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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第七章 穏やかな日々

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穏やかな日々12

凍結惑星シェフィル 第7章 12

「ひっ……!」


 突如現れた生物に、アイシャが怯えた声を出す。

 アイシャだって最近は生き物の気配を感じ取れる。にも拘らず、今まで接近に気付けなかった……警戒を通り越して恐怖するのも無理ない。

 シェフィルもその生物の接近を感じ取れなかった。しかしアイシャと違って恐怖はしていない。何故ならそいつに関しては()()()()()()からと、自ら判断して見逃しただけ。

 そしてその予感は正しい。少なくとも自分達の命を脅かすような、危険な生命体ではない。


「……………あれ?」


 アイシャも然程危険ではないと理解したようだ。一瞬呆けた後、ちょっと怖がりながらも『そいつ』をじろじろと見る。

 一言で言うなら、そいつは大型の甲殻類だった。

 現れた生物の体長は凡そ四十センチ。マルプニよりは大きいが、シェフィル達から見ればかなり『手頃』な大きさの生き物だ。体格差に伴う身体能力の差を考えれば、危険性はほぼないと言える。

 ずんぐりとした|胴体(胸部)の背面側は甲殻に覆われているが、この甲殻は丸みを帯びた『甲羅』型で、棘や鱗などは生えていない。甲殻は黒く、周りに生えるトゲトゲボーの色合いによく溶け込んでいた。胴体後方に腹部があるが、此処も甲殻に覆われ、太くて短い尾のように伸びている。

 頭部も身体同様丸みを帯びた形であり、左右に開く大顎(節足動物によく見られる牙状の形をしている)はあるもののあまり鋭くは発達していない。ただし人の親指ぐらい太く、大きなものであるため、噛めば肉を潰すように破断するだろう。二つある複眼は大きく発達しており、大きさ八センチほどの頭の大半を占めている。触角はほんの一センチ程度と短く、よく観察しなければ頭のコブと勘違いしまいそうだ。

 特徴的なのが脚。脚は胴体腹側から六本生えているが随分と細長く、太さは人間の指一本と同等、長さは体長と同じぐらいあるだろうか。このため身体は地面から高く浮いており、ずんぐりとした体型の割に貧相に見える。

 そして脚は四本だけが地面を踏み、前脚二本は腕のように前を向いていた。形にも違いがあり、地面に付いている四本は爪を生やしていて歩くのに適したもの。対して前脚二本の先端は大きくて扁平な、指を揃えた人間の手のような形状だ。これでは殴るぐらいは出来ても、突き刺したり引っ掻いたりは出来まい。

 顎や前脚は武器として使えるだろうが、他はあまり攻撃的に見えない。実際攻撃性は低いようで、シェフィル達と視線を交わしても威嚇する事もなく、そいつはそこに居続けた。


「……と、とりあえず、襲ってはこない、かしら?」


 アイシャも襲われないと思い、警戒を解く。それで問題ないとシェフィルも考える。

 仮に襲ってきたところで、この生き物は見た目通り大して戦闘能力が高くなく、危険な毒なども持ち合わせていない。返り討ちにする事はシェフィルにとって簡単であるし、アイシャであっても不可能ではないだろう。

 ただ、不用意に攻撃するのは得策ではないが。

 故にシェフィルは手出しをせず、そして相手方はこの考えを読んでいるらしい。その生き物はシェフィルと目が合ったにも拘らず、まるで気にしてないかのように歩き……

 堂々と前脚二本でマルプニを捕まえる。

 あまりにも堂々としているものだから、流石のシェフィルも一瞬呆けてしまった。対して生き物の方は、元よりシェフィルなど気にしていない。そしてマルプニを捕まえたところで、用件は済んだのだろう。


「ピピチッ」


 生き物は素早く身を翻し、マルプニを持ったままトゲトゲボーの茂みに入ってしまう。

 既にいなくなっていた一匹のマルプニを攫ったのが『自分』だと、シェフィル達の前で堂々と示したのだ。


「……あ! こ、こらぁ! 待ちなさい!」


 一瞬の間を開けて、アイシャはマルプニを連れ去った生き物を追おうとする。マルプニの奪還を試みるつもりなのだろうか。

 気持ちとしてはシェフィルにも理解出来るし、一般的な生物相手なら間違った対処ではない。攫われたマルプニを救出出来る可能性があるだけでなく、此処に『餌場』があると学習した個体を野放しにするのは不味い。奴は此処が餌場だと学習し、またやってくるかも知れないからだ。そして堂々と、残りのマルプニを攫っていくだろう。畜産を続けるためには追い駆け、確実に仕留めるべきだ。

