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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第四章 侵略的祖先種
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侵略的祖先種14

 星を揺さぶるほどの、大爆発。

 電磁波ビームの一撃により引き起こされたそれは、シェフィルが今まで見た中で最も巨大で激しいものだった。あまりにも大きな振動により、シェフィルでさえ立っている事が出来ない。

 ぺたんと座り込んだまま、シェフィルは朦々と舞い上がる黒煙を眺める。

 最早獣達の雄叫びは聞こえない。肉片が落ちてくる事もない。恐らく、母の攻撃によりマール達は跡形もなく吹き飛んだのだろう。

 この巨大な爆発は、勝利の証なのだ。


「……流石です母さま!」


【全く。思った以上に梃子摺りましたね】


 シェフィルの称賛の声を受けても、母は特段喜んだ素振りもない。むしろ本当に疲れたような様子を見せる。

 喜びよりも疲れの方が色濃いのは仕方ない。母の身体はボロボロだ。勝利したからといって傷が綺麗サッパリ消える訳ではない。この程度であれば母ならすぐに再生するだろうが、それには資源とエネルギーが必要である。戦いが終わってからも体力は消耗していく。

 だから母が疲れている事は納得出来る。

 シェフィルが納得出来ないのは、母の仲間が何時まで経っても来なかった点だ。記憶が確かなら、母は仲間を呼んでいた筈。母の同族ならば量子ゲートワープが使えるため、ある程度近くにいればほぼ一瞬で此処に来れる。

 ところが何時まで経っても母の仲間はやってこない。これは一体どういう事なのか。危うく母が死ぬところだったと思うと、シェフィルは無性に腹が立ってきた。


「それにしても、母さまの仲間は結局来ませんでしたね。応援を呼んだのに」


【まぁ、仕方ありません。どうやらあの個体だけではなかったようですし】


「……へ? 原種返りって、あの二体だけじゃなかったのですか?」


【ええ。応援要請の後にですが、あの親個体の子供と思われる個体との遭遇が報告されています。どうやらまだ六体いて、それらの対応に追われていたようです】


 不貞腐れてシェフィルがぼやくと、母から新たな情報が伝えられた。

 六体という数を聞き、シェフィルは驚きで目を丸くする。しかし考えてみれば、決して不自然な話ではない。大きさや食性、形態から考えるに、マールという種族は本来食われる側の生き物だ。一度に産む子供の数がある程度多くなければ、天敵に全て食われて絶滅してしまう。

 今回親マールと一緒にいた個体は、子供達の中で一番未熟な個体だった……のかも知れない。詳細は母達に聞かねば分からないが、終わった今となっては事細かに訊く必要はあるまい。


【六体の駆除も完了したようです。ひとまず、今回出現した原種返りの根絶は完了ですね】


 母の言葉を聞いて、シェフィルは身体から力が抜けてへたり込んでしまった。

 命の危機、自体は何時も感じている。しかし此度の危機は何時もの比ではない。戦いの緊張感は凄まじく、それが解けた反動か、四肢から力が抜けてしまう。

 立ち上がるには、もう少し体力の回復を待つ必要があるだろう。


「おーい、シェフィルーっ!」


 故にシェフィルは自分の名を呼ぶ声――――戦いの終わりに気付いて駆け寄ってきたアイシャの声を聞いても、身体はすぐには動かせず。


「おや、アイシャ。もう大丈夫で、ありゃ?」


「って、シェフィル!? どうしたの!? 怪我でもしたの!?」


 なのに無意識に立ち上がろうとした結果、すとんと尻餅を撞いてしまい、アイシャに心配されてしまった。アイシャはすぐ傍まで駆け寄ってくると、シェフィルの顔を覗き込んでくる。

 その目は潤み、頬は赤らんでいる。

 心配している顔なのは一目で分かる。だからすぐに元気である事を教えれば良いのに、今のアイシャの顔があまりに『可愛らしい』もので、シェフィルは思わず息を飲んでしまう。言葉が詰まるどころか、何故かこちらの頬が熱くなるのを感じた。

 今、自分の中に沸き立つ気持ちはなんなのか。

 シェフィルはそれを表現する言葉が分からない。分からないが、アイシャを心配させてしまった事を思うと胸が痛む。


「だ、大丈夫です。ちょっと、疲れただけですから」


「本当? なら、良かった……無事で、本当に……」


 どうにか言葉を絞り出すと、アイシャは心底安堵したように頬を弛めた。

 笑顔を見ると、心臓が跳ねる。

 バクバクと音が聞こえてくるほど脈拍が加速していた。これが初めての事なら、疑問だけで終わるのだが……しかしどうにもここ最近、アイシャが何かすると体調がおかしくなっている気がする。本当に、自分の身体は一体どうしてしまったのだろうか。いくら考えても答えが出てこない。

