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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第七章 穏やかな日々
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穏やかな日々14

 同時に動き、距離を詰め合うシェフィルと新アナホリ。先に攻撃を繰り出してきたのは、新アナホリの方だった。

 大きな前脚を大雑把な動きで振るう。精度の高い攻撃ではなく、牽制や様子見のつもりか。この程度の攻撃であれば回避は容易く、また威力が小さいなら殴り返す事も出来よう。

 しかし、シェフィルはどちらの行動も選ばない。


「(もっと前に行かなければ、戦いになりません……!)」


 新アナホリとシェフィルの体格は、互角とは程遠い。新アナホリの方が二・五倍は大きいのだ。

 そしてアナホリは体長と同じぐらい脚が長い。

 新アナホリの『体型』はアナホリとある程度似ているため、元々長かった前脚の射程は今や四メートル近くある。対する人間ことシェフィルの腕の長さは五十センチ程度。新アナホリと比べて八分の一しかなく、射程の差は歴然だ。新アナホリと殴り合えば、向こうはシェフィルの頭や胸を殴れるが、シェフィルは脚を叩くのが限度。これではダメージの差が大きく、仮に力が互角でも先に倒れるのはシェフィルの方だろう。

 向こうの『有効射程』圏内で戦うのは、自ら負けに行くのと変わりない。ではどうすべきか? 答えは簡単である。

 有効射程の更に内側まで肉薄すれば良い。


「っ……!」


 シェフィルは身を大きく逸らし、新アナホリが繰り出した拳を頬で掠めるようにして回避。躱せたと確信したら即座に前進し、新アナホリの胴体下まで潜り込む。

 新アナホリの腕は極めて長い。長いが故に、身体に近い場所を殴るのは不得手だ。人間が自分の『脇の下』辺りにいる相手を殴るよりも、ずっと面倒臭いぐらいに。

 あくまでも面倒なだけで、攻撃出来ない訳ではない。しかし面倒であれば、攻撃までに少なからず時間が掛かる。

 その僅かな猶予があれば、シェフィルが新アナホリを一発殴るぐらいは可能だ。


「ふん!」


「ピギッ!?」


 渾身の力で振るった拳で胸部腹側を殴れば、新アナホリが呻き声を漏らす。身体は大きく仰け反り、攻撃しようとする腕は万歳をするような体勢になっていた。

 この好機を逃すまいと、シェフィルは地面に着いている新アナホリの脚目掛けて蹴りを放つ。足払いで体勢を崩そうとしたのだ。

 しかし新アナホリも素直にこれを受ける事はせず。

 シェフィルが足払いする事を気配などから察知したのか、地面を踏み締める四本の脚を素早く曲げて跳躍。垂直方向に高々と跳んだ。シェフィルの足技は空振りに終わってしまう。

 そして新アナホリは真っ直ぐ、真下にいるシェフィルを目指すように落ちてくる。

 どうやらシェフィルを腹で押し潰すつもりらしい。また殴り返せば、と言いたいところだが、見たところ新アナホリの腹は今パンパンに張っている。腹側に体液を集結させ、圧力を高める事で硬度を増しているのだろう。これに反撃を試みるのは、恐らく自殺行為だ。

 幸いにして自由落下で落ちてくるため、シェフィルの反応速度からすれば大して速くない。跳び退くように動き、その勢いで地面を転がれば回避は容易いと、両足に力を込める。


「っ……!」


 が、シェフィルは顔を顰めた。

 跳躍して転がりながら回避する。普段ならばよく使っている躱し方は、今のシェフィルには出来ない。

 頭の上に、大切な家畜であるマルプニを乗せているのだから。

 転がるのは駄目だと判断。走って避けるしかない……判断してすぐにシェフィルは走り出したが、思考を巡らせ、足払いの体勢から立ち上がるには少なくない時間が必要だ。

 直撃こそ避けたが、落ちてきた新アナホリと掠める形になる。更に新アナホリは脚を伸ばし、シェフィルの背中を蹴り飛ばす!

