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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第七章 穏やかな日々

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穏やかな日々13

 シェフィルにとって、アナホリ達の後を追うのはそう難しい事ではない。

 アナホリは群れで移動する。それもある程度密集した状態で。これはアナホリが身を守るための習性だ。というのも、アナホリがあれほど好き勝手な行動が出来るのは、「一匹でも殺すと大群で反撃する」性質が他種にとって面倒であるからこそ。群れから逸れたり、他個体との距離が開いていたりすると、互いに連絡が取れないため、仲間が殺されても気付けない状態となってしまう。これでは捕食者に襲われた際、仲間の助けが得られない。

 単に一個体だけ死ぬのであれば、大した問題ではないが……アナホリの安全は、「必ず反撃がある」という敵側の確信に依存している。「偶に反撃されない」という状態では、捕食行為がちょっとリスクのある選択肢に成り下がってしまう。これでは群れ全体、血縁全体の安全が担保されない。

 何かしたら、絶対に、何がなんでも反撃してくる。敵が抱くこの『信頼』こそがアナホリという種の繁栄を支えている。この信頼を維持するため、アナホリ達は仲間から離れないし、離れられないのだ。

 さて。密集したアナホリの大群は、さながら大型生物のような振る舞い方になる。具体的に言うと群れが通過した場所は広い範囲のトゲトゲボーが押し退けられ、傾いた状態になっている事が多い。この形跡は数分もすれば消えてしまう(トゲトゲボーが自力で体勢を立て直す)が、すぐに決断した事もあってシェフィル達が追っている群れの形跡はまだ残っていた。

 これなら問題なく巣に辿り着けるだろう。


「何処に巣があるかは分かりませんが、行動範囲を考えるとそろそろ到着するかも知れません。慎重に行きましょう」


 しかしシェフィルは油断せず、気を引き締めるようアイシャに伝える。行く手を遮る無数のトゲトゲボーを掻き分ける際も、あまり大きく揺れ動かさないよう気を遣っていた。歩みも一歩一歩静かにし、地面の振動を出来るだけ起こさない事を心掛ける。

 アナホリは凶悪な生物ではなく、攻撃性も低い。されど決してマルプニのような無防備な生き物でもない。自分よりも大きな気配の生き物が接近してくれば、少なからず警戒するだろう。

 アイシャと一緒なら勝ち目があるアナホリとの戦いだが、あくまでも勝ち目があるだけ。必ずしも勝てるとは限らない。もしもアナホリの群れが予想以上の規模であれば、その分勝機は小さくなる。少しでも勝率を上げるため、奇襲を決められるならその方が良い。

 シェフィルとしては真面目な狩りのつもりだ。

 ……対してアイシャは、ちょっと真剣みが足りない。纏う雰囲気から、シェフィルはそんな印象を抱く。


「ねぇ、シェフィル。狩りが始まる前に、一応訊いておきたいのだけど」


 そんなアイシャから質問の前置きが来た。

 何か疑問があったのだろうか。迷いや不信があっては、上手くいくものも失敗してしまう。「はい、なんでしょう」とシェフィルは快く質問を許可する。


「なんでマルプニも一緒に連れてきてるの?」


 アイシャはすぐに、抱いていた疑問を告げた。

 ……何が問題なのか。シェフィルにはさっぱり分からない。

 あまりにも分からないので、半ば無意識に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、目をぱちくりさせた。


「……何か問題がありましたか?」


「問題というか、見た目で士気が下がるというか」


「そんな事言われましても。確かに戦いの場にマルプニを連れていくのは危険ですが、そのまま置いてきぼりにするよりはマシでしょう?」


 アイシャの意見をばっさりと切り捨てる。アイシャも内心では『理由』が分かっているのか。大して反論せずに口を噤む。表情は、未だちょっと意見ありな感じだが……自身も頭の上に二匹のマルプニを乗せていては、成程確かに締まらない。

