侵略的祖先種12
【これは、中々厳しいですね】
ぽつりと、母が独りごちる。
直後、その身に撃ち込まれたのは眩い閃光が二本。大地を触れずに溶解させるほどの熱量を有す、破滅的な威力を有した高エネルギー電子だ。
これを放つのはマールのうちの一体。母親と思われる個体……親マールと呼ぼう……だ。親マールは一度に二本の高エネルギー電子の発射が可能であり、しかも絶え間なく連射可能。回避や反撃をする暇もなく、母は防御を強いられる。
その間に小さなマール――――子マールが母の背後数メートルの位置に陣取る。
巨大な傘のような頭に無数の目を持つ母は、子マールの動きを問題なく把握している。だが今は親マールの攻撃を受け止めるため、量子シールドを展開していた。量子シールドは極めて強力な防御性能を持つ反面、安定的に稼働させるには緻密な計算と莫大なエネルギーが必要。低出力の展開ならばこれといって制約もないが、親マールの強大な一撃を受け止めるには多くの出力・計算リソースが必要となる。このため今は大きく身体を動かす事が出来ない。
「ムキュウゥゥ!」
背後に回った子マールの高エネルギー電子の一撃を、母には回避する事が出来なかった。
【小賢しい】
しかし躱せないからといって、反撃が出来ない訳ではない。量子シールドでこれを防ぐと、触手を一本だけ差し向ける。
そして細い電磁波ビームを放つ。
威力は極めて低く、マール達が纏う電磁防壁を破壊するには不十分。されど『生身』で耐えられるものではない。電磁波故に光速であり、発射されてからの回避もほぼ不可能。子マールは電磁防壁を展開し、母からの攻撃を防ぐしかない。
攻撃を正面から受けた子マールは、電磁波ビームの圧力に耐えようと踏ん張る。いや、踏ん張らなければならない。いくら低出力とはいえ、その圧力は巨石をも容易く吹き飛ばす。渾身の力で踏み止まらなければ、子マールは遥か何百メートル彼方へと飛ばされてしまうだろう。
だからこそ、母にとっては狙い易い。
攻撃を耐える子マールに向けて、母は別の触手を振るう。正面から耐えるのに集中している今、子マールの足下はお留守。横向きに加えられた力に素早く反応は出来ず、足払いされた時のように転倒する可能性が高い。
転ばせた後にもう一度電磁波ビームを喰らわせれば、子マールは彼方へと飛んでいく筈だ。そうなれば親マールと分断出来、親マールの方に集中出来る。仲間が来るまでの時間稼ぎにもなり一石二鳥の作戦だ。
母はそれを狙っていて、子マールは目論見に気付いていない。しかし親マールは母の思惑を察知したのだろう。すぐに閃光を止め、母目掛けて突撃する。
それと同時に親マールの短い足の先、そこにある爪が煌々と輝き出した。
【む……】
母は理解した。親マールが高エネルギーの電子を爪表面に集結させていると。射出しない分射程は短いが、しかし距離で減衰・拡散しないため威力は格段に高い。
手を抜いては防ぎきれない。子マールへの攻撃を中断し、無数にある触手を構えて親マールの攻撃に備える。触手で支えるように展開された量子シールドは、振るわれた親マールの爪を完璧に防ぐ。
しかしこれでは子マールに攻撃が出来ない。
「ムゥゥゥゥゥ……!」
子マールが力を溜め、大きな閃光を眼前に生み出す。時間を掛けて凝縮したエネルギーは莫大なもので、親マールが連射してきたものに匹敵する。
母は守りを固めようとしたが、親マールの爪を防ぐために力の多くを使っている。あまり余力はない。
果たして子マールの攻撃を防げるのか? 母はそこに不安や恐怖などの感情は抱かない。どれほど危機的な攻撃であろうとも、やるべき事が同じならばそれを実行するだけ。あらゆる行動に迷いはない。
ましてや、全て『計算』通りの結果である。驚きを挟む余地などない。
「があぁあっ!」
母にとって唯一の計算外は、雄叫びと共にシェフィルが戻ってきた事。
シェフィルの存在を予期出来なかったのは、母だけではない。親子マール達もシェフィルが来るとは思わなかったのだろう。
計算外の情報を受けて止まる三体。その一瞬の隙をついて、シェフィルは子マールの放つ閃光目掛けて石を投げ込む!
