あるバトミントン部員について-4
「…」
朝一で佐川の優しさを知り、昼には体育でボコボコにされ、放課後は図書室へと赴いた濃い一日を過ごしたのが昨日のハイライトだ。
翌日の昼休み、お弁当箱を持ちながら俺は会議室3の方へ向かっていた。これまではこの時間帯に文化棟へと人が来ることがまずないため何も考えていなかったが、今はほんの少しだけ気を張り詰めている。
何故ならこの前のように菜名宮の元へと訪ねるため、会議室3に立ち寄る人がいる可能性があるからだ。
先生すらほとんど立ち寄らない部屋だ、あんなところに人が来ることはまずないとほぼ断言できるが、それでも可能性は0ではない。
またいざこざに巻き込まれて、優雅な昼を邪魔されるわけにはいかないのだ。いや、別に誰も来なかったって昼休み別に優雅でも何でもないな。一人で弁当食べた後スマホいじってるか横に変なのがいるかだ。
それでもクラスの喧騒を忘れて静かな空間で過ごせるというのは、それだけで価値がある。そのためには会議室3に人が来ていないかというのは重要項目なのだ。
辺りを見渡し人がいないことを確認する。幸いにも俺が教室から文化棟に到達するまで、人とすれ違うことはなかった。
だが、まだ油断することなかれ。もしかしたら俺より先に会議室3にすでに来ている可能性だってある。安心し切って教室に入った瞬間、見知らぬ奴の視線がこっちを捉えて「え…誰あいつ。」ってなる可能性もある。それは避けたい。
コソコソと忍足で会議室3に近づくと、そぉーと耳をドアに立て中に誰かいないかを確認する。しばらく聞いていた感じ、中からは物音一つしない。おそらく人がいることはないだろう。
「わっ。」
「うわっ。」
聞き耳を立てていたドアから耳を離そうとした瞬間、ふともう片方に鼓膜を突き破るような衝撃が走る。俺は思わず体勢を崩して尻餅をついてしまった。
「びっくりしたあ…」
俺が転げた視線の先にはどこか嘲笑しているようにも見える菜名宮の姿があった。口に手を当て笑いを堪えているように見える。
「タキ、だっさ。」
「だっさ…って、いきなり驚かされたらこんなことにもなるだろ。」
耳キーンってなったからな。普通に心臓に悪い。
「え…ていうかお前、何してんの?」
「むしろこっちのセリフなんだけど。タキこそ何してたの?」
菜名宮は手を俺の方へと差し出した。俺は右手でその手を取り、勢いをつけてと立ち上がる。
「会議室3のあたりうろちょろして、聞き耳立てて、不審者にしか見えなかったけど。」
「…色々事情があったんだよ。」
「不審者のロールプレイをする事情って何?」
「大したことはない。ただ説明するのもめんどくさい。」
「そう。」
「それよりお前はなんでこんなところにいるんだ?今日は別のところで食べるって言ってただろ。」
「それなら色々あってなしになった。だから今日はこっちに来たんだよ。」
「ふーん、じゃあ昼はずっと会議室か。」
菜名宮の言い方には何処か含みがあるように見える。何があったのか追求しようとしたが、結局辞めた。
色々あったというか色々やっただとは思うが、多分聞いても答えないしそこまで興味もない。特段菜名宮の普段を知りたいとも思わない。
ていうか今思い出したけど、今日は会議室3に菜名宮は来ない予定だったじゃねえか。菜名宮が来なければ会議室3に人が来ることはほとんどあり得ない。なんせそもそもここの存在を知っている奴の方が少ないまである。あんな不審者めいたことする必要なかった。側から見たらただの厨二病ごっこしてるやつじゃん。
「タキもここで食べるんでしょ?ならおいでよ。」
菜名宮がガラガラとドアを開け中に入る。数歩はいったところで手でこっちに来いという動きをした。
「ああ、今行く。」
そんな誘導につられるように俺は教室へと入っていく。菜名宮の正面、いつものポジションへと座り弁当箱を開こうとした時ふと視線の先に白い画面が見える。
視線を上げると、先に座っていた菜名宮がタブレットの画面をこちらに向けていた。
「いきなり何?」
「プロフィール一覧。」
「なんのプロフィールだよ。」
「この前の事件に関係ありそうな人たちのやつだよ。」
「はあ?関係ありそうな人って…?」
「部室荒らしが起きた時に学校に居た人、近くを歩いていた人をできるだけまとめたんだよ。」
菜名宮は画面をこちらに寄せてくる。その画面は、刑事ドラマでよく見るプロファイリングのように、いくつかの枠で仕切られていた。
名前、年齢、性別、所属している部活動などなど様々な枠があり、そこに細かな情報が記載されていた。
「え…」
菜名宮はタブレットを支えている方とは反対の手で画面をスライドさせる。
そこにはズラーっと先ほどと同じ項目で、しかし記入されている情報は異なる似たような画面が続いていた。画面に表示されているシークバーの長さからかなりの情報量がありそうだ。
「調べられる範囲だけどね。埋まってないところも多いし確定的でないものもいくつかあるけど、それでも出来るだけ情報を集めたよ。」
「やばすぎだろ…ストーカーじゃねえかこんなん。」
「ストーカーって程じゃないよ。すぐ調べればわかることだし、大体は私が知ってたことだから。」
菜名宮は画面を一瞬自分の方に向けて何かを確認すると、またこちらへと向ける。
「それに住所とか電話番号とか、細かいところは書いてないよ。というかスマホ使ってる子は大体自分の電話番号知らないし。」
「つまり載せようと思えばそこら辺の個人情報も載せられるんだよな?」
「犯罪になるからしないけどね。」
「もうアウトだろ…」
菜名宮はにっこりと微笑んだ。これ以上追求するのは、いろんな意味でやめておいた方がいいだろう。
「これ、何人分あるんだ?」
あまりにもスクロールが長かったため、五人や十人っていう話じゃない。もっと多くの人の情報が載っているはずだ。
「確か80人弱かな。」
「はちじゅう…」
「それでも少ない方だよ?そもそも事件発生時はだいぶ遅い時間帯だったらしいから、残ってる人も少なかったみたいだし。」
「確かに運動部の総量に対しては少ないけど…それでも80人って随分な量だな。」
うちの学校はおおよそ6割から7割が運動部に所属している。人数にすれば400人程度だろうか。菜名宮は先ほど、現場近くにいた人全員の情報を集めたと言った。全体数から考えれば多いほどではないだろうがそういう問題ではない。
「事件当時に学校にいた奴なんてよく調べたな…2年生だけじゃないんだろこれ。」
「そんなに難しいことじゃなかったよ。事件が起こった時に学校にいた人に、片っ端から連絡入れただけだから。」
「なんでもないことのように言ってるが大分やばいからな。」
俺からしたら各部活の奴に連絡を取るってことがそもそも不可能だ。こんなことできるのはこいつの異常に広い交友関係と行動力の賜物だろう。というか菜名宮以外できないだろこんなこと。
画面の一番下まで辿り着き、菜名宮はスクロールをやめた。タブレットには同じクラスのサッカー部の奴の情報が載っている。
クラスでいつも女子にキャーキャー言われてる竹内だ。おそらくパソコンのツールで作られたそれは、最低限の情報がとても見やすくまとめられている。
写真こそないもののぱっと見は警察がプロファイリングした資料と言われてもなんら違和感のない出来だ。
「調べたことはまとめておいた方がいいからね。特に多くの人が関わっている可能性があるのなら尚更だよ。」
菜名宮はそう言いながら、タブレットを俺の方へと差し出した。
「しばらくタキに渡しとくから、なんかあったら言って。」
「なんで俺?」
「私はここに書いてる情報全部覚えてるからね。」
「じゃあこんなもん作る必要なかったじゃねえか…」
何故自分に必要もないのに資料なんか作ってるんだ。とりあえず何かやった感でも出したかったのか?こいつ、班活動とかでたまにいる意味もない情報をただひたすらルーズリーフにまとめるタイプだろ。
「そりゃ私にとっては必要ないよ。これはタキに見せるために作ったからね。」
「俺に見せるためって…それだけのために?」
「それ以上の意味はないよ。」
菜名宮はじっと俺の瞳を覗き込む。普通なら自分が覚えていることをわざわざプロファイリングしてまとめる意味なんてない。そんなものを作ったのは、もともと俺に渡すためだ。こんなのまるで俺に何かを期待しているみたいだ。
「というかこんなの見せられても、意味ないんだけど。」
「え、なんで?」
「だってここに載ってるほとんどの奴のこと知らねえからな。」
菜名宮がこちらに渡してきたタブレットを軽くスライドさせる。どうやら部活ごとに並んでいるらしいそれを見ても、ぱっと見でわかる人なんてほとんどいなかった。
「大橋や佐川、あと竹内。…あ、この人、高橋先輩だっけ?昨日体育館で会った人だよな。ここら辺はわかるけど、他は知らないぞ。」
「…同級生も?」
「そもそもクラスの奴の名前を半分くらいは知らないからな。なんなら大橋も、昨日初めて名前を知ったし。…あ、石田だ。こいつは知ってる。いつも授業中爆睡してる奴だ。」
画面のかなり下の方、サッカー部の欄に石田の名前があった。2年で男だし、多分同じクラスのあいつで間違いない。この前化学の授業で教科書裏返してたはずだ。あいつってサッカー部だったのか。
「…タキって結構真面目にコミュ症だったんだね。」
「真面目にって…散々馬鹿にしてきたのお前の方じゃねえか。」
「いや馬鹿にしてたのは事実だけど、まさかここまでとはね…」
「いいんだよ。俺にとってはなんも問題ない。」
コミュ症で何が悪いのか、友人が少なくて何が悪いのか。人間関係によって揉める可能性があるなら、そもそもそんなものが初めからなければいいだけの話である。それが平穏だ。
「…わかんないなあ。タキの感覚は。」
「お前はわかんなくていいよ。」
友人や信頼をおける人間がこいつにはきっと俺の何倍も多い。無自覚に人を吸い寄せ、自覚的に人間関係を構成するこいつは俺より何倍も人付き合いが上手い。そういう奴には俺の感覚はきっと理解できないのだ。
「俺にとっては菜名宮の感覚のほうが意味不明だけどな。」
「私の?」
「お前の好き好んで人と関わりにいく性格だよ。俺にはめんどくさいことしてるとしか思えねえ。」
「別に私、人と関わることが好きというわけではないけどね。」
「…は?」
そんな俺のふとした疑問に対し、菜名宮の口から飛び出したのは意外な回答だった。
「私だって、友達を作ることがめんどくさいなんて思うことはあるよ。ずっと好きで人と関わってるわけじゃない。」
「人と関わるのが好きじゃない…?コミュ力お化けのお前が?」
「タキの方こそ、中々私の認知酷いよね…」
菜名宮はどこか呆れたように俺の方を見つめる。菜名宮の言葉には一見、嘘が含まれているように見えない。
「それが本当なら、じゃあなんで俺の感覚はわからないんだよ。」
「あくまでも好きというわけではないだけだよ。ただタキのように友人関係を作るのが嫌いなわけではないだけ。」
「嫌いってのと好きではないってのはなんか違うのか?」
「うーん、説明が難しいなあ。」
菜名宮はいつものような何かを考える仕草をとった。
「友達って作ろうと思うものじゃなくて、気付けばできるもんなんだよね。」
「それは知ってる。」
「わかる、じゃないんだ。」
「わからないからな。」
「知ってるのは例の妹ちゃんのおかげかな?」
「その通り。」
友達は気付けばできるってのは南が言ってた。南はまるで兄妹と思えないほど友達が多い。まあ可愛いから自然と人が寄ってくるんだろう。
「うーん…まあ、私の周りにはいろんな人が集まってくるし、気付けば仲良くなってるというか。そこに好きや嫌いって感情が生まれることがないんだよね。」
「つまり人と関わること自体になんも思わないのか。」
「もちろん人によって好きな相手、嫌いな相手がいないと言えば嘘になるけどね。でも人と関わりを持つことには何もないんだよ。」
「はあ…」
おそらくこいつにとっては、または大体の人間にとっては人と関わることはごく自然な出来事なのだろう。
人間関係を作るのも、新しい友人を作りにいくのも、きっとそれは普遍的でまるで呼吸をするようなことなのだ。だが俺にはやはりそれがわからなかった。シンプルなコミュ症としか言えない。
「というかお前、好きな人間とかいたんだな。」
「私のことなんだと思ってるの?」
「俺に迷惑を振り撒く害悪スプリンクラー。」
「ははっ、いい得て妙だね。」
「せめて否定しろ。」
菜名宮は俺の方を指差しながら小さく微笑みを浮かべている。
「私だって、好きな人間くらいいるよ。さて、誰だと思う?」
「どうせ俺って言うんだろ。」
「なんでわかるの?」
「お前はそういう奴だ。」
その答えが嘘か真かまでは知らないが、こんな質問をした時、菜名宮は絶対俺の名を出してくる。俺を揶揄うためか、あるいは本当に思っていることなのか、そんなもんはわからないが。
最近、菜名宮の考えが少しずつだが読めるようになってきた。こいつの奥深くの信念とか行動原理とかは相変わらず知りようもないが、ただ菜名宮が次にしそうなことくらいは予測できる。慣れって怖いな。
何故か頬を膨らませて悔しそうにしている菜名宮を横目に俺は手元にあるタブレットの電源を切る。
「とりあえず預かっておけばいいんだな。」
「この事件終わったらまた返してね。」
「わかった。まあ意味ないと思うけどな。」
さっきも言った通り、俺はここに載ってる生徒のことに関して名前も学年も部活もほとんど知らない。俺が持ってても豚に真珠、馬の耳に念仏、朝顔先生にボーナスだ。去年の冬のボーナスほぼギャンブルで溶かしたって聞いた時は流石に引いた。
「君ならなんか気づくかもしれないからさ。頼んだよワトソンくん。」
「だから俺は助手かよ。」
菜名宮は、いつぞやの時と同じように俺を端役扱いする。やっぱり俺はシャーロック・ホームズにはなれないようだった。
ガラッとドアが開く音がしたのは、俺がタブレットを預かってカバンの中に入れた直後だった。別にこのデータに関してはタブレット本体を持たなくてもファイルで送信すればいいのになんて考えていた時、絶妙に噛み合いが悪く、滑りが悪いドアのレールが擦れる音がした。
