表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第六章 恋する乙女達

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/116

恋する乙女達12

「コキャッ!?」


 アイシャの放った矢はプリキュの脳天を直撃。矢として放ったトゲトゲボーは粉々に砕け、その衝撃の大きさを物語るようにプリキュは仰け反った。

 そしてシェフィルの首を絞め上げていた手の力も弱まった事だろう。

 この好機を見逃すシェフィルではない。力が弱まったタイミングで力強く蹴りを放ち、首を絞めていたプリキュの腹部に打撃を与えた。衝撃でプリキュはシェフィルを手放すと、次いでシェフィルは背後にいたプリキュが振るっていた尻尾を掴む。

 急な反撃で踏ん張りが足りなかったのか。プリキュはシェフィルの怪力により引っ張られ、もう一方のプリキュへと叩き付けられた。


「コアッ!」


「コギャアッ!」


 ダメージ自体は小さいようで、プリキュ達は互いに支え合って立ち上がる。つがいは一心同体。邪魔などせず、即座に互いを支え合うのは流石と言うべきか。

 シェフィルもこの間に体勢を立て直す。アイシャは弓を構え、次の矢を弦に引っ掛けておく。


「アイシャ! 助かりました! それが、新しい武器ですか?」


「ええ、弓矢って言うんだけど……その調子だと、こういうのは作った事がないみたいね」


「はい! 何かを飛ばすような武器なんて、考えた事もなかったです」


 シェフィルは心底感嘆した様子で、アイシャにキラキラとした眼差しを送る。それぐらい弓という武器の事を凄いと感じているのだろう。

 事実、弓矢は非常に優秀な武具だ。コントロールなどの問題はあるが、上手く扱えば身体能力が低くても強力な一撃を叩き込める。何より安全な遠距離から攻撃出来るのだ。これならアイシャでも戦闘要員として加わる事が出来る。


「ふふん、今なら私だって活躍出来るわ、よ!」


 自信を得たアイシャは、即座に二発目の矢をプリキュ目掛けて放った。

 弓矢の速度は、射手の筋力や弓の性能によって大きく異なる。例えばアーチェリーに使われる弓の場合、放たれた矢は時速二百キロ以上で飛ぶらしい。その威力は厚さ五ミリの鉄板を貫通するというのだから、生身で受ければ十分致死的な一撃だ。

 ではアイシャが放つ矢の速さは如何ほどか。

 アイシャの目測ではあるが……()()()()()()を超えるものだった。一千キロ近いと表現しても過言ではないだろう。音速に迫る超速の矢であり、矢の大きな質量を考慮すれば(今の人類文明では武器というより骨董品の類だが)自動小銃の弾以上の破壊力がある筈だ。ここまでの火力になると、人間が着込める重量の鎧では防げず貫通する。生身に当たれば、命中箇所が千切れて飛んでいく。

 これほどの速さが出た理由は、アイシャの技量や弓の性能ではない。トゲトゲボーと毛髪の強度、そしてこれを極限まで引っ張れるアイシャの筋力に由来する。つまるところ単純な力押し。フィジカルだけで、人類が長い年月を掛けて培った技術を超えてしまったのだ。

 しかもアイシャの身体能力は、惑星シェフィル基準では下の下。弓の性能も逸品とは到底言えない代物である。今よりも身体を鍛え、弓を改良していけば、更に強力な一撃を放てるだろう。

 尤も、それは未来の話。

 今のアイシャの力は、弓矢を使ってようやくシェフィル達に通じる程度のものでしかない。


「コァァッ!」


 正面から撃っても、プリキュは平然とこれに反応。片手を振るい、顔面目掛けて飛んできた矢を薙ぎ払う。手を痛めた様子もなく、平然としていた 


「……………マジかぁ」


 正面から撃っても、プリキュには通用しない。その事実にアイシャは口許を引き攣らせる。

 確かに現代の軍隊ではもっと強力な中性子ビーム銃が歩兵の基本装備だが、普通の生物を殺すだけなら大昔の自動小銃ですら過剰気味。そしてアイシャの放つ矢は、自動小銃を上回る威力である。

 プリキュはその矢を簡単に払い落とした。つまりプリキュは自動小銃ぐらいなら簡単に防げるという事。

 一月近い生活の中で感覚が麻痺していたが、やはりこの星の生物は尋常でないとアイシャは思い知る。尤も、今やアイシャも尋常でない生物の一員。アイシャ自身、音速に迫る矢の動きを目で追う事が出来た。自分より身体能力に優れる生物なら反応出来てもなんらおかしくないと、すぐに冷静さを取り戻す。