【っ……!】
シェフィルの行動を真っ先に認識したのは母。即座に、シェフィル目掛けて触手を一本伸ばす。その速さたるやシェフィルが投げ込んだ石よりも遥かに上。シェフィルはこれに抵抗せず大人しく巻かれ、母の下まで手繰り寄せられた。
そして母はシェフィルを触手でぐるぐると、幾重にも巻いてから抱き寄せる。丁度そのタイミングでシェフィルの投げた石が子マールの放っていた閃光と接触。
石と高エネルギー電子が反応し、大爆発を引き起こした! 至近距離での爆発は凄まじい威力を有しており、まともに浴びればシェフィルもただでは済まなかっただろう。しかし母が守ってくれたお陰でシェフィルは怪我一つ負わなかった。
【シェフィル。言いたい事は山ほどありますが、それは後にしましょう】
……どうやら後で、怪我より嫌なものが待っていそうだが。
しかしそんなもの、いくらでも受ける覚悟は端からしている。シェフィルは満面の笑みを浮かべながら何度も頷き、その姿を見て母は触手を揺れ動かす。
【戻ってきたからには、この戦闘を手伝うつもりだという事で良いですね】
「はい! 何が出来るか全然考えてませんけど、兎に角手伝います!」
【……あなた、アイシャに似てきていませんか?】
シェフィルの返事を聞いて、母は呆れたように尋ねてくる。確かにそうかも知れないとシェフィルも思う。こんな非合理的な行動、アイシャと出会わなければきっと選べなかったに違いない。
しかしシェフィルは人間だ。人間と一緒にいれば、人間らしくなるのは当然だろう。
だからシェフィルは自分の行動を戒めない。むしろ不敵に笑い、誇らしげに胸を張って見せる。母の方は何も言わなかったが……それは呆れて言葉を失ったのではない。
親マールと子マールが並び、こちらに敵意を向けているのだ。人間ではない、合理的で無感情な母から言わせれば、くだらない話を交わしている場合ではないという事である。
【まぁ、いいでしょう。シェフィル。私を手助けするのであれば、あの個体達の連携を阻止する行動をしなさい。それが現状、あなたにも出来る働きです。ただし】
「無理せず、自分の命を最優先、ですよね? 分かっています!」
力強く答えるシェフィル。母は何も言わず、マール達と向き合う。シェフィルも同じく向き合う。
マール達は二体とも、母の方に意識を集中させている。シェフィルの事を全く見ていない訳ではないが、あまり気にしてはいないらしい。
確かに、実力で言えばシェフィルはこの場で最弱であり、三番手であろう子マールと比べても文字通り虫けら程度の存在だ。『合理的』に考えたなら、意識はしておくにしても警戒するほどの価値はないだろう。
シェフィル自身、自覚している事だ。全く以てその通りだと言わざるを得ない。合理的に考えれば極めて正しい選択である。
しかしシェフィルは不敵に笑う。
連中は考慮していない。自分と母がどれだけの間一緒に暮らしてきたのかを。合理的だからこそ知りもしない。長く続けてきた『親子』が、どれだけ息が合っているかも。
「(まぁ、母さまと共闘なんてした事ないんですけどねー。私と母さまの実力差があり過ぎて)」
……シェフィル自身も知らないが。
合理的故に過る、白けた考え。しかしそれで良い。分からない事は分からないと素直に認識すべきである。正しくない情報に縋るのが、最も危うい。
だけど自信はある。それだけあれば今は十分。
「やりますよ、母さま!」
【ええ。やるとしましょうか】
シェフィルの掛け声に合わせ、母が動き出した。
母が繰り出すは、無数の電磁波ビーム。何十と生える触手から連射的に放たれたそれは、小さくとも避ける隙間が見られないほどの猛攻だ。
マール達も躱そうとはせず、電磁防壁を身に纏い防ぐ。威力の低い攻撃ならばわざわざ回避や防御態勢も必要なく、マール達はシェフィル達の方へと駆けてくる。
視線を見れば、二体の狙いが自分であるとシェフィルは察する事が出来た。
「(予想通り! 狙うならまず私からでしょうね!)」
戦いにおいて、数の優位というのは極めて大きなものだ。そして今の状況は曲がりなりにも二対二。いくらシェフィルの力がこの場にいる誰よりも貧弱だとしても、『数』には違いない。
