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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第六章 恋する乙女達

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恋する乙女達15

「ねぇ、シェフィルぅ」


 猫撫で声、と言うのも生温いような、何時もと違う声でアイシャはシェフィルを呼ぶ。

 そのシェフィルは今、アイシャのすぐ隣にいた。いや、隣という表現は些か正確なものではない。アイシャとシェフィルは今、トゲトゲボーを組んで作った狭い『家』の中にいるが……二人は向き合った状態で、べったりと抱き合っているのだから。

 おまけに二人とも、毛皮の一枚すら纏っていない。服は乱雑に脱ぎ捨てた状態で放置。生まれたままの姿を晒し、互いの肌を触れ合わせている。

 名前なんて呼ぶ必要がないほどの密着状態だ。しかしシェフィルはその非合理的な呼び声に、蕩けきった表情と声で反応する。


「なんですか、アイシャ」


「うふふ……呼んでみただけぇ」


「そうですか。なら、私も呼んじゃいますよ……アイシャぁ」


「……んへへ」


 名前を呼ばれただけなのに、アイシャの頭の中は幸福に満たされる。幸せな笑い声が口から漏れ出し、それを聞いたシェフィルもまた笑う。

 ――――ハッキリ言って理性など欠片もない(頭の何処かに残っているアイシャの知性がそう思うほどの)状態だが、一応アイシャも今後優先すべき事柄について思考は巡らせている。

 例えば食料。食べ物がないのに、こんな名前を呼び合ってうふふんへへなんて言ってる場合ではない。しかし今に限れば、たくさんの食べ物が家の中に保存されている。ちょっと前に倒したばかりのプリキュの肉が、たんまりと残っているからだ。

 高度な身体能力を持つプリキュは、再生能力が高くない。中枢神経の破壊ぐらいなら回復出来ても、それ以上の、全身をバラバラにされて『食肉』加工された状態からの復活は無理だ。このまま食肉として、そこに残り続ける。

 普通の人間よりも基礎代謝が遥かに高いシェフィルやアイシャが大量に食べるのに加え、ウゾウゾなどの小さな生き物が齧りに来るのでそう長くは持たないだろうが……数日分の食料にはなる。

 つまり数日は何もしなくても食うに困らない。仕事に追われる文明人と違い、食べ物があればだらだらしながら、またお腹が空くまで時間を潰せば良いのだ。

 ――――いや、一つだけやるべき事はあるか。

 性成熟した二個体が十分な栄養を蓄えている。ならば生命唯一にして最大の仕事である、繁殖を行うべきだろう。


「アイシャぁ……私の、アイシャ……」


 独占欲を示すようなシェフィルの言葉。耳に入り込む声だけで、アイシャは全身が震えるほどの悦びに満ちる。身体を巡る血が熱を帯び、全体が火照っていく。

 そんなアイシャの胸元に、シェフィルは顔を埋めてくる。

 裸であるアイシャからすれば、シェフィルの顔が直に胸と触れている状態。だけどそれが恥ずかしいとは思わない。むしろもっと強く触れ合いたくて、心臓が強く高鳴ってしまう。

 そのまま胸を触られ、胸骨の辺りに口付けされても、静まるどころか一層昂る始末だ。


「ん、ぅ」


「……嫌ですか?」


「今更、それを聞く?」


 散々、もっと凄い事してるのに――――視線だけで気持ちを伝えると、シェフィルは鋭く獰猛で、だけど少しいたずら好きそうな目付きで笑う。

 端正な顔立ちと野性味溢れる眼光の組み合わせは、アイシャの『雌』を呼び起こす。

 シェフィルは蕩けるアイシャの首筋まで顔を伸ばし、そこにキスをしてきた。人工呼吸や食べ物の口移しとは違う、生存上の『意味』を持たない口付け。しかし人間にとってそれは、性愛を示すシグナルでもある。