 しかし今回はそういう訳にもいかない。いくらなんでも()()()()()


「いけませんアイシャ! 追うべきではありません!」


「で、でもマルプニが……」


 シェフィルがすぐに引き止めた事で立ち止まりはしたが、アイシャは追う事を諦めない。

 当然だ。理由も知らないまま止めろと言われても、納得なんて出来ない。


「それよりも今生き延びているマルプニを守ってください! このままでは、全てのマルプニが食べられてしまいます!」


 故にシェフィルは理由も告げる。尤も、アイシャはその言葉の意味をすぐには理解出来なかったのか。呆けたように固まってしまう。

 そのためアイシャよりも、事態の方が早く動く。

 トゲトゲボーの茂みの中から、マルプニを攫った生き物が何十も姿を表したのだ。


「ひっ!? な、何、これ!?」


「コイツらはアナホリです!」


 驚くアイシャに、シェフィルは生物の名前だけ告げておく。素早くマルプニの下に駆け、三匹を抱える事でやってきたアナホリ達から引き離す。


「ピピピピィ」


「ピィィイピピィィイ」


 アナホリ達は甲高い声を出しながら、シェフィルの足元でもぞもぞと蠢く。噛んだり叩いたりといった攻撃はしてこないが、中々諦める気配はない。

 そうしてシェフィルの足止めをしている間に、残る一匹のマルプニを他のアナホリが攫っていく。アイシャが慌てて確保に向かったが、呆けて固まっていた時間が致命的。間に合わなかったようだ。


「ま、待って……!」


 アイシャはマルプニを捕まえたアナホリの後を、追い駆けようとする。


「駄目です! 追ってはいけません!」


 それを再びシェフィルは止める。

 振り返ったアイシャの顔に浮かんでいるのは、困惑の感情。一度目はマルプニの保護を優先するという『理由』があったが、今度は違う……そう言いたいのだろう。

 これは単純に説明が足りていないからだ。シェフィルとしても、話さねばならないとは思っている。

 例えばアナホリは群れで行動する生物だという事。今此処に現れた何十という数のアナホリは、恐らく一つの群れだ。群れの仲間同士は極めて統率が取れており、一糸乱れぬ動きを行う。

 例えばアナホリは『群れ』で敵を認識する事。どれか一体でも攻撃を受ければ、その攻撃者は群れ全体の脅威と認定される。一体だけと思って襲い掛かれば、その何十倍もの数に襲われてしまう。

 一対一なら、アイシャでもアナホリには勝てるだろう。だが一対数十になれば勝ち目などない。

 幸いにしてアナホリは動きの鈍い小型種や、死骸や肉片などを主な餌としている。群れの力で大物に挑むような事は殆どなく、こちらから手を出さなければ安全だ。万が一襲われても、逃げるだけならどうとでもなる。


「……わ、分かったわ」


 アイシャはシェフィルの伝えたい事を理解し、踏み止まってくれた。

 もしくは、群がるアナホリ達に怖気付いたのかも知れない。


「ピィィチチチ……」


「ピチィ。ピチチィ」


「ピィィ」


 アナホリ達は自身よりも大きなアイシャやシェフィルに、遠慮なく群がる。長い脚で立ち上がり、前脚を伸ばしてマルプニを捕まえようとする。齧ったり叩いたりはせず、ひたすら群がるばかり。

 普通の生物なら、こんな行動はまずしてこない。自身よりも大きな生物というのは基本的に『格上』であり、自らを喰らう可能性のある危険な存在だからだ。

 しかしアナホリは気にしない。群れで生きる彼女達は『自分』の命を然程重視しない。無下にはせずとも、自分が殺される事自体は恐れないのだ。それでいて仲間の死には過敏に反応し、自分の命さえも気にせず攻撃してくる。

 アナホリのこの性質は、シェフィル(人間)だけでなく他の生物にも知られている。個々の力は小さくとも、群れれば自分より遥かに大きな生物も簡単に殺せる……こんな相手に喧嘩を売るのは合理的ではない。故に大抵の生物はアナホリを無視するように進化した。明確に天敵と言えるとは、ごく少数の寄生虫ぐらいなものだろう。

