侵略的祖先種13
高エネルギー電子の射撃は、ほぼ光速で飛ぶ。秒速に直せば、約三十万キロもの速さだ。
対して惑星シェフィルに生息する『普通の生物』の走る速さは、速くとも精々秒速数十メートル程度である。持久力はあれども瞬発力がないシェフィルはもっと遅い。
更にこれらの生物が有する動体視力は、普段生きている上で『不自由』がない程度の水準だ。高性能な感覚器は多くのエネルギーを消費するため、過剰な身体能力は無駄を通り越して不利となるからである。そもそも視認するのに用いている電磁波が光速で飛ぶのだから、光速に匹敵する速さ移動するものを認識するには速度が足りない。放たれた、と分かった時にはもう命中しているのだから。
では、シェフィルは光速で飛ぶ高エネルギー電子の一撃を回避する事は出来ないのか?
否である。
「ぐうぅううっ……!」
手を伸ばせば触れる事が出来そうなほどの至近距離。そこで思いっきり身体を捻りながら、子マールから見て右側へとシェフィルは跳ぶ。
逸らした身体の横を、高エネルギー電子が飛んでいく。撒き散らされる光の圧でシェフィルの身体は飛ばされたが……直撃は避けた。掠めるだけであれば致命傷とはならない。
「ムキュゥウイッ!」
どうにか回避したシェフィルを追うように、子マールは頭を振るう。高エネルギー電子の濁流が、遠方の大地を薙ぎ払い、巨大な爆発が一直線に並ぶ。
これに対しシェフィルは、素早く『上』に跳んだ。子マールの頭上に達したシェフィルは放たれた光圧により加速。瞬時に子マールの背後へと回る。
加えて撒き散らされた光の眩しさもあって、子マールはシェフィルの姿を見失った。キョトンとしたようにその場で固まってしまう。
すぐ我に返り、振り向こうとするが――――シェフィルは合わせて動き、子マールの背後にぴたりと付く。ぐるぐると二周はし、子マールは困惑したように鳴いた。それでも閃光を放つのは止めず、大地に巨大な傷が刻まれていく。
「ほいっ」
その光景を後ろから見ながら、適当な石を拾い、シェフィルは子マールが放つ閃光へと投げ込む。後ろから突然やってきた石に子マールは反応出来ず。
全てを薙ぎ払うように放たれていた閃光により、投げ込まれた石が分解。莫大な熱量と気体を生み、衝撃波の形となって周囲に広がる。石が小さいので『大爆発』というほどではないが、シェフィルからすれば十分危険なものだ。
ただしその直撃を受けるのは、閃光を眼前で生み出している子マールだが。
「ムキュゥイッ!?」
衝撃波をもろに受けて、子マールの身体が宙を舞う。短い足をジタバタさせるが、空を飛べない以上無駄な抵抗でしかない。地面に背中から激しく墜落する。
衝撃波が来ると分かっていたシェフィルは渾身の力で踏ん張り、更に子マールを盾にしたため飛ばされずに済んだ。即座に走り出し、起き上がろうとする子マールの下に駆け寄る。
「(よし! これで五秒は稼ぎました! あと三十二秒!)」
頭の中でしっかりと、母が示した時間までの秒数を数えながら。
自分を一撃で跡形もなく吹き飛ばす、しかも連射可能な攻撃を繰り出す相手から三十七秒間逃げ回る。
普通ならばまず不可能な行いだ。実力差を考えれば一秒稼げれば御の字であろう。しかしシェフィルは、今のところではあるが子マールからの攻撃を躱す事が出来ていた。それも(油断出来るほどではないにしても)かなり一方的に翻弄する形で。
これほどシェフィルが子マールを翻弄出来ている『理由』は、子マールの動きが鈍く、そして分かりやすいから。
例えば高エネルギー電子の砲撃をする時、子マールは顔の位置を真っ直ぐ目標であるシェフィルに定める。恐らく顔の正面からしか高エネルギー電子の砲撃が行えないからだろうが……だとしても狙いを合わせた傍から撃とうとすれば、発射タイミングを察してくれと言っているようなものだ。