 嫌いな相手にやられれば有無を言わさず拒むが、アイシャにとってシェフィルは愛しき存在。嫌悪なんてする訳もなく、身を預けて受け入れる。


「ん、んんっ……」


 シェフィルの『愛』を感じるほど、アイシャは身体を震わす。何度も何度も、その愛を示すようにシェフィルはアイシャの身体を唇で啄む。

 啄まれるほどにアイシャは身体を熱くする。顔だけでなく全身が赤らむ。


「シェフィル……」


 あなたが欲しい。

 それを伝えるように、アイシャはシェフィルに口付けを返そうとした


【これから交尾ですか?】


 直後、ど直球の言葉が家の外から飛んでくる。

 アイシャとシェフィルはびくりと身体を跳ねさせ、互いに相手を突き飛ばす。息ぴったりで離れ離れとなった二人は、そのまま狭苦しい家の壁に激突。

 ちなみに建材であるトゲトゲボーの棘を丁寧に取るなんて面倒(丹念に取ったところで数十分もすれば再生して元通りだ)はしていないので、家の壁にはびっしりと棘が生えている。


「うぎょぇええええっ!?」


「あだだだだだだだっ!?」


 アイシャとシェフィルは同時に背中が穴だらけとなり、同時に大声で叫んだ。

 声を掛けた当事者――――母に表情なんてないが、何処か呆れているような雰囲気だと痛みで苦しみながらアイシャは思う。キノコにも似た身体を傾け、根元付近から生やす無数の触手をうねうね動かすのは、母が何かを考えている故の仕草か。


【……何をしているのですか?】


「な、何をって、その、い、いきなり声を掛けてこないでよ! ビックリするでしょ!」


【交尾を邪魔する気はないので、質問に答えた後はそのまま続けて構わないのですが】


「こ、交尾って言うな!」


 する気はなかった、訳ではないのでそこは否定せず。とはいえ母に人間的な感情の機微は分からないようで、触手を垂れ下げて不思議そうな雰囲気を醸し出す。

 このまま説明しても徒労に終わりそうだ。そう判断したアイシャは、一旦話を逸らす事にした。


「と、ところで、何しに来たのよ。作業が忙しいんじゃなかったの?」


【自主的な休憩の間に、あなた達の様子を見に来ました。離れる前のシェフィルの様子がおかしかったので、その状況確認をしたかったのです】


「母さま……」


 自分の身を母が案じてくれたと知り、シェフィルは嬉しそうに微笑む。

 ……自主的な休憩って、要はサボりじゃない? とアイシャは訝しんだが。高性能(高知能)故の代償と言えばそれまでだが、『端末』として作り出した生命があれこれ言い訳してサボっているなんて、起源種シェフィルが少し気の毒になった。


【あとあなた達の間にアイが生じて繁殖可能となったようなので、その観察に来ました。人間の交尾がどのようなものか記録したかったので】


 ましてやサボり理由が『覗き』とくれば、もうこれは起源種シェフィルにチクっても良いのではとアイシャは思った。


【という訳で私は記録するだけで二人の邪魔はしません。そのまま交尾を続けてください】


「そうですか。ではそうしますね……アイシャ、愛してますよ」


 なお、人間的な常識がないシェフィルは母に言われるがまま交尾をしようとする始末。

 いくら野生の世界に順応したと言っても、アイシャはそこまで常識を捨てたつもりはなかった。


「ええい、こんな形で愛を語るな! 普通、当事者以外が見てる前で人間は交尾しないの! 誰もいないところで静かに愛を語らうものなのよ!」


「えぇぇ……誰が見ていても、私がアイシャを愛しているのは変わらないのに」


【他者の視覚が問題になるとは思えませんね。ところで交尾を複数回する理由はなんですか? プリキュと戦う前にもしていた筈ですが、あれで妊娠していれば二回目は不要でしょうに。一回の交尾では妊娠しない可能性があるのでしょうか?】


「なんか人間って繁殖の成功率が低いらしくて、一回交尾だけじゃ中々子供が出来ないらしいですよー。あ、私がアイシャと交尾したいのはそれとは関係ないですからね! アイシャが好きだからしたいだけです!」


「ほんっとムードをぶち壊すわね!? というか見てるじゃん! 勝手に見ないでよ! あとシェフィル、その気持ちは正直嬉しいけど今言う事じゃない!」


 人間的な尊厳を語れども、野生生物的思考の二体は納得してくれず。言っても無駄だと分かってはいたが、訴えが徒労に終わりアイシャは肩を落とす。

 ……こうも気疲れすると、母が去った後すぐにシェフィルと『イチャイチャ』したい気持ちも失せる。いや、実際には二人きりになった途端本能を剥き出しにしてしまうのが容易に想像出来るが(我ながら盛り過ぎではないかとアイシャも思う)、少なくとも今はその気がない。

