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義妹のヴィオラ様

「本日よりセルマ様付の侍従となりました、ララと申します。どうか宜しくお願いいたします」


 黒髪に浅黒い肌の女性が深々と頭を下げた。

 この人はララと言うらしい。専属の侍従がつくなんて、さすが。公爵家は違うわ……。


「ララというのね。私はセルマ・コールドウェルです。どうぞ宜しくお願いします」


 こちらも挨拶をすると、ララは目をきょとんとさせて私を見つめた。……な、何かおかしなことをしてしまったかしら。


「あの……?」

「はっ! あ、いえ……、……セルマ様は、ウィルフレッド様の運命の番、なのですよね……?」

「え、ええ。そう、らしいのだけれど……」

「……まだ現実味がありませんか?」


 ララが尋ねる。

 私はそれに目を伏せながら答えた。


「そうね……。それも、あるけれど、それより……」

「……もしかして、ヴィオラ様のことですか……?」

「! え、ええ!そう! よく分かったわね……!」


 私がつい興奮したように話せば、ララはとても複雑そうな顔で話をしてくれる。


「その、……ウィルフレッド様とヴィオラ様は、昔からとても仲がよくて。でも、竜人族にとって運命の番は絶対。だから、これからはヴィオラ様がいた位置にセルマ様が居るようになると思われるのですが……」

「うーん……、本当に、そうなるのかしら……?」


 あのウィルフレッド様の嫌そうな目つき。あれが好意的なものに変わるとは、俄には信じがたい。


「……だ、大丈夫ですよ、きっと! だって、セルマ様は運命の番、なのですから!!」


 ララが力強く、両の拳を握りしめながら言う。

 ……運命の番って、そんなに重要なものなのかしら?

 人間である私にはよく分からないわ。


 そして。

「ウィルフレッド様の態度が変わるとは到底思えない」と考えた私の勘は、当たっていることを、これから嫌というほど思い知らされることになる。



 *


 翌日。

 公爵家の敷地内はどこも広くて、感嘆の息が漏れるほどだった。

 ララに案内をしてもらいながら、貧乏なうちとはまるで違う、お城のような風景にすごいすごいと感想を述べながら、二人で楽しく歩いていたところ。


 その光景は、私の目に突然入ってきた。


「……あら?」


 きれいな中庭が見える。

 そこでテーブルを広げながらお茶をしていたのは。


「ウィルフレッド様……と、どなたかしら……?」

「セルマ様、あの方は……」

「とてもきれいな人ね」


 日に照らされて、輝かんばかりの金糸の髪。空色の瞳。

 眩い美貌がそこにはあった。


 その人とお茶をしているウィルフレッド様は心の底から楽しそうで、まるでここが天国だ、とでも言えるようなくらいに笑顔だった。あの方、あんな表情をすることが出来たのね、と驚いてしまったわ。


 すると、その眩い美しさを持つその人が私達の方を見た。


「……あら、そこに居るのはだあれ?」


 甘くて高い声が聞こえてくる。びくりと肩を跳ねさせた。

 もしかして……私たちのこと?


「あ、あの……」


 今更隠れることも出来ないだろう。

 そう思い、おそるおそる彼女の前に姿を現すと、ウィルフレッド様はひどく驚いた顔をしていた。


「お前、なんでここに!」


 なんでって、同じ敷地内に暮らしているんだから顔を合わせる機会なんかいくらでもあるでしょうに。それともこの人は、私に部屋から出るなと言うのかしら。


「もしかして……あなた、ウィルフレッドの番の、セルマさん?」

「は、はい。そうです……」

「まぁ! 是非ご挨拶をしたいと思っていたのよ!」


 目の前の美少女は嬉しそうに両手をパン! と合わせる。


「初めまして。私、ウィルフレッドの義妹のヴィオラと申します」


(────!)


 どくんと心臓が跳ねた。

 そうか。この人が……ヴィオラ様なのね。


 今一度彼女の姿をじっと見つめてみる。不思議そうな表情をした彼女と目が合う。


(……確かにこれは……)


 この輝かんばかりの美しさを持つヴィオラさんじゃなくて、顔も色彩もパッとしない私が番になった。

 昔から妹として彼女を見慣れているウィルフレッド様にとっては、確かに、納得のいかないことかもしれない。彼が私に対してあまりよくない態度をとるのも、仕方ないことなのかも……。


「おい、ヴィオラをじっと見て、何を考えているんだお前は」


 ……それにしたってこの状態はどうなのかとも思うけど。


「もう。何なのその態度は! セルマさんに失礼だとは思わないの、ウィルフレッド!」


 そして意外にも、それを咎めてくれるヴィオラさん。外見と同じように、やはり性格も天使のようなそれなのかもしれない。

 案の定ウィルフレッド様は慌てて「ち、違うんだよヴィオラ」なんて言い訳しているし。


「ごめんなさいね、セルマさん。彼、少し素直じゃないところがあるの。でもきっと大丈夫だと思う、だってあなたたちは番なのだもの!」


 ヴィオラさんが菩薩のような笑顔でそう言った。

 ずくん、と胸が重くなる。


 ……また番。

 またそれか。


(本人の意思もまるきり無視できるほど、運命の番っていうものは強いものなの……?)


 そんなにも、番とは重要なものなのだろうか。

 少なくとも、私には彼がとても嫌がっているようにしか見えない。それを「番だから」って、彼のそんな気持ちすらも捻じ曲げて、私を愛するようにでもなるというの?


 それって、結局のところ、どうなんだろう。


「……すみません。他にも案内してもらうところが色々とあるので……、今日はこれで失礼いたしますね」


 にっこりと、人の好い笑顔で言う。昔からこれは得意だ。忙しい両親と、言うことの聞かない弟妹の間に挟まれて、私は何もかもを覆い隠す善良な淑女の笑みを手に入れた。

 これがあれば、誰も彼も私を人の好いしっかりとした淑女だと思う。


「あら、そうなの? それじゃあ、またお茶をしましょうね。セルマさん」


 ヴィオラさんがきらきらとした笑顔で手を振る。私も、同じように返した。

 ウィルフレッド様は、相変わらず私のことを睨みつけていたけれど。



「……驚いた。あの方がヴィオラ様なのね」


 二人から大分離れたところで、私ははぁ、と息をついた。

 ララが心配そうに話しかけてくる。


「大丈夫ですか、セルマ様。お顔の色が優れないようですが……」

「え? ああ、大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけだから……」


 そうだ。本当にびっくりした。

 ヴィオラ様とウィルフレッド様が並ぶと、まるで絵画のような風景になるんですもの。

 これはお似合いと言われて然るべきものだわ。


「ウィルフレッド様は彼女のことがとても大事なのね……」

「……そんな……」

「でも、分かる気が、するわ。ッはぁ、だって、あんなに……、天使みたいな方で……げほっ」

「……セルマ様?」


 気が付けばどんどん息が苦しくなってきて、胸に手を当てた。

 心臓が異様なほど早く鼓動してる。なんだろう、これ。


「はぁっ、はぁ……!」

「セルマ様! 大丈夫ですか、セルマ様!!」


 荒い息は止まることを知らず、私を襲い続けた。

 ララの呼ぶ声がだんだんと遠くなる。


 気が付けば、私の意識は暗闇の中へと落ちていった。



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