高エネルギー電子は亜光速で飛ぶが、子マール自体は光速で動く訳ではない。反応速度も光速に対応出来るほど瞬間的なものではなく、狙いを合わせてから一瞬のタイムラグがある。
この隙にシェフィルは攻撃が直撃しないよう動いているのだ。至近距離で戦いを続けるのは、動く距離を少しでも短くするための作戦である。
そしてこのような立ち振る舞いが許される理由は、子マール自身の『生い立ち』にあるとシェフィルは考えていた。
「(思った通り、経験不足ですね!)」
子マールが生まれてから今に至るまで、どのような生涯を送ってきたか。
そんなものは当然、つい先程マール達と出会ったシェフィルには知りようもない。しかしこれまで見せてきた強さ、それと惑星シェフィルにおける『一般論』から大凡想像は付く。
子マールも親マールも、その強さは圧倒的だ。二対一とはいえ母を劣勢に追いやる力は、他の生物では太刀打ち出来るものではない。シェフィルのような、ある程度優秀な身体能力を誇る生物ならば多少逃げ惑うぐらいは出来るだろうが……どうやっても傷は与えられない。毒は効くかも知れないが、それだって食べなければ良いだけの話。毒針が通るほど、その身体を覆う守りは柔くない筈である。
どんな敵であっても、この二体の命は脅かさない。
するとマール親子は、敵との戦い方を学べない。学べる訳がない。隙を晒しても痛い目を見る事はなく、敵の動きを予想する必要さえもない。目の前にいる邪魔者を、さっと閃光を放つだけで何もかも解決するのだ。むしろ学習という、情報処理にエネルギーを費す方が非効率ですらある。
よってマール達は、互角以上の敵との戦い方を知らない。考えた事もない。ただ力を振るうだけで勝てるのだから、今回もそうするだけ。
対してシェフィルは数多の強敵と戦ってきた。不本意ではあるが、勝ち目のない相手との戦闘経験だって一度や二度ではない。多くの経験を積み、学び、様々な戦い方を習得してきた。逃げ方や立ち回り、技だって一つ二つではない数のやり方を知っている。
こうした経験値の差が、絶望的な戦闘能力の差を埋めているのだ。子マールがどれだけ閃光を放とうと、その攻撃を見てきたシェフィルには当たらない。苛立つように(そんな高等な感情は持ち合わせていないだろうが)閃光を連射しても、発射の予兆そのものに変化がなければ同じ事。攻撃がどんどん苛烈になっても、シェフィルは子マールを翻弄するように避け続ける。
……とはいえ。
「(それも、何時まで続けられるか分かりませんが……!)」
子マールの持つ技は、高エネルギー電子の砲撃だけではない。シェフィルが逃げようとしてきた時に放ってきた、光の刃などの技もある。
いや、あんな小手先の技を使わずとも、高エネルギー電子を自身の足元に撃てばそれで済む。確かな高エネルギー電子の砲撃は直撃しなければシェフィルも死なないが、砲撃着弾地点で起きる爆発でもシェフィルは粉々に吹き飛ぶ。先程だって、子マールを盾にしたからどうにか耐えられたのだ。
未だそうしてこないのは、自爆を恐れてか、はたまた単純に思い付いていないだけか。前者ならまだ良い。合理性故に、三十秒後まできっと恐れ続けてくれるだろう。だが後者だと、何時気付くか分からない。思い出したように子マールの顔が地面を向いた瞬間、自分の死が確定する。
懸念事項はこれだけではない。
確かに、子マールには戦闘経験と呼べるものがない。しかし今、子マールはシェフィルと戦っている。シェフィルは子マールにろくなダメージも与えられていないが、『攻防』を繰り広げるという意味では間違いなくこれは戦いだ。
即ちこれを続ければ、子マールはどんどん戦いの経験を積んでいく。加えて経験による成長は、そいつが未熟なほど急激なもの。今、子マールはかつてない早さで成長している筈だ。