 理性的なうちに、未だ残る疑問を解消した方が良いだろう。


「ところで、何か大きな作業をしてるらしいけど、一体何をやってるの?」


 母が一時でもこの場を離れる事となった、惑星シェフィルと関係するであろう大仕事とはなんであるのか。

 恐らくこちらの『生存』には関係ない話だと思うが、やはり気にはなるのだ。


「そういえば私も気になってました。アイシャからは、忙しいとしか聞いてませんでしたし」


【作業内容としては、シェフィルの補助となります。シェフィルが繁殖期に入りましたから、こちらとしても相応の準備が必要になるのです】


「ちょ、大袈裟な。そ、そりゃ、繁殖行為してるから何時かは出来るだろうけど、でも補助とか準備は、いや、必要だとは思うけど……」


 結局その話に戻るのかと、アイシャは少し顔を引き攣らせる。

 ただし、ほんの一瞬だけ。

 自分の勘違いにすぐ気付く。母達はこの星に棲まうほぼ全ての生物をシェフィルと呼ぶ。全ての生物の起源が、この星の中核である起源種シェフィルに由来するからだ。当然起源種シェフィルも()()()()()()()()

 シェフィルの繁殖期と聞いて、傍にいるシェフィルの事だと反射的に思ったが……本当は、星の中核に潜む起源種シェフィルの事を話しているのではないか。

 その起源種シェフィルが繁殖しようとしている?

 確かに、アイシャ達にとっては大した話ではないかも知れない。だが星の中核に潜む巨大生物の繁殖行動が、惑星シェフィルになんの影響も与えないとは考え難い。文字通り天変地異や大災害が、惑星中で起きる事も考えられる。

 惑星規模の異変に対して今から出来る行動などないかも知れないし、あったところでたかが知れているが……だとしても何も分からないよりはマシだ。


「ね、ねぇ、それってこの星の奥にいた、あのシェフィルの事? それが繁殖って、何が起きるの?」


【ええ、具体的には――――む】


 衝動のまま尋ねるアイシャに、母は答えようとしてくれた。しかし一度言葉を途切れさせると、目玉がずらりと並ぶ傘のような頭を大きく傾けた。


【……むぅ。休憩がバレましたか。急いで戻らねば】


 挙句、話を勝手に打ち切ってしまった。

 待って、と言おうとするアイシャだったが、母の行動は早い。量子ゲートワープを用いたようで、一瞬でその姿を消してしまう。無意識に伸ばしたアイシャの手は、母がいた虚空を撫でるだけで終わった。

 ……一言ぶつけたい気持ちもあるが、しかし母が忙しい事自体は本当なのだろう。むしろ僅かな時間を見付け、シェフィルの下に来てくれただけ御の字かも知れない。詳細こそ分からなかったが、起源種シェフィルが繁殖期に入ったという情報も知る事が出来た。中途半端なだけで、マイナスではないのだから母を責めるのはお門違いだろう。

 それでも不安な気持ちはなくもないが、アイシャの傍にはシェフィルがいる。

 気持ちを察したのか、シェフィルはアイシャの手に触れてきた。上から重ねるような優しい手付きは、それだけでアイシャの心にあった緊張を解す。


「大丈夫ですよ、アイシャ。私とアイシャなら、何があっても乗り越えられますから」


 そしてなんの根拠もないのに、シェフィルは迷いなく未来を語る。

 そう、根拠はない。けれどもアイシャの不安にも根拠はない。どちらにも根拠がないのであれば、より幸せな未来を信じた方が楽しいものだ。どうせ未来予想なんて、都度都度更新していくものなのだから分からないうちから怖がる必要なんてない。

 何より、自分とシェフィルならどんな危機も乗り越えられる。そう思っているのは、シェフィルだけではないのだ。


「ええ、そうね。なんとかなるわよね」


 心からの笑みを浮かべながら、アイシャは同意するのだった。

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