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突然の訪問

 私は特に何の取柄もない、ただの子爵家に生まれた娘でした。

 ちょっと生活は貧しいところがあったかもしれないけど、優しい両親、仲のいい兄妹。そんな家族に囲まれて、私は平和に生きていた。


 そんなところに事件が起きたのは、突然のことだった。


 家になんだか身分の高そうな人達が来て、びっくりしている使用人にこう言ったの。


「あなた方子爵家のご息女、セルマ・コールドウェル様はこの度、我が国の公爵令息、ウィルフレッド・ブレイアム様の番に決定しました。ご息女には、我が国へ来ていただきたい」


 そんなことを言われた日には、使用人だって驚きで飛び上がってしまうわ。

 すぐに私の両親へ報告され、私は竜人族の国からやってきたという使者さん達の前に出された。


 自慢じゃないが、私の外見は美人でもなんでもない。黒髪に黒い目という、何とも目立たない外見をしながら生きてきたものだ。


 それが、いきなり竜人族の公爵令息の番? 意味が分からない。


 混乱する私をよそに、両親は目に涙を溜めながら感動していた。「あの高貴なる竜人族」の番に人間が選ばれることはとても名誉なことなのだ。両親はすぐに「かの国へ行きなさい、セルマ」と笑顔で肩を掴んできた。


「……本当に、私がですか……?」


 にわかには信じられずに尋ねる。


「ええ、これは本当の話です。ブレイアム公爵令息様がこの街を訪れた際、偶然見かけたあなたに対し、「番だ」と認識したとのこと。我々竜人族は見ればわかるのですよ。己の番が」

「……はぁ」


 そんなこと言われてもよく分からない。

 けど、使者の方が来るなんて、よっぽど「番」というシステムは大事なものなのだろう。なんとなくの重要性は、私にもわかった。


「セルマ様。あなた様には我が国、ズーグへと来ていただき、ブレイアム公爵家のお屋敷で生活していただくことになります。そこにあなた様の番様──ウィルフレッド様もいらっしゃいますから」


 なんだかトントン拍子に話が進んでいく。ちょっと待ってほしい。

 けれど、周囲のみんなは私の声なんか聞いてはくれないみたい。


「セルマ。これは大変名誉なことよ。なんてったって、竜人族の番を輩出した家は、その後栄えるって言い伝えがあるんですから!」

「お母さま……」

「ああ、大切なことを言い忘れておりました。コールドウェル子爵家には、ブレイアム公爵家から多額の寄付金をいただけることとなっております」

「……えっ?」


 使者さんの言ったことがいまいち理解できなくて私は聞き返す。


「「番」様が現れるというのは、それほど我ら竜人族にとっては素晴らしいことなのですよ」


 使者さんのそんな言葉に、私はなんとコメントすればよいのかわからなかった。


(でも、その寄付金があれば……、家族にもう少し、楽をさせてあげられるかもしれない)