シェフィルが誇っていた経験の差は、現在進行系で小さくなっている。相対的に優位性は失われていく。
「厶……ゥキュウウゥゥゥ!」
その成長度合いを示すかのように、子マールは新たな技を繰り出す。
全身が眩く発光し始めたのだ。最初は電磁防壁を強化したようにも思えたが……シェフィルの本能は何か、違和感のようなものを覚える。
今まで近接戦闘を意識していたが、本能の『警告』に従いマールとの距離を開けるシェフィル。その行動は正解だった。
もしも近くで戦いを続けていたら、子マールが全身から放った光に飲み込まれていただろう。
「ムキュアアアアアッ!」
雄叫びと共に放たれる閃光。咄嗟に三メートルは離れたにも拘らず、光圧によりシェフィルの身体は更に一メートル以上後退させられる。
だが、重要なのはそんな事ではない。
全方位に光が放たれたという事は、高エネルギー電子の全方位射撃がされたのだ。照射時間は一秒に満たない。光が収まった後、子マールを中心にクレーターのような地形が出来上がっている。もしも至近距離に留まっていたなら、大地と同じようにシェフィルも消し飛んでいただろう。
攻撃の威力については、大した問題ではない。元々閃光に直撃すれば即死なのだから、今更クレーターが出来る威力に驚いたりしない。射程に関してはむしろ短くなっており、高々三メートル離れれば無事で済むのだからむしろマシな方。だからこの攻撃そのものは、シェフィルにとって然程脅威ではない。
問題なのは、この技は今まで繰り出していた高エネルギー電子射撃の欠点を補うものである事。
「(今までは正面に閃光を放つばかりでしたが、今度から至近距離や背後も気を付けなければ……!)」
技が一種だけなら対応は簡単。その技に対応する立ち回りを常にすれば良い。何が来るか分かっていれば、攻撃の予兆を読むのは容易い事だ。
しかし技が二種類、それも有効な距離の異なる攻撃をしてくるとなれば簡単にはいかない。遠ざかれば遠距離攻撃に撃ち抜かれ、近付けば近距離攻撃によって吹き飛ばされる。遠近どちらかに留まる事は出来ず、相手の技によって立ち位置を的確に変えなければならない。
攻撃が耐えられる程度のものなら、自分にとってより安全な立ち位置を維持するという戦略もあるだろう。だがマールの攻撃はどれも必殺の一撃。当たればどんな攻撃だろうと終わりだ。全てを躱す必要がある以上、特定の立ち位置に固執するのは自殺行為と言わざるを得ない。
「ムキュゥ!」
苦悶の顔を浮かべるシェフィルの前で、子マールは眼前に光を集め始めた。
射撃してくると予測し、シェフィルはすぐに距離を詰めた。すると子マールは閃光を止め、全身を微かに光らせる。今度は離れてみれば、子マールは苛立つように大地を蹴る。
直後、何かを閃いたかのようにぴたりと止まった。
次いで子マールはシェフィルが離れているにも拘らず、全身を煌めかせ始める。そしてあろう事か、シェフィル目掛けて走り出してきた!
「ぐっ……!」
シェフィルは思わず顔を顰め、唸ってしまう。逃げられてしまうのなら近付けば良い。単純だからこそ効果的な『立ち回り』。今までただ撃ちまくるだけだったのに、自ら動く事を覚えてしまった。
子マールが纏う光も、高エネルギーの電子である。あの輝く身体に触れれば、こちらの身体が分解されてしまうだろう。肉薄など以ての外。シェフィルは全力で後退する。
しかし子マールの方が速い。更にシェフィルは子マールの動きを把握するため、後ろ歩きの体勢で逃げており普通に走るよりも格段に遅い。シェフィルと子マールの間にあった距離はどんどん詰まり……二メートルを切った
瞬間、シェフィルは立ち止まる。大きくしゃがみ込むような体勢を取り、足に渾身の力を溜める。
そして渾身の力で大地を蹴り、子マール目掛けて前進した!
