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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第五章 シェフィルの秘密

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シェフィルの秘密08

 地下さんとの別れの後、シェフィル達は母に連れられて起源種シェフィルの上を歩いた。

 量子ゲートワープで地上に戻れないのですか? とシェフィルが母に尋ねたところ、答えは出来ないとの事。母曰く、起源種シェフィル周辺の粒子は()()()()()()()()()()()()()()()()()ようで、勝手に動かす事は出来ないらしい。権限云々ではなくパワー負けしているため、こっそりやっても無駄だとか。

 そのため地上へと戻るには、起源種シェフィルが設定した『移動用エリア』まで移動しなければならない。またエリアごとに行ける範囲も制限されているため、移動用エリアから何処でもワープ出来るものでもないとか。今まで案内してくれた地下さんがわざわざ起源種シェフィルの上までやってきたのも、地上へと続く移動用エリアへと向かうには此処を通る必要があるからだ。


「(面倒臭い仕組みですねぇ)」


 シェフィル的にはどうしてわざわざ遠回りをするような仕組みなのかと、首を捻りたくなる。安全を考慮したものらしいが……安全を考慮する割に、その大事な起源種シェフィルの上を平然と歩く訳で。

 ちなみに母も起源種シェフィルの上を、特段気にした様子もなく歩いていた。踏み付ける事に一切罪悪感や慎重さはなく、地上を歩く時と変わらない気軽さだ。


「……ねぇ。一応訊くけど、足下にいるシェフィルはあなた達にとって大切な存在なのよね?」


【はい。我々にとって本体とでも言うべき存在です】


「そんなに大切なら踏ん付けていくのはどうなのよ。もうちょっとこう、丁寧に扱うというか、直接踏まないルートはない訳?」


【存在しますが、選択する理由がありません。我々程度の質量が乗っても、シェフィルにダメージはないのですから。それよりも個々が通行すれば、シェフィルの状態を簡易的に診察出来るため、積極的に通る方が合理的です】


「ながら、で作業するの絶対良くないと思う」


【専門のメンテナンス担当はいますし、我々は演算能力の分割が可能です。不足はあれど、半端な事にはなりません】


 アイシャと母は他愛ない会話を交わす。

 合理的な母らしい答えだ。数学的思考に中途半端や配慮はなく、問題なければ『問題ない』というだけ。シェフィルとしては同意出来る、というよりそういう価値観の下で育ってきたので頷ける。

 対してアイシャは少し眉を顰めている。人間の価値観としては、アイシャの方が普通なのだろうか。大切なものは、例え壊れないと分かっていても踏まないものなのだろうか。

 ……考え方に違いがあると思うと、何故か胸がざわざわするとシェフィルは感じた。なんだか落ち着かない。アイシャと考え方が違うからといって、なんだというのか――――


【ところでシェフィル。一つ確認したいのですが】


 訳の分からない感覚。そこに意識を集中させていたシェフィルは、母からの突然の問いに驚いて跳ねてしまう。

 普段らしからぬ行動に母のみならず、アイシャも注目してくる。普段と違う行動をすればそうなるのは当然なのだが、アイシャの視線に気付くとどうしてか顔が熱くなってしまった。


「ふひゃい!?」


 ややあって出てきた声も、珍妙な鳴き声染みたもの。

 シェフィルの謎行動に、母は一瞬考え込むように動きを止める。とはいえ大した異変ではないと判断したようで、そのまま本題であろう話を切り出す。


【あなた達は地下に来てから、何かしらの生物を殺害しましたか?】


「え? そうですね、お腹が空いたので一体だけですが仕留めてます。何か問題でしたか?」


【問題と言えば問題です。何時殺したかにもよりますが、もう一体殺害した場合、あなたは駆除されていたでしょう】


「駆除、ですか?」


 首を傾げるシェフィルに、母は何時もと変わらない淡々とした言葉で説明する。

 曰く、シェフィル達が惑星中核近くで出会った数々の生物は、大部分が『メンテナンス端末』という役割を担っているらしい。主な作業は起源種シェフィルの表皮の掃除、成長が著しい部分に栄養を運搬、壊れた通路の修復等々。

 今は地上で原種返りが暴れた影響で、通路の幾つかが崩落している。このため大勢のメンテナンス端末が修復に向かっているそうだ。シェフィル達が遭遇した大群も、修復作業のため集結していたものらしい。