戦いというのは単純な力のぶつかり合いだけで終わるものではない。背後に回ったものを追う『目』、相手が怪しい動きをした時の音を聞く『耳』、強力な攻撃の前準備で放出されたイオンなどを嗅ぎ取る『鼻』……五感による情報は極めて重要だ。しかし戦いながらこれを集めるのは至難の業である。情報処理ばかり優先していると、それこそ隙をつかれ本末転倒になりかねない。
人数が多くなれば、この情報を集めやすい。シェフィルが母に相手の動きを伝えるだけで、母は戦闘行為そのものに集中出来、大きな力を発揮出来る。それはマール達にとって極めて不都合な展開だ。
だからこそマール達は貧弱なシェフィルを真っ先に潰そうとしているのだろう。実際身体能力からして、マール達は片手間にシェフィルを殺せる。単体であれば警戒も意識も必要ないが、『数』として居座られるのは面倒。本格的な戦いが始まる前、初手でさっさと処理しておく方が合理的である。
理性も感情もないが、数学的思考を行う惑星シェフィルの生物ならばこの判断を下せる。実に正しい判断だ。
そう、判断は正しい。
しかし正しい行動こそ、知能あるモノにとっては最も御しやすい。
【ふんっ!】
「ムギッ!?」
「キュムゥ!?」
真っ直ぐシェフィルに向かっていたマール達に、その動きを予測していた母が触手を振るう。
シェフィル目指して一直線だった彼女達はこれを躱せず、顔面から打撃を受けて二体纏めて薙ぎ払われる。仲良く殴り飛ばされた二体は、どちらもほぼ同時に体勢を立て直す。空中でくるんと身を翻し、地面に降り立つ。
「だぁっ!」
その着地の瞬間を狙い、シェフィルは近くにあった大岩を子マール目掛けて投げ付けた。
大岩の直径は五十センチほど。重さ数十キロはある代物で、シェフィルでも持ち上げるのは一苦労だが、子マールにとっては脅威でもなんでもない。構えすら取らずに身体で受け――――逆に大岩が砂のように砕けて消し飛ぶ。
マール達の体表面には強力な電磁防壁が展開されている。生半可な攻撃ではノーダメージどころか、高出力電磁波によって逆に粉砕されてしまう……それはシェフィルも承知済みだ。元より攻撃のつもりで大岩を投げた訳ではない。
狙いは、子マールの意識を僅かでも自分へと向けさせる事。子マールの意識が逸れた瞬間に動き出した、母への反応を遅らせるための妨害工作だ。
「ムキュゥ!」
親マールは即座に反応。母目掛けて駆け出し、頭突きを食らわせる。
子マールの方は反応が遅れており、振り返るように動いた時には、もう母と親マールは取っ組み合いになっていた。親マールの爪を量子シールドで防ぎながら、母は触手で親マールの首を絞めたり殴ったりしている。
ここで素早く親マールの後を追うのが、子マールにとって『最適』の行動。二対一に持ち込めば、母は親マールを抑え込めなくなる。そうすれば強敵である母相手に、改めて優位な立ち回りに持ち込めただろう。
だが、子マールは動けなかった。親マールの行動が予想外だったのか、その場でほんの一瞬止まってしまう。
更にはシェフィルの方を見る始末。
「(ほら、また視線を逸らしましたね!)」
子マールは親マールの行動を予測していない。だからまずは間近にある『邪魔者』の動きを把握しようとしたのだろう。
それは極めて合理的な判断だ。親子と言っても所詮は他個体。そして他者の思考は読めない事が大前提だ。そもそも普通の生物は親子関係などごく短時間で終わるため、相手の事を理解するほどの時間的余裕はない。理解出来ない事が正しいのである。
しかしシェフィルは違う。
シェフィルは長く、独り立ちしてからも母と一緒に生きてきた。冬の間や母に用事がある時などは離れても、すぐにまた一緒に行動する。
他の種ではあり得ないぐらい、長い間行動を共にしてきた。その長い時間があれば母の行動パターンを把握出来る。完璧な予知は出来ずとも、高い確率で取る行動を予測可能。ならばそれを前提した、より効果的な動きが出来る。
