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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第五章 シェフィルの秘密

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シェフィルの秘密02

 自然物と人工物を見分けるには、どういった点に注目すべきか。

 人間社会を見た事がないシェフィル ― 厳密に言えばあるだろうが、新生児の頃の記憶は全く残っていない ― には分からない……なんて事はない。彼女自身が人間であり、種類は少ないが生活に使うための『人工物(道具)』を作っている。また人間ではないが、他の生物の作り出す巣なども、手を加えるという意味では人工物の類だろう。

 それらと自然物を比較すれば、ある程度は識別するための基準を見出せる。具体的には、整っているかどうかだ。

 自然物もある程度は整った形を取る。例えば大きな岩であれば、なんらかの理由で転がるほど角が取れて丸みを帯びるように。しかしその整った形も、様々な要因により力がランダムに変化するため、どうしても不規則な凸凹は残ってしまう。生物が手を加えたものなら、この凸凹を意図的に均す事が可能である。よって整っていればいるほど、自然物ではない可能性が高いと言えるだろう。

 そうした前提で考えると――――シェフィル達の周りに広がる空間は、自然物とは到底思えなかった。

 シェフィル達がいる場所は落ちてきた岩が積み重なっているため、歪な小山になっている。崩落した岩が高く積み上がっているが、綺麗な山なりではなく、山あり谷ありの複雑な地形だ。正に『自然』な産物である。

 対してシェフィル達から少し離れた位置にある、この場所本来の地面は、小石一つ分の段差も見られないほど平坦になっていた。艷やかで硬質な見た目からして、なんらかの鉱物で出来ているらしい。それでいて切れ目は見られない。

 またこの場所は天井と壁がある、所謂洞窟のような構造なのだが、その幅は五十メートル程度で一定。おまけにシェフィルの目には寸分の歪みが見られないほど真っ直ぐ伸びている。数百メートルほど奥には曲がり角も見えるのだが、どうやらきっちり九十度の直角だ。壁や天井にも切れ目はなく、全てが一枚の素材で作られているらしい。紋様はおろか、傷一つ見られない。シェフィル達が見ている方の反対側は、崩落してきた岩に埋もれたためどんな作りか観察出来ないが、恐らく同じ構造が続いているのだろう。

 完璧な、完璧過ぎて寒気がするほどに、整然とした空間だった。


「(いや、ほんとなんですかねこれ? 整い過ぎじゃありません?)」


 今シェフィル達の目の前に広がる空間は、正しく測ったかのような整い方だ。しかも地面・左右の壁・天井の四方向が全て狂いなく同じ作りをしている。

 自然物はランダムな力の産物。だから確率や環境条件次第では、極めて整然とした構造物を作る事はあり得る。あり得るが、ここまで整ったものが偶々誕生する可能性は皆無。ゼロとは言わないが、もっと『現実味』のある可能性を考えるべきだろう。

 それに、壁や床に傷がないのも気になる。本当に自然の産物なら、長い年月の中で材質の劣化などから傷や亀裂がある筈だ。ところがこの場には、小さな傷すら見当たらない。なんらかの流体が通るなら、それによって研磨される事もあるだろうが……全てが凍り付く惑星シェフィルに、幅数十メートルの空間を埋め尽くすほどの液体や気体が生じるとは考え難い。

 故に、この場は生物の手で作られたと考えるべきだ。しかしそれでも疑問は残る。


「(こんな几帳面な生き物、私は知りませんね)」


 巣穴を掘る生物は、惑星シェフィルにも幾つか生息している。だが、いずれの種であっても、ここまで綺麗に加工するものではない。補強などはするが、崩れなければ十分と言わんばかりの雑なもの。凸凹があっても全く気にしない。

 何故なら無秩序を秩序だった構造へと変えるには、エネルギーが必要だからだ。用途以上に形を整える事はエネルギーの無駄遣い。必要であれば徹底的に綺麗にするが、そうでなければ徹底的に雑なのが生物由来の構造だ。

 ここまできっちり、一部の隙もなく綺麗に『巣』を作る生物など、シェフィルは知らない。無論シェフィルは惑星シェフィルに生息する全ての生物を知っている訳ではなく、絶対にいないとは断言出来ない。しかし論理的に考えれば、そんな生物がいるとは言い難い。


「こ、これ、何かの文明の建物……なのかしら……?」


 消去法で考えていくと、一番現実的なのはアイシャが言うように文明を持った存在――――人間のような知的生命体が遺したもの、だろうか。

 あり得ないとは、シェフィルは思わない。

 惑星シェフィルが積み重ねてきた年月は、シェフィルの命とは比にならない長さだ。そこに暮らす生物の歴史も極めて長く、たくさんの生物が生まれ、同じぐらいたくさんの種が滅びた。時代と地域によって惑星シェフィルの環境は異なり、当然適した生き方も異なる。

