんだ。」
伸ばされた手を、俺が振り払った。
守るつもりで選んだ言葉は、取り返しがつかないほどに彼女を傷つけた。
その事実と後悔が、今も胸に深く沈んでいる。
指先にじわりと力がこもり、花弁がくしゃりと震える。その柔らかさが、かえって胸を突き刺した。