入り口の方を見ればそこに立っているのは一人の女子生徒、昨日と同じように大橋佳苗が会議室3を訪れていた。
「篠末か…」
大橋は開口一番、そんなことを言いながら部屋の中をキョロキョロと伺っている。対して俺はいきなりの訪問者に少しビビっていた。なんでまたここに来たんだよ。
「六乃ってここいる?」
しかし俺のそんな様子を気にすることもなく、大橋は続ける。
「…その声、佳苗か。呼んだ?」
菜名宮は部屋の奥からひょっこりと顔を覗かせる。この部屋は入り口から部屋の奥までに通路のような細い道がある。
通路といっても実際は入り口近辺に無造作に荷物が置かれているだけなのだが、部屋全体を上から俯瞰すれば、ローマ字のLを反転させたような形になっているのだ。菜名宮は基本的に部屋の奥側、ドアから死角になるところに座っていることが多い。そのため入り口からは菜名宮がいるところは見えなかったのだろう。
「あ、やっぱりここにいたんだ。」
大橋がそう言っている間に、菜名宮は部屋の奥からドアの方へと駆け寄っていく。
こうしてみれば大橋って結構身長高いな。菜名宮と並んだらほとんど同じくらいだろうか。菜名宮は俺より少し小さいくらいだから、つまり俺とほとんど同じである。
「これって六乃のやつだよね。」
大橋の手には小さなポーチのようなものが握られていた。あれはおそらく小型の財布だろうか。
「うわまじ?どっかに落としてた?」
「教室の後ろ側のドアら辺に落ちてたよ。」
「全然気づかなかった。ありがとう。」
菜名宮は少し大袈裟にお礼のポーズを取る。それに対し大橋は困惑したような表情を浮かべていた。
「落とし物するなんて珍しいね。いつもしっかりしてるから、ちょっと意外。」
そう言いながら大橋は菜名宮にポーチを手渡しする。菜名宮の手に渡る際にした、シャランという音は硬貨同士が掠れる音に似ていた。
「私だってぼーっとしてる時くらいあるよ。人間だもん。」
「人間だもんって…まあ確かに六乃も見落としすることはあるか。」
確かに菜名宮が落とし物をするのは案外珍しい。普段の様子で勘違いしがちだが、菜名宮は基本的にはしっかりしているのだ。
化学以外はちゃんと課題を出すし、定期テストでも常に優秀な成績を取っている。授業をサボりがちという点以外では優等生と言ってもいい。
また菜名宮は誰に対しても優しく気配りができるタイプの人間だ。周りをよく観察し困っている人がいれば手を助けるし、俺以外に対してはよく気を配っている。そんな菜名宮がこと自分の落とし物に気づいていないのはレアだ。
「ていうか六乃って、いつも昼休みってここにいるの?」
「大体、ここでご飯食べてるよ。」
「こんな埃臭い居て大丈夫…?なんか肺悪くなっちゃいそうだけど。」
会議室3は普段からほとんど使われることなく、人の出入りがない。本当に俺と菜名宮以外、使っている人がいないんじゃないかっていうレベルだ。
そのため当然だが他の生徒によって定期的に掃除が行われることもない。だからここは他の教室より少し埃くさい。
「埃臭いのはこっち側だけだよ。あっちの広いところは普通だし。」
菜名宮は部屋の奥の方、つまり俺が座っている方を指差す。
実際部屋の奥は入り口側よりも多少清潔にしている。食事をする場所が汚れているのは流石にまずいと思い、定期的に掃除をしているのだ。自分が過ごす空間くらい清潔にしておいたほうがいいに決まっている。
一応ここは菜名宮と俺で過ごすことが多いため、掃除は交代しながらどっちかがするようにしたはずなのだが、最近ずっと俺が掃除してる。
掃除の当番でいえば俺→菜名宮→俺→菜名宮のはずなのに、最近は俺→俺→俺→俺になってる。多分睡蓮花より連続してるんじゃねえかな。湘南乃風もびっくりしてるぞ。
「…」
そんな考え事をしていると大橋の視線がいつの間にかこちらの方を向いていた。というか睨まれてるような気がする。
雛城のような草食動物を怯ませる冷徹な視線ではなく、ただなんだこいつって疑問視してるような視線、俺のような人間にとってはスクールカーストが高いやつが場違いな奴に対して向けるような、どこか見下しているように感じてしまうものだ。
実際は陽キャって大体スクールカーストの高さとか気にしてないし、見下してるなんてのは被害妄想に過ぎないのだけど。
ただそれはそれとしてこちらに向けられる視線は普通に怖いので、ゆっくりと目を逸らす。
「昼休みってっていつも篠末と一緒に居るの?」
「大体ね。タキは大抵ここにいるし。」
「なんか意外…六乃が篠末みたいな奴と昼休み過ごしてるって。」
その声には嘲笑や馬鹿にしたような雰囲気は感じ取れない。ただ純粋に菜名宮の知られざる一面に驚いているといった様子だった。
俺みたいな奴っていう言葉が癪に触るが、言わんとすることはわからなくもない。菜名宮はスクールカースト上位とかそんなものではなく、学校で1、2を争う有名人だ。
同じ学校であれば知らない人の方が珍しいというほどである。そんな奴が普段はクラスの端っこで影を潜めているような人間と昼休みを共に過ごしているのだ。大橋が驚く気持ちも全然わかる。
おそらく俺を馬鹿にするほど、大橋は俺のことを知らないのだと思う。菜名宮が普段から仲良くしている奴だ、初対面の人を見下すような屑というわけでもないだろう。きっとただ純粋に表面的要素で俺を自分とは違う側の人間と判断している。
生きてる世界が違うなんてのは大袈裟だが、俺と大橋が違うタイプの人間というのは客観的に見て間違いない。俺は確実にクラスでは目立たないモブBで
大橋はクラスでも中心に近い存在である。
「タキは私がいなきゃいつも一人だからね。寂しい思いをしないように私がそばにいてあげるんだよ。」
「寂しいなんて思ったことないけどな…」
「え、嘘?」
思わず溢れてしまった言葉が意外と大きく、大橋と菜名宮に聞こえていたようだった。
「ほんとだよ。俺は普通に静かな空間で過ごすことの方が好きな人間だ。わざわざここに来るのも教室がうるさいからだしな。」
「私に会いにきてるんじゃないの?」
「そんなわけあるかよ。というかいつも乗り込んでくるのは菜名宮の方じゃねえか。元々ここって俺が見つけた場所だろ。」
「記憶にございませんね。」
「国会議員か?都合のいい時だけ記憶が消えるのおかしいだろ。」
俺と菜名宮のやりとりを見てか、大橋は俺と菜名宮を交互に見つめながら意外そうに目を丸くしている。
「六乃と篠末って仲良いんだね。」
「別に仲良くはねえよ。こいつとの関係はそういうんじゃない。」
「え?ぱっと見めっちゃ仲良さそうだけど。二人はそう思ってないの?」
「ああ、全く。」
「そもそも私とタキは友達じゃないからね。」
「その通りだ。こいつが勝手に絡んでくるだけだからな。」
俺は菜名宮と友達ではない。どっちかっていうと菜名宮が一方的に絡んでくるだけ。俺が逃げても菜名宮は必ず目の前に現れるし、もはやストーカーという言葉の方が近いんだよな。
「私とタキの関係はそれ以上のものだよ。」
しかし菜名宮の考え方は、どうやら俺とは違っていたらしかった。
そんなことを言いながら菜名宮はふとこちら側へと、小刻みにステップを踏みながらやってくる。なんとなく嫌な予感がして逃げようとしたが、気づいた時には遅かった。
「なんせ、タキは私の相棒だからね。」
菜名宮は俺と隣へと来ると、俺の頭に手をポンと置いた。
いや、ポンと置いたっていうのは嘘だな。どっちかっていうと片手で押さえつけられてると言った方が正しい。
「…おい、離せ。」
頭を少し動かして脱出を試みるが、頭を押さえつけられてるせいで体がほとんど動かない。どうやら逃げようとしたのがバレていたのか菜名宮は俺を逃すまいとしていた。それにしても力強すぎないか?片手で動けなくなるってどういうことだよ。馬鹿力にも程がある。
「…」
部屋の手前に一人残された大橋は、ポカーンしていた。状況が絶妙に飲み込めていないような反応をしている。
「タキは私がいなきゃなんもできないし、逆に私もタキがいなきゃできないことも多いからさ。」
菜名宮はしかしそんな大橋のことは御構い無しというように、頭を押さえつけた手をわしわしと動かして俺を撫で始めた。
元々整えてもいない少し乱れていた髪がさらにボサボサになる。別に髪の毛が崩れるのはなんの問題もないのだが、頭を撫でられること自体は割と不快だ。というかなんで俺は撫でられているんだ?
「…?」
大橋はさらに不思議そうに眉を顰めながらこちらを見ていた。そんな大橋に対し、菜名宮はほんの少し間を置くとまるで決め台詞のように言い放った。
「いわば共依存だね。」
「その言い方勘違いされるからやめろ。そもそも共依存って言葉はメンヘラ同士のカップルしか使わなねえよ。」
「私はもしかしたらメンヘラかもよ?」
「お前はメンヘラの対義語みたいなもんじゃねえか。 それにそもそも俺はお前に依存してねえ。」
「私はタキに依存してるけど。」
「勝手にしとけ。」
「…相棒、そうなんだ。」
「おい大橋、お前が諦めたらもうどうしようもないだろこの状況。」
意味不明なことを言い放った菜名宮に対してか、あるいはされるがままになっている俺に対してか、大橋は魂が抜けたような言葉を口にする。
色々なことが頭の中を巡って、目の前の状況を整理しようとして、そして結局考えるのを諦めた感じだろうな。
大橋の判断は正しい。菜名宮の言葉を100%理解しようとする方が間違ってるからな。
「ていうか、いい加減離せ…」
菜名宮の力が緩まった瞬間を狙い、頭をぶるんと高速回転させる。そのまま頭を少しずらすと、菜名宮の魔の手から逃れることが何度かできた。
「ああ…逃げられちゃった。タキの頭の触り心地よかったのに。」
「俺は動物じゃねえんだよ。なんだよ触り心地って…頭撫でてもなんもないだろ。」
「そりゃ私の相棒だからね。動物ではないよ。」
「話通じないのか?」
菜名宮にそうツッコミを入れるも以前としてニコニコしているだけだ。これはもう何言っても無駄だと思い、俺はそれ以上反論するのをやめた。
代わりに頭の中で菜名宮の言葉が反芻する。菜名宮は俺のことを相棒とよく言っている。この前雛城と3人で学校を抜け出した時もそんなことを言っていた。
元から顔見知りが多く、その分親しい友人も多い菜名宮にとっての相棒というのは幾分特別な関係を指していることくらいはわかる。俺と菜名宮の関係性はだいぶ異質だ。
友達でも親友でも恋人でも知り合いでもない。何とも言えぬ関係性、言い表し難い関係性、俺自身も理解していないが菜名宮は俺との関係を相棒なんて言っている。
相棒ってパッと聞いた感じはかっこいいけど、実際は菜名宮に振り回されてるだけなんだよな。俺たちの関係性って、どちらかと言えば探偵と助手という方が近い気がする。
相変わらず大橋はポカンとしていた。うん、意味不明だよなこの状況。
目の前のことを処理できていないであろう大橋、なぜか笑顔の菜名宮、おそらく無表情の俺。会議室3は、異様な空気に包まれていた。
「…あ、そうだ。昨日からなんかあったの?」
菜名宮が空気を読んだのか、あるいはその反対か、ふとそんなことを大橋に聞いた。
「部室荒らしのこと?」
「そうそう、昨日来た時からなんか変わった出来事とかある?」
「特に何もなかった。わかってる情報に関しては昨日と一緒だよ。」
大橋は手を広げ、やれやれというように大きくため息をついた。
「当たり前だけど、事件について詳しいことを知ってる人が少ないんだよね。だから新しい情報もそんなにないっていうか…そもそも先生が来るまでに荒らされた部室を見たのが私と雫だけだからさ。あの時間帯で学校にいた人は多かったけど、事件の直接的な関係者ってほとんどいないんだよ。」
「確か二人が部室をめちゃくちゃにされてるのを発見した後、雫が先生を呼びに行ったんだっけ。その間、佳苗は一人だったの?」
「うん、一人で部室の前にいたよ。ちょっとパニクってたから、動けなかったって方が正しいんだけど…」
斜め下を向いた大橋は事件当時のことを思い出したのか、眉をひそめながら顔を歪めている。
「その後はすぐに先生が部室に来て、部室棟は封鎖されたんだ。」
「荒らされた荷物とかはどうしたの?」
「えっと確か…先生が見てくれてる中で自分のロッカーを整理したかな。結構部室自体がぐちゃぐちゃだったから、片付けるのもマジで大変だった。」
「…みんなは大丈夫だった?知らない人に部室めちゃくちゃにされてたって状況だったんでしょ。」
「いや、結構混乱してた子多かった…誰がこんなことしたのかなんて検討ついてない状態だったからね。怖くて泣いてる子もいたし。」
大節は当時の状況を振り返るように思案する。
「かくいう私も、ラケットとかシューズが使い物にならなくなってたのは流石にショックだったけどね…特にあの日は試合前だったし、ラケットは使い慣れてたやつが使えなくなっちゃったから。」
「ああ…そういやあの日って大会の前日だったっけ。」
「大会といっても、小さいやつだけどね。本戦は後3週間くらい先だし。」
「ラケットが壊れて、大会は大丈夫だったの?試合できなくなるんじゃない?」
それは俺も少し疑問に思っていたことだった。バトミントンの詳しいルールは知らないが、とりあえずラケット使って羽つきみたいなことする、くらいのことは流石にわかる。
そのラケットがなければ、試合に出場することすらできないのではないかなんて考えるのは自然だろう。
昨日梨乃亜先輩は、事件直後の大会には参加していたと言っていた。大橋も当然出場していたのだろう。
「一応、先輩のやつ借りたからなんとかなったよ。流石にずっと借りるわけにはいかないから、買い直したけどね。」
大橋は自身の後ろ側、会議室3のドアを方に目をやる。そこには黒い1メートルほどのしゃもじのような袋が置かれていた。
おそらくあれはラケットケースだ。部屋に来た時には置いてなかったから、多分大橋が持ってきたものだろう。おそらく買い直されたばかりの新品だ。
ケースを見つめる大橋はどこか寂しそうにしている。そこに置いてあるラケットケースに、使い慣れたと言っていたラケットの姿を重ねているなんてのは考えすぎだろうか。