 言うまでもなく、伊達や酔狂でシェフィル達はマルプニを頭に乗せている訳ではない。

 マルプニは脆弱な生き物だ。身を守る術はおろか、天敵から逃げるという反応すら起こさない。もしも捕食者に目を付けられたら、簡単に食べられてしまう。

 シェフィル達がアナホリ退治に出向いている間、野外に潜む捕食者達は貴重なマルプニを食べずにいてくれるだろうか? 無論、否である。見付かり次第瞬く間に捕食され、シェフィル達は作戦の成否に関わらず畜産の継続が不可能になるだろう。それを防ぐには、マルプニを自分達の傍に置いて守るしかない。

 しかし両脇に抱えた持ち方では、腕が塞がってしまう。シェフィルなら足技でも多少戦えるが、手を使えないハンデは極めて大きい。アイシャに至っては、武器である弓矢は片手でも上手く使えるものではない。これでは二人とも戦闘力が大幅ダウン。マルプニを守るどころか自衛すら儘ならないだろう。

 そこでシェフィルはマルプニを頭に乗せた。これなら両手は空いているため、戦う時に然程制限を受けない。また背負うやり方と違い、後退した時トゲトゲボーにうっかりぶつけてしまう可能性もない。また大気が存在しないこの星には、空飛ぶ大型生物はいない。頭上から襲われる事は(自分より遥かに巨大な生物に襲われた時を除いて)なく、極めて安全なのである。

 勿論そのまま乗せても、留まる気も能力もマルプニにはない。少し身体を傾けただけで転がり落ちてしまう。そのためお手製の縄 ― トゲトゲボーを潰して乾燥させたもの。本来はアイシャの武器である弓の弦部分に使うため作り置きしていた ― で結び付けている。縄の結び目は顎にあり、それも間抜けな様相に見える一因だろう。尤もシェフィルは外観が間抜けかどうかなんて気にしない。


「それより、かなり近くまで来たようです。たくさんの電磁波を感じます。アナホリ達に悟られないよう、気配を消しましょう」


「う、うん。頑張る」


 頑張って気配を消そうとしているのか、ふにゃーと全身から力を抜くアイシャ。

 ……これ逆にこちらが奇襲されたら抵抗するのが間に合わなくて死ぬのでは? とシェフィルは思ったが、アイシャの頑張りをあまり無下にはしたくない。実際力は感じられなくなったので、気配を悟られないという意味では成功している。

 幸いと言うべきか、この地域に生息する大型捕食者の大半は今頃マルプニの群生地に集まっている筈だ。絶対ではないものの、普段より格段に安全なのは間違いない。なら下手に試行錯誤させてアナホリに勘付かれるよりはマシと考え、シェフィルは何も言わず少しずつ前進していく。

 それからトゲトゲボーを少しだけ掻き分け、先の景色を確認。

 思った通り、そこには無数のアナホリがいた。トゲトゲボーは切り倒されているのか、半径十数メートルほどの範囲には何も生えていない。この範囲内をうろうろ歩き回っているアナホリは、『巣』を守る見張りといったところか。

 そしてトゲトゲボーのない領域の中心、巡回するアナホリ達の中央には大きな穴がある。穴の直径は一メートルほど。斜面の傾き次第ではあるが、人間が通る事は難しくないだろう。

 あれがアナホリの巣。シェフィル達が奪おうとしている、新たな家だ。


「ピィチィチチチ」


「ピチチチィ」


 巣穴の傍にアナホリ達は群がり、何かの肉を貪り食っている。恐らくシェフィル達の下から攫っていった、マルプニだろう。

 マルプニの大きさは体長四十センチのアナホリから見ればかなりのものだが、何十と群がって食べればあっという間になくなる。既にマルプニ……と思われる生き物は残骸としか言えない状態であり、尚且つアナホリ全員の腹を満たすには足りない。皆が皆肉片を奪い合うように食べている。

