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規格外の花嫁

作者: ノミ

「よし、予定は全部終わらせられたな。鉄道の時間はまだだよな」

「はい。効率よく済ませられた為、二時間近くありますな」


 昼下がりの街中。大勢の護衛の騎士と一人の老執事、そして、一人の青年が道を歩いている。


「二時間か。それだけあるなら、連絡はしていないが姫に会いに行ってみよう」

「はい、坊ちゃま」


 エト国王子としての仕事は果たした。帰りの鉄道までの時間はまだある。行くと連絡はしていないが、せっかく姫の国に来たんだ。少しでも、彼女の顔を見て帰ろうか。

 

「姫は居るだろうか? 何してると思う?」

「そうですなぁ。ほんわかしてるお方でしたので、本を読んだり、花を愛でたりされていそうですなぁ」

「ああ、確かに。似合うな。本当、あんな見た目や性格をされているのは驚きだったな」


 俺は今いるツノ国の姫君、レイア様との婚約が決まった。国の王子と国の姫の婚約。もちろん、政治的な思惑が絡んでいる。


 姫の国ツノ国は、別名「武の国」とも呼ばれる武術が盛んな国である。その武の力は強大で、魔物を狩り、その素材を使った武具等が特産品となっている。歩いて見える街並みもどこかへ武骨な感じだ。至る所で上質な武具が置いてある。


 対する、俺の国は魔物研究が盛んな国である。魔物の生態など魔物の研究を得意とする国。研究するのは得意だが、武力が全然ない。必死に頑張って、何とかゴブリンやオークを撃退することが出来る程度である。普段は魔物が嫌う匂いや音を使って、魔物を寄せ付けないようにして国を守っている。


 しかし、それも限度があるので姫と俺が婚約することで、武の国の力を借りようという算段だ。もちろん、こちらからも魔物研究データなど提供するので、お互いメリットがあるようにはなっている。


 そんな武の国なのだから、お姫様と言えど、こう強そうな、たくましい感じの方を想像していたのだが、先月初めて姫と会った時、衝撃を受けた。


 金に輝く髪はわた菓子の様にふわふわしており、その華奢な体は、少しでも触れれば壊してしまいそうなぐらい繊細の様に見える。

 性格はほんわかしており、良家のお嬢様といった感じ。つい守ってあげたくなるような、まるで可憐な花の様な彼女に、俺は本気で落ちてしまった。

 

「やあ、こんにちは。エト国のクルスだが、姫は居るかな?」

「クルス殿下! 姫様でしたら、今は裏庭かと」

「ありがとう。連絡も無し来てすまない。姫の顔を見たらすぐ帰るからさ」


 そうこうしていると、姫の城へと辿り着いた。良かった姫はいるようだ。アポもなしに来てしまい、申し訳ない。でも、少しだけでも顔を見たいと思ってしまった。姫は許してくれるだろうか。


「裏庭ということは、爺やの言う通り花を愛でいるのかな?」

「ホッホ。私の予想的中ですな」


 騎士達は城外にて待機をさせ、爺やと共に城内を進む。以前、訪れた際にこの城内も案内してもらった。裏庭には色とりどりの花が咲いていたはず。やはり、爺やの予想通りということか。


 あの角を曲がれば、裏庭だ。もうすぐ姫に会える。少し早足になりながら、嬉々と角を曲がった。


 そこには、


「うわあ!? な、何故こんなところにドラゴンが!?」

「おおお、お逃げ下され坊ちゃま! 私が命に代えても時間を稼ぎますゆえ!」


 地面に伏せたドラゴンの大きな顔がこちらを見ていた。


「む、無理だ爺や! それに姫! レイア姫は!?」


 ハアアアと魔力を練る爺や。若かりし頃は優秀な魔道士だったかもしれないが、老いた今ではこんなドラゴンの相手なんて無理だ! それに姫はどこにいる!? 裏庭にいると聞いていたんだ! もしかして、このドラゴンに……


「くそっ!! 無理でもやるしかないか! ここで放っておけば、甚大な被害が出る! それに、姫の敵を取るのだ!!」


 俺は剣は抜き、覚悟を決める。例え、命を落とそうともこのドラゴンを討つのだ! 姫の、姫の敵をおおお!!


「あら? クルス様! どうしてこんなところに?」

「姫!?」


 後ろから声がし、振り返るとそこには姫がいた。

 姫! 無事だったのか! よし、まずは姫を逃さなければ!


