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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第三章 進化の根源

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進化の根源08

 地面に並べられた数多の食材――――アゴムシ、アカタマ、フワワン、そしてウゾウゾ。

 いずれも頭は潰してあるため、しばらくは動かない。料理をする時間はたっぷりとある。アイシャも並べられた生き物達の姿をじっくりと観察。


「まぁ、とりあえず焼きましょうか。というか焼く以外の料理なんて無理だし」


 あっけらかんとした言い方で、半ば諦めたように料理の方針を決めた。

 シェフィルはそこに異論を挟まない。ある訳がない。アイシャと違い、シェフィルは料理の『り』の字も知らないのだから。

 ただ、疑問はある。


「はーい。何故焼く以外の料理は無理なんですかー?」


「まず、生食を除外しているから。ウゾウゾで試した限り、多少手を入れても別に美味しくないし、部位によっては不味さが増す。あと生食は普通にリスクがあるから、もっとこの星の食材について理解してからすべきと判断したわ。ウゾウゾの時は、加熱調理が出来ると知らなかったからやったけどね」


 まぁ、個別に味見ぐらいはするけど。アイシャは最後にそう言葉を付け足す。

 『生食』をしない理由は分かった。しかしこれでは不十分な回答である。

 焼く以外の料理が何故無理なのかという事には、答えていないのだから。


「なら他の料理はどうなのですか? 確か、ゆでこぼし? とかいうやり方もあるのですよね?」


「茹でこぼしは調理方法というよりテクニックだと思うけど、確かに焼く以外にも煮るとか蒸すとかもあるわ。でもこの星じゃ無理だと思う」


「無理?」


「だって、煮るも蒸すも水を使った調理方法なんだもん」


 アイシャ曰く、水は一気圧の大気中でも百度になると沸騰してしまう。真空状態であるこの星なら、瞬時に沸騰した挙句凍結してしまう。

 『煮る』という料理方法の場合、お湯に食材を入れて加熱するものらしい。だからある程度高温の液体でなければ出来ず、水がたちまち蒸発・凍結してしまうこの星では理論上不可能という訳だ。

 加えてこの星の生物は熱エネルギーを吸収する性質がある。油石が発する特殊な炎を除けば、生半可な加熱をしたところで細胞の破壊に至らず、むしろ活性化してしまう。そして水の沸点は一気圧でもたったの百度。つまり液体の水は最大百度にしかならず、到底この星の生物を殺せるものではない。

 細胞全てが死んでいて、その上で加熱するなら煮る事も出来るだろうが……バラバラの肉片にしても、それでも復活するのが惑星シェフィルの生物。微塵切りの『具材』にしたところで煮込む事など出来やしない。

 これらの事情から、煮込む・茹でる・蒸すなどの料理は出来ない。


「そーいう訳で焼く以外の方法はないと判断したわ」


「りょーかいです。アイシャがそう言うのであれば、そうなんでしょうね」


「うん、信じてくれてありがと。んじゃ捌いた後、焼きましょ」


 アイシャはナイフを片手に持ち、にこりと笑う。シェフィルも手伝いに加わり、早速料理が始まった。

 前回の料理ではウゾウゾを捌くのに苦労していたアイシャだが、あの時の経験は彼女を更に成長させたらしい。アゴムシやアカタマを捌く前に、フカフカボーを突き刺して身体を固定していた。そしてこのぐらいで動きは止まらないと分かった上で切るので、捌く手際は遥かに良い。

 アゴムシは人間のような顎が付いた頭を切り落とし、胴体と分ける。何故分けるのか? とシェフィルが訊いたところ、曰く「こういう発達した顎の持ち主は周りの筋肉が他の肉質と違う筈。なら味も違うかも」との事。確かにアゴムシの顎の筋肉は、身体の肉と少し質が違う。何時も丸齧りなので気にしなかったが、個別に食べてみるのも面白そうだとシェフィルは思った。

 次に捌いたのはアカタマ。僅か五センチしかない、小さな身体から内臓を取り出すのは極めて困難だ。アイシャも少し考え込んでいたが……ふと何を思ったのか、ナイフでアカタマを切る。

 ただし切断したのはアカタマの腹ではなく、尻尾のように長く伸びた腹部だった。


「アイシャ? 何故腹を切り落としたのです? 赤い玉以外に毒はありませんよ?」


「だとしても、腹を通って毒はそこに溜まるのでしょ? だったら毒の味というか、老廃物が溜まってるかも知れない。不味いとは限らないけど、味は違うと思うわ。なら分けてみないとね」


 尋ねてみればアイシャはすらすらと理由を答える。言われてみればその通りだと、シェフィルは得心がいった。

 アゴムシもアカタマも、アイシャの手を煩わせる事もない。二種は瞬く間にバラされ、肉の塊へと加工される。

 アイシャの手が止まったのはフワワンを前にした時だ。

 指を噛み千切った相手とはいえ、フワワンの可愛さは未だ現在。魅力の残り香に当てられたのか、アイシャは下唇を噛んでいた。

 とはいえアイシャも、今更食べない、なんて言うつもりはないようで。首を横に振った後、ナイフ片手に解体を始める。

 まずは毛を削いで、甲殻に覆われた身体を露わにさせる。毛に埋もれて隠れていた四つ顎の口は、嘴状に発達した鋭いもの。奴等が可愛いのは外面だけで、肉体はこの星の生物らしいものだ。

 正体が露呈すれば、もう愛着もないのか。甲殻のあちこちを触り、いい感じの取っ掛かりを見付けたのか。アイシャはそこに指を入れ、ぐっと力を込める。するとフワワンの甲殻は、パキャリッと小気味良い音を鳴らして外れた。