 『人間』に詳しいアイシャなら、この疑問に答えられるだろうか。意を決して尋ねようとするシェフィルだったが――――

 何故か、母の視線が気になる。


【どうしましたか、シェフィル。体調が良くないのですか?】


「い、いえ! なんでもないです!」


 しかも母に問われて、無意識に誤魔化してしまう有り様。母に聞かれて困る事でもないのに、非合理だと思うのに、聞きたい事が口から出てこない。

 結局、アイシャに自分の変調について尋ねる事は出来ず、シェフィルは自分の気持ちを抑え込むしかなかった。


「ああ、もう、ほんと良かったぁ……遠くから見てたけど、滅茶苦茶な戦いだったから、シェフィルが無事か心配で心配で。原種返り、だっけ? なんなのよあれ」


【名前の通り、我々の原種に近い形質を持った状態で生まれた個体です。あれでも本来の原種と比べれば格段に弱いのですが】


「……シェフィルからも聞いたけど、本来の原種ってなんなのよ。マジで宇宙空間を移動出来る感じなの?」


【ええ、可能だとされています。実際のところ、今の我々にもそれぐらいは出来ますが。何分宇宙空間よりもこの星の方が環境は過酷なので、食糧問題さえ解決出来れば、全てのシェフィルが他の星まで移動出来ます】


「あー、うん。そうよね、理論上そうよね……」


 シェフィルがもじもじしている間、アイシャと母は難しい話を始める。自分の不調について伝えていないのだから無視されて当然であるが……アイシャと母が二人だけで話していると、なんだか胸の奥がぐずぐずとした、嫌な気分になってしまう。


「(うーん。私、本当にどうしてしまったのでしょう?)」


 話に混ざれないのもあって、シェフィルは一人で考え込んでしまう。

 そう、考えていた。かなり真剣に。


【そもそもシェフィルは現時点で宇宙空間を移動しています。人間の用いる単位に換算すると、秒速三百キロほどでしょうか】


「へ? ……それこの星の移動速度じゃん。それ言い出したら太陽系も銀河を秒速二百キロ以上で動いてるから、人間だってその速さで動いてる事になるわよ」


【ですが恒星系の移動は慣性によるものです。自発的に運行軌道を変える事はないでしょう?】


「いやー、今の人類なら星の公転軌道を変えるぐらいやれなくは……ちょっと待って。それ、まるでこの星が」


 真剣だったから、二人が交わしていた会話の殆どが頭に入ってこず。

 それどころか、突如起きた地震への反応も、母どころかアイシャよりも遅くなってしまった。


「きゃっ!? え、地震!?」


【いえ、この星に地殻変動はありません。恐らくシェフィルの活動によるものでしょう。ただ、この辺りの地盤は先の戦いで脆くなっていますから、揺れるのは好ましくありませんね】


「ね、ねぇ、さっきから気になっていたんだけど、もしかしてシェフィルって」


 『地震』の原因を確かめようとしてか、アイシャは母を問い詰めようとする。


【おっと】


 だがその問いを最後まで言う前に、母は量子ゲートワープを用いて瞬間移動してしまう。

 無論、それはアイシャの話を途中で打ち切るためではない。

 母の足下にあった大地が突如として崩落したからだ。しかも少し陥没したという程度ではない。崩れた地面の下に巨大な『穴』が見えるほどである。

 この大穴は、母とマール達の激戦により生じたのだろうか。原因は不明であるが、二つだけ確かな事柄がある。

 一つは穴が途方もなく大きく、そして底が見えない事。

 そしてもう一つは、穴は急速に拡大し、シェフィル達の下までやってきた事だ。


「え? わ、わわわっ!?」


 色々と鈍いアイシャでは、崩落から素早く逃げ出す事が出来ない。崩れ落ちる足場から離れられず、大穴へと落ちていく。

 ここでシェフィルが素早く手を伸ばせば、アイシャを捕まえる事が出来ただろう。そして彼女の手を引き、無理矢理にでも連れてこの場から離れる事も不可能ではなかった筈だ。

 しかしシェフィルは今、考え事をしていた。それもかなりしっかりと、胡座を掻いてどっしりしながら。お陰で大地の崩落に気付いたのは、僅かだがアイシャよりも遅い体たらく。

 いくら素早い反応速度と優れた身体能力を持ってきても、気付きが遅くては意味がない。


「……あら? あらあららー?」


「ちょ、シェフィルぅーっ!?」


 これといった行動も起こせぬうちに落ちるシェフィル。助けてくれると期待していたのかアイシャが悲痛で情けない叫びを上げたが、叫んだところでシェフィルがパワーアップする事もなし。

 我に返ったシェフィルには、素早くアイシャを抱きかかえる事しか出来ない。崩れ落ちてくる岩を足場にして跳躍を続けるも、地上まで登るには至らず。


「あ、こりゃ駄目ですね。諦めて安全に着地しましょう」


「あ、安全に着地って、それ結局落ちるって事じゃあああああ!?」


 シェフィルは体力の温存を考え、無駄な挑戦を諦めた。叫ぶアイシャは一旦無視して、二人揃って大地の奥深くへと落ちていく。

 そこにこの星の『秘密』が眠っているなんて、露ほども思わぬままに――――

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