「レイア姫! 逃げますよ! 庭にドラゴンが!」

「ドラゴン? ああ、それはこれから解体しようと思っていたんですわ」

「そうです! 早く解体を……解体?」

「ええ、解体」


 ニコッと笑う姫。かわいい、じゃなくて何を言ってるんだ?


「は、坊ちゃま。よく見るとこのドラゴンはもう既に息絶えております」

「ええ、今朝狩りに行ったんですの。裏庭に置いて、解体用の服に着替えていたら、クルス様の声が聞こえまして」

「狩った!? このドラゴンを姫が!?」

「もちろんですわ。これぐらいは朝飯前ですわ。もうお昼過ぎちゃいましたけれど」

「は、はは。姫も冗談なんか言うのですね……」


 ウフフと口に手を当て笑っている姫。姫も冗談なんか言うのだな。ドラゴンを狩ったなんて。


「で、殿下! 大変でございます! ぎゃあ!? ドラゴン!?」

「それは大丈夫だ! それよりどうした!?」


 姫の冗談に俺と爺やが引きつった笑いをしている所に、一人の騎士が大慌てで場へ入って来た。ドラゴンのことで来てくれたのか? それなら大丈夫だったぞ。


「我が国へ魔物の大群が押し寄せるとのことです!」

「なに!?」

「…………大群……ですか」


 このドラゴンではなく、我が国に魔物大群だと!?


「千を超える大群が、国へ向けて進行しております! 後半日もすれば到着してしまうかと」

「半日だと!? ここから戻るには鉄道でも一日以上かかるというのに!」

「千を超えるんですの!? 千を……!」


 後半日で千を超える大群が我が国へ!? 我が国の防衛力ではそんな数の相手を出来るわけがない! 姫も驚いて口を開けてしまっている。かわいそうに。混乱してしまい、顔が笑ってしまっているではないか。

 

「くっ、だが、ぼっーとしてはおれん! 至急、鉄道を走らせるしかあるまい! 直ちに駅へ……」

「大丈夫ですわ。クルス様」


 そう言うと、姫はピッーと空へ向かって笛を吹いた。いったいこんな時に何を考えているのか。空から鉄道が降ってくる訳でもあるまいというのに。


「姫。今はそれどころでは……」

『お呼びでしょうか。姫様』

「ほおわあああああぁ!?」


 ふわっと辺りに風が舞う。そして、天から巨大な鳥のような何か落ちてきた。


「お友達のガルーダのガルちゃんですわ」

「ガルーダ!? ガルーダってあの伝説の精霊!?」


 半人半鳥といった見た目で、風の化身とも言われる伝説の精霊ガルーダ!? それが今ここに!?


「ガルちゃん、エト国がピンチの様ですわ。ちょっと連れて行ってくれないかしら?」

『はい、かしこました』

「ありがとう。では、クルス様。出発いたしますわ。さあ、ガルちゃんの手に」


 そっとガルーダが地面に手を差し出してくれる。姫はもうその片手に乗り、俺を待っている。理解が出来ない。が、今はそんなことを気にしている場合ではない! 乗るしかない! このガルーダに!


「では、出発ですわー! ガルちゃん、ゆっくりめで大丈夫ですわ。あ、あと、倉庫のあれも一緒にお願いいたしますわ」

「よろしくお願いいたします! ガルーダ殿!」

『ええ。では、参ります』


 フッと景色がブレた。そして、次の瞬間には目の前に広がる青い空。城がもうあんな小さくに見える。一瞬でこんな上空へ。そして、その後も驚異的な速さで飛んでいった。 

 俺はもう国がどうとか忘れて、ただガルーダ殿の手にしがみついていた。姫はなんだか楽しそうだった。




「到着、ですわ!」

「な、なんと言う速さだ……。まさか三十分程で着いてしまうとは」


 鉄道を全速力で走らせても一日かかる距離を、わずか三十分程で到着してしまった。これが風の化身の力。


「全速力なら五分もかかりませんわ。今日は乗り慣れていないクルス様もいたので、ゆっくり飛んでもらいましたの」

「……そうなんだ」


 これで全速力ではない? いや、もう分からんことだらけなので、考えるだけ無駄か。それより、今状況はどうなっている。


 俺は急いで大会議室へ向かう。そこで作戦本部が立ち上がっているようだ。


「状況は!? 今どうなっている!?」

「殿下!? ツノ国へ行ってらっしゃった、え、姫様!?」

「それは後で説明する。それより、魔物はどうなっている」


 武官より説明を受ける。魔物は現在もこの国へ向けて進行中。真っ直ぐ向かっていて、あと半日程の猶予しかないということ。さっき聞いていた状況と変わってはいないな。帰って来れたのはいいが、これからどうするか。