 適当に攻撃しても通じない。それは紛れもない事実。

 しかしわざわざ防いだのだ。なら直撃させればそれなりのダメージとなる筈。そしてダメージというのは、単なる傷だけでは留まらない。体勢が崩れれば、大きな隙を晒す事にもなるだろう。シェフィルであれば、その隙に更なる連撃を叩き込むぐらいは出来る。ただ一発の直撃で、勝敗が決する可能性は低くない。

 この考えが正しい証拠に、アイシャが弓を構えた途端二体のプリキュは明らかな警戒を見せた。じりじりとにじり寄ってくるが、プリキュ達はアイシャから意識を外さない。


「(なら、相応の戦い方をするまで)」


 真正面からでは攻撃が通らない相手と戦うには、どう立ち回れば良いか。

 一番簡単な方法は、相手の死角から撃つ事だ。例えば背後からの攻撃を回避するのは、いくらプリキュ達の実力が高くとも簡単な事ではあるまい。正面から馬鹿正直に攻撃するよりは当てやすい筈だ。実際、初撃は奇襲だったのもあるが、背後からの攻撃で命中させている。

 勿論プリキュ達もそれぐらいの事は(知性ではなく本能的に)理解しているだろう。簡単には背中を見せてはくれまい。


「がああああぁっ!」


 だがシェフィルが突撃し、プリキュ達の意識を引いてくれた。全くの無警戒ではなさそうだが、プリキュ達の視線はアイシャからシェフィルへと移る。

 今こそ攻撃のチャンス。アイシャは二体の動きを見ながら、自分の立ち位置を変える。目指すはプリキュの背後。二体ともではなく、どちらか一体の背後を取れれば良い。


「(弓矢は、あと八本)」


 狙える位置に着いたら、服と背中の間に差し込んでおいた矢を取り出す。

 矢と言っても、そこらに生えていたトゲトゲボーを折って作ったものだ。弓と違って材質などはあまり気にせず、大きさと太さぐらいしか選別していない。だがどれも真っ直ぐに伸びていて、飛ばすだけなら問題ないだろう。

 しかし肝心の威力には問題がある。

 一体のプリキュの背後を取ったアイシャは素早く矢を放つ。思った通りプリキュの反応は間に合わず、繰り出した矢は背中に命中。

 そう、命中はした。ところが矢はまるで抵抗なく潰れ、ぐしゃぐしゃに砕けてしまう。


「コゥ?」


 そして攻撃を受けたプリキュは、何があったか気にはするものの、痛がるような素振りはなかった。

 矢にしたトゲトゲボーが脆過ぎて、運動エネルギーを伝えきる前に砕けてしまったのだろう。速ければ速いほど物理的衝撃は大きくなるが、それはぶつかった物体が十分エネルギーを伝えたという前提あっての話。伝えきる前に砕け散っては威力を発揮しきれない。

 勿論全くのノーダメージではないだろう。また、一瞬でも気を引く事が出来ればそれだけでも悪くはない。何より全てのトゲトゲボーが脆い訳ではない。矢として掻き集めたトゲトゲボーはあまり選別をしていないため、材質は極めて多種多様。中には非常に硬く、簡単には潰れないものもある筈だ。もしかすると貫通させる事も可能かも知れない。

 だが攻撃の威力が矢によって左右されるのは大問題。極論止めを刺せる好機にへなちょこな矢が飛んだら、折角のチャンスを逃してしまう。それが起死回生の一手、シェフィルが命懸けで実行した策の結果なら笑うに笑えない。

 だからと言って、今から暢気に矢を選別する暇はない。そもそも選別しなかったのは、プリキュ達がシェフィルを追い詰めていて時間がなかったから。今ものんびりしている余裕なんてない。

 ならば、この不安定さを逆に活かすしかない。


「(触ればある程度の硬さは分かる)」


 残り七本のトゲドゲボーを触り、その硬さを確かめる。

 その中から一番柔らかいものを手に取り、これを次の攻撃で使う。

 本当に一番柔らかいのか? 確信するまで調べる必要はない。兎に角柔らかそうなものを選別出来れば良い。

 これは牽制として放つのだから。直撃しようとしなかろうと、どちらでも構わない。プリキュが攻撃を警戒して回避すれば、シェフィルへの攻撃を減らして有利な立ち回りをフォロー出来る。仮に躱さなかった場合、それはプリキュが矢を脅威ではないと()()()した事を意味する。危険はないと思い込んだところで、背後から必殺の一撃を叩き込めるのだからむしろ望ましい。

