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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第三章 進化の根源

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進化の根源09

 結論から言うと、モージャの死骸を見付ける事は出来た。

 半分ぐらい他の生き物に食べられて失われていて、残り半分も小さな生き物に喰い荒らされて穴だらけなど、お世辞にも状態は良くない。小さな生き物が肉を分解した事で生じた腐臭……あらゆる気体が凍り付くほどこの星は寒いが、生命が生み出した物質由来の『臭い物質』なら固体とならずに漂うものがある……も鼻に付く。

 とはいえ、誰かの食べ残しを忌避する理由はない。過酷な自然界において、楽に食べられるのならそれに越した事はないのだから。それに今回、重要なのは腐敗の程度ではない。

 重要なのは、その身にたっぷり脂を蓄えているかどうかだ。少なくともシェフィルはアイシャからそう聞いた。だから脂身たっぷりなモージャの死骸を意気揚々とシェフィルは持ち帰り、家の前にどさりと置いた。


「ただいま帰りましたー。このぐらいあれば十分ですかね?」


「ええ、大丈夫! これだけの脂身なら足りる筈だわ!」


 モージャの死骸を見てアイシャは大はしゃぎ。満足してもらえた事に気を良くして、シェフィルは誇らしげに胸を張る。

 最初にして最大の難関、モージャの死骸確保は無事成功と言っていいだろう。アイシャをこれ以上落ち込ませたくなかったシェフィルとしては、もうこの時点で上機嫌な結果だ。

 勿論、これで終わりではない。むしろ始まりだろう。今から『アヒージョ』なる料理を作るために、色々な事をやるのだから。


「とりあえず、脂を集めれば良いんですよね?」


「そうそう。量は数百グラムもあれば良いから、あまり傷んでない部分を取って。肉は多少付いてても構わないわ。一緒に料理しちゃうから」


 アイシャの指示を受けつつ、シェフィルはモージャの死骸から脂身を取る。

 モージャの脂身は分厚く、身体の奥深くにまで浸透している。表皮から毛細血管のように枝分かれした脂質が、身体中心まで張り巡らされているのだ。

 この毛細血管状の構造が、外部からの衝撃を受け止めるクッションの役割を果たす。そしてこのクッション状の脂質の間を通るように、液体の体組織が流れている。これがモージャの基本構造である。

 つまり脂質の一部を引っ張れば、まるで大地に根を張ったものを引き抜くように、脂肪の塊だけを取り出せる。無数に枝分かれした脂肪を手にしたら、強く圧迫。脂質の中にある体組織を絞り出す。

 こうすればモージャ由来の、ほぼ純粋な脂肪の塊を入手出来る。シェフィルはこれを何回か繰り返し、注文通り数百グラム相当の脂の塊を地面に積み上げた。


「うん、これだけあれば十分。後は、あっ」


 その脂を見て上機嫌だったアイシャは、不意に「しまった」と言わんばかりの声を漏らす。


「何か問題でも?」


「……アヒージョにするなら、底の深い入れ物が必要だわ。土器かなんか作らないと。でも油石の火力に耐えられる土器なんて……」


「入れ物ですか? それなら丁度良いものがありますよ!」


 困るアイシャの前にして、シェフィルは自宅こと丘に開けた横穴へと戻る。

 しばらくして、戻ってきたシェフィルが持っきたのは『頭蓋骨』。

 ペットであるメンメンを入れていた、大きめの頭蓋骨だ。厳密には骨ではなく硬質化した皮膚の一部なのだが、骨のように硬いのは間違いない。そして死んでいるとはいえ、元はこの星の生物の身体だ。これならば油石の火力にも耐えられるだろう。

 ちなみに中にいたメンメンは、冬前に保存食用のメンメン達を入れていた池に移している。十匹以上押し込むには狭いが、一匹で泳ぐなら広々とした場所だ。シェフィル的には、ちょっと普段より機嫌良くメンメンは泳いでいたと思う……数学的思考をする惑星シェフィルの生物に、感情なんてものはないが。