「壊れたのって佳苗がいつも持ってきてるやつだよね。」
「うん、まあその日は部活でラケット使ってなかったから部室に置いてたんだけどね。家に帰ってケース開けたら、ネットの部分がボロボロになってたんだ。」
「…大切なもの、だったんだよね。修復とかはできなさそうなの?」
「割と木っ端微塵だったから無理っぽかった。」
菜名宮は心配そうに大橋を見ている。親しい友人が落ち込んでいるのを、菜名宮も気にかけているのだろう。
「誰がこんなことしたんだろね…」
少しの沈黙の後、大橋は独り言のように呟く。それは菜名宮に対しても、当然俺に対してかけられた言葉でもない。まるで表面張力の限界を迎えたコップから水が滴るように、心の底からポツリと漏れ出た言葉のようだった。
なんでもない風を装っているが、自分の知らぬ間に部室が荒らされていたというのは被害者にとっては辛いことだろう。
事件から数日経ってるとはいえ、記憶から抜け落ちることなんてない。いまだに犯人もその動機も不明なのだ。
内部犯なら私怨による犯行というのもあり得る。自分がどこで誰に恨みを買っているかわからない状況というのは、他者が想像するよりもずっと苦しいものである。
昨日の朝の様子を思い出す。佐川もまた表面上ではきっと何事もないように振る舞っていた。しかし本心では不安を感じている。おそらくバトミントン部の部員は皆同じようなことを感じている。
「…大変だったんだね、佳苗。」
菜名宮は何かを察したように、そっと大橋の肩に手を乗せると、ゆさゆさと小さく撫で始めた。よく見ればほんの少し大橋の肩が震えている。
「まあ、ちょっとね。」
「もしなんかあったら言ってね。とりあえず一目散に駆けつけるから。」
「うん…ありがと。」
大橋は小さくそう呟いた。側から見れば友人のことを思いやるいいシーンだ。というより実際、菜名宮は大橋の心の内に気づいて慰めているのだろう。とても感動的な話である。
だからこそ、俺はここに居ていいのだろうかという疑念が頭の中をよぎった。大橋に関してはこの前初めて名前を知ったレベルであり、別に事件とも直接関係のない奴が、横からこの光景を見てること自体が不思議なのだ。
…だが本人たちは気にした様子がない。少し考えて結局、二人の邪魔にならないように気配を薄めることにした。
クラスで変に目をつけられないために、あるいは授業中に当てられないために、自然と身についた隠密スキルを遺憾なく発揮する。
これで並大抵の奴からは認識されなくなる。やっぱり俺、忍者の末裔かもしれない。意図的に影を消せるとかスパイにうってつけだ。まあ身体能力とかその他諸々足りてない気がするけど。
「…犯人、見つかるといいね。」
「うん。」
大橋の様子を見て思ったことだが、この事件は結構な大事になっている。
バトミントン部が何人いるか、被害を受けた奴が何人いるかは知らないが、少なくとも本人たちにとってのダメージは大きいだろう。
バトミントン部員を精神的に追い込むことが犯人の目的だったのだろうか。事件から数日経ったが、進展はほとんどない。犯人が内部犯か外部犯かもわかっていないのだ。当然犯人の目星がつかなければその動機もわからない。
もし内部犯であれば、犯人の候補は事件発生時に学校にいた運動部の一部に絞られる。それでも菜名宮が調べた限り80人以上はいるみたいだが。
仮にバトミントン部に恨みを持つ奴がいたとしても、俺はもちろん知り得ない。交友関係の広い菜名宮だって全ての人間関係を把握しているわけではないだろう。
仮に知り得るならバトミントン部員の大橋や佐川だが、本人たちが犯人を特定できていない以上、自分たちに恨みを持つ奴を把握している可能性は低い。
一体誰がなんの目的で、どうしてバトミントン部の部室を荒らしたのか。理由も根拠も何もかもがわかっていない。
「ねえタキ、なんか心当たりない?」
「心当たりってなんだよ。」
「あ…篠末、いたんだ。」
「初めからここにいただろ。何で覚えてねえんだよ。」
失礼なことを言われた。いたんだってなんだよ。確かに気配を消してはいたが、どうやら俺は大橋に完全に忘れられていたらしい。10分前にここに来たばかりなのにもう忘れられてたの?俺の隠密能力高すぎるな。
「犯人の心当たりとか、なんでもいいから気になることとかない?」
「気になることって言われてもなあ。」
菜名宮のそんなフリに、思わず首を傾げる。
まあ気になる事はあるっちゃあるんだが…多分どうでもいい事だろう。
「その表情、なんかあるね?」
「いや別に…なんもねえよ。」
「タキがその言い方する時って、絶対なんかあるじゃん。」
「…篠末、なんか知ってるの?」
大橋と菜名宮、二人からなぜか無言の圧力がかかっているように感じる。というか普段から視線を向けられることが少ないせいで複数人からの視線を受けると居心地が悪い。圧倒的にぼっちの弊害だな。
なんとか二人から逃げる方法がないか画策するが、この会議室3という狭い空間の中で、窓側にいる俺に逃げるなんて選択肢は当然ない。
「…気になってるってほどでもないんだけどな。大橋に一つ聞きたいことがある。」
結局俺は二人からの見えない圧に負け、口を開くことにした。なんか昨日から圧力に負けて妥協していくのが多すぎる気がする。
「…私?」
「さっき大橋はラケットとかシューズを傷つけられたって言ってたよな?」
「うん。私が持ってきたのは大体ボロボロになってた。」
「そんなことされたのって、部室に荷物置いてた奴全員だったのか?」
それは先ほどラケットのくだりを耳にしていて浮かんだ疑問であった。ラケットがボロボロにされていたと大橋は言っていたが、その被害にあったのは全員なのかということだ。
「えっと、どうだろ。…全員かはわかんないけど、少なくとも私が見た限りではいなかったはず。と言っても、2年生が十人くらいいる中で目にしたのは雫ともう一人の子だけど。」
「ふーん…なるほどな。」
「なんでそんなこと聞いたの?」
「いや、なんとなくだ。気にしないでくれ。」
おそらくラケットが壊れされたことは関係なさそうか。大橋から疑問が飛んでくるが敢えて無視をしておく。
…そうしようとしたのだが、そうは問屋が卸さない
ようだった。
「なんとなくって絶対嘘だね。タキは理由もなしに意味深なこと聞くタイプじゃないでしょ。」
「…お前、俺を何だと思ってるんだ。」
「ただの相棒。嘘ついてるって思ったのはこれまでの経験則だよ。何か隠してるでしょ?」
「なんの経験を積んでるんだよ。」
「タキの嘘を見抜く経験に決まってるじゃん。」
「そんなピンポイントな能力役に立たねえだろ。ていうか、マジでどうでもいいんだって。」
「どうでもいいってことは、理由はあるんだよね?」
「…はあ、そうだけどさ。」
やはりこいつに対して隠し事はできないようだ。少し逡巡した後、一つため息を吐き諦めて答えることにした。
「単純に犯人はなんでラケットを傷つけたのか気になったんだよ。水筒とかタオルなら鞄から出してぶちまければいいけど、ラケットのネットを破るってそうはいかないだろ。」
昨日佐川と大橋がここを訪れた際、二人は部室に水筒やタオル、日焼け止めなんかが散乱していたと言っていた。部屋を荒らした犯人はわざわざ大橋のラケットケースを開けて傷つけているということになる。
「仮に犯人が部室を荒らすのだけを目的にしてるなら、わざわざラケットをケースから出して破るなんて手間のかかることわざわざやらない。特に衝動的な犯行なら尚更だ。」
もし犯人が部室を荒らし、それによって部員を不安に追い込む快楽的犯行なら、ラケットを壊すのは手間でしかない。仮に全員分のラケットにそんな細工をしていたなら、別の目的があるのではないかと考えたのだ。
視線を二人の方向へ向けると大橋はまた驚いたような表情を浮かべ、菜名宮は口角を上げてなぜかドヤ顔をしていた。
「…それは確かにそうかも。ただ荒らすだけなら、ケースを開けて中身を放り投げておけばいいもんね。その方が捕まる可能性も低くなるし。」
大橋はその表情のまま俺の言葉に頷く。
「いやでも、雫とかのラケットは壊されてなかったはずだよ。犯人が仮に部室を荒らすことが目的として、たまたま私のラケットが目に入ったから壊したとかじゃないの?」
「実際その可能性はあるだろうな。というか犯人が実際何を考えてたかなんて知りようがねえんだよな。だから言いたくなかったんだけど。」
俺は当然、犯人の動機も全く知り得ない。そもそも犯人の姿形すらわかっていないのだ。だとすればどれだけ犯人の動機を予測しても何も意味がない。
犯人が快楽犯なら、バドミントン部の部室を荒らしたのに深い理由がない可能性だってある。ラケットを壊した理由が「なんとなく目についたから」と言うのも十分あり得る。
名探偵がわずかな証拠から事件の全容を丸裸にするのはミステリーのお約束であるが、現実ではそんなことは起こりようがない。一見意味深な現象が実際は事件に関わりがなかったなんてのは当然あり得るだろう。たとえ事件の推理をしても、的外れなことの方が圧倒的に多かったりする。
今回の動機の推測も犯人が『特に何も考えてなかった』なんて可能性があるから、わざわざ説明する意味もないと思ったのだ。
「確かになんとなくで壊したなんて可能性はあるね。部室荒らしをしている時点で、犯人が快楽犯の可能性は高いし。」
「だろ?この質問に意味はない。だからどうでもいいって言ったんだけどな。」
俺はまたため息をつく。やはりこの質問に意味はなかったと。
「…けどタキが言ってた、衝動的な犯行ならラケットを壊さないってのは当たってるんじゃない?」
「あ?」
「だって実際、ラケットを壊すことが手間になるのは事実でしょ。水筒とかタオルをぶちまけるのとは訳が違う。ラケットを壊したのは、別の理由があったかもしれないよね。」
「…」
菜名宮はそう言いながら俺の方へと視線を送ってくる。顔に浮かべている笑みがなぜか不気味に感じるのは気のせいだろうか。
「いや、あるわけないな。ミステリー小説じゃあるまいし、そんなに深い意味はないだろ。」
「そう?ラケットが壊されたのって結構おかしいと思うんだけどなあ。」
「そもそも、俺は衝動的な犯行ならラケットを壊さないなんて断言してねえよ。手間になるって言っただけだ。」
「そんなニュアンスのことは言ってたよね。」
どういうわけか菜名宮は俺のことを建ててくる。どうでもいいなんて言ったことも、俺の勝手な推測も、なぜか菜名宮はそれらに意味があると言い放ってくる。ほんとに勘弁して欲しい。
「衝動的な犯行ならラケット壊さないの?篠末の言う通り、捕まるリスクとか考えずに、犯人がその場の気分でやった可能性もあるでしょ?」
「そんなの簡単だよ。ラケットのネットをボロボロにするのは素手では難しいでしょ。」
それに対し、菜名宮は自信満々にそう告げる。そんな姿を見て、俺は昨日の放課後のことを思い出していた。
瑠奈先輩は首を傾げてこちらの方を向く。事件について簡単に話してしまってもいいのか、という疑念が浮かんだが、概要はある程度話してしまった以上、今更隠したところで意味がないだろうし、この先輩から学校中に広がる危険性もないだろう。
「菜名宮のツテで知った情報なんですけど、今回の部室荒らしって結構ひどい状況だったんですよね。」
「ああ、それはボクも耳にしたよ。確か二年生部員が利用していた部室の荷物が、ロッカーから引き摺り出されて床に散乱していたらしいね。」
「水筒とか汗拭きシートが散乱していただけではなく、ラケットやシューズがボロボロに切り刻まれていたと俺は聞きました。」
「…そんなに荒らされていたのか。」
「ええ、残酷ですよね。」
昨日、会議室3を訪れた佐川と大橋の姿を思い出す。あの時事件の話をしていた被害者の二人は辛そうで、不安を抱いている様子だった。
「ところでこれ見てくれます?」
「…ラケットの製造過程について?」
俺は先ほどまで手元で開いていた本の1ページを瑠奈先輩の方に向ける。『スポーツを支える町工場』というポップなタイトルの本は、スポーツ製品を制作する工場や製品の製作過程についてまとめられているものだった。
一つめくれば、そこにはラケットの部品やそのパーツについて詳しく説明しているページがある。
「これがどうしたんだい?」
「先輩ってバトミントンのラケットを持ったことあります?」
「体育の授業で何度かあるよ。まあボクは運動全般
がてんでダメだから全然上手く扱えなかったけどさ。」
先輩はシミュレーションするかのようにラケットを振っているかのような素振りをしている。
「ラケットのフレームとガット…外枠と網ですね。そこって丈夫な素材で出来ていて結構硬いんですよ。」
「ああ、知っているさ。去年触ってみた時に、意外と丈夫で驚いた覚えがある。」
「この本を見てる感じ、簡単に外枠から網が外れたり、網自体が破れてしまわないように、結構頑丈に作られてるって書いてあるんですよ。…少なくとも、素手では引きちぎれなさそうなくらいには。」
本の中にはフレームとガットの接合方法について詳しい説明が載っている。ネット自体はナイロンやポリエステルが使用され、専用のマシンでそれらをひっつけているらしい。」
「今回の事件ではラケットが引きちぎられていると君は言っていたね。普通に考えれば、ハサミの類なんかで刻んだんじゃないかな?」
「多分そうなんですけど…ただ、犯人がそんなめんどくさいことをするのかと思っていて。」
「ああ…そういうことか。ハサミを用いたのは衝動的な犯行にしては準備が良すぎる、と。用意周到とまではいかなくとも、ある程度計画的な犯行と言えるわけだね。」
「…それはそうかも。紐自体は柔らかいけど、ひもとラケットの接合部分は意外と固いし。」
「じゃあラケットをボロボロにするとしたら、佳苗はどうする?」
「そんなのしたくないんだけど…」
「仮にだよ、仮に。」
「んー…大きな鋏とかを使って切るか、それか鋸みたいなの使うかな。」
「だよね。まあ何かしらの道具に頼ることになる。そこで質問なんだけど、衝動的に部室を荒らそうと思った犯人が鋏や鋸を持ってくるかな?」
「あ…」
