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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第五章 シェフィルの秘密
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シェフィルの秘密07

「シェフィル……それに、全ての起源……?」


【まず、シェフィルという生命体について話しましょう】


 訳が分からない。その気持ちが滲み出ているアイシャを、地下さんは巻き付けていた触手から解放。ついでとばかりにシェフィルも解放する。

 それからおもむろに歩き出す。

 勿論大地のように存在する、地下さん曰く全ての起源であるシェフィルを踏み付けながら。大事にするどころか、踏む事に迷った素振りさえもない。それから呆けて立ち止まるシェフィル達の方を振り向いて、【どうしましたか】と尋ねてくる。

 どうやら全ての起源とやらは、客人が踏み付けても問題ないらしい。

 確かに、相手は地平線すら見えるほど巨大な存在。シェフィルやアイシャが踏み付けたところで、小さな虫が歩いているようなものだろう。踏み付けるだけでなく、転んだり暴れたりしても大した傷は付くまい。無論、地下さんが暴れるのを許容するとは限らないが。

 なんにせよ遠慮はいらないとシェフィルは駆け足で地下さんの後を追い、シェフィルに引っ張られる形でアイシャも小走りで進む。地下さんは何も言わず、踏まれる生物も微動だにせず。シェフィル達が追い付いたら地下さんは動き出し、そして語り始めた。


【シェフィルはこの星の中核に存在する生命体です。シェフィルが属する種は、長い年月を掛けて原種から進化しました】


 かつて、原種と呼ばれている生物が、本来の生息地の『外』に出てしまった。

 生息地と異なり、外の環境はエネルギーが非常に少ない。故に身体能力を退化させ、少ないエネルギーで生きられる形質へと進化した。

 進化したのだが、適応方法はこれだけではない。

 結局のところ問題は、エネルギー不足によって次世代を生むまで生きられない事なのだ。身体能力を低下させ、エネルギーの消費量を抑えるのはあくまでも手段の一つ。生物進化というのは原則的に、問題が解決すればやり方はなんだって良い。

 起源たるシェフィル……起源種シェフィルと呼ぼう……の祖先が選んだやり方は、()()()()()()()()()を体表面に棲ませる事だった。


【起源たるシェフィルは原種から引き継いだ、二つの能力を持ち合わせています。一つはエネルギーの吸収能力。そしてもう一つはエネルギーの生産です】


「エネルギーの生産……? それは普通の代謝というか、何かを食べて、そこから活動のためのエネルギーを生み出す事とは違うの?」


【はい。シェフィルには消費した分以上のエネルギーを、空間から創り出す能力があるのです。原種が強大な力を使えたのもこの能力の効果だと考えられています】


「……………それって、エネルギー保存則に反してない?」


【はい。一般的な物理法則に反した力であり、シェフィルの特異な能力と言えます。この能力を使用すれば、食物連鎖により物質を循環させるだけで、起源たるシェフィルの活動源である熱エネルギーを無から生成出来ます。詳細な原理は、我々であっても未解明です】


 地下さんの答えに、アイシャは二の句が継げないとばかりにあんぐりと口を開く。次いで何かを言おうとしているのか、口をパクパクと喘がせる。

 流石のシェフィルも、この話には驚く。

 地下さんの話は、端的に言えば「惑星シェフィルの生物は無からエネルギーを生み出せる」という事だ。シェフィルは『科学』を知らないが、物理法則ぐらいは理解している。というより理解していなければ、この星の生存競争で生き残る事は出来ない。他の生物は物理法則(世界のルール)を活用して生きているのだから、ルールすら知らなければ戦いの土台にすら立てない。

 エネルギーを生み出すには、何かを消費しなければならない。無からは決して生まれない。それぐらいの基礎はシェフィルも理解しているつもりだったが……どうやら自分達の身体は、その基礎を根底から覆しているらしい。


「(地下さんの言い方からして、惑星シェフィルの生物はみんなやっているようですが)」


 尤も、驚きの力であるが、全ての生物がやっているなら特別ではない。物理法則というのは、シェフィルが思うほど絶対ではなかったというだけの話だ。

 それに、恐らく言葉で言うほど便利な力ではない。今の話から推測するに、無からエネルギーを生む能力は、起源種シェフィルどころから原種の頃から持ち合わせている力だ。

 しかし際限なくエネルギーを生み出せるなら、「原種は強過ぎるためエネルギー不足で生きられなかった」という前提が成り立たない。その生み出したエネルギーで代謝を維持すれば良いのだから。恐らく、生産量が代謝と比べて不足しているか、直接利用しようとすると効率が著しく悪いかのどちらかなのだろう。

