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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第四章 侵略的祖先種

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侵略的祖先種02

「はあああ……」


 住処である洞穴の中にて。完璧に再生した左手で掴んだ焼きウゾウゾをもぐもぐと食べながら、シェフィルは大きなため息を吐いた。

 決して、焼きウゾウゾの出来に不満がある訳ではない。

 むしろ出来は過去一で良い。アイシャは経験を積むほど、どんどんこの星の『食材』を理解し、適切な料理を作れるようになっている。前よりも良い捌き方、前よりも良い焼き方で作られたものが、どうして美味しくないというのか。素材の味がどれだけ酷くとも、料理の味は(シェフィルの基準では)ちゃんと美味しい。

 そう、とても美味しい。料理は美味しいのだが、それで幸せいっぱいならないぐらい、シェフィルにとってショックな出来事があった。

 一つは、ペットの脱走。

 長年飼っていたペットのメンメンが、少し前に成体となって逃げ出したのである。成体にならない突然変異体と思っていたが、どうやらその機能自体はあったらしい。料理に使うからと飼育容器から小さな池に移した事が刺激になったのか、はたまたアイシャと一緒に暮らす賑やかな生活がストレスだったのか、単に成長が滅茶苦茶遅い体質だったのか……

 なんにせよ成体となるやメンメンはそそくさと逃げてしまった。あの単純な生物に『飼い主』や『感謝』なんて概念がないのはシェフィルも承知しており、成体となり次第繁殖のため出ていくのは当然の行動。ちゃんとシェフィルも理解している、が、気分的にもやもやする。

 とはいえ、そのもやもやは小さなものだ。普段ならため息なんて吐かず、自分の中で整理出来ただろう。

 しかしもう一つの、大きな懸念も加わると、ちょっと思考の処理が間に合わない。


「……………もぐっ」


 一口、焼きウゾウゾを齧る。美味な食事を堪能しながら、ちらりと外へと繋がる洞穴の道を眺めた。

 地形として見れば、平坦で雪ばかりの景色。しかしその『景色』は、春になった時のものから一変していた。

 大地を覆い尽くすほどに繁殖していたフカフカボーが、姿を消したのだ。個体数がゼロになった訳ではないが、一辺数十メートルの範囲に一本ぐらいの、極めて低密度になっている。

 では大地の様相が寂しくなったかと言えば、それもまた違う。

 フカフカボーの代わりに、別の生物が増えていた。それはフカフカボーと同じく棒状の身体を持っているが、表面に生やしているのは毛ではなく棘。棘の長さは一〜ニセンチほどあり、先端がキラリと輝く。この棘は決して見掛け倒しではなく、迂闊に触れば薄い皮膚ぐらいなら簡単に突き破る鋭さがある。太さと体長はフカフカボーよりも遥かに大きく、直径十センチ長さニ〜三メートルはあった。表皮と繊維もフカフカボーよりも頑強。シェフィルの力ならやれなくはないが、折るのは一苦労する。

 この棘だらけで屈強な生物を、シェフィルはトゲトゲボーと呼んでいる。形が似通っている事から分かるように、フカフカボーと近縁のグループ(棒状無足綱というらしい)に属している種だ。母曰く棘の形や並び方などで種類が分けられるそうだが、シェフィルからすればどれも同じに見えた。

 それに分ける必要性も感じない。

 何故なら食用にならないから。トゲトゲボーはそのまま食べると棘が刺さり、口の中が穴だらけになるので極めて危険だ。棘を取り除こうにも、小さい上にしっかり身体に付いているため簡単ではない。しかも身体を構成する頑強な繊維自体は千切れると硬化し、細かな針となって口内を傷付ける。

 体液にも強烈な刺激成分が含まれており、一口食べれば口内が爛れてしまう。一応この刺激成分自体に『毒性』はないが、それとは別にしっかり毒成分もあるので、大量に食べれは生命が危うい。「安全なトゲトゲボー」なんてなく、どれも危険なのだから分ける意味がなかった。