 このメンテナンス端末は形態も大きさも千差万別であるが、全て起源種シェフィルの体細胞から直接生成された存在との事。人体で例えれば、免疫細胞や毛母細胞に該当するという。本質的には起源種シェフィルそのものだ。

 即ちメンテナンス端末への『攻撃』は、起源種シェフィルへの攻撃と同じ。

 相手の置かれた状況や意図、認識などは一切考慮しない。自分に損害を与えたという事実のみを、起源種シェフィルは考慮する。いや、そうでなければならない。もしも本当に有害な存在による攻撃ならば、直ちに排除しなければ損害が大きくなってしまうのだから。

 とはいえ何事も不本意なミス――――『うっかり』はあるもの。例えば大きなメンテナンス端末が、小さなメンテナンス端末を踏み潰すような事故は時折起きてしまう。このようなミスも許さず攻撃者を排除した場合、メンテナンス端末を無駄に浪費する事になりかねない。端末一体など起源種シェフィルからすれば細胞一つぐらいなものだが、積み重なれば大きな損耗となってしまう。

 そこで排除対象を認定する時には、一つの条件を設けている。

 「一定時間内に二体殺したか」というものだ。具体的には五時間以内に二回殺傷行為を行った場合、排除対象にするという。起源種シェフィルに対してなんらかの害意があれば簡単に満たす条件であり、本当にうっかりであれば早々起きない展開である。勿論二連続でうっかりをやらかす、或いは緊張でドジを踏むような『間抜け』も中にはいるだろうが……そのような間抜けは生かしていても損だからさっさと処分した方が良い。


【排除対象になれば、則座に攻撃が行われます。攻撃の強さには段階があり、最初は簡易な防衛担当が出向きますが……駆除出来なければ攻撃レベルは適時上がり、最終的に我々が出向きます。そのような事態は滅多に起こりませんが】


「……なーんか嫌な予感がしたから、警戒しといて良かったです」


 最後まで一切の感情的揺らぎもなく言い終えた母に、シェフィルは少し表情を引き攣らせながら答える。

 もしもシェフィルが攻撃対象となったら、母は自分を守ってくれるだろうか? 恐らく、多少は庇ってくれるだろう。この星の生物、起源種シェフィルも例外なく持っているであろう()()()()()()()()()()という本能がある以上、母は自分の遺伝子を継ぐシェフィルを保護するように動く筈だ。

 しかし起源種シェフィルには逆らえないのも事実。

 いざ母達に攻撃の指示が出れば、その時はなんの躊躇いもなく攻撃してくるに違いない。自分の子を殺すのか? 無論、必要ならば行う。生物が自分の子を殺さないのは、その方が自分の遺伝子を増やす上で合理的な行動だからに過ぎない。逆に、殺した方が長期的に見て多くの子孫を残せるのなら、淡々とそうする。合理的な母は、子の殺処分になんら躊躇いなどしないだろう。

 尤も、シェフィルはその事にショックなど覚えない。母が選ぶであろう行動が合理的なのは理解しており、同じ立場なら自分もそうすると思うからだ。筋の通った理屈に動揺するほど、シェフィルは非合理的な考えなどしていない。

 何より、要は此処で生き物を殺さなければ良いというだけの話。シェフィルはもう一回殺してしまったら排除対象になるだろうが、別に起源種シェフィルに対し何かしようとは考えておらず、また殺した一体のお陰で腹も満たされている。地上に帰るまで何かを殺すつもりはない。強いて言うなら小さな生物をうっかり踏み潰さないよう、気を付けるぐらいだろう。


「う、ぅう……」


 ところがアイシャはそう考えられないようで、怯えたように身体を縮こまらせていた。


「アイシャ、大丈夫ですか?」


「う、うん……ううん、やっぱ怖い。だって、何かを踏んでも駄目なんでしょ。私、やらかさないか心配で……もしかしたら、もうやっちゃってるかも知れないし……」


 尋ねてみれば、アイシャは不安を吐露する。知らないうちに小さな生き物を踏んでしまうのではないか、気付いていないだけで既に一回の猶予を使い切っているのではないか。最悪の可能性が否定出来ず、怖がっているらしい。

 確かに、その可能性は否定出来ない。惑星中核付近に落ちてからこれまでの道中で様々な生き物を見たが、ごく少数ではあるものの体長数センチ程度の生物もいた。このぐらいの大きさなら裸足であるシェフィル達は踏めば気付きそうなものだが……しかし恐怖や混乱、極度の緊張状態にあれば意識が向かず、うっかり踏み潰している事もあり得る。そして今まで『二回』という制限を知らなかったので、潰した事実を記憶しようとも思っていない。忘れている可能性は低くないだろう。