「ムキュ!」
シェフィルのこの行動は、子マールにとって想定外だったのだろう。声を上げつつ子マールは身を強張らせている。
所謂様子見。悪い選択ではない。相手が何かをやろうとしている状況では、その何かを知るため一旦情報収集に注力するのは合理的な行動だ。
シェフィルがその行動を予測していなければ、という前置きは必要だが。
身体を強張らせた事で、子マールは俊敏な動きが取れなくなった。かといって一瞬で立ち止まれるほど、駆け出した勢いは弱くない。結果一直線に進み、左右に動く事が出来ない。
対してシェフィルは、子マールの正面から僅かに逸れるコースを走っていた。
肌が焼けるのを感じるほど、高エネルギー電子の近くを通る。恐怖はない。今まで何度もこれを用いた攻撃を目にして、その影響範囲をシェフィルは把握しているのだ。戦いの中で学習・成長していたのは、子マールだけではない。
焼けた肌はほんの上っ面だけ。それもすぐに再生し、斑模様の傷は綺麗さっぱり消える。見た目無傷のシェフィルは掠めるように、子マールの真横を通り過ぎる事に成功した。
「ム、キ」
子マールはすぐに立ち止まって方向転換。身体の光を一旦消し、新しく閃光を生み出し……シェフィルを見据えた。
距離が離れたならば撃ち抜くのみ。実に有効な作戦だ。そして一旦全力疾走したら、簡単には方向転換など出来ない。シェフィルはそのまま離れるように走るしかなく、子マールにとっては間違いなくチャンスであろう。
しかしこの状況を想像出来ないほど、シェフィルが積んできた経験は少なくない。これもまた予想通り。
「ふっ!」
子マールが振り返ったタイミングを狙い、シェフィルは先程しゃがんだ時に掴んでいた雪を投げ付ける!
雪玉と閃光が接触し、熱と衝撃波が撒き散らされた。子マールは至近距離でこれを受け、衝撃でひっくり返る。シェフィルも大きく飛んだが、予測していたもので体勢を崩しはしない。二本の足で着地し、すぐに動ける体勢を維持した。
ただ、少し距離が開き過ぎている。
「(離れ過ぎましたか! 一旦近付かなければ)」
離れていては射撃を避けられない。『最悪』を考え、シェフィルは再度の接近を試みる。
予想した通り、起き上がるや子マールは改めて閃光を放ち始めた。離れていては避けられない。更に距離を詰めようとシェフィルは走った
瞬間に、想定外が起きる。
発射寸前の閃光が、子マールの身体に取り込まれたのだ。そして子マールの身体は、一瞬にして眩い光を放ち始める。
「ぐっ……!?」
失態に気付き、唸るシェフィル。
今まで子マールは、高エネルギー電子射撃から近距離放射へと切り替える際、必ず一旦止めてから再度撃ち出す準備をしていた。だからシェフィルは次の攻撃を予測し、立ち回る事が出来た。
ところが今の子マール、発射寸前のエネルギーを取り込む事で即座に別の使い方へと転換。これにより事前動作なく異なる技を発動させている。所謂フェイントを子マールは獲得したのだ。
このまま肉薄すれば、放出した光にシェフィルの身体は飲まれてしまう。
今からでも距離を取れるか? 極めて困難だ。まだシェフィルの身体は前進する体勢にあり、距離を取るには一度止まり、それから後退へと転じなければならない。シェフィルの反応速度なら一秒と掛からずに出来るが、それは子マールも同じ。方向転換は恐らく間に合わない。
ならばこのまま直進し、すれ違うか? これは論外だ。恐らく、子マールは既に近距離の閃光を放つ準備が出来ている。更に接近すれば、それこそ超至近距離、回避不可能な位置で攻撃を放ってくるだろう。予想外の行動に驚いて子マールの身体が強張れば一か八かに持ち込めるが、シェフィルはもう敢えて近付くという作戦を使ってしまった。今からやっても、子マールにとっては想定内の行動に過ぎない。
足下の雪を蹴り上げるか? 唾でも吐いてみるか? 他の作戦も考えてみるが、上手くいく絵面が想像出来ない。
たった一度のミス。
普通の生物との戦いであれば、読み合いで相手が勝つ事など珍しくもない。向こうだって幾つもの生存競争に勝ち抜いた強者であり、相応に優れた演算能力を持っているのだから。ましてや戦闘経験が乏しいから子マールを翻弄出来ていた訳で、経験を積んでいけば何時か読み合いに負けるのは必然。
何をどうしても、シェフィルにこの攻撃は凌げない。そして一発でも受ければ、シェフィルの身体は跡形もなく消し飛ぶだろう。