「たとえば内部犯…というか学校にいた人なら筆箱に鋏を持ってるかもしれない。けどラケットのネットを切れるほど大きな鋏をたまたま持ってるかって言われれば、そうとは言い切れないじゃん?」
「確かに、バトミントンのネットって意外と硬いし。」
「だから私はタキの言ってたことは案外間違ってないと思ってるんだ。」
菜名宮はまたこちらに視線を向けると小さくウインクをこちらに投げる。俺はそれを無視して大橋の方へ振り返った。
「仮に犯人がラケットを最初から切ろうとして鋏を持ち込んでいたのなら、計画性のある犯行ってことになるでしょ?それならある程度犯人像が絞れるかもしれない。」
「…バドミントン部を良くないと思ってる人が犯行をしたって可能性が高くなるってことだよね。」
「ただ快楽的な犯行ってわけじゃなくて、明らかにバドミントン部を狙っている。ここまで分かればある程度犯人像が絞れるんじゃない?」
「それなら結構候補は狭くなるかも…」
「その推理が合ってるって言い切れないんだよなあ。」
傍目に盛り上がっている…というか、話し込んでいる二人を横目にそう呟くと、一気に二つの視線が俺の元へ浴びせられた。
「でもこれって、あくまでも犯人が内部犯だった時に限らないかい?事件の調査をしている君たちは、外部犯以外の可能性も多少考慮しているのだろうけど。」
瑠奈先輩は机の上に置いた本の、ラケットの部分を指さしながらまた何か気づいたようにそう呟く。
「ええ…部室を事前に荒らすつもりだった外部犯なら、ハサミを持っていても何らおかしくでしょうね。」
「そもそもの話、内部犯だとしてもたまたまハサミを持っていたって可能性もあるだろう。ハサミが使われているから計画的な犯行、とは言い切れないんじゃないか?」
「はあ…やっぱそうですよね。」
「ボクとしては面白い推理だとは思うけど、それが合ってると確証できる要素がないと何も言えないな。」
「俺も同じようなことは考えたが、犯人がたまたま鋏を持ってたって可能性も十分ある。全員が全員、筆箱に入るサイズの小さな鋏を使っているわけじゃないが、そもそも他の運動部の奴が犯人ならそいつの部室にネットを切れる道具を置いてあるかもしれない。ラケットを傷つけたから衝動的な犯行じゃないってのは到底言い切れないんだよ。」
たとえネット部分が切られていたからと言って、衝動的な犯行でないとは別に言い切れないのだ。
「それにまるで犯人が生徒の誰かなんて推理をしているけど、実際には外部犯の可能性もあるだろ。もし外部犯ならたとえ犯行が衝動的でも計画的なものでも関係ねえよ。」
そもそもの話、俺がラケットを傷つけられたことに関して大橋に聞いた理由は犯人の動機に何か関係ないかと考えた結果だ。
犯人が咄嗟に犯行を思いついたか、あるいは計画的な犯行であったかが分かれば、犯人の特定に繋がると思ったが、そもそもこの推理は外部犯なら何の意味もない。内部犯の候補は絞られているが、外部犯は極端な話、何人でもいるからだ。
仮に内部犯かつ計画的な犯行によるものならば、バドミントン部に恨みを持っている奴を調べて行けば、犯人を特定できるかもしれない。だがもし仮に外部犯なら、正直調べようがないのだ。
ラケットが壊されたとしても、そこから何かわかるわけでもない。
だからどうでもいいことなのだ。おそらく大橋以外のバドミントン部員のラケットが壊れていたとしても、そうでなかったとしても、事件の解決に繋がるこはきっとない。
話に違和感を見つけたとして、それが事件を解く鍵になるなんて都合のいい展開、あるはずがない。あってはならないのだ。
「それも…そうか。」
大橋は少し落ち込んでいるようだった。きっとぼんやりと浮かび上がった犯人像が、俺の言葉によって消えてしまったことが原因だろう。大橋の顔を見ると少しだけ気まずく感じるが、俺は事実を突きつけたにすぎない。
「タキはまたそうやって、自分の考えを否定するんだ。」
ふと大橋の隣にいた菜名宮が、半歩俺の方へと寄ってくる。なぜか怒っているように見えるのは気のせいだろうか。
「否定してるんじゃねえよ。ただ事実を言っただけだ。」
「事実ねえ…ラケットが壊されてた違和感って割と重要なことだと思うんだけどな。」
「あくまでも重要な可能性があるってだけだろ。必ずしも事件も関係あるとは限らない。」
「タキは自分の考えを事実と言って否定してるだけじゃん。そんな意固地になる理由あるのかな。」
「理由もクソもねえよ。俺の考えに根拠がない、ただそれだけだ。」
「ふーん。」
菜名宮は何故物ありげに相槌を打つと俺から離れていく。
ちょうどその時、会議室3に予鈴が鳴り響いた。スマホを見ると、授業開始5分前の時刻を指している。
「あ…もうこんな時間か。そろそろ戻らないと。」
同じようにスマホへと視線を落としていた大橋がそんなことを呟いた。
「六乃って今日の朝はいなかったけど、次の授業出るの?」
「いや、出ないよ。」
「ええ…またサボるんだ。ちゃんと授業出ないと、朝顔先生に怒られちゃうよ?」
大橋はドアに立てていたラケットケースを肩に背負うと会議室3のドアを開く。菜名宮を冷やかしているその表情にはほんの少し笑みが浮かんでいた。
「大丈夫大丈夫、朝顔先生に怒られることなんて日常茶飯事だから。」
「それが当たり前になっちゃダメでしょ。」
大橋は微笑みを浮かべながら、菜名宮の頭をちょんと優しく叩いた。菜名宮もえへへ、なんて呟きながら笑っている。
「佳苗、これ届けてくれてありがとう。」
廊下に出た大橋に対し菜名宮は手に持った財布を見せる。それは先ほど大橋が菜名宮に届けた落とし物だ。
「全然いいよ。次は落とさないようにね。」
「はーい、気をつけるね。」
「んじゃ。」
大橋は顔の少し下で手を振ると会議室を後にすたったったと廊下を颯爽とかけているであろう靴の音は、どんどんと小さくなっていった。
「はあ…俺も行かねえとなあ。」
机の上に広げっぱなしだった菓子パンの袋をまとめてビニール袋に入れ、俺は立ち上がる。
「…放課後ここに来れる?」
会議室3を去ろうとするといつのまにか俺がいた場所の向かいに座っている菜名宮が、こんなことを聞いてきた。
「予定があるって嘘をついても意味ないんだろう
な。お前と同じように俺は暇だと思われているようだし。」
「もちろん。実際そうでしょ。」
「はあ…お前は放課後までここにいるつもりか?」
「一応ね。私もやることあるし。」
「さいですか。」
ため息をひとつつきながら、会議室3のドアへと向かう。相変わらず入り口近くの細い通路は埃っぽい。
暇な時に菜名宮が掃除してくれればいいのだが、多分しないだろうな。
「わかったよ、放課後ここにいればいいんだな?もしかしたら先生から呼び出しくらって遅くなるかもしれないけど、先に帰んなよ。」
「はーい、了解。」
菜名宮はピシッと警官のようなポーズを取る。
にっこりと笑顔を浮かべた菜名宮に対し、結局呆れることしかできずに俺は教室へと向かった。
「なあ、これって篠末のやつか。」
「え、なに?」
なんだか気の抜けたような声で呼びかけられたのは、5限が終わり、次の授業まで暇だったため、自分の席でぼーっと外の景色を眺めていた時だった。
俺の席から見て廊下側を振り返れば、そこには少し金色がかかった茶髪のショートヘアにカラフルなヘアピンをつけた女子、雛城芽衣奈がそこに立っていた。
「なんだよその声…」
「ああ…雛城か。いきなり他人から声かけられたらびっくりするだろ。」
「…そうはならなくないか?」
「少なくとも俺はなるんだよ。」
「篠末ってこう…本当に人が得意じゃないんだな。」
「まあ、うん。否定はできない。」
さっき呼びかけられた時の返事も自分でなかなか酷いものだったと自覚している。普段から声をかけられることがほとんどないため、いきなりかけられた声に対する俺の返事はかなり腑抜けたものだっただろう。
だって仕方ないじゃん。俺にとっては声をかけられることがレアイベントなんだよ。ありえないことなんだよ。
「…机の下に落ちてあったけど篠末のやつ?」
雛城の手のひらには、銀色に光るシャープペンシルが置かれている。それはワンチャン人を殺せるんじゃないかって言えるほど、芯部分がとても鋭利に尖っている。
またかなり綺麗に磨かれているのか、持ち手の部分はまるで金属光沢をしているかのような、綺麗な色をしていた。
「そのシャーペンか…多分菜名宮のやつだな。」
俺は雛城が手にしているそれに見覚えがあった。菜名宮が時たま取り出して授業を受けてた覚えがある。なんか高そうだなあって思いながら眺めてたやつだ。あとめちゃくちゃ光を反射するから、めっちゃ眩しかった記憶がある。
「あ、そうなんだ。菜名宮の席ってそこだっけ?」
「ああ、置いといてやってくれ。多分また取りに来るだろうし。」
雛城は窓側の席を指す。そこにはいつも通りというか、いつも通りであってはいけないはずの誰もいない机があった。
「…あいつ、また休んでるのか。」
「多分会議室でサボってる。」
「会議室って、菜名宮がいつも入っていってるあの4階の?」
「あの古臭い教室な。」
昼休みから1時間経ったが、菜名宮はまだ教室に戻ってきていない。ただ荷物は机にかけられたままなので多分帰ってはいないだろう。
「はあ…またサボりか。人にあんだけ真面目とか言っておいてさ。」
「まあ菜名宮だしな。」
「菜名宮ってずっとこんな調子なの?本当にたまにしか教室で見かけないけど。」
「大体こんな感じだぞ。これでも1年の時に比べればはるかにマシだ。」
「これで1年の時よりマシって」
「2日間全く姿見せないとかザラにあったからな。今でこそ50%の確率で授業を受けているが、一番ひどい時は大体30%だ。」
実は学校にきちんと来ることが少ない菜名宮だが、毎日来ているだけまだマシな方なのだ。本人曰く、常に自分の中にある信念をもとに行動しているらしい。
その際に学校の存在が邪魔な時があるため、たまに休んでいるとこの前聞いた。なんかそれっぽく言ってるが俺はただのサボりじゃないかとずっと思っている。
「ええ…ずっと屋上でサボってた私が言うのもアレだけど、授業受けなさすぎでしょ。」
「ほんとおまいうだな…ただ、それは同意する。」
「おまいう?」
「気にしないでくれ。」
これって案外通じないものなんだな…南と話す時はいつも日常的に使ってるからてっきり万国共通かと思ってたがそんなことはなかった。
「シャーペンはまた明日か明後日にでも回収すると思うぞ。」
「…今日、菜名宮は教室戻ってくると思う?」
「いや、多分帰ってこねえ。あの様子だと多分午後の授業は受けなさそうだし。」
先ほどの昼休みに会議室に鎮座していた菜名宮の姿が思い浮かぶ。昼休みの間に会議室から戻らない場合、あいつは午後の授業をすっぽかすことが多い。今回も例に漏れず、おそらく放課後までは教室に戻らないだろう。
「そう…なら仕方ないか。」
「なんかあったのか?伝言あるなら伝えておくぞ。」
「…いや、別に。」
雛城は俺の前を横切りシャーペンをことんと菜名宮の机の上に置く。そしてその流れのまま、窓の外に視界を向けた。
「この前のお礼がしたかったけど。」
「…なんか言ったか?」
「なんもない。気にしないで。」
「この前のお礼がどうだって?」
「聞こえてるじゃん。」
雛城はおそらく、窓の外を向いた際に無意識的に呟いたのだと思う。それは小さな声で何か騒音があればかき消されてしまいそうなものだった。
だがあいにく俺の席の周りは大抵いつも静かだ。残念ながら雛城の呟きは普通に聞こえていた。
雛城はこちらに振り返り窓際へ腰掛ける。そしてはあと小さくため息のように息を吐いた。
「菜名宮には結構感謝してるんだよ。この前のことでな。」
「全然そんな風には見えねえけど。本当か?」
雛城が浮かべている表情はどちらかといえば呆れ顔だ。少なくとも菜名宮に感謝を伝えたいような表情には到底見えない。
「そこ普通疑う?」
「最近はどこでどんな嘘が蔓延してるかわからないからな。警戒しておいて損はないぞ。」
「いや、流石に警戒の域超えてるでしょ。拒絶じゃん。」
雛城はやれやれ、というように首を振る。実際、この話の入りで嘘をついている、なんてことはないのだろう。ていうかそんなんされてたら流石にビビる。
「…私、お母さんに反抗したい気持ちはずっとあったけど、変に真面目だったからさ。多分あのことがなければ今でも授業サボってたと思う。」
「…」
雛城がほんの少し笑っているのは、過去の自分の姿を見て面白おかしく思っているからなのだろうか。
「菜名宮がいなかったら間違いなく昔の自分に囚われて、真面目に囚われて、お母さんに囚われて、ずっと思い悩んだまま生きていくことになってた。そのしがらみを無くしてくれた菜名宮には、お礼を言っても言い切れないんだよ。」
そんなことを言う雛城の姿を見て、数週間前の出来事を思い出す。あの時まで雛城はずっと、様々なものに取り憑かれていた。俺から見れば雛城は生き方を見失ってたと言えるほどだった。
しかし夕暮れの喫茶店で再び母親にぶつけた本音、自分のなりたかっ自分が抱いていた感情、それらは全てぶちまけたことで、雛城と母親の間にできていた大きな溝は確実に埋まっている。
菜名宮の存在なしにはありえなかっただろう。真面目に囚われた雛城と母親、そんな二人から、菜名宮は真面目が善であるという前提を否定することでしがらみを取り切った。
「今は大丈夫なのか。」
「大丈夫って?」
「その…母親の関係とか、いろいろだ。また問題起こったりはしてないか?」
喉から出る声は自覚できるほど小さなものだった。この質問が他者の奥深くに踏み入るものだとわかっていたかはだ。こんな質問をしていいのかという不安とほんの少しの恥ずかしさが俺の声を小さくしていた。
「悪くはないよ。今ではお互い言いたいことは言えるようになったし。いい関係ってまだ断定できないけど、前よりは確実にマシになってる。」
ただ俺の席の周りは静かだ。辺りのクラスメイトによる喧騒も教室の端に位置する場所までは届かない。俺の言葉は雛城にしっかりと聞こえていた。
「前までは母親に言いたいことも何も伝えられなかった。そのせいで多分いろんな気持ちが積もり積もって言ったんだろうけど、今はもうじゃないからさ。」