 落下時に繰り出した蹴り故に、体重が乗っていない『軽い』一撃だ。しかし走っていて、構えを取っていないシェフィルにとっては十分に重たい打撃。大きく突き飛ばされ、更に体勢が崩されてしまう。


「ぐうぅ……!」


 なんとか地面を転がるのだけは避けようと四肢に力を込めた結果、シェフィルは膝を付いてしまう。

 すぐにでも距離を取りたいが、新アナホリはそれを許さず。大きく前脚を振り上げながら迫り、シェフィルを叩き潰そうとする。

 アイシャが弓矢による攻撃で気を引いてくれなければ、シェフィルは今頃地面に叩き付けられていただろう。


「この! シェフィルから離れなさい!」


 アイシャは次々と矢を放つ。兎に角攻撃して動かそうという目論見からか、アイシャの攻撃はあまり正確な狙いではない。命中こそしていたが、甲殻に覆われた背中や脚に当たったものは呆気なく弾かれてしまう。

 運良く腹部など比較的柔らかな場所に当たっても、その攻撃も大したダメージにはならない。新アナホリは身体が大きく、その分皮膚も分厚いからだ。鋭く加工した矢の先端が刺さっても、表面を傷付けるのがやっと。致命傷となるには、果たして何百発撃ち込まねばならないか分かったものではない。

 しかしそれでも、全く無視出来るものではないのだろう。新アナホリはアイシャの方を振り向き、大きくて無機質な複眼でアイシャを見つめる。

 それはほんの一瞬の出来事だったが、シェフィルが動くには十分。立ち上がり、シェフィルはもう一度走り出す。


「ピギキィイィィィィッ!」


 接近を許さないとばかりに、新アナホリが前脚を振るってきた。

 動きは速い。巨体から繰り出される圧倒的なパワーが速さを生んでいるのだ。そして運動エネルギーは速度が速ければ速いほど大きくなる。即ち、速い=高火力。

 これをまともに受ければ、シェフィルの骨ぐらいは砕くかも知れない。幸いにして狙いは単純。シェフィルの頭を水平の動きで殴り飛ばすつもりだ。


「(実に分かりやすい!)」


 狙いが分かればどれだけ速くとも回避は容易い。一瞬腰を落とす事で回避し、頭上を通り過ぎようとする前脚を殴り飛ばしてやろうと考える。

 が、ハッと我に返る。

 その躱し方は駄目だ。頭の上に乗せた、マルプニに直撃してしまう。寸でのところで思い出したため最悪は回避するも、しかし咄嗟に動けなかったため新アナホリの腕が間近に迫る。今から全力疾走をしても避けきるのは不可能。

 シェフィルは新アナホリの攻撃を受け止める事を選ぶ。

 腕でバツの字を書くように構え、新アナホリの打撃を受ける。打撃の衝撃で吹っ飛ばされるが、下半身に力を込めて強引に体勢を維持。頑丈な岩の大地が抉れるほどの力で踏み締め、転倒する事だけは避けたが……腕がひりひりと痛む。

 骨に何かしらのダメージが入ったかも知れない。しかしシェフィルは痛みに怯まず、受け止めている新アナホリの前脚を押し出すように自らの腕を振るう。

 無論、体格から来るパワーの差があるため、新アナホリの前脚を押し返す事など出来ない。しかし強い力を加えれば、同じだけの反発する力――――反作用が得られる。

 この反作用を利用して、シェフィルは後ろに跳んだ。新アナホリは逃げたシェフィルを追おうとするが、シェフィルが退いた瞬間に放たれたアイシャの矢が顔面に命中。ダメージはないが、衝撃と破片の目眩ましによって新アナホリの動きが止まった。

 アイシャのお陰もあって、シェフィルは安全圏まで後退。頭の上のマルプニも、げろげろと吐いているが恐らく死んでいない。新アナホリはシェフィルをじっと見つめるが、無理に距離を詰めても逃げられると判断したのか。動かずこちらの様子を窺う。