 しかしそれだけ激しく食事をしても、決して仲間割れには発展しない。たとえ自分が食べている肉片を奪われても、相手を攻撃する個体は見られなかった。


「(アナホリの場合群れを形成する個体はどれも同じ遺伝子らしいので、ケンカなんてする訳もないですが)」


 母曰く、アナホリ達は普段無性生殖で増殖するらしい。ある程度巣が大きくなり、群れを分けた直後、他の群れと『交雑』する時に有性生殖を行う。

 この群れも分かれた直後でない限り、形成する個体は無性生殖で増えたものである筈だ。全ての個体の遺伝子が同じであり、つまり隣にいる個体は、遺伝子的な観点では『自分自身』も同然。アナホリにとって群れの仲間同士でケンカするのは、自分の右手を左手が攻撃するようなものに等しい。

 故に、アナホリが仲間割れを起こす事はほぼない。隙があるとすれば……今、食事中のタイミングだけだろう。


「アイシャ。私が動いたらアナホリへの攻撃を始めてください」


「ふぇ? あ、うん。分かった」


 どれだけ気を抜いていたのか、アイシャの返事は少し鈍い。本当に大丈夫なのかと、少し心配になるが……気配を出して自分の攻撃が失敗するよりは良いだろうと判断。


「行きますよ!」


 アイシャに合図するための大声と共に、シェフィルはトゲトゲボーの茂みから跳び出す!

 食事中だったアナホリ達はびくりと身体を震わせ、一斉にシェフィルの方へと振り返る。反応はしたが、しかし振り返るという動作だけで時間を浪費した。判断に更にもう一瞬の時間を使えば、シェフィルが肉薄するには十分。

 シェフィルは素早く、アナホリの一体の脳天に拳を振り下ろす。

 アナホリはマルプニと違い、天敵に対する備えを持つ。頭が小さく、頑強な甲殻で覆われているのもその対策の一つ。厳密には頭が小さいのではなく、身体の奥に引っ込んでいる状態だ。比較的単純な身体構造とはいえ、アナホリはウゾウゾなどと違い神経系や消化器官がある。重要器官を体内に引っ込めておく事で、簡単にはダメージが通らない構造となっているのだ。

 とはいえシェフィルとアナホリの体格差はざっと四倍。これだけ身体の大きさに差があれば、守りを貫くだけの一撃をお見舞いするのは容易い。

 シェフィルの拳を叩き込んだ頭は大きく変形し、ぐしゃりとした手応えと共に汁を撒き散らす。それでもアナホリはまだ死なず、反射的な反撃として前脚を振るってくる。長く太い前脚が無防備なシェフィルの脇腹に当たるが、一発だけなら大したものではない。

 シェフィルは腹を庇う事もなく大きく足を上げ、アナホリを背中から踏み付ける。渾身の力で繰り出した攻撃は、アナホリの背中の甲殻を粉砕。その奥に守られている中枢神経を潰した。これでもまだ死んではいないが、再生するよりも体液に反応した土壌生物に食い尽くされる方が早いだろう。

 一体倒すのに五秒と必要ない。

 シェフィルとアナホリの『戦闘力』の差を鑑みれば、この結果は必然である。一体だけならこの程度で終わる、脅威でもなんでもない存在だ。

 しかし此処には何十という数のアナホリがいる。


「ピチチチチイイイィィィ!」


「ピィィィィィィィ!」


 群れていたアナホリ達が一斉に反応。仲間を殺したシェフィルに襲い掛かる!