 言葉のインパクトほど、大した力ではないのかも知れない。そう思うとシェフィルの興奮していた気持ちは、すぐに落ち着きを取り戻す。


「……成程。あの時の話は、こういう事だったのね」


 意外にも、アイシャもすぐに落ち着きを取り戻していた。

 自分の力よりアイシャの反応の方が驚きで、シェフィルはついつい凝視。アイシャは怪訝そうに見つめ返す。


「……何よ、その目」


「えっ。あ、いえ。こういう時、アイシャは結構わーわー騒ぐイメージがあったので、何故今回は落ち着いているのかなーっと」


「ハッキリ言ってくれるわね。まぁ、確かに少し前の私なら騒いだかもね。でも前にあなたのお母さんから話を聞いていたから、心の準備は出来ていたのよ」


 アイシャ曰く、少し前に母と交わした話の中で、似たような事を言われていたらしい。

 それは冬を越し、二人の無事を見に来た母と話していた時だ。あの時母はシェフィル達が空間から膨大なエネルギーを引き出していると話しており、そこからアイシャは無からエネルギー生成している可能性を考えていたらしい。

 あの時は色々あって追求・議論出来なかったが、惑星シェフィルの生物が持つ力について考察はしていた。その考察通りの情報だったので、驚愕しないで済んだのである。それでも物理法則(人類の叡智)に反する能力なので、多少の動揺はあったらしいが。


【話を続けましょうか】


 シェフィル達が話を理解したと判断したのか。地下さんは話の続き――――シェフィルの『起源』について語る。

 起源種シェフィルの祖先が選んだ生存戦略、体表面に生物を棲ませてそこからエネルギーを貰う……一見して効果的な作戦は、大きな問題を抱えていた。

 起源種シェフィルの祖先を含めて、原種というのは極めて利己的な生物である事だ。徹底的に自己の利益こと、自らの遺伝子の増殖を追求する。おまけにかつてより衰えたとはいえ、その生存能力は宇宙空間でも問題なく暮らせるほど高い。このため住処が崩壊しても殆ど困らない。体表面に生息する小さな生物であっても、体調不良などで宿主が弱れば容赦なく食い尽くそうとしてくる。

 そんな中で起源種シェフィルの祖先が選んだやり方は、自分の体細胞クローンから共存相手を『生成』するというものだった。

 自分と同じ遺伝子を持つのであれば、どれだけ利己的でも自分を裏切る事はない。むしろ自己の命を犠牲にしてでも、より多くの子孫を残せるならば宿主である自分に尽くす。この戦略は大成功し、起源種シェフィルの祖先はエネルギー枯渇による絶滅の危機を脱した。

 更に繁栄する中で起源種シェフィルの祖先は大型化。より多くの体細胞クローンを棲ませ、より多くの子孫を残せるように進化していく。

 更に、()()()()()()()()()()()()()()個体も現れた。

 自分と同じ遺伝子を持つクローンは絶対裏切らない反面、多様性が殆どない。それはつまり同じ場所に棲み、同じ餌を食べるという事。広い食性を持てばあらゆるものを食べられるかも知れないが……分解酵素を作るための巨大な臓器、強靭な顎などで基礎代謝が増え、生きるために大量の餌が必要となる。餌が大量に必要だと、個体数を増やせない。住処や必須元素などが重複すれば、個体数が抑制される事もあるだろう。

 逆に多様な遺伝子を持てば、様々なものを食べ、様々な場所に暮らすようになる。他の生物を食べるような種も生まれるだろう。すると一種辺りの個体数は少ないが、膨大な種が一ヶ所で暮らす事となり、結果的に一つの種が支配している時よりも多くの生物が生きていける。数が増えればその分生成されるエネルギーも多くなるので、こちらの方が得られるエネルギーは多い=より多くの子孫を残せるようになるという訳だ。

 とはいえこれはクローンの利点、自分と同一だからこそ絶対に裏切らないという特徴を捨て去るのと同義。非常に危険なやり方でもある……筈だった。

 ところが長い進化の中で、起源種シェフィル達の祖先は大きく身体能力を退化させていた。宇宙空間で生存は出来るが、自由に飛び回るほどの力はもう残っていない。何もない空間で生態系を築く能力はなく、安定した環境構築には『大地』が必要になっていた。更に祖先の身体は星に匹敵するほど大きくなり、体格差を活かせば反逆したクローンも然程脅威ではない。クローン達が独自の進化を遂げ、自分と異なる遺伝子を持っても、裏切りに遭う可能性はほぼなくなっていた。