 アイシャもシェフィルの傍に駆け寄ってきた。


「シェフィル! 大丈夫!?」


 そしてこちらの身を案じる声を掛けてくる。必死な声色には強い感情がこもっていた。

 アイシャは純粋にこちらを心配しているのだろう。それは分かっている。分かった上で、シェフィルは敢えてこう答えた。


「ええ。私も、頭の上のコイツらも無事です」


 自分が頭に乗せている二匹のマルプニを撫でながら。

 ――――ハッキリ言って、新アナホリは思っていたよりも弱い。

 それは身体能力についてではない。肉体的には体格通りシェフィルを圧倒的するほどに強く、その攻撃を受けた腕は骨にまでダメージが届いた。

 しかし戦い方が極めて『下手』だ。攻撃の動きは読みやすく、追撃も然程激しくない。

 理由は分かる。新アナホリは肉塊のような状態で巣の外に引っ張り出されていた。シェフィルの推測になるが、巣穴の中で『休眠』していたと思われる。恐らく巨体故にエネルギー消費が激しいだとか、大き過ぎて日常生活では邪魔などの理由があるのだろう。あくまで緊急時の戦力という訳だ。

 そして休眠しているからには、普段は全く活動していない筈。活動していないという事は、つまり戦闘経験も少ない。


「(これなら、付け入る隙はいくらでもあります)」


 惑星シェフィルの生物は、捕食者など戦闘を積極的に行う種であれば本能(遺伝子)に戦い方が組み込まれている。新アナホリも同様だろう。生まれ立てでも、問題なく戦う事は可能だ。

 だがそれは、経験が無価値という事にはならない。

 『環境』は常に変化する。獲物となる生物種の比率は世代毎に変化し、時には絶滅し、時には新種が現れる。勿論地域や季節によっても変わるだろう。そうなると最適な戦闘方法も刻々と変わっていく。

 体長数センチの小型種であれば、その変化は大した問題にならない。世代交代が頻繁であるため、変化する環境や季節に合わせて素早く進化・適応していける。だがシェフィルぐらいの、大型種になるとそうもいかない。世代交代の頻度が少ないので、環境変化の方がずっと早く、進化では適応が間に合わないからだ。

 そこで役立つのが経験である。過去の記録から、現環境における生物の行動パターンを統計化していく。『現状』こそが最重要のデータであるが、過去の記録を用いればより解析は容易く、相手の意図も予測しやすい。故に、数多の戦闘を繰り広げた猛者はどんなに環境が変化しようとも、()()()()()()()()()()()、有利な立ち回りが出来る。

 新アナホリにはその経験がない。体長四メートルという体躯は如何にも強そうだが、シェフィルから言わせればただ力が強いだけの生き物だ。これぐらいの強さであれば、アイシャからの援護もあるので七割以上の確率で勝てるだろう。無論一撃一撃が重いので、油断すれば一気に追い込まれるだろうが、それ込みでの計算だ。十分勝てる相手と言える。

 ……普段であれば、という前置きはあるが。


「(マルプニさえいなければ、もっと楽に戦えるのですが)」


 頭の上に乗せたマルプニが、シェフィルの動きを妨げる。

 ただのアナホリであればこの状態でもあまり問題はない。体長四十センチのアナホリでは、シェフィルの頭にいるマルプニにはどうやっても届かないのだから。しかし巨大な新アナホリではそうもいかない。その攻撃はマルプニを害するものとなり得る。

 マルプニは脆弱だ。万一攻撃が当たれば、いや、掠めただけで容易に死んでしまう。それどころか回避のために転がるだけでも傷を負いかねない。回避でも防御でも、まずはマルプニを守る必要がある。本来ならもっとダメージを軽減する立ち回りがあったのに、マルプニの所為でそれが出来ない。

 挙句ここまでしても十分マルプニを守れたとは言えない。げろげろとマルプニは吐いており、明らかに移動だけでダメージを受けている。このままだと直接的な傷がなくとも、過度のストレスでマルプニは死ぬかも知れない。もっと丁寧に守る必要がある。しかしそれは、シェフィルの生命を守らない事になりかねない。