 即席で用意した入れ物にアイシャは若干表情を引き攣らせたものの、こくんと頷く仕草一つで気持ちを切り替えたのか。両手でそれを受け取り、大きさを確かめるように観察し始める。


「そうね、これで良いわ。大きさも丁度いいし」


 納得したようで、満足したように笑った。

 調理器具を手に入れたら、いよいよ料理が始まる。ここから先はアイシャの領域だ。シェフィルは後方に下がり、邪魔にならないよう離れておく。

 一人になったアイシャは、存分に料理の手腕を発揮した。

 まず頭蓋骨を地面の上に置く。途中で傾かないよう、少し地面を掘って凹ませていた。その頭蓋骨の中にモージャの脂を投じていく。

 モージャの脂身を全て入れた後、アイシャは油石を二つ握り、それぞれ火を付けた。投げるように手放して、油石は頭蓋骨の傍に落ちる。凄まじい火力で周りの地面が赤熱する中、頭蓋骨も加熱されて黒い焦げ目が付いた。

 やがてその熱は頭蓋骨の中に浸透し、モージャの脂身も熱くする。

 熱せられた脂身は、だんだんと『汁』を滲ませた。アイシャは折ったフカフカボーを棒代わりにして、脂身をひっくり返して満遍なく火が通るようにする。やがて脂身は形が崩れ始め、段々とろとろとした透明な液体に変化した。沸騰しているのか、こぽこぽと泡も湧き出す。


「やった! 上手くいったわ!」


 その様子を見てアイシャは嬉しそうな声を漏らす。

 対してシェフィルは首を傾げた。これの何が良いのか、よく分からないがために。


「熱で脂が溶けましたけど、それからどうするのですか? 飲むのですか?」


「最終的にはね。でもこれはまだ途中の段階。これから食材を溶けた脂の中に入れて、煮込んでいくの」


 アイシャ曰く、アヒージョという料理は液体の油(本来は『おりーぶおいる』を使うらしい)に食材を入れ、煮込むものだという。

 実演するように、アイシャは様々な食材――――アゴムシやアカタマ、砕いたフワワンの甲殻やウゾウゾの身を頭蓋骨の中に入れた。

 熱せられた脂がぐつぐつと泡立ち、その流れに乗って食材が踊る。見た事もない光景にちょっと心躍るシェフィルであるが、しかし単に楽しいだけだ。これでどう美味しくなるのか、まだ分からない。


「これで、どうするのです?」


「うーん。フワワンの甲殻から味や香りが染み出すまで煮る感じね。五分ぐらい煮れば良いかしら?」


「五分!? そんなに時間を掛けるのですか?」


「そうよ。むしろ短いぐらいね。ほんとは弱火でじっくりと煮込んだ方が良いのだけれど、油石だと火力の調整が出来ないから仕方ないわね」


 さも当然のように語るアイシャ。されどシェフィルにとっては驚きだ。五分も食べ物をぐつぐつさせるなんて、考えた事もなかった。

 そもそも食べ物を五分も食べずに待つなんてした事がない。手に入れたらすぐに食べる。何時獲物を奪われるか分からない自然界において、そうするのが合理的である。

 だからこそ、思う。

 それほどの危険を犯してまで作る料理というのが、一体どれほど美味しいのか。


「……んん」


 思わず、生唾を飲んでしまう。


「ふふっ。そんなに楽しみ?」


「はい! 一体どれほど美味しいのか、ワクワクします! 人間の文明ではこういうものが毎日食べられたのですか?」


「まぁね。とはいえ安定した食事が出来るようになったのは、人類史で見ればまだまだ最近の事よ。精々、二千年ぐらいかしら?」


「二千年ってどれぐらいの長さですか? 時間に直せません?」


「……あー、そっか。この星には暦がないのよね。えっと、一日が二十四時間で、一年が三百六十五日だからー」


「二千年は一千七百五十二万時間ですか」


 アイシャが考えている間に、シェフィルはぱっと答えを出す。比較的簡単な問題だったのもあるが、シェフィルの脳細胞はこの星の生物とほぼ同じ構造だ。計算は得意なのである。