 シェフィルは迫るアナホリを殴り飛ばしつつ、素早く後退していく。

 アナホリ達はこれを好機と見たのか、一気に前進。シェフィルに肉薄しようとしてくる。このままでは多勢に無勢で押し返されるところだが、しかしシェフィルは一人ではない。

 シェフィルの後ろではアイシャが弓を構え、チャンスを窺っているのだ。


「ふっ!」


 渾身の力を込めた矢を放つアイシャ。プリキュの時と違い、今回は選別した矢を持ってきた。矢の硬さ、それに伴う威力は前の比ではない。

 矢はアナホリの一体に命中。頑強な甲殻を貫く事は出来なかったが、衝撃によって横転させた。アナホリは何十という数であり、一体転ばせたところで大勢に影響はない……と言いたいところだが、転んだアナホリは他個体を巻き込む。ぶつかられた後続が転ぶ事はなくとも、足は止めざるを得ない。

 そうすると後続と前衛に間が開く。

 これは好機。下がろうとしていたシェフィルは即座に身体を前倒しにし、前進へと転じる。前衛のアナホリ達は気付いていない、いや、本能のまま突撃してくるため、後続との距離は開いたままだ。

 シェフィルは真っ先に突っ込んできた二匹のアナホリに立ち向かう。一匹は拳で殴り、その殴る動きでぐるんと身体を一回転。もう一匹に回し蹴りを食らわせる。

 後続がいれば、シェフィルが回し蹴りで体勢を崩した隙に雪崩れ込み、アナホリ達は戦いの流れを掴めただろう。しかしアイシャが放った弓の一撃により、後続が来るまで時間が掛かる。シェフィルは問題なく体勢を立て直す。


「ぬぁっ!」


 シェフィルは蹴りを食らわせたアナホリの尻尾を掴むや、渾身の力で投げ飛ばす!

 投げられたアナホリは仲間と激突。衝撃の強さから、何本か脚が千切れた個体もいた。六本も脚があるので二本までなら活動可能だが、三本以上千切れた個体は立つ事も儘ならなくなってしまう。

 そしてどうにか倒れずに堪えた個体も、アイシャに狙われる。

 アイシャもすっかり弓矢の扱いに慣れ、三発程度ならば素早く連射出来るようになっていた。あくまで早撃ちが出来るようになっただけであり、命中精度はあまり良くない。大抵は胴体に当たり、少し体勢を崩すだけ。

 しかし偶に、運良く脚に当たる時もある。細長い脚は胴体ほどの強度と耐久がなく、弓矢が命中すると吹き飛ぶように折れた。突然脚を失った個体は前のめりに倒れ、どうにか立ち上がろうと藻掻く。


「やった! 一匹脚が折れたわ!」


「流石です!」


 喜ぶアイシャをすかさず褒め称えるシェフィル。私のつがいは最高だ! と本心から思いつつ、シェフィルはアナホリ達に更なる攻勢を仕掛ける。

 転んでいるアナホリを踏み付けていくのだ。転倒中では身動きが取れず、反撃も満足に行えない。苦し紛れに前脚を振っているが、これを無視して頭を踏み潰す。体液の肉片が飛び散り、アナホリは活動を停止させた。

 ここで助けにくる個体がいれば、今し方仕留めたアナホリの死骸を蹴飛ばしてぶつけ、怯ませたところで脚を掴んで捩じ切ろうと考えていたが……合理的なアナホリ達はそんなミスを犯さない。助からない仲間は即座に見捨て、ぞろぞろと揃って下がる。乱れた隊列を立て直そうとしているのだろう。

 それと戦力の補充もしている。

 巣穴から新たなアナホリが出てきたのだ。巣の外で食事をしていたのは群れの全てでなく、巣穴の中には予備戦力が控えていたらしい。

 現時点でシェフィルとアイシャが仕留めたのは二体。怪我した個体はざっと十数体か。だが巣穴から出てきた数はそれ以上。戦力は減るどころか増強された。

 今や地上にはざっと五十体ほどいる。中々の大戦力だ。

 一旦様子を見るべきか? 一瞬そんな考えが過ったものの、『合理的』なシェフィルの本能は違う見解を導く。


「(恐らく、もう戦力はあまり残っていない筈です)」


 補充はされたが、総戦力の底が見えない、という訳ではない。以前母から聞いた情報が正しければ、アナホリの群れの規模は数十……百に満たない数だ。巣内にいたのは巣の整備や幼体の世話などをしていた、一部の個体だけだろう。今はその一部を呼び出しただけに過ぎない。