 ならば時代と地域によっては、知的生命体が繁栄出来る環境があったとしてもおかしくない。

 そして知的生命体が今、当事者どころか末裔すら見られない事も不思議ではない。何万年、何十万年も前に絶滅したなら、その子孫が進化の中ですっかり姿形や生態が変わっている可能性もある。或いは、末裔の種すら残らず絶滅したかも知れない。地上に文明の痕跡が確認出来ないのも、生物の活動により分解されたとすれば然程違和感はないだろう。

 とはいえ、疑問点もある。


「うーん、どうでしょう。母さまからそんな生き物の話は聞いた事がないのですが」


 人間が知的生命体なのは、母も把握している。

 だから過去に知的生命体や文明があったなら、それについて教えてくれたと思う。何故なら知的生命体の『生き方』を参考にするのは、知的生命体であるシェフィルにとって生存率を高める方法となるからだ。母は自らの遺伝子を受け継ぐシェフィルの生存を望んでいるので、有益な情報を出し渋るとは考え難い。


「なら、そのお母さんの種族が作ったものかも。あなたのお母さん達なら、文明を持つだけの知能はあるでしょ?」


「あー。確かにその可能性もありますね」


 しかしアイシャから指摘されて、その可能性もあると考えを少し改める。母の一族は極めて合理的で、尚且つ知的だ。無数にある触手を用いれば道具を作るのも難しくはないだろう。シェフィルも幾つかの道具は母と一緒に作り方を考えたので、『道具』の概念も持ち合わせている。その気になれば、文明の一つ二つ興せるだろう。

 だが母達にそんな気があるとは、シェフィルには思えない。何故なら母達はこの星で圧倒的な強者だからだ。

 シェフィルが文明の利器(道具)を作る時というのは、何かしらの危機から身を守るためである。獲物や敵を倒すための武器、食糧を保管するための容器、排泄物を処理する場所……これらは生活を安定させ、生命の危機を遠ざけてくれる。

 しかし必要ないのであれば、わざわざこういった道具を作る必要はない。むしろ道具作りに手間と時間を掛ける分、却って非効率な行動となってしまう。

 母達は桁違いの強さを持つため、天敵もいなければ気候により命を脅かされる事もない。インチキ染みた生理機能により冬の間も自由に動き回り、人類文明が作り上げた機械さえも難なく平らげてしまう。流石に幼体は大型生物に殺される事もあるらしいが、それだって稀な出来事。母のような成体は、原種返りのような異例の事態を除けば死ぬ事はない。あらゆる危険と無縁な母の一族には、文明(道具)を作る理由が全くないのだ。

 それにうろ覚えだが、以前、母はこの星に文明はないと言っていた気がする。このような構造物を作り、利用しているなら、それは文明と呼ぶのではないか……


「(今度会ったら訊いてみますか)」


 そこまで考えて、シェフィルは考えるのを止めた。気にはなるが、考えたところで情報を持たない自分達では答えに辿り着けないだろう。

 加えて、母は質問すればなんでも教えてくれる。隠し事や嘘を吐かれた事など一度もない。この構造物についても、訊けば教えてくれるという確信がシェフィルにはあった。だったら自分であれこれ考えるのは、エネルギーの無駄というもの。

 それよりも今考えるべき、エネルギーを使うべき事柄は、これからの行動方針についてだ。


「……ま、この場所については今度母さまに訊いてみましょう。それより、まずは此処がどんな場所か調べましょう。安全とも限りませんし」


「あ、うん。確かにそうね……それに調べれば、地上へと続く道が何処にあるかも分かる筈……!」


「んー、それについてはあまり期待しない方が良いかと。少なくとも私が暮らしていた地域に、地下深くへと通じる洞窟とかはありません。なら、地上への通じるもないと考えるべきかと」


「そ、そんな……」


 シェフィルが悪い可能性を告げると、アイシャは酷く不安そうな表情を浮かべる。地上に戻れないなんて、考えたくもないと言いたげだ。

 しかしシェフィルも意地悪でこんな事を言ったのではない。アイシャに話した通り、地上に地下への入口がない以上、地下から地上へと出口もない筈だ。願望と現実を混ぜ合わせたら、正しい判断は下せない。

 そもそも、である。

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「なんかショックを受けてるみたいですけど、別に地上への出口がなくてもどーでも良くありません?」


「良くないわよ! だって……」


 反論しようとしたアイシャだったが、その口は空回りするばかり。中々言葉が出てこない。

 反発してから、思い出したのだろうか。

 シェフィル達がこの地下深くまで落ちる前、二人の家である洞穴は原種返りによって跡形もなく吹き飛ばされた事を。今更身体を休められる場所はない。地上に戻ったところで新たな住処探しをしなければならず、だったら地下でそれをやっても変わらないというのがシェフィルの考えだ。むしろ無理して地上に戻るぐらいなら、大人しく此処に留まるべきだろう。