【そうして体細胞クローンに独自進化を許した個体の系譜が、起源たるシェフィルの一族です。地上に生息している生物も、元を辿れば起源たるシェフィルの体細胞に由来します】


「……成程ね。道理でシェフィルのお母さんが、星も生物も自分自身もシェフィルと呼ぶ訳だわ。同じ細胞から生まれた存在なんだから」


【その認識で問題ありません。我々は役割が違うだけで、本質的には一つの個体と言えます。例えば我々は免疫細胞のようなものです】


 地下さんは話はそこで一旦止まる。シェフィル達が理解したか、確かめるようにこちらを見ていた。

 シェフィルとしては、納得出来た。むしろ色々な『謎』が解けて、スッキリした気持ちになっている。食べ物として生まれた存在らしいが、それだって熱エネルギーを吸われているだけ。直接的に食い殺される訳ではない。

 また、母達が原種返りを倒す理由も察せられた。原種の力を取り戻した個体は、惑星シェフィルの生態系を容易く破壊する。それはエネルギーを生む生物の減少を意味し、起源種シェフィルにとって不利益だ。故に排除する。例え自分が死んだとしても、『シェフィル』が繁栄するのであれば問題はない。

 アイシャも、ややあって小さなため息は吐いたが、落ち着いていたので今の話に納得しているようだ。


「……………なんというか、ここまで想像を超えてくると逆に冷静になれるわね。惑星サイズの生物なんて、今の人類にとっても驚きもんのやつだし。というか今の話の通りなら、起源たるシェフィルって一体だけじゃないわよね?」


【はい。このシェフィルについては血縁が他に七体存在しています。総個体数は不明ですが、天敵となる生物がいませんので、誕生してからの世代数を考慮すれば相当数存在するでしょう。シェフィルには次元跳躍能力のあるため、別宇宙の個体もいるでしょうが、そちらについては把握も出来ません】


「うーん。さらっととんでもない能力が明かされたわね? そしてこんな話を聞いても、宇宙って広いなって思うだけになってる。私も随分とこの星に毒されちゃったわねー」


 やれやれと肩を竦め、アイシャは自嘲気味に笑う。

 ――――随分逞しくなったと、シェフィルは思う。

 この星に来たばかりの頃のアイシャは、些細な事でわーわー騒いでいた。今でも怖がりなのは変わっていないが、それはこの星について知らず、環境にも慣れていないが故の臆病さ。無意味な感情論ではない。

 昔と比べれば、間違いなくアイシャは逞しくなっている。まだまだ一人では生きていけないが、料理などで生活に寄与する姿はもう『役立たず』なんかではない。優れた生存能力の持ち主だ。

 繁殖相手としてとても魅力的になった。ますます彼女との間に子孫を残したいと、シェフィルの本能は訴えている。

 なのに。


「(なんか、顔が熱い……)」


 それを考えると、身体が熱を帯びてくる。鼓動が早まり、思考が停滞していく。

 明らかな不調だ。こんな状態では大型生物に襲われた時、隙を突かれて殺されてしまう。そう思っているのに、不思議とこの感覚が居心地良いのもまた不気味に思えた。

 幸いと言うべきか、今、自分達の傍には地下さんがいる。母と同じ種族であればその戦闘能力はこの星で最高峰のものだろう。傍にいる今は最も安全な状態だ。つまり周囲への警戒を止め、会話に集中しても問題は起こらない――――『合理的』に考えたシェフィルを意を決し、アイシャに自分の状態を伝えようと口を開く


【シェフィル。こんなところに居たのですね】


 が、その瞬間に割って入った声に驚き、がちんと口を閉じてしまう。

 結果的にとはいえ話を『邪魔』されたが、怒りは湧いてこない。自分の名を呼ぶ、この声の持ち主なんて一体しかいないのだから。シェフィルは今まで抱いていた考えを頭の隅に寄せ、声が聞こえた方へすぐに振り返る。