 そしてアナホリ達は合理的だ。戦力の逐次投入なんて愚策は行わない。強敵が来たと判断すれば、投入可能な戦力を一気に集めてくる筈。予期しない事態に備えて多少の予備戦力はあるかも知れないが、ここから何倍もの戦力が出てくる事は絶対にない。

 しかもその群れは今、統率を僅かに失っている。追加で来た援軍と、怪我をした個体の入れ替わりで僅かな混乱が起きているのか。後退や前進時に仲間とぶつかるアナホリが数体いた。


「(これは好機! ここで一気に叩きます!)」


 群れるからアナホリは強い。見方を変えれば、群れとしての機能を失っていれば恐れる必要なんてない。

 今攻撃すれば打撃を与えられる。それどころか更なる混乱を引き起こせるかも知れない。シェフィルはそう考え、再度突撃を仕掛けるようとする……が、その出鼻を挫かれてしまう。

 今までずっと頭に乗せていた――――マルプニが、だらだらと汁を零し始めたのだ。

 マルプニに一体何が起きたのか? 突然の出来事にシェフィルは戸惑い、足を止める。マルプニは頭の上に乗せているため姿が見えない。流れてくる液体から理由を考察。

 しばらくして答えに気付いたシェフィルは、迂闊な身動きが取れなくなった。


「(まさかコイツ、今までの動きについてこれなくて酔っていませんか!?)」


 激しい動きで酔う、という事はこの星の生物でも見られる。シェフィルだって幼い頃母の背中に乗せられ、高速で動き回られた時には激しく酔った。

 こういう酔い方は感覚器の狂いによって生じるもののため、運動能力を持つ生物であれば決して逃れられない『弱点』と言える。身体能力に優れていればその上限は高い。しかし逆もまた然り。

 マルプニはこの限界が極めて低いと思われる。何しろ身体能力がどうしようもないほど低いのだ。高機動戦闘に対応するための神経や調整機能は不要である以上、持っていない方が適応的である。故に身体能力を上回る動きに晒されたら、マルプニ達の身体はその環境に適応する能力がない。

 よくよく考えてみれば、マルプニが酔ってしまうのは必然だと分かる。分かるが、これは大きな問題だ。酔っただけと言えば軽い症状に聞こえるが、マルプニの貧弱さを思えば体力を大きく消耗している可能性が高い。それに感覚器がおかしくなるほどの衝撃で、消化器官がダメージを受けていないとは限らない。

 これ以上の激しさで動き回れば、マルプニが死んでしまうかも知れない。相手の気勢を削いだ今のうちに攻めたいが、マルプニが死んでは元も子もない。仕方なく、シェフィルは一旦突撃を諦める。


「ピィィチチチチチ!」


 シェフィルが攻撃の手を緩めた瞬間、アナホリ達は乱れていた統率を立て直す。巣穴から出てきた個体が混ざり、一つの大きな群れとなった。

 とはいえ殺傷・負傷したアナホリの分だけ、あちらの戦力は低下している。地上戦力が増えた分先程よりは少し手強いだろうが、シェフィルとアイシャの二人なら十分戦える範疇の強さだろう。


「シェフィル! 結構いい感じじゃないこれ!」


 アイシャがそう思うのも無理ない。いや、シェフィルもかなりいい感じだとは思っている。

 しかし、経験的にシェフィルは知っていた。

 本当にアナホリ達が不利であれば、奴等はこの巣を放棄して逃げ出している。この星の生物にプライド等という非合理的感情はない。あらゆる事柄を合理的に判断し、自分にとって『不快』な情報も淡々と処理する。