 どちらになろうと、悪くはない。

 そう考えながらアイシャは矢を弓の弦に引っ掛けて、力強く引き……狙いを付けて放つ。

 時速一千キロ近い速さで飛ぶ四発目の矢。真っ直ぐに飛んでいったそれは――――プリキュに命中しない方角へと飛んでいた。背面を掠めもしない位置を通っており、これではプリキュがどう動いても命中なんてしない。


「コキュ?」


 あまりに変なところに飛ぶものだから、プリキュの一体が矢の軌跡を目で追ってしまうほど。何かを企んでいると誤解されたらしい。

 結果的にプリキュの攻撃の手が緩み、シェフィルががら空きの足を引っ掛けて転ばせる事が出来た。倒れる瞬間シェフィルはプリキュの顔面に蹴りを一発。打撃の反動を利用して飛び退くように後退し、アイシャの横に並び立つ。

 見惚れるほどカッコいいシェフィルに比べて、自分の矢のなんと情けない事かとアイシャは呆れてしまう。いや、情けないで片付けて良いような、些末な問題ではない。


「(弓矢の性能が、悪過ぎる!)」


 アイシャは弓矢を作り、それは確かに実用的な火力を発揮した。だがその威力は素材となったトゲトゲボーと、自らの身体能力によるもの。

 肝心の品質がどうかと言えば、所詮は素人の作品というのが妥当な評価だろう。

 頑強な素材を選んだつもりだが、それでも弓の芯は力を込めると微かに震える。矢に至っては掴み方次第で曲がり、厳密に言えば真っ直ぐではない。おまけに棘は取ったものの、トゲトゲボー自体はまだ生きているため、時間が経つと再生してしまう。生えてきた棘が弦に引っ掛かれば矢の軌道を狂わす。

 いくら演算力に優れていても、道具自体に不確定要素があっては長距離で当てるのは困難。一発目で命中したのが奇跡に思えた。ある程度の命中率を確保するには五メートル以内、確実に当てるなら三メートルは距離を詰める必要があるだろう。

 弓道体験一日目のアイシャが、数メートルも離れた状態から的確に命中させられるだけでも異常だ。本来長時間の訓練と専門的教育を受けなければ為し得ない技を、人間を凌駕する身体スペックだけで実現させている。対人戦であれば十分驚異的なのだが……いざという時に外れるかも知れないのでは、やはり頼りない。


「(かといって、あんまり近付いたら攻撃される)」


 プリキュはアイシャよりもかなり大きいな身体の持ち主だ。手足もアイシャ達人間よりも長く、前のめりになりながら振るえば二メートルぐらい先まで届く。臀部から伸びる尻尾も同程度の射程はある。

 三メートルも接近すれば、プリキュにとって少し踏み込むだけで十分攻撃可能な範囲だ。これでは『遠距離攻撃』とは言い難い。相手の反撃を常に警戒する羽目になり、迂闊に攻撃出来ないだろう。攻撃の頻度が下がれば、プリキュ達はシェフィルを容赦なく追い込む。これでは敗北が確定してしまう。

 離れたら当たらない。近付いたら攻撃出来ない。

 ジレンマを抱えたアイシャは、どう立ち回るか迷う。迷うが、すぐに決断した。

 戦わなければ勝てない。当たらない攻撃に意味などない。だったら離れるなんて選択肢がある訳もないのだ。死を恐れて逃げ腰になる事こそが確実な死を招く。

 ましてやシェフィルは怪我も死も恐れず、前に出て二体のプリキュと戦っている。愛しい人の姿を見て、どうして自分だけが後ろに下がれるのか。愛する人の努力を、自分の臆病が台なしにするなんて我慢ならない。

 我慢ならないから前進する――――我ながら、ちょっとお馬鹿(非合理)ではないかと思わなくもない。


「(馬鹿で上等! 恋する女は、猪突猛進なんだから!)」


 己を鼓舞して前へと出る。素手でこんな行動をしたなら、ただの阿呆であるが……武器を手にしたアイシャは、決して無力ではない。

 むしろシェフィルと肩を並べて戦える事に、アイシャは自然と笑みを浮かべてしまう。ちらりとシェフィルの方を見ると、彼女も笑っている。

 ただしシェフィルはアイシャの方を見ていない。

 つまりシェフィルはアイシャの笑みに、笑みを返したのではなかった。シェフィルの心を読むなんて出来ないので、本当の気持ちなんて分からない。だがアイシャは思う。

 自分と同じ気持ちだ、と。

 言葉を交わさずとも得られた確信。これ以上に心強いものなどありはしない。自分一人で決意した時よりも力強く、アイシャは前に踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