「……よし。まずは子供や老人の避難だ! 爺や……はいないんだった。君、東の出口より避難の誘導してくれ。それ以外の大人は防衛網を固めろ。あとは兵達で少しでも魔物を減らすのだ! 俺が先頭を切る! 国の為、民の為、命をかけて魔物を食い止めるぞ! 出陣だ!!」

「……はいっ!!」


 もう出来ることはこれしかない。国中の力を持って魔物を撃退するのだ。

 命を聞いた武官達が、部屋から出ていこうとしたその時、


「駄目ですわ!!!」


 姫の声が響いた。


「姫? 何が駄目なのでしょうか」

「クルス様と兵達が魔物撃退へ打って出るなど駄目ですわ」

「……しかし、これしか国を守る術は無いのです」


 まさか姫は俺のことを心配してくれているか。なんてお優しい。だが、姫よ。俺は王子なのだ。国の為、民の為にこの命を使う。それが王子の使命なのだ。

 許してくれ、姫よ。か弱い君を残して行く俺を。俺だって辛いさ。でも。でも! 俺がやらなきゃ誰が……


「わたくしが! わたくしがお相手いたしますわ!」


 ……姫?


「千を超える大群というのは、中々お会い出来ないですわ! ぜひ、ぜひわたくしにお相手させていただきたいですわ!」


 え、姫? ちょっと待って、何故そんなことを、ぴょんぴょん跳ねてるの可愛いな。いや、そうじゃなくて。


「……姫。今はふざけている場合では……」

「ふざけてなどいませんわ! ちゃんと愛用の剣だって持ってきたのです! そうだ! クルス様、ちょっと見てくださいまし!」

「え、ちょっと!?」


 姫に手を引っ張られ、部屋を飛び出す。その行き先は待機していたガルーダ殿のところ。


「殿下!? ここは危険です! お逃げください! 私達が命に代えても時間を稼ぎますので!」

「忘れてた! みんな止めろ! 失礼した!

ガルーダ殿」


 待機していたガルーダ殿は、何も知らない兵達から攻撃を受けてしまっていた。だが、見た所兵達の攻撃はガルーダ殿へ全く当たっておらず、ガルーダ殿も涼しい顔をしている。


『いえいえ。彼らに悪気が無いことは分かっておりました。それよりこちらこそ申し訳ございません。遅くなりましたが、姫様とのご結婚おめでとうございます』

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 深々とお辞儀をされ、俺も釣られて頭を下げる。あれ? 今日結婚式だっけ?


「そんなことよりガルちゃん、わたくしの剣貸してくださる?」

『むっ、そんなこととは。それはクルス殿に失礼と言うものですよ。姫様は昔からそうです。興味のあることが……』

「ああ、もう! お説教は後で受けますわ! 早く、早く剣をくださいまし!」


 やれやれと諦めたようなガルーダ殿。すると、空から一振りの剣が降りて来た。しかし、それは剣というにはあまりにも巨大で、人より遥かに巨体のガルーダ殿よりも更に大きな剣だった。


「これがわたくしの愛剣ですわ!」


 その剣を姫は軽々と片手で受け取り、俺へと見せつけてくる。なるほど、軽い素材で中は空洞でできているのだな。そうでもないと、あんなに軽々と持てるはずがない。


「この愛剣で、千の大群をお相手いたしますわ。そう、千を超える大群を……、この剣でっ……!」


 何やらハァハァと息遣いが荒くなっていく姫。軽い素材でできているとはいえ、これだけ巨大だから重いのだろう。分かったから、降ろしてください。それより、姫も早く避難を。


「姫、剣のことは分かりましたから早く避難をして……」

「ああもう我慢出来ませんわ!! ガルちゃん行きますよ!!」

『はあ。かしこました姫様』

「え、ええええぇぇ!!!」


 ガルーダ殿にヒョイと抱えられ、俺と姫は再び上空へ。物凄い速さで景色が巡る。


 そして、その光景が見えてきた。


「こ、これが、魔物の大群……!?」


 上空から見える、地に蠢くおびただしい数の魔物。これがこれから国に襲来しようと言うのか。なんて、なんて絶望的な光景。


「ガルちゃん、降ろしてくださいまし! 行きますわあ!!」

「あ! ちょっと、姫!!」


 ガルーダ殿からピョンと飛び降りた姫。こんな上空から飛び降りたら、ひとたまりもないぞ!?