 あまりにもマルプニが邪魔だ。マルプニさえいなければ、この程度の奴に苦戦する事もないのに。


「(だからといってマルプニをそこらに置いておく訳にもいきませんし、はてさてどうしたものか……)」


 作戦を考えてみるも、行動が制限された状態では妙案は中々閃かず。

 そして新アナホリは、シェフィルの考えが纏まるのを待ちはしない。


「ピキギギギギィィ!」


 雄叫びを上げながら新アナホリが突進してくる。前脚を大きく広げるように構え、何時でも振れる体勢を取っていた。

 このまま立ち止まっていては殴られる。思考は一旦頭の隅に寄せ、シェフィルは回避を優先。アイシャも慌ててこの場から逃げ、新アナホリから距離を取ろうとする。

 すると新アナホリは、アイシャの方を追い駆け始めた。

 アイシャの矢が厄介な攻撃だと気付いたのだろう。これは不味いと思いシェフィルはすぐに反転、新アナホリの方に駆け出す。しかし追い付く前に、新アナホリがアイシャのすぐ傍まで肉薄。大きく左前脚を振り上げる。


「アイシャ! 危ない!」


「ひえ、きゃあ!?」


 シェフィルが警告しなければ、アイシャは背中から強力な打撃を受けていただろう。呼び掛けた事で彼女は振り返り、咄嗟に腕を構えたので直撃は防げたが……しかし本当に反射的な防御だったらしい。アイシャは弓を盾代わりに使ってしまった。

 新アナホリの攻撃は弓ごとアイシャを殴り飛ばす。アイシャは何メートルも飛ばされてしまったが、弓が衝撃を受け止めてくれた事、それと自身の頭の上にマルプニが乗っている事を意識して踏ん張っていたのか。幸いにしてアイシャは転ばず、マルプニも無事で済んだ。

 だが、その手に握っていた弓は粉々に砕けてしまった。アイシャは顔を青くし、攻撃手段がもう残っていない事を傍目にも分かるぐらい露わにする。

 されど新アナホリは分かっていない。

 野生生物であるアナホリに『武器』の概念はないのだ。アイシャから攻撃されたという『事実』だけを考慮している。武器を失おうとも、アイシャという存在自体が厄介だと判断。じりじりと警戒しながら躙り寄るのは、このままアイシャに止めを刺すつもりだからか。


「やらせませんッ!」


 見過ごす訳にはいかない。シェフィルは新アナホリの後脚にしがみつき、最大限の力で引き寄せる!

 後脚一本を引かれたところで、四本の脚で立っている新アナホリを倒す事は出来ない。

 それでも行動を大きく制限する事は可能だ。アイシャは大慌てで離れていき、新アナホリはその後を追えない。苦し紛れに前脚を振るうが、さっさと逃げたアイシャには届かず。

 どうにかアイシャは危機を脱した。しかし今度はシェフィルが危機に陥る。

 合理的な思考をすれば、届かない相手に何時までも執着したところで無意味。それよりも手に届く範囲の脅威を、着実に取り除く方が戦局をより有利に運べる可能性が高い。

 新アナホリが瞬時に、標的をアイシャからシェフィルへと切り替える事は簡単に予想出来る。

 出来るが、アイシャを守るため新アナホリの後脚をがっちり両手で掴んでいる今のシェフィルに、素早い対応が出来る筈もない。


「ピヂィ!」


「がっ!? ぐ、ぎ……!」


 新アナホリは後脚でシェフィルを蹴り上げる! 強力な一撃が顎に入り、シェフィルは大きく仰け反る。

 本来ならばそのままバク転でもして衝撃を受け流したい。が、頭の上のマルプニを守るため、ギチギチと筋繊維が鳴るほど首に力を込めて強引に体勢を維持。逃げていく筈のエネルギーが頭を揺さぶり、三半規管を狂わせる。

 それでも倒れずに堪えたが、即座に繰り出された二発目の足蹴がシェフィルの腹を直撃。内臓と骨に小さくないダメージが広がった。


「ごぶ、ぐ」


 破裂した内臓から逆流した血が、シェフィルの口から漏れ出す。

 逃げたアイシャが顔を青くし、今にも悲鳴を上げそうな表情を浮かべていた。しかしこの程度であればまだ問題はない。臓器も骨もすぐに再生する。

 歯を食い縛りながらシェフィルは後退。一旦体勢を立て直そうとする。

 されど新アナホリはこれを許さず。


「ビギィイギギギ!」


 即座に振り返り、後退するシェフィルを追ってきた。それも今度は前脚を振るわず、一直線に。

 どんな攻撃をするつもりなのか、予測するのは簡単だった。しかしこの攻撃を躱すのは困難である。体格差があれば尚更に。

 『体当たり』。

 極めて原始的で、即ちそれだけ長い間、あらゆる敵に通じてきた攻撃を新アナホリは繰り出してきたのだ。

 シェフィルは歯噛みしながら、腕を身体の前で交差して防御態勢を取る。本来ならば回避が最善。されど頭にいるマルプニの身体に負担を掛けないために、防御を選んでしまう。

 シェフィルの苦悩などお構いなしに、新アナホリはシェフィルに正面から激突する!