「ならよかった。もう大丈夫そうだな。」
「…篠末もありがとう。」
「俺は感謝されることはしてねえよ。全部菜名宮か雛城自身のおかげだろ。」
「いいや、篠末のおかげでもある。菜名宮が暴走した時も、私が本音を隠そうとした時も、全部上手いこと対処したのは篠末だ。」
雛城はそんなことを言うが、正直なところ全くもって自分が何かした記憶がない。
俺はあの日、ただ菜名宮に連れて行かれる形で同席しただけにすぎない。少なくとも雛城のために動いたことなんて何もなかったはずだ。俺は他者のために動けるほど優しい人間ではない。
「…なんか雛城って素直になったか?」
「素直、私が?」
「なんか丸くなったというか…いや、違うか。」
「いや、太ってはないはず。確かにこの前のケーキバイキング食べすぎた気はするけど。」
「そういうことじゃねえよ…」
この前から薄々察していたが雛城ってどこか変なところあるよな。なんか時たま会話が噛み合わない時がある。というより絶妙に言いたいことが伝わってないことがある。
これは俺の伝える力が足りないのか、雛城の受け取る力が足りないのか、人とのコミュニケーションの経験値が異常に少ない俺には判断できなかった。
「最初に出会った頃はこう、なんというか全てを憎んでる感じがしたんだよ。」
「そんなラスボスみたい感じだった?」
「そういうわけじゃないんだが…初めて屋上で会った時、俺はお前にとにかく拒絶されてる感じがしてな…正直、ケーキバイキングの時とか割ときつかったんだよ。」
直接的には言えないが、屋上で寝っ転がっていた時の雛城の視線は、まるで獲物を間近に捉えた肉食動物のようなものだった。
「誰も来ないと思ってた屋上に、いきなり知らない奴
が入ってきたらそりゃあ拒絶するでしょ。」
「…あ、そりゃそうか。」
「あの時の屋上って、私のテリトリーみたいなものだったし、そこにずけずけと入りこまれて警戒しないわけがない。」
「あの時俺を連れてきたのは菜名宮なんだけどな…」
「わかってるよ。ただあの時は、私にとって篠末もただの侵入者だったからさ。」
だがまあ雛城の言い分はわかるものだった。人は誰しもとは言わないが、少なくとも俺には他人に触れられたくないテリトリーがある。
親しい人間ならともかく、全く自分と関係のない人間にそれこそ俺や雛城のような友人が少ないような奴は自分の領域にずけずけと入られると拒絶をしたくなるのだ。
俺はあの時はあくままでも菜名宮に連れてこられただけだ。ただいくら望んでいなかったとしても、結果として俺は雛城が他者に干渉して欲しくない所に無断で足を踏み入れたのだ。
「篠末なら分かるでしょ?自分と全く関わりのない人間が親しげに自分の近くに来たら、嫌になる気持ち。」
「ああ、わかる。可能な限り半径数メートルに知らない奴は近づけたくない。」
「別にそこまでは言ってないんだけど…」
自分のテリトリーに入られたくない気持ちは、特に友人が少ない奴に顕著だ。こういった時に用いられる自分の『領域』というのは通常、精神的な距離と思われることも多いが意外と物理的な距離にも当てはまったりする。
「いきなり菜名宮がよくわからん奴を連れて屋上に来た時は驚いたよ。」
「よくわからん奴…」
実際、あの時の雛城にとって俺はよくわからん奴だっただろう。なんせ俺自身が雛城のことをよくわからんやつと思っていたからだ。向こうも同じこと考えていてもなんらおかしくない。
「あの時、篠末や菜名宮を拒絶していなかったと言えば嘘になる。あの時に比べて素直になってるっ言うなら、それは単純にお前たちが知らない人間ではなくなったってだけだ。」
雛城はよっと、なんて口で呟きながら、腰をかけていた窓際からジャンプする。
タタンと上靴が地面を蹴る音がした時に一切体のバランスが崩れていないのは流石と言ったところか。
「そう考えるとやっぱ菜名宮って変な奴だな。私が拒絶しているとわかってたはずなのに、全く気に留めた様子もなかったし。」
「あいつはそういう奴だ。コミュニケーションの壁というものがほとんどしない。」
他者との間に壁が全くないと言えばまるっきりの嘘になるが、それでもあいつは他者との間にある壁を全く気にしない。
いつのまにか仲良くなっていて、気づけばいろんな奴と親しくなっている。菜名宮という人間は異常なほど友人が多い。多分友達100人作れるかなRTAがあれば、世界記録を狙えるレベルだ。
俺は17年経ったけどまだゴールできていない。というかいつになってもゴールできなさそうな気がする。
「私なんか母親にすら言いたいことを言えなかったのにさ。菜名宮みたいに人との距離を気にせず何でも話せるのは少し羨ましいよ。」
「家族と同級生はまた別物だろ。接し方とか関係性とか何もかもが違う。」
現に菜名宮も、家族との関係がうまくいっているか、と問われればイエスではないだろうし。
「それでも人との距離感を気にしないで済むってのは多分楽でしょ。私があんなのになったのって、母親に言いたいことが言えなかったところもあると思うから。」
雛城はまるで昔のことを思い出したかのように、また明後日の方向を振り向いた。
2週間前のあの日、雛城は人生で二度目の本音を母親にぶちまけた。逆に言えば17年間生きて、たった二回しか自分の本音を語っていなかったとも言い換えられる。
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。
「あ、チャイム。」
雛城はまたこちらの方を振り向くと、菜名宮の机の方を指差す。
「菜名宮が来たら、またそれ渡しといて。」
「あいつへの礼は伝えておかなくていいのか?」
「…篠末って意外とそういうこと言うんだな。」
「なんか思ってた反応と違うんだが。」
冗談っぽくと言うか、皮肉っぽくと言うか、とりあえず雛城を多少揶揄うつもりでそんなことを口にしたのだがなんか軽くいなされた。俺を揶揄おうとしてなぜか不貞腐れてる菜名宮の気持ちが少しだけわかった気がする。
「それはまた自分の口で伝えておくよ。」
「そうか。」
雛城はそそくさと自分の席へと戻っていった。数週間前はいつも空席だったであろう、廊下側の真ん中の席にしかし今は雛城がいる。
改めて菜名宮が与えた影響を思い出しながら、俺は机の中から教科書を取り出した。
ガララと相変わらず床とぶつかって軋む音がする
ドアを開けば、やはりいつもと同じように菜名宮は会議室3の教室に座っていた。
強いて言えば大抵俺が座っている席に今は菜名宮がいるからいつもと違うといえば違うのだが。今日の昼休みに約束が破られることなく、しっかりと放課後も教室に残っていた。
「やあ、遅かったね。」
ドアを開いた音を聞いたのか、菜名宮は手に持っていた分厚い洋書をパタンと閉じるとこちらの方を振り返る。
「これでもできる限り早く来たつもりなんだけどな。」
「そうは言ってもねえ…時計は放課後が始まってから30分近く立ってるんだけど。」
「しゃーねーだろ。朝顔先生に捕まってたんだよ。」
「タキって朝顔先生に捕まること多いよね。気に入られてるの?」
「ちげーよ。今回はお前についてのことだ。」
授業が終わった直後に荷物をまとめていると、いきなり朝顔先生に呼び出された。
課題も提出してテストも受けたはずなのに、まだ先生を怒らせることがあるかとビクビクしていたら、菜名宮が最近全く授業に来てないのをなんとかしろっていう無茶苦茶な要求を突きつけられたのだ。
「先生曰く、最近菜名宮がいつにも増して授業に出てないんだとよ。1年の時よりはマシだがまた酷くなってきてるってさ。それで俺の監督責任が足りないんじゃないかって言われたんだよ。」
その時はとりあえず頷いておいたが、よく考えたら色々おかしい。元はと言えば怒られた原因は完全に菜名宮にあるんだから俺悪くないし、そもそも俺は菜名宮の保護者でもない。
なんだよ監督責任って。同級生に対して使う言葉じゃないだろ。
「へえ、大変そうだね。」
「お前…他人事みたいに…」
一番の当事者と言っても差し支えないのに、菜名宮はまるで自分とは縁のない話を聞くように頷いてきた。その表情には笑みが浮かんでいる。俺が苦しんでるの見て笑ってんのか?こんなんもう悪魔と一緒だろ。
「…んで、俺をここに呼んだ要件ってなんだ?ロクな要件じゃなかったら帰るからな。」
「ああ、そのことなんだけど…実はタキについてきてほしいところがあってね。」
俺が教科書の入ったカバンを机の上に置いた直後、菜名宮はその場から立ち上がる。そうして今度は菜名宮が机の上に置いていた鞄を手に取ると、それを肩にかける。
「デート行かない?」
「行かない。」
「断るの早くない?」
「お前についていったら、変なことに巻き込まれるのがオチだ。」
これまで菜名宮に何度も連れられて、よくわからない状況にぶちこまれたのは一度や二度ではない。一年くらいしか付き合いがないはずなのに何度も痛い目にあっている。
その度に俺は人生の平穏な時間を壊されてる。いわば平穏クラッシャー。平和な日常をいきなり壊してくるって意味ではバーサーカーとなんら変わりない。
「私がタキを連れてくたび、酷い目に遭わせてるとでも言いたいの?」
「むしろそうなったことしかないだろ。」
「え…今までそんなことあった?」
「嘘だろお前。まさか自覚症状ないのか?」
菜名宮のせいで俺の完璧だった高校生活のプラン(笑)は全て崩れ去っている。平穏な日常はどこかに消えてしまっているのだ。
「むしろタキは毎回楽しんでると思ってたんだけど…」
「んなわけねえだろ、どこの狂人だよ。」
「タキの性格のひねくれ具合は狂人のそれだけどね。」
「ちょっと一回殴らせろ。」
前言撤回。自覚大有りだな。菜名宮めちゃくちゃ笑ってるし、絶対揶揄ってきてるわ。
というか自覚ありながら全く罪悪感持たずに俺をまた巻き込もうとしてるのって、冷静に考えてやばくない?こんなんもう本物のサイコパスじゃん。人を苦しませて楽しませるってイカれてる奴じゃないとできないでしょ。
「きゃー、怖いよ〜」
「お前なあ…」
菜名宮は両手を顔の前に持ってくると、それに隠れるように、怯えたポーズをした。誰がどう見ても一瞬でわかる棒読みで。
思わず拳を握る力がさらに強くなる。おっといけないいけない…思わず渾身のストレートが炸裂するとこだったぜ。
まあ実際、俺が本気で右ストレートを決めたとして菜名宮は多分片手で受け止める。俺より朝顔先生のストレートパンチの方が普通に強いだろうしな。
あの人はボクシングやってたんじゃないかって思うレベルで強い。あのパンチの威力は並以上はだ。5回くらい受けたからわかる。
「はあ…結局、どこ行くつもりだったんだよ。」
心の中は少しイラッとしながら、しかしあくまでも冷静を装って聞き直す。まあ正面から喧嘩したら多分5秒で負けるしな。弱すぎる。
俺の言葉に菜名宮はわかりやすく目を輝かせる。たったったと乾き切ったコンクリートの床を鳴らしながら俺の右側、教室の窓付近へと駆け寄ってきた。
「何?行く気になってくれたの?」
「行く気はねえよ。でもどうせ連れてかれるだろ。」
「よくわかってるね。」
「なんでわかるんだろうな。」
たった一年の経験だが、こいつの誘いから逃れられた時はただの一度としてない。どう足掻いても、最終的に菜についていく羽目になるのは確定している。
菜名宮は一度決めたことは絶対に曲げないし、最終的にはそれを信じるしかない。そんな菜名宮の姿勢にも、菜名宮の誘いに対してはある種諦めすら生まれてしまっている自分自身にも思わず呆れてしまう。
「今から部室棟に行こうと思うんだ。」
「部室棟?…またいきなりだな。」
菜名宮は教室の窓の方向を指差す。会議室3の窓から見えるのは古びて水に濡れたような灰色をしている校舎だけだ。
「そこに行くってことは、例の部室荒らしの件か。」
「ちょっと気になることがあって、一緒に来て欲しいんだ。」
「はあ…なるほどね。やっぱり捜査するんだな。」
やはり菜名宮はこの事件について思うことがあるようだ。まあ興味がなけりゃ、さっき大橋から話を聞くこともなかっただろうしな。
当時部室棟にいた80人分の生徒について、軽くと言えどもプロファイリングしていたし、菜名宮なりに何か気になることがあるんだろう。
「わざわざついていく意味は…おそらく俺がお前と違った視点を持ってるからか。」
「おっ、その通りだよ。私一人だと、事件に関係がありそうなことを見逃すかもしれないからね。」
菜名宮はくるっと半回転するとこちらを指差し、そして何やら意味ありげに笑みを浮かべた。
「それにタキも何か気になってることがあるんでしょ?」
菜名宮はこちらを指していた指を今度は自分の頭に打ちながら、まるでなんでもお見通しだぞというように口角を上げた。
…やはり菜名宮は気づいていたか。結構隠し通せていた自信はあったんだが、やっぱり察知されていたらしい。
「否定しないってことは、肯定ってことでいい?」
「完全な否定ではないわな。別に肯定もしてないが。」
「ふー、相変わらず捻くれた返事だ。」
この様子だとおそらく俺が違和感を持った内容についても、察しているのだろう。
俺は先ほどの昼休みに大橋の話を聞いていて、少し変に思ったことがあった。大橋のラケットが壊されていた件とはまた別の、しかし深く関係のある事態だ。
「仮に俺が気になってることがあるとして、その内容はなんだと思う?」
「ははっ、素直に教えてくれないんだ。やっぱりいつも通りだね。」
菜名宮は先ほどとは別の笑い方で、何故か嬉しそうな笑みを浮かべる。まるで俺が捻くれてることに安堵さえしているように見える。
「その質問の答えが合ってたら私に着いてきてよ。」
「…なんだいきなり。どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。もし私がタキの…事件についての懸念事項を当てられたら、部室棟に来てくれる?」
「何だよその条件…俺にメリットないだろ。」
全くもって意味のわからない取引に思わず苦笑いしてしまう。そもそももう付いて行くって言ってるんだけど、話聞いてないのか?