 勿論、それは此処で生活が出来るという前提あっての話。食べ物となる生物がいなければ長居は出来ないし、危険な種が徘徊しているならやはり地上へ戻るべきだろう。しかし両方の問題がなければ、此処に居座るのも悪くない。


「私だって出来れば地上に戻りたいとは思っていますよ。暮らし慣れている地上の方が、生き残る確率は高いでしょうから」


「……………うん。でも、今すぐ戻る必要は、ない、わね……」


「そーいう事です。今は生きるのを優先しましょう。地上を目指すかどうかは、すぐに決めなくても大丈夫ですよ」


 自分の考えを伝えると、アイシャはこくんと頷く。表情から拒否感も消え、今しばらくこの地に居続ける事を決意したようだ。

 そんな風に決意させてから、シェフィルは此処に居続けるのはちょっと好ましくないな、とも思い始めたが。


「(どーにも居心地が良くないんですよねぇ。寒気がすると言いますか)」


 どうやら身体の熱が、地上よりも大きく失われているらしい。

 惑星シェフィルにはエネルギー吸収の性質がある。その強さは時期だけでなく、場所によっても大きく異なるものだ。地下深くの吸熱量が地上より多くとも、なんら不思議ではない。

 別に、それ自体は問題ではない。食べ物さえ十分であれば生きていける。だが『寒い』環境では、生きるだけでも多くのエネルギーを消費するため、あまりたくさんの生物が生きていく事は出来ない。食べ物が豊富にある可能性は、あまり高くないだろう。


「(総合的に考える必要はありますが、今のところ評価は良くない、って感じですね。地上に繋がる痕跡があったら、優先して調べるとしますか)」


 楽観はせず、けれども悲観はせず。

 客観的に現実を見定める。此処に住むかどうか、無理をしてでも地上に戻るかどうかは、様々な情報を集めてから決めるべきだ。


「とりあえず、今は寝床と食べ物探しを優先しましょう。勿論地上への出口があったら、それも優先して調べますよ」


 アイシャが望んでいるであろう方針も付け加えれば、すっかり彼女の顔色は良くなった。口許には笑みが戻り、気持ちを持ち直したらしい。

 対してシェフィルは顔を引き締める。

 此処はシェフィルにとって未知の環境だ。文明的な構造の中で、適応的な形質や判断なんてさっぱり知らない。つまり此処に暮らす生物がどんな生態の持ち主であるか、どんな身の守り方をしているのかも分からない。

 小さな生物は安全に食べられるのか、大型種はどうやって獲物を捕らえるのか。何時、どんな形で、自分達に『死』が訪れるのか。

 何も知らないからこそ、地上にいた時よりも警戒する必要がある。僅かな違和感も見逃さないよう、シェフィルは集中力を高めていく


「ええ。行きましょ」


 が、その気持ちは一瞬で霧散した――――アイシャが手を握ってきた途端に。


「わひゃあっ!?」


「? どしたの?」


「へぁ? え、て、手を」


「え? ……あ、ごめんなさい。なんか此処が知らない場所だと思ったら、心細くなって、つい?」


 シェフィルが言いたい事を察し、アイシャはその手を離す。

 シェフィルとしては、決して不快だった訳ではない。むしろ手放された今、無性に名残惜しいとすら思う。

 ただ、心臓が急にばくんと動いた事に驚き、思わず変な声が出てしまった。いや、本来ならばこれも変な話だ。手を握られただけだというのに、どうして心臓が激しく波打ったのか。加えて先の声は、自分でも聞いた事がないような珍妙なものであったし、そもそも出そうと考えてすらいない。声帯のコントロールが出来ていない証明だ。

 この先にはどんな危険が待っているか分からない。そんな場所でなんだか分からない症状を抱えてうろちょろするなんて非合理の極みだ。不安定な状態に陥らないよう、アイシャとの接触は一旦控えておくべきだろう。


「えっと、嫌だったら止めるけど」


「いえ。嫌ではありません。むしろ逸れるといけませんから、ちゃんと握っておきましょう」


 そこまで考えていたのに、アイシャから出た意見をあっさりと否定。ぎゅっとその手を握り締めてしまう。

 口から出た意見は合理的なのだが、考えていた事と全く違う発言が出てくるのは極めて非合理。というより身体と頭が別々に動くのは、一瞬の判断が生死を分ける生存競争では致命的だ。

 しかし。


「(別にアイシャが関わらなければ何時も通りなんですし、今はこれで良いです、よね……?)」


 手を握ってしまったら、合理的な思考は頭の片隅に追いやられてしまう。それと何故か胸の奥がポカポカするような気持ちになる。

 訳が分からない。どうにかした方が良いと思う。だけど手から伝わるアイシャの体温に溶かされるが如く、小難しい考えは時間と共に失せていく。

 数秒もしたら、シェフィルはアイシャの手を大事に握りながら見知らぬ領域を歩き出した。

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