「ガルーダ殿! 早く姫を!」

『おや、クルス殿は上からより下から見るのをご希望でございましたか。では』


 フッと音もなく瞬時に地面へ降りて来て、ガルーダ殿の手から降ろされる。姫は、奇跡的に上手く着地出来たようで、傷もなく立っている。剣が大きな亀裂の中に隠れてしまっているが、元から亀裂があって、そこに上手く入り込んでしまったのか。軽い素材ではあんな亀裂出来ないしな。


 姫の無事を安堵したのも束の間。地面に降りたことで、絶望的の景色を真正面から見てしまった。

 一体一体が人より強靭な肉体を持つ魔物。軽く手を振るったのが当たっただけでも、人は簡単に吹き飛ばされ大怪我を負う。そんな奴が終わりが見えない程、果てしない数で目の前に迫って来ている。


「姫……。逃げましょう! 俺達二人では、こんな数相手になりません!」

「クルス様? ええ、確かに低級魔物が多そうで相手にならないかもしれませんが、それでも数は偉大ですわ! 数の暴力もまた暴力なのですわ!!」


 俺の制止は訳分からない文句により吹き飛ばされ、姫は持っていた剣を天へ向け、真っ直ぐ上に振り上げた。そして、その剣は待っていたと言わんばかりにその姿を変えた。


「剣が光り、巨大化した!?」


 姫の剣が光を放ちながら、更に巨大化をした。先程ガルーダ殿が飛んでいた上空よりも高く、まるで天まで届くかのような高さへ。


「強大な相手とは戯れろ!! それが、王家の嗜みですわああぁぁ!!!」


 いや、そんな嗜み知らない。


 姫は振り上げたその巨大な剣を思いっきり地面へ振り下ろす。天まで届くかと思われる程の光の剣を。一瞬、音が消えたかの様に錯覚した。しかし、すぐにとてつもない地響きと爆音により、錯覚から引き戻される。

 それは、雲を裂き、地を裂き、遥か遠くの海まで割り、振り下ろした後には一筋の巨大な線だけが残されていた。


「……ふう。スッキリしましたわ」


 姫の声だけが辺りに響いた。

 あれだけいた魔物達の姿は、今は一つたりとも見えなくなっていた。


 俺はただその光景を呆然と眺めていた。


 あれだけいた魔物の大群が、彼女の一振りで消え去った。目の前に広がるのは、ただの荒野と、彼女の剣が刻んだ巨大な亀裂だけ。まるで夢でも見ているかのようだ。 いや、夢ではない。これは現実だ。姫が、俺の想像を遥かに超えた力で、この絶望的な状況を一瞬で終わらせたのだ。


「あっ…………。……ごめんなさい。わたくし一人で舞い上がってしまいました……。……引きましたよね」


 姫が呆然としていた俺の方を見て、小さく呟く。その顔はさっきまでの晴れやかな表情が消え、気まずそうに俯いていた。

 金色の髪は、風に揺れて少し乱れ、その華奢な姿は、まるで初めて会った時のような可憐な花のように繊細に見える。だが、それはどこか不安げに揺れるように見えた。


「い、いや、そんなことはないさ……。ただちょっとびっくりしたというか、なんというか……」

「………………婚約、嫌でしたら断ってくださって構いませんのよ。こんな女と婚約なんて嫌ですわよね。断ってくださっても、武力増強へはご協力いたしますので」

「な、なにを……!?」


 俺が上手く言い返せなかったから、姫がとんでもないことを言い出してしまった。


 いや、違う。俺は見透かされたのか。


 俺は彼女の力に圧倒された。ドラゴンを狩り、ガルーダを呼び、千を超える魔物を一撃で消し去る。そんな彼女の姿は、俺が抱いていた「レイア姫」のイメージを粉々に打ち砕いた。


 俺は、彼女を「守るべき可憐な姫」だと思っていた。ふわふわの髪と、ほんわかした笑顔。俺の心を奪った彼女はそんな人だと思い込んだ。

 勝手にイメージを作り上げ、そして、イメージと違うことに動揺しているのを見透かされた。


 俯いてしまった姫の顔は見えない。だが、一粒の雫が落ちるのを見てしまった。


 …………違うだろ。何を考えているんだ俺は。


 思っていたのと違う? イメージが崩されたからなんだ? お前は今、今まで、何を見て、何を感じたんだ? 今の姫を見てどう思ったんだ?


 俺は、俺は君にそんな顔させたいわけじゃない!