「さあこの不平等な勝負、飲んでくれるかい?」
「断れねえんだろうな。」
「さすが、よくわかってる。」
菜名宮はそう言うと、人差し指をピンと伸ばしてくるくるとその場で回し始めた。視線を明後日の方へと向きまるで思考を巡らせているようだ。
「よし、決めた。」
「決めたって…」
そうすること数秒、菜名宮はこちらの方をまた見据える。決めたなんて言ってるあたり、まるで頭の中で考えて結論を出したみたいな雰囲気を漂わせているが、おそらく菜名宮は考えるまでもなくとっとと結論を出している。
そしてその結論はまだ聞いていないが、なんとなく合っているのだろう。
「じゃあ、タキが気になってることを当てたら、部室棟に着いてきてね。」
「へいへい。」
適当な返事でその言葉を流すと菜名宮は三度、口角を上げ、今度はにやりと笑うのだった。
「やっぱり暑いな…」
雲ひとつない快晴、燦々と照りつける太陽、何も遮るものがないそれは全身を熱らせる。
まだ時期でいえば初夏のはずなのに、全くもって涼しいなんてことはなく、今はもう夏の真っ盛りなんじゃないかと勘違いさせるほど陽の光は運動場に刺していた。
これが初夏の夕方の時間帯なら真夏の時期はどうなるんだよ。マジで死ぬぞこんなん。夏は青春のイメージあるけどそんなことする前に死ぬぞ。だから学生は夏休み家から出るな。花火とか海で遊ぶとか生産性なんもないから。陽キャは夏を満喫すんな。そんな誰に向けたかわからない意味不明な不満を言いたくなるくらいには暑い。
そんな暑さに包まれた初夏の夕刻、運動場では数多くの部活がグラウンドで練習に励んでいた。二人組でパス回しをするサッカー部や、ゼッケン同士でチームに分かれて試合をしているハンドボール部、あとは専用のグラウンドを広々と使い、ボールを外のネットへと飛ばしている野球部がいる。
きっと当人たちにとっては大切な、俺にとってはどうでもいい青春の1ページが今日も彩られていた。
「思ったより遠いね、部室棟って。」
菜名宮は手を目元より少し上に当て、光を遮るようにしながら歩いている。
「ああ…こんなに歩くと思ってなかった。」
「タキは運動不足なだけでしょ。」
俺は菜名宮の一歩後ろを歩いていた。深い考えは特になく、気づけばそうなっていただけだ。
「おっ、六乃じゃん。どうしたの?」
「ちょっと散歩。」
「六乃ちゃん!もしかしてうちの部活見にきたの?」
「ごめーん、そういうわけじゃないんだ!そもそも見なくても頑張ってるのは知ってるし。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん。ありがと!」
「どういたしまして。頑張ってね。」
「うん!」
運動場の隅っこの方を歩いていると時折、菜名宮に声をかける運動部と遭遇する。というか結構遭遇する。みんな菜名宮を見かけては一言声をかけて、菜名宮も笑顔で返事をする。やはり校内で1位2位を争う有名人なだけある。
声をかけなくとも菜名宮の方を向く視線は多い。皆菜名宮のことを知ってるのだろう。
だからこそ、時折こちらに届くお前誰やねん的な視線も痛い。菜名宮は基本的に多くの友人がいるため、誰かと二人で歩いているというのは別に不自然なことではない。
ただ単純に、基本的に影というかもはや無に近い存在の俺が、菜名宮という光に当てられてぼんやりと浮かび上がっているのだろう。俺が雛城とか大橋の存在を菜名宮経由で知るのと多分おんなじ感じだ。いや違うか。
「にしてもお前…本当によく声かけられるんだな。」
「私は友達多いからね。」
「流石だな。俺とは正反対だ。」
「もしかして嫉妬してるの?大丈夫だよ。私が見てるのはタキだけだから。」
「はいはい。」
なんかよくわからんことを言っているが、スルーすることにした。おそらくいつものよくわからん戯言だ。
「タキさあ、もうちょい狼狽てくんないと面白くないんだけど。」
「俺は面白くするつもりないんだよ。」
「ちぇー。」
「変なこと言ってないで進むぞ。」
はいよ、とわからん拗ね方をしている菜名宮を横目に、二人で運動場の端を歩いていく。
およそ2〜3分もすれば、運動場の端、体育館の横に設置された2階建てのプレハブ小屋に着いた。
「着いたね。ここが部室棟だ。」
「ああ…汚ねえなあ。」
「建物見て一言目がそれってどうなの?」
「だって実際そうじゃねえか…家賃1万でもギリギリ住みたくない見た目してるぞ。」
目の前に見える部室棟は、はっきり言ってボロボロであった。壁面は所々錆びて赤くなっているし、1階と2階を繋ぐ外階段も、ところどころはげて黒くなっている。見た目だけでいえば、完全にずっと昔からあるアパートのようだった。
「まあ…この建物って結構昔からあるらしいからね。確か創立当時に建てられたらしいし。」
「かれこれ数十年近く使われてるんだな…そりゃこんなボロくなってても仕方ないか。」
建物から出るオーラがなんかもう古臭い。ここを常習的に運動部が使ってると思うと、少しかわいそうになってくるレベルだ。
「…んで部室棟に来たはいいけど、結局どうすんの?」
菜名宮に連れられてここにきたが、部室棟で何をするかに関しては会議室3では何も聞いていない。
しかし菜名宮は何を言ってるんだとばかりに、建物の上側、2階部分を指差す。
「そんなの決まってるじゃん。バトミントン部の部室に行くんだよ。」
「…まじで行くのかよ。」
まあ部室棟に行くって言った時点で目的はあらかた察していたが、やはり案の定だった。
「つい先日、部室荒らしがあったばかりだろ?そもそも空いてるのか?」
「確か封鎖されてるはず。少なくともバドミントン部の子は今使ってないし。」
「じゃあ入れねえじゃねえか…」
ただこうなると八方塞がりである。そもそも部室棟に来たのがバトミントン部の部室を見るためであり、そこに入れない時点で部室棟に来た意味がないように思える。
「いや、入れるよ。封鎖されてるって言っても、実はテープで仕切られているだけなんだ。ドアも閉まってないから入り放題だよ。」
「でも生徒は侵入禁止だろ。」
「そうだね。でも私が守るとでも?」
「…はあ、絶対守らないだろうな。」
一度決めたことは決して曲げず、目的を達成するならあらゆる手段を使う菜名宮が、学校が決めたルールなんぞ守るはずがない。
普通の生徒ならほんの少しでも気が引けることに関しても、菜名宮は全く気後れした様子がない。流石菜名宮というべきだろうか。
「よし、行こうか。」
横にいた菜名宮が部室棟の階段へと一歩踏み出す。
「ああ。」
結局、それに続いていくように、俺も部室棟へと向かっていくのであった。
「事件現場かよ…」
部室棟2階、階段から一番奥の部屋、そこはまるで警察の捜査中のような黄色と黒のテープが何重にも入り口に張り巡らされており、壁には手書きで「立ち入り禁止」と書かれた厚紙が貼っている。側から見れば完全に事件現場にしか見えない。
「ここで間違いないね。」
「側から見ると完全に廃墟だな。」
「夜だったらワンチャン出てもおかしくなさそう。」
「ここが新たな心霊スポットになる日が来るかもな。」
菜名宮は厚紙がかけられた壁と反対側に目を向けていた。そこには古びたプレートがかかっており、「バトミントン部」とうっすら書かれている。外からの様子を見るに、おそらくここが元々バトミントン部が使っていた部室だろう。
外側から部屋の奥を覗くが中はほとんど見えない。おそらく日当たりが悪いのだろうか、太陽が出ているはずなのに部屋の中は真っ暗であった。
「うーん、暗くてよくわかんないや。」
菜名宮はつま先をピーんとたて、部屋の奥を観察するようにキョロキョロとしているが、やはり暗いせいか、何も見えないようだった。
「仕方ない。入るか。」
「ええ…」
ふとそんなことを言い出したと思えば、菜名宮は何重にも張り巡らされたテープの下を、何も気にすることなくするりと通り抜ける。
「そんな躊躇なく入んなよ…」
「今の状況で躊躇いが必要?」
「もうちょっと侵入禁止エリアに入る前に逡巡とかさ…」
「そのフェイズ無駄でしょ。タキもこっちおいでよ。」
菜名宮はまるで何が悪いんだ、とでも言いたげな様子で、テープの下から手を差し出す。
「俺もついてかないとダメ?」
「当たり前だよ。タキ連れてきた意味ないじゃん。」
「はあ…先生に怒られたら責任取れよ。」
一応ルールを守ろうとした。今回部室に入るのは菜名宮に脅されたからだと、朝顔先生に対する言い訳を心の中で作ったところで菜名宮と同じように部室に侵入する。
想定していたよりテープの位置が低く、かなり体をしゃがませないといけなかったために、体が痛みを訴えていた。
心の中で朝顔先生に全力で謝罪しながらやっとの思いで部室に侵入すると、そこには先ほどまで見えなかった十畳程度の空間が広がっていた。
外装とは裏腹に、内部は案外まともな見た目をしている。ロッカーが壁際に立てかけられており白い壁面と白い床、決して綺麗とは言ないが、ボロアパートのように見えた外見とは異なる普通の部屋だった。
「ここに先週部室荒らしが入ったみたい。今もう荷物がなんもないから、まっさらだけどね。」
本来ならこの空間に各部活の生徒の荷物が積み重なっているのだろう。確か部室はある程度装飾を施してもいいはずなので、もしかしたら床に何かを敷いたり、壁紙を貼り替えてたりしたのかもしれない。
ただ今はそういった彩りが一切なく、真っ白な部屋だ。正確に言えばロッカーは灰色だが、それを踏まえても色気がなく無機質な雰囲気が漂っている。
「佳苗と雫が見たのは酷い光景だったんだろうね。
カバンとかタオルが無造作に放り投げられてたんだし。」
「ここに全員分の荷物が転がってたらまあ…中々きついもんかもな。」
この部屋はまあまあ広い空間であるが、十数人の荷物が床に散乱していたら、足の踏み場もないだろう。
大橋と佐川にとってはいつも使い慣れていた部室だ。そこがぐちゃぐちゃにされていたとなれば、二人にとってショックはだいぶ大きいだろう。
おそらく最初は変わり果てた部室の姿、床に散乱した荷物を見て驚き、しばらくすると部室を荒らされたという事実に気づいて恐怖を覚えたはずだ。
そして大橋は今もその感情を引きずっている。あるいは佐川も表面上では今日の朝のように、明るく振る舞って隠しているだけで、心の内では別の感情を抱いているのかもしれない。
「なんでだろうね。」
菜名宮は辺りを見まわしながら歩き、部室の奥側につけられている窓際まで辿り着く。
「部室が荒らされた理由か?」
「うん…なんでそんなことしたんだろうって。」
「さあな、犯人の考えは俺にはわからん。」
「…だよね。私もわかんないや。犯人のことは、犯人にしかわからないのかも。」
菜名宮は窓の横にもたれかかり、また周囲を観察しているようだった。その表情はどこか物思いに耽るように見える。
「二人ともきっと辛いだろうね。」
「ああ、俺らには多分理解できないけどな。」
「佳苗も雫も頑張って取り繕ってるけど、しんどそうだった。」
普段の教室なんかで二人を見かけた際、特段変わった様子はない。初めて会議室に来た時と同じように大橋は少し騒がしく、佐川は少し大人しめだが、それでも輪の中に入っている。
大抵の人間は表情を偽っている。大橋も佐川も、側から見ればいつも通りの学校生活を送っているようだろう。
しかし二人とも内心では部室荒らしの犯人が外部の人間でなく、内部の人間、同級生であると考えている。その犯人は二人にとって身近な人物である可能性が高いだろう。もしかすれば自分のすぐ近くにいるかもしれないのだ。
そんな中で、しかし二人はいつも通り学校に来て、授業を受けて、休み時間は雑談に興じている。多分今頃の時間であれば部活動に勤しんでいる。
おそらく二人は菜名宮やたまたま居合わせた俺以外の人間に、自分の本当の気持ちを吐露していない。少なくとも犯人が近くにいるかもしれない状況で、自分の本心を明かしてはいないだろう。
なるほど確かに、菜名宮の言葉はあながち間違いではない。どんな人間でも嘘をつく。そこに例外はほとんどない。
ただ違いは嘘をつく理由だ。自分のために嘘をつく人間もいれば、相手を思いやるため、場の雰囲気を壊さないため、あるいはまた別の理由、様々な理由で人間は嘘をつく。
あの二人はきっと自分たちの平穏を守るために、今も自分の心に蓋をして、嘘をついて生きているのだろう。本人たちは苦しんでいるのにその気持ちを隠し、平然と振る舞っている。
なんて生きづらいのだろうと考える俺は愚かな奴かもしれない。
日常を守るため、空気を壊さないため、人間関係を滅茶苦茶にしないため、感情を押し殺し偽りの表情が浮かぶ仮面を付け本心を隠す。そうして彼ら彼女らは何気ない青春を過ごしているのだろう。
勿論全員が全員、本性を隠している人間でないことも知っている。この学校には、あるいは同じクラスにも裏表のない奴は当然いる。俺は人間には誰しも正反対な二面性があるなんてデスゲームの主催者みたいな極端な考え方を持っているわけではない。
それでも俺が見ているほとんどの青春的な場面は、きっと多くの人間が嘘をつき、己を殺し、作られて
いる。なぜなら人は本心を、ほとんどの人間が見えないところでしか出さないからだ。仲がいい奴がほとんどいない俺の見ている景色は、嘘と犠牲によって作られた美しい劇場の一幕に過ぎない。
