表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第十話 生誕祭


「皇太子殿下だ、でも隣の女性は誰?」


「何故、女性が隣にいる?」


「見たことがない女性だわ。」


 その場の人間は皆、ひそひそと憶測を語っている。


「セレン、俺から離れないほうがいい。」


「わかりました。」


 エディアスと小声でそう交わして、私達は空いているスペースへと向かう。


(ああ、なんて汚らしい視線なのかしら。)


 どれも、外見や肩書だけで私を判断している。やはり、人間とはそういう生き物なのだ。


 すると、大きな声を出してこちらに近づいてきた人間が一人。周囲のざわめきがわずかに静まった。


「これはこれは、エディアス皇太子殿下ではありませんか。」


 笑みを浮かべながら、私達の目の前で止まった男。


 その男の髪色は__プラチナブロンドだった。


「イリオス王子、生誕おめでとうございます。」


(こいつが、こいつがカノン姉様を……!!)


「……生誕おめでとうございます。」


「今日は随分と目を引く方をお連れですね。」


「ああ、この女性は俺の妻だ。」


 エディアスの一言で、会場が完全に静まった。


 イリオスは一瞬だけ目を大きく開いたあと、私の方を見た。


 目線が上から下に動いた。髪の毛から瞳、首元、ドレスへとゆっくり滑っていく。


 まるで、品物を眺めるかのように。


「……なるほど、結婚式はいつなんです?」


「まだ決めておらず、近々行うつもりです。」


「そうですか、では楽しんでいってください。」


 イリオスは私と目を合わせてから、ゆっくりとその場を立ち去っていった。


「大丈夫か?」


「ええ、大丈夫です。」


「……何か食べるか?」


「そうします。」


 エディアスと一緒に、食事が置かれたテーブルへと向かう。エディアスに話しかけようとする人が近寄ってきたが、何故か誰も声をかけなかった。


 テーブルには、さまざまな料理が並べられている。


(人間は、虚飾が好きなのね。)


 見た目だけが美しい料理、無駄に飾られた食器の数々。この料理も、食べ残されて捨てられるのだろう。


 ああ、なんて浅ましいのだろうか。


 綺麗に盛り付けられた焼き魚を一口食べる。


 やはり、あまり美味しく感じなかった。エディアスにもらったリンゴのほうがよっぽど美味しかった。


「……顔色が悪い、少し休むか?」


 女性がまとっている、鼻が曲がりそうなほど甘い匂い。それが会場に充満していて、気分が悪い。


「……外の空気が吸いたいので、バルコニーにいますね。」


「一人で平気か?」


「平気です、ごめんなさい。」


 私はエディアスから離れてホールを出た。


 廊下をさまよい、途中使用人に道を聞きながらなんとかバルコニーまで来ることができた。


 ここは会場より少し遠いので、人の声も届かない。


 ため息をこぼしながら、私は空を見上げた。


 雲一つない青空。まるで、純粋無垢だったカノン姉様みたい。 


 そんな姉様を汚し、捨てたのが__


「おや、奇遇ですね。貴女も休憩ですか?」


「……イリオス王子殿下。」


 何食わぬ顔で私に近寄り、腰に手を添えられた。


「ああ、やはり美しい。」


「イリオス王子殿下……!」


「ね、エディアス皇太子はやめて俺にしない?」


 ぞわりと背中が嫌悪で震えた。


「飾っておくには惜しい。俺なら皇太子より満足させてあげられる。」


 吐息混じりの声でそう囁かれ、えずきそうになった。腰を撫でていた手は、だんだん背中を滑り下りていく。


 私は一歩離れて、イリオスを睨みつけた。


「おやめください。」


「そんなに警戒しなくてもいいだろ?ただ綺麗だと思っただけさ。」


 この男はどうしようもないということがわかった。


 見え透いた嘘をつき、欲しいものは必ず自分の物にする。


 その目は私ではなく、"価値"を見ていた。


「私は物ではありません、飾りでもありません。」


「へえ、強気な女性は嫌いじゃないよ。」


 瞬間__腕を無理やり引かれて、私はイリオスに抱きとめられた。


「皇太子はさ、寡黙でつまらない人間だろ?どうせ放置されて終わりさ。」


「離して……!!」


「なら、俺のほうが__」


 イリオスがそう言いかけたその時だった。


 地を這うように低く冷たい声が、耳に入る。


「何を、している。」


 コツコツと足音を響かせ、艶やかな黒髪を揺らして現れた彼__エディアスが私達を鋭く見下ろした。


「おっと、これはこれは皇太子殿下。」


「今すぐセレンを離せ。」


 イリオスは私をゆっくりと離す。その瞬間、エディアスは解放された私を背に隠した。


「どういうことだ、イリオス王子。」


「少し戯れていただけですよ。」


「人の妻に手を出すなど、言語道断だ。」


「わかっていますとも。」


 空気が震えているような感覚が私を包んだ。エディアスの圧がこの場を制している。


「ただ、人間とは思えないほどの美しさに目を奪われただけです。蝶は花に惹かれるでしょう?」


 目の前の大きな背中から、静かな怒気を感じ取った。


「お飾りの妻にしてはもったいない。ですから__」


「それ以上口を開いたら、容赦はしない。」


 鋭く刺すようなその言葉に、イリオスは言葉を詰まらせていた。


「飾りなどではなく、俺が惹かれたんだ。」


 私は目を見開いた。


 契約結婚に愛など存在しない、そんなことは私が一番よくわかっている。


 だが、続きが聞きたいという欲が出てしまった。


 息を呑み、次の言葉を待った。


「セレンは確かに美しい。だが、一番輝いているのは__情に深く、それでいて芯のある彼女の心だ。」


 頭が真っ白になった。そして__知ってしまった。


 エディアスが私を見る目は、違うのだと。


 "契約結婚した妻"ではなく"私"のことを見ている。


 この人は、他人を見かけで判断したりなんかしない。


「不思議なんだ。彼女と一緒だと世界に色がついたような感覚になる。」


「エディアス……」


「だから、誰の手にも渡さない。」


「……はは、本気なんですね。」


「当たり前だ。」


「……では、俺はこの辺で戻りますかね。」


 イリオスはそそくさとバルコニーを去った。


 残された私達の間に、沈黙が落ちる。


「……貴方は、ちゃんと私を見てくれていたんですね。」


「俺は、外面だけで他人を判断する人が嫌いだ。」


「ふふ……嬉しかったですよ。」


 この言葉は嘘なんかじゃない。だって本当に嬉しかったから。


 人間は皆、愚かで傲慢な生き物。


 だけど、そうじゃない人もいるのかもしれない。


 人魚の私、人間の私。


 この体と心には、嘘がたくさんある。


(……もしも、ありのままを受け入れてくれたら?)


「エディアス。私、私ね……」


「何だ?」


「__ううん、やっぱり何でもないです。」


 私の幻想をここで言うべきではない。だって、唯一彼とつながっているのは契約だけだから。


 上辺だけの関係、それでいい。


「会場に戻れそうか?そろそろワルツが始まる。」


「もう大丈夫そうです、戻りましょうか。」


 エディアスが私に手を差し出した。その上に手のひらを重ねて、私は微笑んだ。


 どんな微笑みなのかはわからない。


 だけど、きっと穏やかな笑みを浮かべているのだろう。


 暗い海の底に、差し込む一筋の光のように。


 私の心はわずかに温度を取り戻していた。


  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