 そんなトゲトゲボーが、今は大地を覆い尽くしている。

 フカフカボーの衰退とトゲトゲボーの繁栄は、惑星シェフィルでは一種の『風物詩』である。フカフカボーは極めて繁殖力に優れた種だ。この繁殖力によって、冬が明けたばかりの大地を瞬く間に埋め尽くす。しかしその繁殖力はあらゆるコスト、毒や防御力を持たないが故に得られたもの。冬から時間が経ち、天敵となる生物の数が増えてくると、食べられる量が繁殖力を上回ってしまう。

 そうしてフカフカボーの勢力が弱体化した頃、遅れて現れるのがトゲトゲボーだ。トゲトゲボーは成長速度・繁殖力共にフカフカボーよりも低い。だが棘や毒性など身を守る仕組みがあるため、フカフカボーよりも天敵に強い。このため天敵となる生物が増えた後は、トゲトゲボーの方がフカフカボーよりも多くの子孫を残せる。最終的にフカフカボーの『森』は消え、代わりにトゲトゲボーの森が大地を支配する。

 トゲトゲボーの繁栄は、ただ森の景色が変わるだけでは終わらない。トゲトゲボーを食べる生物は、そこに含まれている刺激物や毒素に耐性を持つ。ただ耐性があるだけならマシで、中にはこれら有害物質を取り込む種までいる。

 そうした種を迂闊に食べれば、やはりシェフィルの身体に悪影響を及ぼす。そしてトゲトゲボーが繁殖した事で、生態系を構成する生物の大半がトゲトゲボーに適応した種に置き換わった。春になったばかりの頃よりも、一層毒などに気を付けなければならない。

 トゲトゲボーの繁殖は、この星での暮らしがより一層大変になった事を示す。


「……………母さま、何処で何をしてるのでしょう」


 尤もシェフィルの口から出たのは、その事に対する悲壮感ではなく、母の動向に対する疑問だった。

 別段、シェフィルは普段から母の傍に居たがっている訳ではない。しばらく『一人』で暮らす事も今までに何度も経験してきて、だけどこんな状態となった事はない。

 此度シェフィルがこのような体たらくなのは、母と会わない時間が五百時間……人間の暦に直して二十日も過ぎた事が理由である。

 母がいないと何も出来ない、生きていけないという事は断じてない。もうシェフィルは『独り立ち』しているのだから。されどここまで長い間母と離れていた事は未経験。

 何かあったのだろうか。

 疑問や不安が、シェフィルの心に伸し掛かる。これだけなら、やはりシェフィルの『合理的』な思考は処理出来ただろう。しかし今のシェフィルはペット(家族)の喪失を経験し、既にちょっとしか負荷が掛かっていた。このため母の事も処理し切れず、母のいない現状にぼやいてしまったのである。

 と、シェフィルとしてはちゃんと理由があるのだが……傍から見れば、寂しさから母さま母さま言ってるようにしか見えない。


「シェフィルって、もしかしてマザコン?」


 隣で一緒に焼きウゾウゾを食べるアイシャから、そんな『中傷』を浴びせられるのも致し方ない事だろう。

 ただし掛けた言葉が中傷となるのは、浴びせられた者がその意味を理解し、尚且つ価値観が同じ場合に限るのだが。シェフィルはぼんやりしていた表情をパチリと切り替え、アイシャの方を見ながら小首を傾げる。


「まざこん? なんですか、それ」


「あー……こういう品のない言葉は、宇宙船の電子機器には載ってないか。えっと、大人になっても母親にべったりな人、かしら?」


「ふむ? 確かにそれは一般的な関係ではないと思いますが……親子で納得しているのであれば、問題ないのでは?」


「それはまぁ、そうなんだけど。でも一般的なものから逸脱しているのは、社会的に好ましくないって言うか」


「……個人の好き嫌いなら兎も角、社会的ってどういう事です?」


 訊けばアイシャは説明してくれたが、いまいち納得出来ない。

 シェフィルにとって大人とは、繁殖可能になった程度の意味しかないのだ。加えて人間は群れで生活する生き物。離れて暮らす訳ではないのに、どうして母親と一緒に居たがるのが問題なのか分からない。