 貴族の身でありながら、お金のない我が家。兄妹達だっていつもひもじい思いをしている。


 そう思ったときに、もう心は決まっていた。


「私……、行きます」

「!」

「おお! あなた様であればそう仰ってくださると思っておりました!」


 使者さん達の大喜びする声が聞こえてきた。あなた様ならって、この人は私の何を知っているっていうんだろう。

 何となく腑に落ちない点はあったけれど、寄付金のためだ。腹を括れ、私。


「では三日後にまたお迎えに上がります。それまでに、家族との別れなどを……」


 そう言って使者さんたちは帰っていった。


 その後は家族から褒めの大連続。「よくやったセルマ!」「これでうちも安泰ね!」などと喜ぶ声が続出。

 何となくそのテンションについていけてないけれど、両親の喜ぶ顔が見れてよかったとは思う。



 そうして、私は数日後、故郷を離れて竜人族の国、ズーグへと向かったのだった。



 *



 だけど、向かった先で私が受けた扱いは、どう考えても「番として歓迎された」ものではなかったと思う。


「……初めまして。ウィルフレッドと申します」


 ぶすっ、とした顔の男性。それでもとても美しい顔立ちをしているから、そんな表情すらも様になっている。

 きらきら光る金色の髪。優しげな色をしている緑色の瞳。……その様子は全く優しげなんかじゃないけどね。


「初めまして、セルマと申します……」


 おそるおそる自己紹介。ギッ! と更に強くなる彼の眉間の皺。

 ……明らかに歓迎されてない。そんなこと、私にだってわかる。


「やぁやぁ、セルマ嬢! 我が家に来てくれてありがとう、これで息子も番を得て、幸せになれるよ!」


 ウィルフレッド様の父と名乗ったその方が笑顔でそう言うけれど、私にはあまりそうは思えなかった。だって、現時点で幸せそうじゃないんだもの。

 すると、ウィルフレッド様は大きくため息をつきながらその場から立ち上がった。突然のことに私は目を丸くしてしまう。


「父上、もういいですか。僕はヴィオラの元へ行きます」


 まぁ。

 まだ挨拶して数分も経っていないのに、もう席を外そうとは。これは一体如何なることか。


「おい、その態度はどうなんだ。折角お前の番が遠い国からやってきてくれたのだぞ!」

「それはどうも。でも、僕にはヴィオラの方が大事なので」

「こら、ウィルフレッド!」


「ヴィオラ?」と私が首を傾げている間に、ウィルフレッド様はご当主様の制止も聞かずにどしどしと歩いて部屋を出ていってしまった。

 ……清廉そうな見た目からは想像のつかない頑なさだわ。


「すまないね、普段はあんな奴じゃないんだが……。きっと初めての番に照れているのだろう。すぐに仲良くなれるさ」

「はぁ……」


 ご当主様の申し訳なさそうな声が聞こえてくるが、何となく気のない返事をする他、私には出来ない。

 だって、突然番だなんて宣言されて、知らない国に連れてこられて。その先で明らかに好かれていない挙動をされた私に、一体何をどう言えというのだろう。成り行きに身を任せることしか出来ないわ。


 でも、あれが照れているというのかしら。どちらかといえば「嫌悪している」の方が近そうだと思うのだけれど。


「あの、ヴィオラ様というのは……?」


 それでも一応何か聞いておかないと、と思い、私は彼が話した誰かの名前を尋ねてみた。

 ご当主様は「ああ……」と言いづらそうに答える。


「ウィルフレッドの義理の妹です。私は前妻を早くに亡くしていてね……、今の妻とは再婚で。その時の連れ子がヴィオラなのだよ」

「義理の……」


 それを聞いて何となくほっとした。良かった、恋人とかではないんだ。


 私にだって「竜人族の番」という概念には、ちょっとした乙女の憧れがある。そんな特別なものではなくて、世間一般で言われているようなレベルのものだけど。

 だから、せっかく「運命の番」というものに選ばれたのに、その相手には恋人が居た……なんて修羅場にならなくてよかったと思ったのだった。


 ……こんな甘い考えは、その内打ち砕かれることになるのだけれど。


「とにかく、ウィルフレッドをどうか宜しくお願いいたします。普段は素直で良い子なのです。何卒、どうか」


 ご当主様が頭を下げる。慌てて「どうか頭を上げてください!」と返したが。



 ……だが、私はここで、「竜人族の番」というものがどれほど重要性を持つのかということの、その一端を見た気がした。

 だって、竜人族の中でも有名なブレイアム公爵家のご当主様が、こんなちっぽけな人間の小娘に頭を下げて頼むんだもの。

 それだけ、竜人族にとって番というのは大切なものなんだわ。



(でも、それにしては……)


 ウィルフレッド様の態度を今一度思い返してみる。


 ……彼の様子からは、そんなこと1ミリたりとも窺えなかったけれどね?


 私は、このちぐはぐな状況に、ただ首を傾げることしかできなかった。



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