 そしてアナホリも、他の生物が攻撃してこない前提で進化した。自分達が襲われないのであれば、付け上がって不躾に振る舞う方が得である。怒らせない一線は超えないが、そこまではとことん無遠慮にちょっかいを出してくる。


「(全く。本当に鬱陶しい奴です)」


 シェフィルもアナホリの生態を知っている。攻撃さえしなければいいと、気配は探るが視線すら合わせない。勿論アナホリ達の手が、届かないようマルプニは高く掲げておく。

 群がるアナホリを無視し、マルプニを持ち上げる事数分。

 その数分間、シェフィルが思った通りアナホリ達はなんの攻撃もしてこない。アナホリ達は互いに顔を見合わせ、「ごはんくれないね」「ねー」とでも言ってるかのように首を傾げる。

 しばらく仲間同士の『会話』をしていたアナホリ達は、全員が納得したのか。一斉に動き出し、シェフィルから離れていく。

 何十といたアナホリ達は全てトゲトゲボーの茂みに入り、そして姿を消した。


「……な、なんだったの……あれ……?」


 アナホリが帰り、ぺたりとアイシャが座り込む。

 未知の生命体の大群と接触。そんな事があれば、精神的疲労から足腰の力が抜けてしまうのは分からなくもない。

 だがシェフィルは今、それどころではなかった。勿論へたり込んだアイシャの事がどうでも良いとは言わないが、優先度は高くない。もっと率先して対応すべき、重大な問題が発生している。

 そしてその打開策と選択を考えなければならない。


「アイシャ。疲れているところ申し訳ありませんが、今、私達は一つの決断を迫られています」


「決断……?」


「アナホリ達は基本的に、巣からあまり離れないという生態を持っています。つまり此処に大群が来たのは、近くに巣があるからでしょう」


 シェフィルが淡々と語ったからか。アイシャは最初、分からないと言わんばかりに呆けていたが……やがてハッとなる。

 アナホリの巣が近くにあり、アナホリは巣の周りで活動する。

 即ち、アナホリはまたシェフィル達の家の近くまで来る可能性があるという事。普段であれば、それは大した問題ではない。アナホリの方から積極的に襲ってくる事はほぼないため、こちらから攻撃しなければ共存可能だ。

 しかし今のシェフィル達とは仲良く出来ない。


「ま、待って! それじゃあ、マルプニをここで飼育しても……」


「増える前に持ち去られ、餌にされてしまいます。今回は途中で諦めましたが、それは私がマルプニを奴等の手が届かない場所に置いたからに過ぎません。また来た時にマルプニが地面にいたら、間違いなく連れて行かれます」


 アナホリに悪意はない。ただそこに『餌』があるからやってきて、仲間の待つ巣へと持ち帰るだけ。

 しかしマルプニを飼育し、増やそうとしているシェフィル達にとっては最悪の被害だ。いや、増やしたものを持ち去るならばまだ良い。それなら苦労が水の泡に終わる事はあっても、再起自体は可能なのだから。

 されど『畜産』などしないアナホリに、狩り過ぎたら獲物が全滅するという概念はない。野生生物に餌の絶滅を避けるなんて発想はなく、使える資源は使えるうちに使い潰す。そして自分の子孫を増やすだけだ。

 シェフィル達が守らねば、マルプニは絶滅してしまう。だが、守るにしても簡単な話ではない。アナホリ達が何時また自分達の家に来るか分からず、そうなると寝ずの番が必要だ。何十人も仲間がいれば交代でやれなくもないだろうが、シェフィルとアイシャの二人だけでは限界がある。

 何か道具を作って守ろうにも、アナホリ達は数十という大群で迫る。しかも脆弱なマルプニと違い、アナホリの表皮はトゲトゲボーの棘でも傷付かない程度には頑丈だ。太く発達した前脚も力が強く、トゲトゲボーで柵を作っても簡単に突破するだろう。今回のように高い場所で保護するのも一つの手だが、アナホリの図々しさはかなりのもの。飼育用の足場を組んだところで、堂々と破壊を試みる筈だ。今回アナホリが大人しく諦めたのは、シェフィル達が『大型生物』であり、直接攻撃は危険だと判断したため。無生物やトゲトゲボーのような弱小種なら、奴等は無遠慮に振る舞う。