 とはいえアイシャの言い分にも一理あるとは思う。人間本来の生態から逸脱するのは、生存戦略として正しくない。「これは良くない行いだ」と幼少期から刷り込んでおくのは、子孫を効率的に増やす上では合理的だろう。

 何より。


「それに、こういうのも難だけど……自然界は厳しいんだから、何時までもお母さんに頼れるとは限らないでしょ。動物に襲われて怪我でもしたら、あなたがお母さんを助けなきゃ」


 アイシャが言うように、何時までも母頼りでは、母に何かあった時自分が困ってしまう。

 シェフィルも本能ではそれを分かっている。自立というのは自分のための行いでもあるのだ。永遠の安寧が存在しない以上、子はいずれ親から離れるのが合理的。それこそ予期せぬ事態が起きた時に助けを求められるよう、親が元気であるうちに済ませるべきである。

 そう、合理的だからこそ本能的には分かってはいるのだが。しかし『理性』が思ってしまう。


「母さまが怪我、ですか……どうですかねー」


 果たしてそんな事が()()()()()()と。


「何よその反応。まるでお母さんが怪我とか、その、死ぬとか思ってないみたいな言い方なんかして」


 シェフィルの煮えきらない返事に、アイシャがジト目と共に問い詰めてくる。ハッキリしない物言いだった事に加え、些か小馬鹿にしたようにも聞こえる口調が気に食わなかったのかも知れない。

 これは良くないとシェフィルも自省。謝りつつ理由を話す。


「すみません。流石にそこまでは考えていませんが、ちょっと現実味がなくて」


「……意外。なんというか、シェフィルって現実主義だから、そういう可能性はちゃんと考えてると思ってた。文明圏に暮らす今時の人類なら、科学のお陰で老衰以外の死因なんて殆どないから考えない人も多いんだけど」


「考えてなくはないんですけどねー。母さまだって生き物ですから、大きな怪我とかすれば一応死ぬでしょうし」


 ただ、と言って言葉を区切るシェフィル。

 挟んだ沈黙の間に思うは、過去の記憶。高度な演算能力を持つシェフィルの頭脳は『データ』的に日々の記憶を保っており、例え何年経とうとその内容が劣化する事はない。思い出に耽る事は映像記録を再生するのに等しく、全ての記録を寸分の狂いなく再確認出来る。

 だからこそ断言も可能だ。


「でも母さまは最強ですから。私が知る限り、この星に暮らすどんな生き物よりも強いです。負けるなんて考えられませんよ」


 母に土を付ける存在なんて、想定すら出来ないと。

 この答えにアイシャは目をパチクリ。しばしその言葉の意味を考えたのか黙っていたが、やがて眉を顰める。理解はしたが、納得は出来ないと言いたげな顔だった。


「成程ね。シェフィルなりにちゃんと根拠はあると……でも、どれだけ強いの? 最強って言うけど、具体的にどう強い訳?」


 次いで、シェフィルにそんな問いを投げ掛けてくる。

 それは母さまに直接訊くべきでは? とシェフィルは思ったが、母がいない今、母と最も親しい自分に聞くというのは自然な事かも知れない。何故アイシャが母のあれこれを聞きたがるのかは、少なからず疑問であるが。

 しかしアイシャが母の強さを知ったところで、シェフィルに困る事がある訳もなく。むしろ母とアイシャが仲良くなってくれた方が、シェフィルとしては嬉しい。

 ついでに、大好きな母の事を話すのは楽しい。話して良いのならいくらでも話せる。ましてや母がどれだけ強いかという『自慢話』なら、きっと言葉が止まらないとシェフィルは自覚していた。


「ふふん! まず母さまは凄い力が強いのです! 自分よりもずっと大きな生物も、あの触手一本でぶん投げてしまいます! それと身体も丈夫で、猛獣の爪でも傷一つ付きません! そして必殺の電磁波ビーム! あれは凄いですよ! 何しろ」