子マールの動きが止まれば、母が動き出すとシェフィルは読んでいた。その時には親マールだけを狙う事も。母は合理的であるが、同時に極めて『喧嘩っ早い』性格である事をシェフィルは知っている。僅かでも分断のタイミングがあれば、躊躇いなくそこをついてくると予測していたのだ。
そして母も、シェフィルが子マールの注意を引き付けると予想していた筈。
【ぬうううぅ……!】
大きく唸り、束ねた何本もの触手に力を溜め込む。触手一本一本の太さが増し、まるで剛腕のように膨れ上がる。
親マールは身を縮こまらせ、身体を眩く光らせる。防御態勢に移りつつ電磁防壁を強め、母が繰り出す打撃に備えようとしているのだろう。
対して子マールはまだシェフィルを見ている。母との距離が開き、より距離が近いシェフィルの方を優先したのだろう。計算通りの、合理的な判断に基づいて。
実に合理的だ。最善と言っても過言ではない。
つまり最も期待値の高い選択肢を選んでいる、とも言い換えられる。それは確かにマールにとって最善であるが……母もシェフィルも計算能力には優れるのだ。相手の立場で計算を行えば、マールの考えている事は全て読み取れる。
動きが予測出来るのなら、それを邪魔するなんて造作もない。
【ぬぅん!】
母は再び触手を振るう。何本もの触手を束ね、今までで一番強力であろう打撃を。
「ムッ!」
母と組み合っていた親マールは攻撃を正面から受け、殴り飛ばされる。
ダメージは大きくないだろう。元より母の目的は、親マールに傷を与える事ではない。
殴り飛ばした先にいる、子マールにぶつける事だ。
親マールの傍にいれば、母が繰り出した攻撃にも気付いてすぐに防御態勢へと移れただろう。しかし子マールはシェフィルを見ていた。
子マールが母の攻撃に気付いたのは、親マールが殴り飛ばされた後。ハッとしたように顔を上げた時、既に親マールは至近距離まで来ていた。子マールは反射的に身体を強張らせたが、大地を踏み締める力は弱い。
「ムギャッ!?」
「ムキゥ……!」
子マールは親マールと激突した衝撃により、遠くに弾き飛ばされてしまう。
衝突時の反動もあってどうにか止まった親マールはすぐに体勢を立て直したが、子マールはしばらく転がり、親子はまた十数メートルほど離れた。子マールは転がる中で方向感覚を失ったのか、足下が僅かに覚束ず、動きがほんの少しぎこちない。
その隙をシェフィルと母は見逃さない。
シェフィルの目配せを受けて母が前進。親マールは母の動きに気付き、子マールが立ち上がる前に飛び出す。
互いに肉薄した時、母は触手を親マールに向けて伸ばした。親マールは我に返ったように身体を強張らせたが、ここまで接近してはもう遅い。母の触手は親マールに巻き付き、手繰り寄せる事で肉弾戦へと持ち込む。
「ムキュゥーッ!」
それを目にした子マールが飛び出そうとしたが、足は途中で止まる事となる。
シェフィルが行く手を遮ったからだ。
「おおっと、簡単には行かせませんよ!」
「ム、ムキュウゥゥ……!」
シェフィルの挑発的な笑みに対し、子マールが向けるは苛立った唸り声。更にはバチバチと体表面に稲光が走る。
その間にも母と親マールは離れていく。
母とシェフィルの思惑通り、二体の分断に成功したのだ。そして子マールの標的は完全にシェフィルに移った。子マールはまずシェフィルを打ち倒し、それから親マールの助けに向かうつもりだろう。
アイシャと共にどうにか切り抜けたあの猛攻が、再び自分を襲う事になる……想像するだけで身の毛もよだつが、最初から覚悟の上だ。逃げたくなる本能を抑え込むのに苦労はない。
【シェフィル。三十七秒耐えなさい。それだけ持ち堪えれば、勝敗は決します】
そこに母からの言葉があれば、もう迷いは必要ない。
三十七秒耐えろ――――母が言ったからには、三十七秒耐えれば良い。そうすれば母が演算した通りに事が進む。
勝ち目が見えたというのに、此処で退くのは『非合理』だ。
「さぁ、来なさい! 私はとうにやる気満々ですよ!」
力強く叫び、宣戦布告するシェフィル。
子マールからの返答は、眩く、そして亜光速で飛翔する電子の砲撃だった。