 どう考えても、シェフィルとアイシャだけではマルプニを守りきれない。


「ほぼ確実に、私達だけではマルプニを守る事は出来ません。ですから、ここで三つの選択肢があります」


「三つ……?」


 こくりと頷いたシェフィルは指を三本立て、すぐにそのうちの一本を折る。


「一つは、畜産そのものを諦める事」


 最初に提案したのは、最も危険性と手間がない方法。

 そもそも畜産をしようとしているから、マルプニとの衝突が起きるのだ。畜産自体を放棄すれば、こんな小難しい問題は綺麗さっぱりなくなる。

 幸いにして、畜産は安定的に食べ物を得るために始めた。止めたところで今まで通りの生活に戻るだけで、何かを損する訳ではない。そして狩猟採取生活でも問題なく生きていける事は、長年この星で暮らしてきたシェフィルが証明している。

 一番楽で安全なものを選ぶなら、この選択だ。

 しかしシェフィル達が暮らす地域の生き物で、畜産向きの生物は恐らくマルプニしかいない。そしてマルプニは恐らく絶滅寸前……先の大発生が最後の繁殖という可能性もあるほど個体数が少ない。マルプニの飼育を諦める事は、畜産そのものを永遠に諦める事に等しい。


「もう一つは、私達の住処を移動する事」


 二つ目の方法は、少なからず危険なもの。

 アナホリは巣から一定範囲内で狩りを行う。即ち、巣から離れてしまえばアナホリに襲われる心配はない。

 ただ、離れると言っても簡単な話ではない。以前母から聞いた話によれば、アナホリの縄張りは一般的なものでも半径数キロに及ぶ。巣の規模によって変化するらしく、大規模な巣だと半径十キロに到達する事もあるらしい。このため十数キロは移動しなければ、確実に縄張りの外に出たとは言えない。

 勿論この移動は畜産を継続するために行うのだから、両脇にマルプニを抱えていく事になる。もしも道中で猛獣に見付かったら……戦う事など出来ず、ひたすら逃げるしかないだろう。逃げ切れれば良いが、そうでなければマルプニを放棄するしかない。これでは下手に移動しない方が疲れない分マシだろう。しかも移動した先に、別のアナホリの巣がないとも限らない。

 しかし問題なく離れる事が出来れば、アナホリの襲撃は止む筈だ。どうせ今の住処も適当にトゲトゲボーを組んで作ったものなのだから、放棄したところで大した損失でもない。畜産も続けられる。

 多少手間とリスクがあっても畜産を続けたいなら、このやり方だろう。


「最後に、アナホリを退治する事」


 三つ目の方法は、最もリターンが大きな選択肢だ。

 アナホリがいなくなれば、マルプニが襲われる心配もなくなる。実に単純にして明快な答え。住み慣れた土地を離れずに済むのも見逃せない利点だ。畜産はあくまで補助、狩猟採集が食べ物を得る主軸という生活をするなら、その土地でどんな食べ物が得られるか把握していなければならないのだから。

 デメリットは、圧倒的にリスクが大きい事。これは先に挙げた二つの選択肢とは比にならないほど困難だ。アナホリ一体だけなら兎も角、何十体も相手するのはシェフィルでもかなり厳しい。負ければ自分達が餌にされてしまう。いくら畜産を続けるためとはいえ、自分の命を賭けるのは果たして割に合うのか。

 それにアナホリを倒したところで、マルプニを狙う全ての敵がいなくなる訳ではない。恐ろしい捕食者は他にいくらでもいる。これらからもマルプニを守り続けなければならず、アナホリを退治してもほんの少し安全になるだけ。


「どの方法が良いと思います?」


「え? えっと……」


 シェフィルに問われ、アイシャは考え込む。

 普通に考えれば、選択肢は実質二つ。

 三つ目の選択はあまりにもリスクが大きい。確かに得られるメリットも大きいが、『命』という特大のコストに見合うものとは言い難い。

 合理的に考えれば、三つ目の選択肢は選ぶ理由がない。

 ……あくまでも、今シェフィルが話した内容だけで判断すれば。


「……ねぇ、シェフィル。アナホリって、なんでアナホリって言うの?」


 まだ伝えていない情報については、ちょっと勿体ぶって話すつもりだったが――――先の選択肢を真剣に考えていたアイシャは気付いたらしい。

 予測を上回られ、シェフィルは少し驚く。けれども嫌な気持ちにはならない。むしろ察してくれた、思い付いてくれたと、アイシャと自分の心が通じた気がして嬉しくなってくる。