「あ、うん。もう良いわ。具体的な話がないと却ってよく分からないし……」


 だから一生懸命話したつもりだが、アイシャには伝わらなかったらしい。

 具体的な話がない、とは確かにその通り。それが自分の過失だという事は分かっているが、だとしてもこうも簡単に話を切り上げられると流石に思うところはある。シェフィルは唇をへの字に曲げ、不機嫌さをアピールしつつ焼きウゾウゾを頬張った。

 その一口で、手にしていた焼きウゾウゾは終わり。

 平らげてしまったウゾウゾ。それを握っていた手をじっと見つめながら、ふぅ、とシェフィルは息を吐く。満腹には程遠く、生きるためにも次の獲物を探したいところ。

 されどしばし、シェフィルはそのまま自分の手を見つめたまま。口さえも動かさず、静かに目を伏すのみ。狩りに出向くどころか沈黙してしまう。


「お母さんと一緒に、料理を食べたかった?」


 動き出したのはアイシャにそう問われてから。

 一瞬キョトンと呆けた後、シェフィルは目を丸くする。自分の中にそんな考えがあるのだと、今の今まで気付かなかったが故に。


「……はい。どうやら、そうみたいです。なんでこんな気持ちになるのかは、よく分かりませんが」


「美味しいものはみんなで食べたくなるものよ。これはきっと人間の本能ね」


「本能、ですか」


 自分の中にある『非合理的』な感情にもやもやとした感覚を抱いていたシェフィルだが、本能だと言われて納得と同時に受け入れる。本能であるのなら、きっと人間にとって必要なものだ。

 なら、これを拒むのは良くない事だろう。

 シェフィルの価値観において、本能は最も重要な『行動指針』だ。野生の世界を生き抜くためには、長年の進化で身に着けた本能に頼るのが最も生存率を高めると信じている。他の生物達がそうであるのだから、人間も同じだと論理的に考えていた。

 自身の中の想いに折り合いを付けたところで、シェフィルは僅かな間目を閉じた。これだけやれば気持ちの切り替えは出来る。この星の生命である彼女の脳は合理的で、何時までも非生産的な思考はしないのだ。

 もやもやを払ったところで、シェフィルはすっと立ち上がる。


「分かりました。ならこの気持ちに従うとしましょう」


「従う? ……ああ、成程。獲物を捕まえに行くのね?」


 アイシャの言葉は、正にシェフィルの気持ちを言い当てたもの。シェフィルは満面の笑みでそれを肯定した。

 母と一緒に料理を食べたい。

 それが自分の本能なら、やる事は簡単だ。母が帰ってくるまでアイシャには料理を作り続けてもらう。そのためには料理の材料……獲物を狩り続けなければならない。

 だから狩りに向かう。実にシンプルで簡単な話だ。勿論母と一緒に食べる云々の前に、シェフィル自身とアイシャが生きていく分の獲物が必要である。

 春になってからしばし経ち、トゲトゲボーが繁茂する今の時期は生物が豊富だ。トゲトゲボーは繁殖力こそフカフカボー以下だが、身体は遥かに大型なため、一度育ち切ると資源の『生産性』ではフカフカボーを上回る。森を形成するまで増えた頃になれば、小さな生物の数はフカフカボーが繁茂していた時の三倍はいるだろう。

 よって獲物は豊富。毒も豊富なので選別の手間はあるが、食べ物に困る事はない。すぐに必要分がすぐ集まるので、住処である洞穴から遠出しなくて良いのも利点だ。

 しかし大きな問題もある。


「(そろそろ、本格的に危ないんですよねー……外の環境が。しっかり警戒しませんと)」


 豊かな生態系の中には、相応に強大な生物が暮らしているという事。

 シェフィルでは勝ち目のない、巨大生物の姿も見えてくる。トゲトゲボーの繁栄は、その危険を知らせる合図でもあった。

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