 撤退しない以上、アナホリの中枢神経(演算思考)は勝機を掴む道筋が見えている筈だ。所謂奥の手があるという事。一体それがどんな手なのかは想像も付かないが……


「(今あそこでやってるのが、奥の手なのでしょう)」


 シェフィルが目線を向けたのは、隊列を整えたアナホリ――――の更に奥。巣穴の近く。

 そこに一体のアナホリがいた。

 仲間達がいる中、別行動を取っている個体がいる。そんな個体が何もしていない、と考える方が不合理だ。恐らく奥の手を出すための準備をしている。

 無論わざわざ奥の手が繰り出されるのを待つ必要はない。邪魔出来るのであればすべきだ。しかしアナホリ側も無対策ではなく、隊列を組んでシェフィルの行く手を阻んでいる。これでは邪魔をするにも一苦労、いや、邪魔するために無謀な突撃をするという本末転倒な事になってしまう。

 ここで無理をしても不利益が大きく、見過ごすしかない。

 シェフィルの合理的判断を知ってか知らずか。別行動を取っているアナホリは、仲間達の後ろで悠々と巣穴へと入る。

 群れるアナホリは守りを固めているようで、積極的に攻めてくる気配はない。ならばこちらは体力回復に努めようと、シェフィルは静観に徹する。

 一分ほどの睨み合いを経て、巣穴から一匹のアナホリが出てきた。後ろ歩きをしており、何かを運び出しているらしい……シェフィルが思った通り、アナホリは何かを持っている。

 巣から引きずり出されたのは、しわしわな肉塊だった。

 大きさは、二十センチほどだろうか。すっかり萎んでいるため、一塊の肉にしか見えない。電磁波も特に感じ取れず、少なくともシェフィルの目には生きているようには思えなかった。

 しかし、ただの肉片、という事はあるまい。シェフィル達と戦っているこのタイミングで、一匹だけとはいえ戦力の一部を割いてまで引っ張り出したのだから。

 果たしてそれをどう使うのか。


「ピチチチッ」


 警戒して観察しているシェフィルの前で、アナホリの一体は引きずり出した肉塊を()()()()()

 いや、正確には丸呑みと言うべきか。アナホリから見ればかなり大きな肉塊なのだが、太く大きな顎で噛み砕く事もせず、かなり苦しそうに悶えている。それでも前脚二本でぐいぐいと肉塊を押し込み、どうにかこうにか飲み込む。

 飲んでしばらくは、アナホリに変化はなかった。だがやがてその身体がぷるぷると震え始め……

 アナホリの身体が弾け飛ぶ。

 比喩でなく、本当に粉々となった。まさか自爆か? そう思ったのも束の間、すぐに違うと分かった。

 弾け飛んだ後の場所に、新たなアナホリがいたのだから。

 新たなアナホリは、今までのアナホリより一回りは大きい。それだけでなく、背中を覆う甲殻には鋭い棘が何本も生え、頭にある牙のような大顎の大きさたるや他個体の数倍は巨大だ。丸みを帯びていた体躯はやや引き締まり、屈強な印象を受ける。六本の脚も普通のアナホリの何倍も太く、巨体を支えるだけでなく強力な『攻撃』をするのにも役立つだろう。元々発達していた二本の前脚に至っては、手を通り越して鈍器のようである。

 そこまでは見れば分かる事。分からないのは、この異様な生命体がどうしてアナホリの中から誕生したのかの一点のみ。

 まさかとは思うが。


「(さっきの肉塊が、腹の中で育った?)」


 そんな馬鹿なと、シェフィルでも思ってしまう。だが他の理由が考え付かない。

 シェフィルが警戒する中、新たに生まれたアナホリ……新アナホリと呼ぶ……は次の行動を起こす。


「ヂィィアッ!」


 力強く、号令でもするかのように鳴いたのだ。

 すると新アナホリの下に、アナホリ達が集まる。新アナホリは、集まったアナホリ達に大きな顎で噛み付いた。体液を吸っているのか、じゅるじゅると(電磁波によるものだが)音を鳴らす。