 嬉々として、シェフィルはアイシャの問いに答えた。


「アイツら、巣を地下に作っているんですよ。穴掘りが得意だからアナホリと呼んでます」


「うわぁ、やっぱり。相変わらず安直なんだから」


「名前というのは分かりやすくなければ意味がありません。アイシャだって、名前で想像出来たから分かったのでしょう?」


「それはそうだけどー」


 納得しつつも、ちょっと呆れたような物言い。その態度に不満を抱かぬ事もないが、嬉しさが上回るので今は置いておく。

 重要なのは、アナホリが地下に巣穴を作るという事。

 地下の巣穴というのは安全な環境だ。地上の大型生物から発見される可能性は(電磁波を用いて透視してくるので絶対ではないが)かなり低く、地中生活の生物からすると土中ではない、地中に作られた開けた空間である巣穴は不利な環境なので不用意に侵入したくない。このため安心して心身を休める事が出来る。

 アナホリという種が繁栄している、優秀な生き残り戦略の一つと言えるだろう。しかし巣穴というのは、あくまでも構造物。アナホリによって作られたものだが、その恩恵を受けるのはアナホリだけではない。巣穴に住む、全ての生物が受けられるものだ。

 もしもアナホリ達を一匹残らず追い出し、そこにシェフィル達が入れば――――当然、シェフィル達も安全な暮らしが手に入る。


「もしも、ですよ。アナホリの巣穴で暮らす事が出来れば……私達の生活は、相当安全なものとなるでしょう。勿論マルプニにとっても安全です」


 捕食者だらけのこの世界。アナホリ以外にも捕食者は無数にいる。自分の身を守るだけでも手いっぱいなのに、自衛能力を持たないマルプニ達まで守るのは困難だ。畜産を安定して継続するには、安全な環境を確保する必要がある。

 正直、安全の確保など不可能だとシェフィルは考えていた。何しろシェフィル自身、安全とは言い難い生活を送っている。十五年間生き抜いてきたのは、勿論シェフィルの実力や生存能力の高さはあるが、運の要素も大きい。寝る時も熟睡なんてせず、常に周囲を警戒している。

 自分の身を守る事さえ手いっぱいなのだから、マルプニを守り切るなどどう考えても無理だ。だから多少の被害は勿論、食い尽くされても仕方ないと考えていたが……しかしアナホリの巣があれば話は違う。アナホリ達を駆逐し、巣を手に入れれば、畜産の持続が現実味を増す。

 それに自分達の安全が増せば、自分達の『子供』も安全に暮らせる。


「(アイシャの不安解消に役立ちますし、子孫が確実に残せるのは私の本能としても嬉しい事ですね)」


 強いて不満点を挙げるなら、巣が地下にある事。つまり星の光などが届かず、極めて暗い点か。いくら安全な場所でも、手すら見えない環境では生活など出来ない。しかしこれはシェフィル達にとって大した問題にはならない。電磁波を見通せるシェフィル達の目であれば、岩などが発する軽微な電磁波、或いは自分達の身体が発する電磁波の反射などで暗闇を見通せる。地下生活でも大きな問題はないだろう。

 無論リスクも大きい。返り討ちに遭えばこちらが餌にされてしまう。そもそも何十という数のアナホリを、シェフィルだけで倒すのは不可能だ。

 だがアイシャと一緒であれば、恐らく互角以上に戦える。互角の勝負であれば、仮に敗北したとしても、アナホリも相当の被害が出ている状態だ。僅かな生き残りを送り出してまで追撃してくる可能性は低く(そんな事をするぐらいなら巣の復興に注力するのが『合理的』である)、撤退は容易だろう。

 戦いにより得られるメリットが多く、デメリットは存外小さい。数学的に判断すれば、やらない方が損という状況だ。最早迷う必要はなくなった。


「アイシャ、アナホリ達を追いましょう。安心して畜産を行い、安全な住処を頂くために!」


「ええ! 私ら二人の新しい家……もらっちゃいましょ!」


 知的で強欲な二人の人間は、無垢な生き物(害獣)退治に意気揚々と繰り出すのだった。

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