「……………姫!」


 今、俺の思いを伝えなければ。


「確かに、花の様だ思っていた君は、とんだ俺の思い違いだった。言ってることは意味不明で、やってることも意味不明。危地へと来たというのに、一人で舞い上がって嬉しそうにしているのは理解が出来なかった!」

「………………では」

「だが! それでも、俺は君の事が好きだ!」

「…………え?」


 伝えるのだ。俺の素直な気持ちを。


「俺の想像を一度ならず、二度三度と何度も超えてくる君はとても魅力的だ! 理解が出来ないのは、俺の認識が狭いからだ」


 俺は勝手に君のことを知ったつもりでいた。まだ一度しか会ったことがなかったのに。表面だけ見て、全てを知った、想像が出来ると思っていた。


「俺は知らなかった。君がドラゴンを倒すのも朝飯前だという事を、君が伝説の精霊ガルーダと友達だという事を、君がこんなにも、こんなにも強いと言う事を!」


 だが、それは間違いだった。俺は君の何も知らなかった。君の好きなもの、君の友達、君の実力。何一つ知らず、全てを知った気でいた俺は大馬鹿者だ。


「俺はもっと、もっと君を深く知りたい! その度驚かされるだろうが、それは喜びに溢れているだろう!」

 

 今だって俺は、知らなかった君の一面を知れて嬉しい。君の規格外の数々には圧倒的され、憧れをも抱いた。俺はもっと君のことが知りたい。表面だけじゃない。中身を、全てを! 君のことが好きだから!


「だから、婚約破棄なんて言わないでくれ。むしろ、俺から一つ言わせて欲しい」


 片膝をつき、彼女へと手を差し出す。まだ言えていなかった俺の気持ち。偽り無き俺の本心。


「レイア、俺と結婚してくれますか?」


 俺と結婚をして欲しい。

 

「…………はいっ! 喜んでっ!」


 そっとレイアの手が俺の手へと重なる。俺よりも小さな手。この手を俺は一生離さない。君が重ねてくれたこの手をいつまで握っていよう。


 彼女の手を握り、俺はその手の甲へ、そっと口付けをした。


「改めて、よろしくお願いします。レイア」

「はい! クルス!」


 俺を見る彼女の顔は、あの一振りの様に晴れやかなものだった。いつでもこの顔をしてくれるように、俺は精一杯頑張ろう。


「ウフフ、嬉しい。では、わたくし頑張ってクルスのことを鍛えますからね!」

「ああ! ……ん? 鍛える?」


 なんだ、鍛えるとは。聞き間違いか?


「わたくしとの婚約はそれが目的でしょう。エト国の兵や民をわたくしが鍛え上げ、武力増強をされたいのでは?」


 婚約の目的? まあ、確かに武の国の力を得たという目的があったが、それは鍛えてもらうというより兵を借りるというつもりだったのだが。


「いや、兵を派遣してもらおうとは思っていたが、鍛えてもらおうとは……」

「あら、そうでしたの。でも、安心くださいませ。元より兵は派遣するつもりでしたわ。わたくし一人では見きれませんもの」


 ……何か話が噛み合っていない気が。


「では、まずは、クルスからですわ! 兵達の先陣を切るのですもの! 強くなくてはいけませんから!」

「え!?」


 では、まずってなんだ!? まずは、ちゃんと話し合わないか!?


「さあ、走りますわよ! 何事にも丈夫な足腰が必要ですわ! 走って帰りましょう!」

「いや、走って帰るって、ここからだと数十キロぐらいあるんだが……」

「夕食前の軽い運動として丁度いいですわね!」

「え。え、ちょっ、レイア!? 待って、早!? ちょレイアーー!?」


 ヒュンと彼女は走って行く。その姿は既に遠くに小さく見えるだけになり、俺はそれを呆然とただ見つめていた。


『では。お先に失礼いたします』

「え!? ガルーダ殿!?」


 ガルーダ殿もフッと空高く舞い上がり、そして、消えていった。


 一人残された俺はただ突っ立ていた。また呆然としてしまう。


 でも、そうか。これがレイアなのか。


「……フッ。ハッハッハッ! いいとも! 追いかけるのは嫌いじゃないさ!」


 もう何もかも吹っ切れた俺は、何も考えず彼女を追いかけることにした。

 この道の先には君がいる。君を、そして、あの強さを追いかけて行こうではないか。好きな相手を追いかけるんだ。これ以上楽しいことはないさ。


 まるで花の様に可憐な姫との婚約は、俺を予想だにしない方向へと導いていくのであった。

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― 新着の感想 ―
「貧弱!貧弱ゥ!」と見捨てられなくてようございました。 2人の物語はずっと続いてゆくのですね、to be continued,,
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