 そして段々と新アナホリが巨大化していく。


「う、嘘……仲間を食べて、成長してる……!?」


 アイシャには理解も出来ないのだろう。ガタガタと震えながら、目の前の光景を否定するように独りごちる。

 シェフィルは逆だ。

 この行動で理解も納得も出来た。アナホリ達の群れを形成する個体は、どれも同じ遺伝子を持つ。即ち遺伝子的に見れば『同一個体』である。故に自分自身の死は大した問題ではない。仲間のどれかが生き残れば、自分が生き延びているのと同じなのだから。

 新アナホリは次々と仲間を喰らい、身体を大きくしていく。よくよく観察してみれば、喰らっているのはシェフィル達との戦いで怪我した個体。負傷したアナホリは自ら新アナホリの下に向かい、新アナホリはそれを遠慮なく食い荒らす。数十センチ程度だった新アナホリの体躯は瞬く間に巨大化。他のアナホリはシェフィル達の前に陣取り、食事に夢中な新アナホリを守る。

 シェフィル達が介入する暇もなく、新アナホリは体長四メートル近くまで育ってしまった。


「ビィヂヂィ……」


 新アナホリは唸るような声を出しながら、ゆっくりとシェフィル達の方を見遣る。甲殻質の顔に表情などないが……その身に纏う闘争心を感じ取れば、敵意の有無は明らかだ。

 そして放つ電磁波の出力からして、極めて優れた戦闘能力を有している。単純に大きくなっただけではない。普通のアナホリよりも戦闘向きな、戦うための身体をしているようだ。


「しぇ、シェフィル……」


 アイシャが不安そうにこちらを見てくる。

 新アナホリの戦闘能力を感じ取り、不安になっているのだ。確かに、シェフィルも一瞬退却が頭を過ぎった。そのぐらいこの敵は強く、アナホリ達と連携すればこちらの勝ち目はなかっただろう。

 連携すれば、の話だが。


「アイシャ、落ち着いて。ほら、アナホリ達をよく見てください。さっきまでと違って、こちらへの敵意がなくなっています」


「へ? ……あ、ほんとだ」


 シェフィルに言われてアイシャも気付く。アナホリ達は何時の間にやら隊列を組んだまま後退し、新アナホリの後ろで待機状態になっていると。

 どうやら新アナホリと一緒に戦うつもりはないらしい。

 むしろシェフィルには、群れるアナホリ達は逃げる準備を整えているように見える。幾つかの個体が巣穴に入り、卵や幼虫など色々なものを引っ張り出していたからだ。

 恐らく、この新アナホリは一つの『指標』なのだろう。巨大で優れた戦闘能力を持つ個体……これが負けたのなら、被害を抑えるために退散すべきだと。だから観察し、逃げる準備を整えておく。手伝いによって余計な被害を出しては、指標の意味がない。

 つまり。


「あの新アナホリを倒せば、奴等は即座に逃げ出します。私達の勝ちです!」


「! そ、そっか! なら、まだ退けないわね!」


 アイシャは改めて闘志を燃やす。やる気が満ちれば、力だって増していく。

 無論、ここで退くなんて勿体ない、なんて非合理な理由で戦闘継続を選ぶのは愚策。だがアナホリの群れが戦いに加わらないのであれば、まだ勝ち目は十分にある。

 仮に予想が外れ、待機しているアナホリ達と戦う事になったとして……新アナホリを生み出すのに、負傷個体とはいえあちらも多くの戦力を消耗した。こちらの疲弊次第だが、撤退は難しくない。ある程度の安全も確保出来ている。

 シェフィルは一旦退却という選択肢を頭の中から削除し、戦闘に意識を集中。


「ビヂイィィイィイイ!」


 雄叫びと共に突進してくる新アナホリに、シェフィルは真正面からぶつかりに行くのだった。

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