ふと視界に菜名宮が入った。夕陽に照らされ、神秘的にすら見えるその女子高生は遠く遠く、果てのない地平線を眺めている。
どのくらいの間、無言だったのだろうか。ずっと黙り込んで窓の外を見ていた菜名宮が、壁に手を当てると、その反動でこちら側に向かってきた。
「なんか気になることあった?」
「いや、なんも。」
そもそもこの部室に来たのは事件に関して何かヒントを得ることができるかもしれないという菜名宮の考えからだった。
部室棟の外から、そして中から部室荒らしの現場を見たが、特段気になることはなかった。まあ部室の封鎖のされ方が完全に警察の捜査中と一致してるのは驚いたが事件と深く関係していることでもない。
「そう、か。」
菜名宮は一つため息をつくと、俺の横をスタスタと通り過ぎていく。部室の入り口まで行ったところで菜名宮がこちらを振り向いたのが視線で分かった。
「帰ろっか。」
「もういいのか?」
「私は大丈夫。ここにいても何もわからないでしょ。」
「それもそうだな。朝顔先生にバレるとめんどくさいしとっとと撤退するか。」
反対方向に振り返ると、菜名宮は頬を緩ませて笑っていた。だがそれはいつもの人を小馬鹿にするようなものではなく、あるいは好奇心をくすぐられた時みたいにワクワクを浮かべたものでもない。
ただ何かを切なく思う、寂しさが相見えるものだ。
菜名宮の考えていることはは相変わらず計り知れない。なぜそんな表情をしているか、その理由くらいはわかるかもしれないが、菜名宮の心の内を本質的に理解できる時なんてきっとこない。
そもそも菜名宮が何を考えているのかなんてどうでもいいことだ。こいつが何を考えていても、俺にとっては関係ない。平穏が大きく崩さえしなければ何でもいい。
カアカアとオレンジ色の空に響くカラスの鳴き声が、なぜだかいつもより大きな気がした。
「あ、菜名宮さんと篠末くんじゃん!」
部室棟から退散し下駄箱に戻ったところで、校舎の方から声が聞こえる。その方を振り返れば佐川がおーいと、手を振っていた。
「お、雫じゃん。何してたの?」
「先生の手伝い。今から部活行くとこだよ。」
「…部活の終了時刻まで後30分しかないよ?」
「30分あれば最低限練習できるじゃん。私まだまだ下手だから少しでも練習したいんだよね。」
「真面目だねえ…頑張って。」
「うん、ありがと!」
佐川は屈託のない笑みを浮かべて頷く。やっぱり宅配便をする上で笑顔を欠かさない職業病のようなものが影響しているのだろうか。笑顔で配達的なcmを流していたのは黒い猫の方だったような気がするが、多分気のせいだろう。
「そういう菜名宮さんたちはどこ行ってたの?」
「部室棟だよ。」
菜名宮がさりげなくそんなことを言った途端、佐川の表情に少し陰りが見えた。
佐川は小さく頭を動かし、辺りを見回す。人通りがないことを確認すると、体を菜名宮の方に近づけてこそこそ話をするように手で口元を覆い隠した。
「部室棟って…この前のこと調べてたの?」
「ちょっと気になることあったからね。」
「よくそんなサラッと言えるな…」
俺が独り言のように呟くが、全く意に介した様子はない。嫌味を含んだつもりだったが、そういやこいつにとって都合の悪いことはそもそも耳に届かないんだったら。なんて便利な耳なんだ。
「佳苗とか雫に相談はされてたけど、事件現場を確認してなかったからさ。今タキと見に行ってたところ。」
「なるほど…」
「後はまあ、タキとデートっていう意味合いもあるかな。」
「で、でーと?」
「適当なこと抜かすなよ…」
「え、至って大真面目だよ。」
「大真面目にボロ臭い部室棟で刑事ごっこしたことをデートっていうなら、もうセンス終わってるとしか言えないぞ。」
自分で言ってて思ったがデートの要素が一ミリもない。文面だけみたらただのクソガキの遊び方じゃねえか。
「それがいいんじゃん。雰囲気あるし。」
「何もよくねえよ…風情もクソもないからな。」
俺のため息混じりの呟きはさらっと虚空に消える。
何が怖いって側から見たら結構ガチ目なトーンで言ってるように見えるんだよな。冗談だとわかってても、他の人が勘違いしかねないくらい真剣に口にするもんだからヒヤヒヤする。
「…あ、あはは。楽しそう、だね。」
「ほら見ろ。めちゃくちゃ困惑してるじゃねえか。」
「良くわからないけど、菜名宮さんたちが楽しいならいいんじゃないかな?」
「精一杯のカバーありがとう。ただこいつには必要ないぞ。」
わからないなりになんとか理解しようとしてくれているだろうが、菜名宮にはいらない。
佐川にとってはおかしなことが色々ありすぎて多分頭の整理が追いついていないんだろう。だから菜名宮はガチトーンで戯言を抜かすのを辞めてほしい。
「…それで、部室棟に行って何かわかったことあった?」
「いや、なーんも。部室の中にも入ったけど、特に何も無かったよ。ただただ無機質な空間が広がっていただけ。」
「え、部室入ったの?」
「入ったよ。この時間帯だと結構暗いんだね、あそこ。」
「そんな当たり前みたいに…あそこって一応封鎖されてるんじゃ無かったっけ。」
「立ち入り禁止ってテープ貼ってあったな。」
バトミントン部の部室には、keep outなんて書かれた黄色と黒のテープがびっしりと敷かれていた。あんなのドラマの殺人現場でしか見ないと思ってたやつ。よく考えたら何で学校にあんなのあるんだ。
「…でも菜名宮さんなら入るか。」
佐川がふっと小さく笑った。どうやらそんな無茶苦茶な行動も、全て菜名宮だからと納得したようだ。
「当たり前だよ、私だもん。」
普通に考えて、部室に不法侵入したのも菜名宮だからって理由で納得してはいけない気がする。
ルールを守るのは私らしくないなんて菜名宮は時たま口にするが、そんなん関係なくルールはルールだから全部をガン無視しないでほしい。
「菜名宮さん、それに篠末くんもありがとう。」
「感謝されるようなことなんか何もしてないぞ。」
「いや、二人ともバトミントン部とは全く関係ないのに、今回のこと、しっかり調べてくれてるでしょ…」
「全然大丈夫だよ。私は佳苗とか雫が助けを求めてくれたから手伝ってるだけだし。」
「ああ…なるほど。」
そういうことなら、俺に対して感謝される筋合いはない。俺は部活荒らしの解決に対して、あまり興味を持っているわけではない。この件について調査を進めているのは菜名宮が中心だ。
俺はただ菜名宮と一緒にたまたま動いていただけである。正直な話、佐川や大橋が大変な目に遭っているのは理解しているが、同情できるほどではない。二人の気持ちを推しはかれるほど、二人のことを俺は知らないからだ。
まあ佐川に関しては昨日の件で控えめに言って神であることがわかったので何か手伝えれば…とは少し思うけど。
「二人とも本当に優しいんだね。」
「いやいやそれほどでも。友達のためだからね。」
「本当にそれほどでもないから気にしないでくれ。」
「タキってほんとさ…」
菜名宮がため息混じりでなぜかこちらに振り向いてきた。完全に俺に対して呆れている。
なんで呆れられるかわからないけど、まあわざわざ探求するほどでもない。
「正直、部活荒らしのことを話せる人って少ないから、二人がいてくれて本当に助かってるんだよ。」
「悩みを話せる人がいないのって、辛いよね。」
菜名宮は佐川のまるで独り言のような呟きに、少しの間をおいて返した。
「うん。」
「だから、なんか困ったらすぐに言ってね。この事件のことでも、全く関係ないことでも。タキと一緒にすぐ雫のとこ来るからさ。」
「なんで俺も巻き込む前提なんだよ。別に必要なくないか?」
「そりゃあタキは犯人じゃないってわかってるからだよ。この前まで事件が起きてたことすら知らなかったじゃん。」
「なんでその秘密を今ひけらかした。」
ため息混じりに口にするが、菜名宮はを気にかける様子もない。隠しておけばいいことをわざわざバラすなんて、相変わらず冷たい奴だ。
「本当に、ありがとう。」
佐川の声が少しだけ震えているような気がした。
佐川はなんてことのないコミュ症にも優しかった今日の朝と全く同じ表情をしている。しかしその目はほんの少しだけ潤んでいた。
雫がこぼれ落ちることはない。今にも泣き始めるなんてことはありえない。ただほんの少しだけ、佐川の隠していた本音が見えた気がした。
…佐川もまた、きっと表面上では明るく取り繕っている。しかし本心ではその実辛かったのだろう。
裏表のない人が好みだなんていう奴がいる。曰く恋愛対象に求める要素の一つらしい。
だが実際にそんな人はいるのだろうか。どんな人間であれ、人には見せたくない一面がある。一見明るいバトミントン部の女の子も、自分の置かれた境遇に向ける感情をひた隠しにして日常を過ごしている。俺にだって人に見せたくない黒歴史がある。…勿論、菜名宮もだ。
こいつは特に顕著だろう。八方美人という言葉がお似合いのように、菜名宮はその場に応じた最適解をいつも出す。言い換えれば人によって接し方を変えているとも言えるし、自分を一部隠しているとも言える。
少なくとも二人でいる時の菜名宮と、クラスにいる菜名宮はまるで別人のようであるし、多分俺が知らないこいつの一面もある。人間とは器用な生き物なのだ。
佐川雫は笑っている。目に浮かべた涙さえ嘘だというように。朝俺に接した時の優しい姿がまるで本当の姿だと言わんばかりに、笑っていた。
「時間ももう遅いし、そろそろ部活行ってくるよ。」
「頑張ってね。」
「またな。」
菜名宮は佐川に対して小さく手を振る。それを見た佐川がまた、ほんの少し笑った。
タッタッタとコンクリートの床を蹴る音がする。バトミントン部なのに運動場に行くのか、なんで疑問が思い浮かんだが、多分外練とかいうやつだ。
体育館の面積には限りがある。その中でいろんな部活が活動しているため、毎日体育館を使えるわけでは無いのだろう。体育館を使う運動部は、日替わりで外を使っているはずだ。
キーンコーンとチャイムが鳴った。なぜこんな時間にチャイムが鳴るのだろうか。いつもこんな時間まで学校にはいないから俺は知らないが、きっと必要なものなのだろう。
俺にはその意味を知る必要はない。端的にどうでもいいからである。
ただチャイムが鳴る理由を知る必要のある人間もいる。運動部の連中なんかは、このチャイムがなぜこんな時間に鳴るのかを、きっと知っていなければならないのだろう。
都会とも田舎とも言い切れない微妙なところにある学校は、周りに大きな建物がない影響で地平線がよく見える。
冬にはとっくに沈んでいるでいるはずの太陽が、まだ地平線と同化していない姿は、やはり春が終わり、夏が近づいていることを示している。
カラカラカラと校門が閉まる音が聞こえた。時計を見れば午後6時を指している。うちの学校ではいつもこの時間帯になると校門を閉じている。
「俺は帰るけど、菜名宮は?」
部室棟から撤退し、会議室に向かうために俺と菜名宮は文化棟の廊下を歩いていた。
「私は友達を待つよ。先帰ってて。」
「はいよ。」
俺と菜名宮は一緒に過ごすことはおそらく多いと言える方だが、菜名宮と一緒に学校へ来たり、逆に帰ったりすることは少ない。
万年コミュ症ぼっちの俺とは違い、菜名宮には多くの友人がいる。菜名宮はほとんど毎日、俺が名前も知っているか怪しい友達と帰っている。
最初の方は菜名宮と帰ることも多少あった。だがいかんせん菜名宮という人間は人目につく。学校一のスーパースターと学校一の根暗人間、強い光と影が交わることは、許されなかった。
…なんか変な言い回しになったが、要は俺が相対的に、周りの人に噂されることが多かったというだけだ。
「あいつだれ?」「なんで菜名宮と?」「脅されてるんじゃない?」
そんな言葉は俺の心に刺さることはなかった。ただ単純に人の目につくことがストレスだった。
俺が目指している平穏に人の目は邪魔でしかない。だから俺は人前で菜名宮といる時間を極力少なくした。
会議室3のドアを開ければ、相変わらず埃臭い教室が広がっている。いくら日が出ているといっても少し暗い教室は、心なしか寂しささえ感じる景色だ。
机の上にほったらかしていた鞄を手に取り、俺は教室をUターンして入り口の方へと向かう。
ドアに手をかけた時に一度教室の方を振り返ると、菜名宮は会議室の一番奥、お誕生日席の椅子に腰掛けていた。
物憂げにどこかを見つめているその表情はおそらく寂しげという言葉が最も適切だ。
「じゃあな。風邪は引くなよ。」
「バイバイ。」
そんな言葉を聞いた後、俺はドアを閉じさっき来た廊下をまた歩いて行った。
「やあ、篠末。」
会議室3から文化棟の階段を降り下駄箱に差し掛かったところで、目の前に出来れば見たくはなかった光景が広がっていた。
「もう夕方なのに元気そうですね…朝顔先生。」
「少なくとも君よりは生気を持っている自信があるよ。」
カーディガンを靡かせ、腰元にあるポケットへ手を突っ込み堂々とした姿で朝顔先生はそこに立っていた。窓の外から差し込む夕陽が、まるでスポットライトのように朝顔先生を照らしている。
…いやよく見たらちょっと目を顰めてるな。眩しいんだろ。無理しないほうがいいんじゃないかな。そこまでして堂々と立つ意味ないって。眩しいなら素直にカーテン閉じればいいじゃん。見栄っ張りかよ。
ふと朝顔先生の眼光が鋭くなった気がした。こちらを見つめる視線は、先ほどよりもずっと恐ろしい。
え、なに?また心の中読まれてる?ただ眩しいだけですよね?