 もしもはいくらでも思い付く。しかしそうした考えは無駄だ。

 知らないうちに何かを踏み殺していた場合、それを知る術はない。知らないのだから当然であるし、確かめようにも来た道を戻るのは(誤って踏み殺す可能性を考慮すれば)大きなリスクだ。大体現実を正しく理解したところで、やる事は何も変わらない。この場所で生き物を殺さないようにする事だけ。調べに行っても無駄であり、むしろリスクを背負うだけになる。

 合理的なシェフィルにはそれが出来る。だがアイシャは感情を重視してしまう。感情的思考は合理的判断を妨げる。生存率を上げるためにも、その考え方は止めた方が良い。

 何より……不安になっているアイシャの姿を見ていると、シェフィルは胸がざわつくのを覚える。どうにかしてあげたくて、話し掛けずにはいられない。


「アイシャ。不安になる気持ちは分からなくもありませんが、気にしても仕方ありません」


「それは……分かっている、けど、でも」


「ええ、落ち着けと言うだけでは足りないのは分かります。ですから」


 シェフィルはアイシャの手をそっと掴む。手を繋ぐと、自分の鼓動が強く、早く波打っているとシェフィルは感じる。

 また原因不明の不調だ。だけど今、そんな事はどうでも良い。困惑や、よく分からない気持ちを奥底に押し込む。


「私があなたを守ります」


 それから告げた言葉に、今度はアイシャが言葉を詰まらせた。ぼっと顔が赤くなり、口をもごもご動かして、最後に目を逸らす。


「……顔が良い上に恥ずかしげもなく言ってくれちゃって」


「? アイシャ?」


「本心だって分かると、尚更ドキドキしちゃうし。ああ、私ちょろいなぁ……」


 ぶつぶつと呟くアイシャ。小声で上手く聞き取れないが、不平不満でない事は今までと違って穏やかな顔付きを見れば分かる。

 それだけでシェフィルは不思議と嬉しくなって。


「……………アンタの言う通りね。あんまり怖がってちゃ変な失敗もしそうだし、それなりには前向きにいかないと」


 アイシャがにこりと微笑んでくれたなら、こちらも満面の笑みを浮かべてしまうほど嬉しくなる。

 尤もそんな二人の笑顔は、アイシャの足下からぷちゅりと音が鳴った瞬間に消え去ったが。

 熱い気持ちがさっと引いていく。アイシャもすっかり意気消沈。青ざめた顔を俯かせる。


「……………ごめんなさい」


「え、あ、いや、まだ諦めるには早いですよアイシャ。これが一回目なら全然問題は」


【警報が発令されました。どうやらアイシャはこれで二回、生物を殺していたようです】


 希望を見付けようとするシェフィルだったが、母の無残な一言がそれを打ち砕く。

 力なく項垂れたいところであるが、そんな時間的猶予はないだろう。すぐに対応を取らねばならない。

 そう、例えば母から急いで離れるなど――――


【シェフィル。三つ伝えておきます】


「え。あ、はい」


 『最優先』かつ最大の脅威である母の事を考えていたところ、その母から呼び掛けられる。思わずドキリとしたが、話し掛けてきた、という状況に安堵も抱く。もし母がアイシャを駆除するつもりなら、声の一つも出さず攻撃を仕掛けるだろう。母の実力であればアイシャもシェフィルも一撃かつ不可避の攻撃で仕留められるのだから、小細工を弄する方が非効率だ。

 論理的な予想通り、母はアイシャを攻撃しない。そして前置き通り、三つの話を伝えてくる。


【一つ。アイシャの行動について、先程私から映像記録及び事情を提供。我々全員に共有しました。アイシャとあなたに我々と敵対する意思がない事、これから地上に向かう事も含めてです。結果として、我々が出向いて駆除する必要はないと判断されました】


 つまり母が自分達を殺しに来る事はない。これはとても大きな朗報である。原種返りとの戦いで見せたように、母達の強さは圧倒的だ。襲われたら勝ち負け以前に抵抗すら儘ならない。母達が敵対しないというだけで、生存率が少なくともゼロではなくなったと言えよう。


【二つ。ですがこれ以上私があなたを助ける事は出来ません。帰るための道案内と地上への転送は行いますが、何かしらの脅威が迫った時、私から保護はしません。あなた達で切り抜けなさい】