「ぐうぅうう……!」


 踏ん張りながらも吹き飛ばされるシェフィル。倒れないようにした事で二匹のマルプニは守ったが、その分のエネルギーが身体を駆け巡る。

 腹への一撃で傷付いた肉体には、少々過酷なダメージだ。これも単体では致命傷に程遠いが、着実に損傷は蓄積している。食い縛った歯の隙間から、また血が滴り落ちた。

 傷付いた身体は、今までより更に動きが鈍る。手足が重く、思ったように動かせない。


「っ、がああぁああ!」


 演算思考を用い、痛みの優先度を下げて全て無視。力を振り絞り、シェフィルは蹴りを放つ!

 蹴りは新アナホリの頭の側面に直撃する。万全の状態で放っていれば、不用意に近付いた新アナホリを怯ませるぐらいの威力は出せただろう。しかし今のシェフィルの蹴りは、新アナホリの頭をほんの少し傾けるだけ。痛みは無視出来ても、破損した筋繊維や骨までは無視出来ない。攻撃の威力が下がるのはどうにもならず。

 怯ませるには至らず、新アナホリは難なく次の攻撃として前脚を繰り出す。蹴りの反動を利用して後退しようとするシェフィルだったが、ダメージの溜まった身体は思ったように動かず。新アナホリの前脚がシェフィルの腕を打ち、内出血を起こす。痛みを堪える事など苦もないが、筋繊維の損傷により力が更に衰えてしまう。

 アイシャの援護があれば体勢を立て直す余裕も出来たかも知れないが、弓が破壊されてしまった状況では期待出来ない。アイシャの身体能力では返り討ちに遭うのが目に見えており、手助けに来られても(愛する人にこう言うのも難だが)足手纏いだ。

 今や戦いは圧倒的に新アナホリの方が有利。このまま真っ向勝負を続けても、負けるのはシェフィルの方である。

 この状況を覆すには、新アナホリの『弱点』を攻撃して短期決戦に持ち込むしかない。


「(ええ、弱点は明白です……!)」


 新アナホリはシェフィル以上の巨躯を誇る。身体能力も決して低くない。この大きな身体を素早く動かすには、発達した神経系が必要だ。

 よって新アナホリの身体には中枢神経があり、それを破壊すれば一時的に行動不能へと追い込めるだろう。再生する可能性は高いが、その前に体内を引っ掻き回せば仕留める事は難しくない。

 やり方も思い描ける。背中に跨り、体格の割に小さな頭を掴んで捩じ切れば良い。頭が身体の奥に引っ込んでいる構造のため簡単ではないだろうが、大顎を掴めば引き摺り出せる。頭が小さいなら付着点の筋肉量も少なく、強度は然程ない筈だ。

 問題は、いくら戦闘経験の少ない新アナホリでも、そこまでの隙は見せてくれない事。いや、隙自体は少なからずあるのだが、頭にマルプニを乗せた状態ではこちらも素早く動けない。ある程度大きな隙が必要だ。されど隙を作るために大きな一撃を与えたり、或いは素早い動きで翻弄したりしようにも、やはりマルプニの体調を思うと出来ない。

 行動制限が多過ぎる。せめてマルプニがいなければ、マルプニをどうにか退かせられれば……気付けば思考を埋め尽くすマルプニに、シェフィルは鬱陶しさを覚える。

 いっその事コイツを――――


「っ!」


 脳裏を過る一つの案。それに目を見開いた時、状況はまた悪化する。

 新アナホリがシェフィル目掛けて、両前脚を広げながら突撃してきたのだから。

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