「はやっ……えーっと、そうね。多分それぐらいの長さよ」


「うーん。なら二千年は十分長くないですか? 母さまが言ってましたけど、この星の生物って大体どの種も八千万から二億時間ぐらいで絶滅するそうですよ。種が存続する時間の五分の一も使ってます」


「それって一万年未満から二万年ちょっとで絶滅って事? それはこの星が短過ぎるだけよ。というかなんでそんなに種交代のスパンが短いのよ。地球における種の平均寿命って、一説によると四百万年とからしいんだけど」


「そうなのですか?」


「まぁ、種の寿命って考え自体がちょっと非科学的ではあるんだけど。だとしても地球の二百倍も早く絶滅するのは、環境の違いを加味しても早過ぎると思う」


 他愛ない会話を交わし、談笑し、笑い合う。

 シェフィルは料理の待ち方を知らない。

 けれども、意識せずとも話が弾む。実りのない、非合理的な会話が楽しくて仕方ない。それは理性的な衝動ではなく、本能的な感覚に近かった。

 ならばきっと、人間の料理の待ち方としてはこれが正しいのだろう。

 そしてこれは自分一人だったら、きっと経験出来なかった。勿論母とはこれまで多くの時間を共に生きてきたが、しかしそれは『人間の群れ』ではない。ただの集まりに過ぎず、人間本来の『生態』には程遠いものだ。

 人間としての生き方がこんなに『楽しい』なんて思わなかった。出来る事なら、この時間が何時までも続いてほしい。


「……アイシャ」


「ん? なぁ、にゃっ!?」


 思うがままに動いたシェフィルは、アイシャの後ろからぎゅっと抱き着く。驚くアイシャの耳許に顔を近付けて、ぽそりと一言。


「アイシャ。これからもずっと、一緒にご飯を作りましょうね」


 本心からの言葉を伝える。

 ……シェフィルとしては言葉通りの、これからも一緒にご飯を作りたいという意味でしかない。勿論これはこれで大切な想いであるが、されど先の言い回しは、一般的な人類には別の意味を持つ。

 婚約だ。少々『時代遅れ』なところはあるが、今でも辛うじて通じる昔ながらのプロポーズである。無論、シェフィルはそんな事情など知らないが。抱き着いたのだって、衝動に身を任せただけに過ぎない。


「な、なな、な、なななななな」


 しかし知っているアイシャは驚愕する。顔を赤くして、言葉は空回りするばかり。明らかに動揺していた。

 それはシェフィルにとって面白い反応ではない。こんな簡単な問いに中々答えてくれないなんて、拒まれているようなものではないか。


「むぅ。嫌なのですか」


「い、嫌というかそのやっぱり女同士は」


「私はこんなにアイシャの事が好きなのに」


「ぐふっ」


 またしても本音を伝えるとアイシャは呻く。次いで顔を伏せながら震える。

 ややあって上げた顔は、落ち着きを取り戻しながらも真っ赤に染まったもの。


「……………よ、よろしくお願い、します」


 アイシャの口から出たのは、快諾の言葉だった。


「わーい! これからもよろしくですよ、アイシャ!」


「え? ……え、あ、ええ、そうね……ああ、恥ずかし。変な勘繰りしちゃったわ。よく考えれば婚約の概念なんてある訳ないじゃない」


 答えた後もアイシャは顔を真赤にしていて、恥ずかしかったと声にも出す。何かが恥ずかしかったようだが、シェフィルには分からない。ついでに勘違いもあったとか。

 分からないのは良くない。自分の気持ちがちゃんと伝わっていないのも困る。


「どうしたのです? 私の言い方が何か変でしたか?」


「う、ううん! なんでもないわ! それより、そろそろスープに味が出てるかも。一度味見を――――」


 故にシェフィルは率直に尋ねたが、アイシャは話を逸らす。あからさまな逸らし方にシェフィルは眉を顰めるも、料理の話になってしまっては追求もし辛い。

 何より、それどころではなくなった。

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