「(やっぱり、避け続けるのは無理でしたか)」
力の差を思えば、敗北は確定していたようなもの。だからシェフィルはそこに後悔なんてしない。分かりきっていた結果にあれこれ思うほど、シェフィルの頭脳は非合理的ではないのだから。
それに。
「(或いは、母さまはここまで読んでいたんですかね。うん、やっぱり私の母さまは凄い)」
今この瞬間に、数えていた『三十七秒』が過ぎたのだから。
「ムギャッ!?」
全身を輝かせていた子マールに、何かが激突する。
ぶつかってきたものは、子マールよりも一回りぐらい大きな代物。速度も速く、子マールの身体が浮かんだ。
そして蹴飛ばされた小石のように、子マールの身体が何十メートルと転がっていく。放とうとしていた閃光は止められなかったようで、空中で炸裂する事となる。
真横から受ける光圧。シェフィルは足腰に力を込めてこれに耐える。身体が押し潰されそうな、強烈な力……しかしシェフィルはその中で笑みを浮かべてしまう。
「母さま!」
待ち望んでいた母の『助け』が、ようやく来たのだから。
【期待通り、三十七秒持ち堪えてくれましたか。よくやりましたね】
振り向いた先に現れる母。その姿は傷だらけだ。触手は何本か千切れ、体表面に出来た傷から透明な体液がどろどろと零れていた。
痛々しい姿であるが、しかし悠然とした立ち姿の前ではむしろその『強さ』を引き立てる。それにこの程度の怪我、母ならすぐに再生する筈だ。シェフィルは傷の心配よりも、母の強さに見惚れてしまう。
シェフィルが我を取り戻したのは、触手の一本が頭を撫でてからだ。尤も、ふにゃふにゃと頬を弛ませてしまうが。
「へへへ……」
喜びつつも、シェフィルはちらりと子マール達の方を見遣る。
ひっくり返った子マールは、ジタバタと暴れていた。何かが身体の上に覆い被さり、上手く動けないらしい。
しばらくして蹴飛ばし、体勢を立て直す子マール。自分の動きを邪魔した『何か』を見る。
それが自分の母親だと気付いた子マールは、凍るように身体を強張らせた。
「ム、キュ、ウゥゥウウ……!」
親マールはまだ生きている。そう、生きてはいるのだが……四本あった足は一本残らず千切られ、まるでイモムシのような状態になっていた。身体には内臓が飛び出すほどの傷口が幾つもあり、あちこちから体液が流れ出ている。
これほどの怪我を負っても、親マールは死んでいない。それどころか傷口が蠢き、再生を始めていた。恐らく数分もすれば怪我は癒え、十分な身体能力を取り戻すだろう。
それだけの時間を、母もシェフィルも与えるつもりはないが。
【全く。梃子摺らせてくれたものです】
母は子マールに近付いていく。子マールは動けない親マールを数度見つつ、逃げずに右往左往するばかり。
「ム、ムキュウゥゥゥゥゥゥ!」
しばらくして子マールが選んだ行動は、母への突撃だった。
一体で逃げても、生き残れないという判断か。その判断は正しい。子マールだけが逃げたところで、母は各個撃破するだけだ。なら、親が回復する数分間の時間稼ぎをするしかない。シェフィルが母の来るまでの時間、圧倒的強者である子マールの攻撃をやり過ごしていたように。
問題があるとすれば、シェフィルの計算ではそれが出来る可能性はほぼゼロである事だが。
【手間が省けましたね】
母は迫りくる子マールに触手を伸ばす。子マールの全身は光り輝いていて、触れた物質は全て容赦なく消し去るが……量子シールドを持つ母の身体であれば問題ない。触手は子マールの身体に難なく巻き付く。
子マールは激しく暴れ回る。だが今更こんな抵抗をしたところで、一秒と時間は稼げない。
無数の触手が力を込め、子マールの足を握り潰す。怒声染みた咆哮を上げる子マールだったが、母は聞こえてないかのように気にしない。子マールを親マールの方に投げ捨て、二体は積み重なりながら更に横転。数百メートルと転がる。
そして母はマール達に全ての触手を差し向け、その先端から黒い閃光を放ち始めた。
子マールも親マールも、足がなくては動けない。電磁防壁を強めているのか、身体に纏う発光はどんどん強くなるが……母が放つ暗黒の強さの方が、遥かに禍々しい。傍から見ればどう考えても勝負にならない。
それでも足掻くのを止めないのは、マール達が諦めを知らないこの星の生命だからであり。
母が放つ漆黒の光は、その足掻きを容赦なく飲み込み、消し去るのだった。




