表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

第十一話 王妃

 


 会場に戻ると、人々は男女でペアになっていた。


 音楽が奏でられ、いよいよワルツが始まる。


 __のはいいのだが、私は踊り方を知らない。


「エディアス……私、踊れないです。」


「心配いらない、俺がエスコートする。」


「本当ですか?」


「ああ……だから、君に触れても構わないだろうか。」


 一瞬、言葉が詰まった。


 触れられても嫌な気持ちにならない、寧ろなぜか安心する。そんな気がしてならない。


 この感情の名前は、何というのだろうか。


「構いません、よろしくお願いします。」


 そう答えると、エディアスの手がそっと伸びてくる。


 指先が触れ合い、熱を共有していく。


 腰に添えられた手は、酷く優しいものだった。


「力を抜いていい。音楽に合わせて俺についてきてくれ。」


「わかりました。」


 周りの人々の踊りに混ざり、私達もワルツを踊り始めた。


 少しずつ回りながらステップを踏んで、エディアスの動きを追いかける。


(ワルツ、結構楽しいかも……)


 チラリと横を見た。男女が幸せそうに笑みを浮かべ、くるくると華麗にターンをしている。


 その時、私はバランスを崩してしまった。


 ヒールの靴はやはり慣れない。足を踏み外してしまい、私は横に傾いた。


「__ッ大丈夫か?」


 腰に添えられた手に力が入った。


 ぐらりと傾いた体を、彼の腕が引き寄せた。まるで、波にすくわれるように。


 エディアスに抱きとめられていると気づいた瞬間、頬にじんわりと熱が灯る。


「ご、ごめんなさい。」


「よそ見をすると危ない、俺に集中するんだ。」


 胸元から伝わる彼の鼓動と、自分の高鳴る鼓動が重なって、私は息を詰まらせた。


 不思議と、この距離が嫌ではなかった。


(私の鼓動、伝わってないよね……?)


 何故こんなにドキドキするの?転倒しそうになったから?


 なら、どうして__こんなにもエディアスが輝いて見えるの? 


 胸の奥がきゅっと締め付けられる。私は短く息を吐いた。


(私、変だわ。)


 触れられるのが怖くない。寧ろ、心地よくて離れがたい。


 私はしゃんと立ち直して、再びワルツを踊る。


 ふと、彼の視線が私を捉える。


 心配そうに細められたアイスラベンダーの瞳に、胸がざわついた。


「本当に大丈夫か?」


 その声は、低くて優しい、穏やかな声だった。


 そんな声を聞くだけで、胸の奥がじんと熱くなった。


「ええ、大丈夫です。」


 __音楽がフィナーレに近づいていく。


 エディアスに合わせてステップを踏む。クラゲが水中を揺蕩うように、ふわふわと。


 最後の旋律が静かにホールに溶けていく。


 名残惜しいほどの静寂の中で、私達はゆっくりと手を離す。


(あたたかい。)

 

 触れていた指先も、私の心も。その温もりは、簡単には消えてくれなかった。


 答えの出ない感情を胸に抱いたまま、私は小さく息を整えた。


「あの__」


「素晴らしいダンスでしたね。」


 私が言いかけた言葉に被せるように、淑やかな女性の声が耳に響く。


「レベリオ王妃。」


「久しぶりですね、エディアス殿下。」


 私達の前で立ち止まったその姿は、凛としていてどこか冷たい印象を受けた。


 レベリオ王妃__イリオスの妻。


「その女性は……あぁ、妻になる予定の女性でしたね。」


「えっと……」


「挨拶は大丈夫です。イリオスから聞きましたよ、とても聡明な方なんだ、って。」


 優しげな微笑みは、誰が見ても穏やかな女性に見えるだろう。しかし、その視線には温度を持っていないように感じる。


 __私はどうして緊張しているの?


「お褒めの言葉をありがとうございます。」


 私が口を開くと、空気が鋭く冷えた気がした。 


「エディアス、貴方は変わったのね。」


「変わった、とは?」


「だって、私以外の女性が苦手だったじゃない。」


 私の肩が微かに揺れた。


 その言葉が棘のように残る。


「確かに、昔はそうだった__だが、今は違う。」


 エディアスはレベリオ王妃から目を離して、私と目を合わせた。それだけで、私の頬に熱が集まっていく。


「不思議なんだ、セレンといると心が安らぐ。」


 目元がきゅっと細められて、口角が微妙に上を向いている。


「それに、放っておけないんだ。そばにいないと落ち着かない。」


 この感情の名前を知りたい。


 カノン姉様やリッテから向けられる視線とも違う、その優しい眼差しは何なのだろう。


「……そう、いい人と出会えてよかったですね。」


「ああ。」


 一瞬の沈黙のあと、この世で一番嫌いな声が耳に届いた。


「レベリオ、こんなところにいたのか。」


「イリオス。」


 平静を保つために小さく息を吐き、痙攣しそうな口角を抑えて笑顔を保った。


「……何を話してたの?」


「セレンさんがエディアス殿下に"お似合い"だという話ですわ。」


「確かに"お似合い"だな。」


 微笑みを崩さないレベリオ王妃、先ほどから私から目を離さないイリオス。


 それから__レベリオ王妃を見つめる、エディアス。


(何故、彼女を見るの?何か、心残りでもあるの?)


 その瞬間、レベリオ王妃の指先が、わずかに震えた。


 しかし、すぐ優雅に組み直される手。


 ほんの一瞬、何かを抑えきれなかったような__そんな表れのような気がした。


 微笑んでいるが、王妃の瞳には光が灯っていないように見える。


 これは__嫉妬?


 いいえ、そんなはずはない。だって、彼女はイリオスの妻なのだから。


(この違和感は、一体なんなの?)


「エディアス殿下、私達は他の方に挨拶をしてきますので。」


「ああ。」


「では、ごきげんよう。」


 レベリオ王妃はそう言うと、イリオスの手を引いて群衆の中へ溶けていった。

 

 まるで、イリオスをこの場から遠ざけたいかのように。


「……そろそろ帰るか、リッテも待ちくたびれていそうだ。」


「ええ……そうですね。」


 エディアスは神妙な面持ちで私の手を取った。


 彼が今、何を考えているのかはわからない。


 私が知らない過去のことを思い出しているのかもしれない。そう思うと、話しかけることができなかった。


 たくさんの不安を抱えたまま、私達は会場を後にして馬車へ乗り込んだ。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