「なんですか…」
こちらを睨みつける(俺視点)朝顔先生に対し、恐る恐る真意を尋ねる。決して先生の機嫌を損ねないために、変な物言いにならないように確認した上で、だ。
「篠末がこんな時間まで学校にいるのが珍しいと思っただけだ。君はいつも授業が終わればすぐに下校しているだろう。」
「はあ…まあそうですけど。今日はちょっと用事があったんで。」
確かに俺は部活に所属していないた基本的には即家に帰る。何度か朝顔先生にもホームルームが終わった瞬間に教室を抜けて速攻で帰る様子を見られていることもあったため、俺が普段から学校残るような奴ではないことは知られているだろう。
「君がここにいる理由は…例の部活荒らしのことか。」
「…なんで分かるんですか。」
「そこは『キッショ、なんでわかるんだよ』が正解だったな。」
「正解もクソも無いでしょそんなん。別に敵になってしまった親友と再会してないし、脳みそぱっかーんもしてません。」
呪われてるって言えば寧ろ朝顔先生の方だ。この人の男運は呪霊の仕業と言われてもギリ納得できる。
「朝顔先生ってバトル系の作品見るんですね。」
「当たり前だろう。幾つになってもバトル漫画は面白いものだよ。」
「へえ、幾つになってもですか。」
俺の視界の左半分、正確に言えば左目の手前までにひゅっとまるで風を切るような感触を感じたのは、俺が冗談半分にそんなことを言った瞬間だった。
「何か言いたいことがあるのか、クソガキ。」
「…いや、なんでもないです。」
端的に言えば、左目の前に朝顔先生の人差し指があった。コンマ数ミリでも前にすれば、眼球に触れてしまいそうだった。
恐る恐る顔を上げると、そこにいるのはいつも通り大人びた表情…よりも、少し目がかっ開いている朝顔先生。たったそれだけの違いなのになぜか身体中のありとあらゆるところが震えている。本能的に俺の体が恐怖を訴えていた。
本当に余計なことを言ったら次は殺されるかもしれない。流石に南の花嫁姿を見ずには死ねないので変なことを口走らないようにしよう。
「…まあいい。聞かなかったことにしてやる。確か、部室荒らしについて調べているんだったな。」
「そういえばそんな話でしたね。」
さっきの恐怖心のせいで直前の会話をほとんど忘れてしまっていた。でもあんなことされたら忘れるのは仕方ないと思います。
「なんで先生は部室荒らしについて…俺が関わっていることを知っているんですか?」
そもそもの話、部室荒らしに関しては既に教師が『外部犯』と断定をしているのだ。ほとんどの生徒にとって、それこそ被害者であるバトミントン部や菜名宮以外にとって、この事件は「過ぎ去った出来事」でしかない。
「そんなに複雑でもない。菜名宮が関わっていることには大抵君も関わっている。そして菜名宮は優しい人間だ。」
「ああ…」
「あいつは困ってる人間を見放したりはしないだろう。ましてやバトミントン部の奴らとは仲がいいし、何か思うことがあったら菜名宮に相談することくらい容易く想像できるよ。」
「それで俺が関わっていると思ったわけですか。」
「何か間違っていたか?」
「いいや、百点満点ですよ。やっぱ先生鋭いですよね。」
思わずため息が溢れ出た。本当にこの先生は菜名宮や俺のことがよくわかっている。
ほとんどの教師が手を焼いている菜名宮という人間をなんとかできるのは、朝顔先生しかいないのかもしれない。まあ先生も割と抑えきれていない感じもするが。
「菜名宮や篠末のことだ。『外部犯』なんてのを疑ってるんだろう。」
「ほんっとよく分かってますね。先生ってエスパーですか?」
「いいや、ただの化学教師だよ。もしエスパーならもう少し君たちの対応を楽にできる。」
やっぱり朝顔先生に脳の中見られてるんじゃないかってくらい行動読まれてる。エスパーの類って言われても全く驚かない自信あるぞ。
「目の前に与えられた結果に対して、君たちはすぐには納得しないだろう。自分たちで調べ尽くさなければ本当のことを本当と思わない奴だ。菜名宮も、君も。」
「俺は別に外部犯であることを疑ってはいないですよ。」
「嘘だな。私たちが出した結論に納得しているなら、君はあいつを止めているはずだ。少なくとも菜名宮を手伝っているのは、君自身も怪しんでいる節があるからだろう。」
「…さあ、どうでしょう。犯人の調査なんてめんどくさそうなこと、普通ならしたくありませんけどね。」
あえて言葉を濁した。朝顔先生は生徒側ではなく教師という立場だ。言い換えれば今回の事件に関して『外部犯』と結論つけた側の人間なのだ。
ここで俺が肯定をすれば、朝顔先生は教師として俺を説教する必要がある。少なくとも朝顔先生に怒られるのはごめんだ。人生を賢く生きるためには時折言葉を濁すことも必要なのである。
「君たちがどう考えようと構わないが、変な気さえ起こさなければ、それでな。」
「多少気にした方がいいんじゃないですか。俺はともかく菜名宮の奴は何やらかかわかんないですよ。」
「あいつがぶっ飛んだ行動を取るなんて今に始まった事ではないだろう。」
「まあ確かに。もう何回目だよって感じですけど。」
「君も知っての通り、菜名宮はうちに入ってきた時からあんな感じだった。むしろ私にとっては、あいつが何かやらかすこと自体が日常だよ。」
「そんなんが日常って、終わってますね。」
「むしろ被害を被ったという点では、君の方が酷いんじゃないか?」
型破り、異端児、異常者、菜名宮という人間を正確に表すのは、どんな言葉が相応しいだろうか。
菜名宮と知り合ってから、あいつの奇想天外な行動を見たのは一度や二度ではない。大抵の人間は思い付かないことや、考えても行動できないことをあいつはいとも簡単にやってのける。そして俺が毎回と言っていいほど巻き込まれるのも、いつもの流れだ。
「そもそもあいつは決して意味のない行動をするような人間ではない。雛城の一件もそうだし、何より君自身が一番わかってるだろう。」
「その過程は色々とおかしいですけど。まあ、あいつが間違ったことなんてほとんどありませんね。」
「そうだろう?実際、菜名宮自身の考えで雛城は救われた。いや、正確に言えばまだ断的はできないが…でも確実にいい方に向かっている。」
屋上でずっと授業をサボり、無気力に生きていた雛城が少なくとも前を向いて今を過ごすようにしたのは確実に菜名宮の仕業だ。
菜名宮があの日、雛城をケーキバイキングに連れて行かなければおそらく真面目な不良はずっあのままだった。
雛城に関して、菜名宮の行動が正解だったかを測るにはまだ経過した時間が浅すぎる。ただあの無茶苦茶な行動は確実に意味のあるものだった。
「だったら構わないよ。あいつの好きにさせておけばいい。」
「いいんですかそんなスタンスで。菜名宮に関してはもう少し何とかした方がいいと思うんですけど。」
「教師は生徒を見守ることが仕事だ。君たちの年代というのは、一番好奇心旺盛な時期と言ってもいい。自分たちで考え、動こうとしている奴を自分の勝手な都合で止めるほど、私は偉くも正しくもないよ。」
「でも菜名宮ですよ。いつかあいつは取り返しのつかないことをするかもしれない。」
「そこは心配していない。私は菜名宮を結構信頼している。…それにだ。」
朝顔先生はふとこちらを指差す。先ほど俺の左目を抉ろうとした人差し指が、今度は俺の目の前、1メートルほどのところにある。
「本当に菜名宮が誤った道を歩もうとしたら、君が止めるだろう。」
「俺は別に、菜名宮を止められるほど偉い人間じゃないですよ。」
「偉いとか偉くないとかは関係ない。ただ君は誰よりも菜名宮を理解している。もし何かあいつが間違いを犯そうとするなら、君はその過ちを咎められる奴だ。」
「…仮に食い止めようとしたところで、あいつは止まりませんよ。」
「いや、篠末なら止める。というより篠末じゃなきゃ止めることはできないと言ってもいいな。」
「俺のこと、サーカスの団員か何かだと思っています?」
「菜名宮という猛獣を抑える調教師、という点では間違っていないかもな。」
実際のところは、俺の人生がクラスの奴らにとって道化師みたいなものではあるかもしれない。
いや、嘘だな。俺よりも他の奴らの人生のほうが彩りあるわ。
「朝顔先生って案外優しいんですね。」
「案外とは失礼だな。私は常に生徒に対して優しく接しているぞ。」
「それは嘘だろ。」
少なくとも小テストで赤点を取るたび補習にしたり、気に入らないことがあれば手が出るいつもの朝顔先生が優しいわけない。
ただ朝顔先生はいつも厳しいわけでもないようだ。俺のことを過大評価する朝顔先生の言葉は、俺にとっては優しいものだ。なら朝顔先生はきっと優しい人なのかもしれない。暴力はやめてほしいけど。いやほんとマジで。まだ死にたくない。
「私は優しいわけではないよ。欲に塗れた汚い大人の一人にすぎない。私はただ生徒に対して、当たり前のことを言っているだけだ。そこに優しさがあるわけではないし、言ってしまえばただ仕事をこなしているだけさ。」
「俺や菜名宮の面倒を見るのが仕事なんて大変ですね。教師って本当にブラックだ。」
「ほんと勘弁してほしいよ。これで薄月給なんだからやってられないさ。」
「だから駅前に増やしに行ってるんですか?」
「違うな。快楽と金を取引してるんだ。」
おそらくいくら否定しようとも、朝顔先生はその意見を撤回することはなさそうだ。
なら、それでいい。朝顔先生が自分を優しくないというのなら、きっとそうなのだろう。まあよくよく考えたら生徒に暴力振いかけるような教師なんか優しくないよな。
「…っと、こんな時間か。そろそろ職員会議の時間だ。」
朝顔先生は腕にかけた赤銅色の時計を見ながらそんなことを呟く。
「こんな時間から会議ですか?」
窓から外の方を眺めれば夕陽は既に半分ほど、地平線へと姿を隠している。いくら夏が近づいているとは言っても、そろそろあたりが暗くなり始めてきていた。
「教師は常に忙しい生き物さ。」
「勤務時間完全にオーバーしてますよね。」
「社会人なんてみんなそうだよ。仕方のないことだ。」
「労働基準法ってなんでしたっけ?」
「守られることのない規則だ。この世は暗黙のルールで成り立っているからな。」
朝顔先生はそう言いながら、カーディガンを靡かせて俺の横を通り過ぎていく。その袖の先にチョークの粉がついていることに先生は気づいているのだろうか。
俺の後ろを三歩ほど過ぎ去ったところで、朝顔先生がこちらへ振り返った。
「君たちが何をしようと構わないが、私への報告だけは忘れないようにしてくれよ。菜名宮や篠末のことに関して尻拭いさせられるのは私だ。」
「わかりました。またなんかあれば連絡します。」
相変わらず朝顔先生は面倒見がいい。なんでこんなに面倒見がいいのに、いい人が見つからないのか疑問でしかないな。まあ男運が悪いだけだろう、多分。
コツコツとヒールが地面が鳴らす音が反響して耳に入ってくる。廊下には人影はなく、その音以外に聞こえるものはない。
「…あ、そういえば。朝顔先生、一ついいですか?」
「うん、どうした?」
さて帰ろうか、なんて考えていたところで一つ自分の中でわからなかったことがあったのを思い出した。後ろを振り返れば朝顔先生は少し遠くではあるが、声の届く範囲にいる。
「バトミントン部の部室って今はどうなってるんですか?」
部室荒らしがあって以降、元々バトミントン部の部室があったところは閉鎖されている。ただ、先ほど佐川が部活に向かったようにバトミントン部は活動を停止しているわけではない。
ならば荷物を置くための部室が必要なはずだ。しかし仮の部室となっているところを耳にすることはなかった。
教師という立場であるなら、朝顔先生はおそらく知っていることだろう。よく考えたら菜名宮も知っているような気がするが、あいつといる時はそのことをすっかり忘れていた。
「それなら部室棟の隣にプレハブみたいなところがあるだろう?」
「…ああ、工事現場の休憩所みたいな奴ですか?」
先ほど部室棟に行った時に、そんなものを見た気がする。部室棟よりは小さい、灰色の平屋のような建物が部室棟に並ぶようにして立っていた。
「その通り。あれは元々、この学校にあった倉庫なんだ。数年前に部室棟の一部の施設が老朽化で使えなくなった時に、部として利用したことがあるんだ。
その時と同じようにバトミントン部は今、あそこにある空き部屋を使っているよ。」
「場所がないから仮置きしてるって感じですかね。」
「そうだな。事件が解決次第、元の場所に戻る予定だそうだ。…何か気になることでもあったのか?」
「いや、一応聞いただけですよ。気にしないでください。」
「そうか。気をつけて帰るんだぞ。不審者にはついていくなよ。」
「お母さんかよ…」
朝顔先生はそう言って手を振りながら、職員室がある建物へと姿を消していく。本当に面倒見いいんだなあの人。なんで結婚できないの?
朝顔先生にパートナーが見つからない理由を頭の中で考えながら、俺は下駄箱から靴を取り出し、学校の外へと出た。
少し黒ずんだ空はしかしそれでもほんのりとまだ赤く、夕日に染められていた。
誤字脱字等がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。




