第12話 釣りは心を安らげる
潮風が心地よく頬を撫でる。洞窟から海岸までは特に襲われることもなくたどり着いた、目の前には白い砂浜と透き通る海が広がり、まるで観光地のような美しさだった。人影もなく、聞こえるのは波の音と鳥の鳴き声だけだ。
「よし、今日は釣り日和だな。」
「釣りをするのに天気が関係あるのか?」
「確かに天気は関係あるが、落ち着いてゆっくりのんびり魚と対話できる穏やかな時間を過ごせるって意味で言ったんだ。」
「魚と会話するのか?」
「違う違う、この水面の向こうにいる魚の気配を感じて気配を感じ取る事が釣りの醍醐味だよ。」
「なるほど、要は魚との真剣勝負なのだな!よし任せろ!勝負では負けん!!」
「それも、まちがいではないからお前がそれでいいならいいか・・・」
壮真は波打ち際で砂を掘り起こした。掘り起こした砂の中からたくさんのアサリやハマグリが現れる。
「おお!ほんと手つかずの砂浜なんだな。貝が山ほど採れる。」
「貝なんか採ってどうするのだ?もう昼飯か?」
「さっき朝飯食ったばかりだろう?これは餌だよ。砕いて撒き餌にするんだ。」
ある程度貝を採った壮真は前に来た時に見つけていた、釣りスポットに足を運ぶ。
「ここ前来た時にまさに『ここが磯だ!』って感じで絶対に釣りがしたいって思ってたんだよな。」
「で、釣りはどうやってやるのだ。その持ってた長い棒を使って刺すのか?」
「刺すのは無理だよ。これは釣り竿って言って、ここに糸がついててこの糸の先に針がついてるだろ?」
「うむ」
「この針の先に餌をつけて海に投げる。」
「魚が食いついたらこのリールを回すと糸がまかれるから、魚が採れるって道具だ。」
「このリールという道具といい糸といい、やはり地球の道具はすごい細かいな。」
サーヤは壮真に釣り竿の使い方を教えてもらい30分ぐらいでマスターした。
壮真は浜辺で拾った浅利を砕き、撒き餌にして釣り竿を構えた。慣れた手つきで糸を垂らすと、すぐに竿がしなり、小魚が釣れた。
「おっ!警戒心がないのか、簡単に釣れるぞ。」
壮真は久々の釣りに笑いながら針から魚を外し、バケツに入れる。次々と釣り上げる姿は、まるでベテラン漁師のようだ。
一方、隣で竿を握るサーヤは、眉間にしわを寄せていた。
「なぜだ・・・!なぜ私には釣れぬのだ!」
サーヤの竿はピクリとも動かない。撒き餌は同じ、場所も同じ。それなのに、魚は壮真の竿にばかり食いついていた。
「まあ、釣りは忍耐だよ。焦るな。」
「ふん!騎士に忍耐など不要!力こそ正義だ!」
サーヤは苛立ちを隠せず、ついに剣を抜こうとした。
「おいおい!海にスキルぶっ放す気か!?魚が全部逃げるぞ!」
「うるさい!このままでは私の誇りが許さん!」
「いや、釣れないからって殺すなよ・・・」
壮真が苦笑していると、突然サーヤの竿が大きくしなった。
「おおっ!?きた!きたぞ!!」
サーヤの瞳が輝く。竿の先で暴れるのは、かなりの大物だ。糸が切れそうなほど強烈に引かれている。
「落ち着け!竿を立てて、糸を緩めすぎるな!」
「わかっている!私は騎士だ!この程度の敵、倒してみせる!」
「敵じゃなくて魚だって・・・」
必死に竿を操るサーヤ。その先には、銀色に輝く大きなタイが姿を現した。海面を跳ねるその魚は、まさに高級魚の王様。壮真も思わず声を上げる。
「すげえ!タイだ!でかいぞ!」
「ふふふ!見たか!これが私の力だ!」
サーヤは勝ち誇った笑みを浮かべ、竿を引き寄せる。タイは必死に抵抗するが、徐々に手前へと近づいてきた。
その瞬間だった。
海の奥から、黒い影がすさまじい速さで迫ってきた。水面が盛り上がり、巨大な背びれが現れる。
「な、なんだ!?もしかしてサメか!?」
壮真が叫ぶ間もなく、巨大な顎がタイに食らいついた。バキッという音とともに、タイの胴体は一瞬で噛みちぎられ、海中へと消えていった。
残ったのは――タイの頭だけ。
「えええええええええええええええええええええ!!!!」
サーヤの絶叫が浜辺に響き渡る。竿の先には、無惨にも頭だけになったタイがぶら下がっていた。
「まじかよ・・・サメに横取りされた・・・」
壮真は呆然としながらも、冷や汗を流す。あのサメの大きさは、少なくとも五メートルはあった。人間などひと飲みにできる怪物だ。
「カッコいー!・・・いや違う!くっ!サメめ!許さん!!!」
サーヤは怒りに震え、剣を抜こうとした。
「待て待て待て!海に飛び込む気か!?無理だって!あんなの相手にしたら一瞬で食われるぞ!」
「だが!私の獲物を奪ったのだ!騎士として黙ってはいられん!」
「いやいや!命のほうが大事だろ!魚なんてまた釣ればいい!」
サーヤは悔しそうに唇を噛みしめ、竿を握りしめたまま海を睨みつける。波間に見える背びれは、ゆっくりと沖へと消えていった。
「・・・くそっ!あと少しで私の勝利だったのに・・・」
「まあ、頭だけでも釣れたんだから、ある意味すごいよ。」
「ふん!慰めはいらん!だが・・・この頭、食べられるのか?」
「食えるけど・・・身は少ないな。」
壮真はタイの頭を見つめ、ため息をついた。せっかくの大物が、サメに奪われてしまったのだ。
「やっぱりこの島、危険すぎるな・・・」
「だが、面白いではないか!魚を釣るだけで命がけ!これぞ冒険だ!」
「ふつうの魚釣りで命はかけないよ・・・」
サーヤは悔しさと興奮を入り混じらせながら、タイの頭を掲げた。
「見よ!これが私の戦果だ!」
「いや、それ戦果っていうか・・・残骸だろ・・・、なんで『敵将打ち取ったり!』の恰好してんだよ。似合い過ぎてるよ。」
壮真はツッコミながらも、心のどこかで少しだけ楽しんでいた。ブラック企業で擦り切れた日常では味わえない、命がけの非日常。サーヤと共に過ごすこの島での生活は、確かに危険だが、どこか生きている実感を与えてくれるのだった。