 二つ目は母からの援護がないという話。

 これも頷ける。母達は敵対しなくなったが、しかし起源種シェフィルに損害を与えた以上、アイシャは『有害』な存在と評価されている。死にそうならばそのまま死んでもらう方が合理的。なのに保護などすれば、結果として「有害な存在に力を貸した」事となる。あくまでも起源種シェフィルの手足である母にそんな行動は取れない。

 シェフィルもここに不満をぶつけるような真似はしない。むしろ案内と地上への転送(此処から追い出す事)はしてくれると言うのだから、ありがたいぐらいである。不満や怒り、不信感をぶつけるのは非合理の極みだ。

 二つ目まではシェフィルとしても納得がいくし、不自然だとも思わない。


【そして三つ目。下級駆除システムが作動したようです。間もなくアイシャを殺すため、多数の『下級戦闘体』がやってきます】


 ただ三つ目の話については、ちょっとどうにかしてほしい気持ちもあったが。


「……母さま達は動かないのに、それは来るんですか」


【はい。我々最上位の戦闘体は、優れた戦術眼も必要なためある程度の知性を持ち合わせています。このため情報に応じた、臨機応変な対応が可能です。ですが下級戦闘体に知能はありません。刺激に対し一定の行動を返すだけ……本能だけの存在です。単純な免疫細胞と同じようなもので、シェフィルでも細かく制御する事は不可能です】


「そ、そんな……ど、どうしたら……」


 ガタガタとアイシャは声と身体を震わす。顔色も悪く、明らかに恐怖に心が支配されていた。

 襲ってくる生物がいる。それは止められない。襲われる側であるアイシャが怯えてしまうのは、致し方ない事かも知れない。

 しかし怯えていても状況は変わらない。考えるべきはこれからどうすべきか、どのように振る舞うか――――生き残るために思考を巡らせる事だ。

 シェフィルも例外ではない。


「(アイシャを殺させる訳にはいきません……!)」


 シェフィルにとってアイシャは現状唯一の同種であり、そして繁殖相手である。彼女が死んでしまったら繁殖が行えず、自分の遺伝子を増やせない。それどころか次の相手が何時現れるか分からず、このまま遺伝子が絶えてしまう可能性もある。

 それだけは避けねばならない。例え自分の命を危険に晒すとしても、繁殖不可能という最悪の事態を避けるためなら仕方ない……本能は明確にアイシャの『保護』を訴えかける。

 シェフィルの心も自らの衝動に異論などない。彼女を守る事が、生物として最も合理的な行動だと理解している。

 だが、その合理性を上回る衝動が胸から込み上がる。

 アイシャを失いたくない――――そこに利益も何も付属していないのに、どうしようもなく身体を突き動かす衝動が。


「アイシャ!」


「ひゃひ!?」


 怯えるアイシャの手を、シェフィルはがっちりと掴む。いきなり手を掴まれたアイシャは驚きの声を上げたが、衝撃の大きさ故か怯えや恐怖心も吹き飛んだようだ。

 それで良い。アイシャが怖がっていると、何故か自分の胸もきゅっと締め付けられる。


「先程約束した通り、私がアイシャを守ります。ですからアイシャ、どうか怖がらないでください。あなたが怖がっていると、私はとても……胸が、締め付けられるような気持ちになりますから」


 素直に、思うがままに、自分の本心を明かす。

 果たしてアイシャはその言葉をどう受け取ったのだろうか。今まで恐怖心により青みがかってすらいた顔が、一気に赤くなっていく。顔も逸らしてしまった。

 何か怒らせてしまったのだろうか。その事に不安を感じ、不安を感じる『合理的理由』のなさも相まって今度はシェフィルが戸惑ってしまう。するとアイシャはきゅっとシェフィルの手を握り返す。


「……うん。頼りにしている」


 次いでアイシャがぽそりと呟いたのは、そんな一言。

 ただ自身の気持ちを言い表しただけの言葉。だがその一言で、シェフィルの中から不安な気持ちが吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ事にも合理的理由はないように思えたが、今度は戸惑いすら感じられず、やっぱり今の自分は何かがおかしいとシェフィルは思う。そしてそんな事がどうでも良くなってしまうぐらい、シェフィルは身体と精神に力が宿るのを感じる。

 けれども力と共に温まった身体は、すぐに氷よりも冷たくなった。

 自分達が通ってきた道――――背後から、強力かつ無数の気配が迫ってきているのだから……

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