「母さま!」


 思った通り、そこにいたのは母だった。アイシャには見分けが付かないのかキョトンとしていたが、シェフィルには分かる。

 母に表情なんてものはないが、何処か安堵したような雰囲気を纏っている。触手のうねり方も、心なしか普段よりも優しそうだとシェフィルには見えた。


【地上部分の崩落後行方が分からず、探すのに苦労しました。報告がなければ、もうしばらく探していたかも知れません】


「報告?」


【私が行いました。あなた達の存在は聞いていましたから、連絡しておいた方が良いと判断しました】


 シェフィルが首を傾げると、地下さんがそう答える。

 地下さんのお陰で母とも再会出来た訳だ。シェフィルとしては感謝した方が良いと思うのだが、どうしてだろう……母はなんだか不愉快そうな雰囲気を纏う。


【どうだか。あなた、私の娘と分かった途端に道案内するとか言い出して、絡みに来たではないですか】


【興味を惹かれたのは否定しません。我々の遺伝子を引き継いだ上に、シェフィル以外の生物に由来する遺伝子を持つ個体ですからね。何かしら興味深い特徴があるのではと期待していました】


【気持ちは理解しますが、あなたはどうにも好奇心を優先しがちです。此処に連れてこず、私に連絡して待機するのが一番効率的ではないですか】


【どの道この場所には来るのです。連れてきても問題はないでしょう。加えて我々の起源を理解していなかったようなので、それについても話しておこうと思いまして】


 母と地下さんは問答を交わす。両者とも言葉は淡々とした、感情の起伏が一切ないもの。しかしなんとなくだが、シェフィルはその会話が『ふざけ合っている』ようにも思える。

 悪友、というものだろうか。同種の友達がいた事のないシェフィルには、言葉は知っていても感覚だとよく分からないものだ。


【全く。ああ言えばこう言う。昔から変わりませんね……兎も角、此処からは私が引き継ぎます。シェフィルの繁殖も近いのですから、あなたは真面目に働きなさい。健康管理担当から外されますよ】


「ぴっ!? はは、は、繁殖って、ま、ま、まだ私達は恋愛関係じゃないわよ!?」


【私は何時でも真面目です。作業規定値以上はやりませんが。そういうあなたも働いてはどうです? あなたの作業水準、最底辺と聞いていますが】


【私は戦闘担当なので休憩も労働時間に含まれます。ですからスケジュール計算では、作業規定値を大幅に超えています。あなたとは違って】


【昔から誤魔化すのが上手ですね】


【あなたほどではありませんよ】


 母の言葉に、地下さんは淡々(飄々)とした物言いで答えるだけ。何故かアイシャが動揺していたが、母達はアイシャの態度を気にもしない。

 母はいよいよ呆れたと言わんばかりに触手を動かし、シェフィルとアイシャの手を掴む。先程言っていた通り、母がこの後を引き継ぎ、シェフィル達を地上まで連れ帰ってくれるのだろう。

 母からすれば面倒な輩なのかも知れないが、シェフィルとアイシャにとって地下さんは自分達を案内してくれた恩人。おまけにこの星とシェフィルの……誰も隠していた訳ではないだろうが……秘密も教えてくれた。母達の気質を思えば自分達にも利益があったからというのが大前提だが、シェフィル達にとって有り難かった事に違いはない。


「此処まで案内してくれて、ありがとうございましたー」


【問題ありません】


 感謝を伝えると、地下さんは簡素な言葉を返すだけ。しかし母はその言葉に反応するように、シェフィルの手に巻き付く触手を強める。

 母達は合理的であるが、嗜好や考え方がない訳ではない。個体差だってあるので、気の合う個体もいれば、合わない個体もいる。ましてや母は一族の中でも割と愉快な性格らしいので、色々『感情的』な行動をする時が儘ある。

 それでも大抵は合理的で、無感情に振る舞うのだが。だからこうも露骨に嫌がる母の姿は、かなり珍しい。

 地下さん(悪友)と一緒だと何時もこんな感じなのだろうか。知らなかった母の一面を垣間見えたような気がして、少しシェフィルは嬉しくなった。そんな風に母の事ばかり考えていたから、というのもあってか。


【言い忘れていましたが、シェフィルの繁殖は間もなくです。地上に出たら、安全な場所の確保を優先する事を勧めます。では】


 地下さんが別れ際に告げてきた言葉に、シェフィルは反応するのが一瞬遅れてしまう。

 そしてその意味を問おうとした時には、もう地下さんは量子ゲートワープを用い、この場から姿を消していたのだった。

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― 新着の感想 ―
星そのものが巨大な生き物………まるでマーベルコミックに出てくる『エゴ・ザ・リビングプラネット』みたいですね。 しかも、『星に生きてる生き物も、元々は惑星の細胞から生まれた存在』という………ある意味『超…
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