「おおっ!? それ外れたのですか! 私コイツを食べる時は何時も殻ごと丸齧りでしたよ。あまり殻も硬くないですし」


「ワイルドねぇ。でもまぁ、外れなかったらそうなったかもだけど。何処となく甲殻の作りがカニに似てると思ってやってみたら案の定だったわ。収斂進化ってやつかしら?」


 『かに』なる生物がどんな存在かシェフィルは知らないが、過去の経験が活きたらしい。やはりアイシャの料理の腕前は頼りになると、この後出来上がるものへの期待感と共に信頼が膨れ上がった。

 ウゾウゾに至っては速過ぎて、シェフィルにはあっという間に皮と中身と膜に分けられたようにしか見えない。きっと細かな技術が色々あり、昨日の学びを活かして成長もしているのだろう。それに気付けないのは、少し惜しいとシェフィルは思う。

 かくして四種類の生物は、綺麗に肉や体組織(及び殻)に分けられた。ウゾウゾ以外の種も多くは液状体組織であり、石の上に置かなければ地面に染み込んでしまうだろう。

 ちなみにウゾウゾの体組織は焼くと食えたものではないと判明しているので、適当な場所に廃棄済みである。冬なら兎も角、今は食べ物に困っていないので、シェフィルとしても特段勿体ないとは思わない。「命を大事に」という価値観もないので抵抗もなかった。


「さて、それじゃあそれぞれ焼いていこうかしら。油石、ちょうだい」


「はい! 今火を付けますねー」


 シェフィルは油石を掴み、握力により発火させようとする。

 ところがその手を、アイシャの手がそっと掴んだ。握るのを止めさせるように。


「待って。それ、私がやるから」


 そして自分の力で火を付けると言い出す。

 出来ない、とは言わない。油石を発火させるのに必要な圧力は然程強くないのだから。しかし握り潰すようにやる都合、どうしても手を火傷してしまう。

 シェフィルの再生力でも簡単に治る傷ではある。同じ人間であるアイシャだろうと、そこに大した違いはない。しかしわざわざ痛い思いをする必要はない。


「いえ、これぐらいなら私がやりますけど。出来る事がなくて暇ですし」


「私がやりたいの。こういうの、一から十までやらないと気が済まないんだから」


 気にする事はないと伝えるシェフィルだったが、アイシャは奪い取るように油石を持っていく。

 ――――ひょっとすると、それはアイシャなりの『自尊心』なのだろうか。

 冬越しの最中にアイシャが語っていた、情けないという言葉。頼りっぱなしになる事を恥じていた様子だった。シェフィルとしては初めての冬なら越えただけで立派であるし、アイシャの世話をしたのはシェフィル自身の意志なのだから気にする事はないと考えている。

 されど、それを気にするのが人間だとも言っていた。

 アイシャは、何かしら『力』を発揮したいのかも知れない。冬の間に受けた手助けと、同じぐらい助けを返したいのだろうか。シェフィルには理解出来ない考え方である。とはいえアイシャがそうしたいのなら拒む理由はない。


「分かりました。ならお任せします……握る時は一気に、ぎゅっとやって素早く離した方が良いですよ。怖がってゆっくりやると、手を離すのが遅れます」


 やるべき事があるとすれば、アドバイスぐらいか。


「……えいっ! きゃっ!?」


 アドバイスに従い、アイシャは素早く握り締めた。次の瞬間には短い悲鳴を上げ、油石を投げ捨てる。

 油石からは火が吹き出している。着火には成功したようであり、だからこそその悲鳴が手を火傷したからだとシェフィルは確信した。


「アイシャ、大丈夫ですか? 手を見せてください」


「う、うん。ちょっと火傷しちゃった」


 照れたように笑うアイシャ。

 ちょっと、というアイシャの言葉は正しいだろう。彼女の手は既に再生を始めており、間もなく綺麗な手に戻る。

 しかしそれを差し引いても、少し火傷の跡が酷いように見えた。石を手放すまでに時間が掛かったのだろう。


「……握る時勢いよくとは言いましたが、その後素早く手を開きませんとね。勢い余って握り締めてたでしょう?」


「うぐ。見抜かれたかー」


「そりゃまぁ、私だって小さい時は同じような失敗をしましたし。ですが、そのうち上手くなりますよ。だってこれから、たくさん練習する事になるでしょうし」


 シェフィルの言葉に、アイシャは一瞬キョトンとした表情を見せる。しかし意図をすぐに察したようで、ちょっと気恥ずかしそうに笑った。


「そうね。これから毎日練習すれば、そのうち慣れるわね」


「そういう事です。ま、それよりも早く料理をしましょう! もう待ちくたびれちゃいますよ!」


「はいはい。ほんと、美味しいと分かった途端にこれなんだから」


 子供に向けるような慈しみに満ちた微笑み。アイシャが浮かべるその優しい顔を前にして、シェフィルは少し心臓の鼓動が早くなった気がする。

 だけどその鼓動を不快に感じる事はない。むしろ安らぎに似た、不思議な気持ちを感じる。

 ならばこれは、きっと悪いものではない。

 本能に従順だからこそ、シェフィルは自分が感じたものを大切に思う。そしてひっそりと願う。

 この時間とアイシャの笑顔がずっと続きますように、と――――

 ……………

 ………

 …


「惜しい。惜しいわ……!」


 なお、その願いは僅か十分ほどで潰えた。悔しさに滲んだ、アイシャ自身の感情によって。

 尤もシェフィル達は野生の世界を生きる身。願ったところで叶うとは限らない事は、嫌というほど思い知らされて育ってきた。だから願い云々についてシェフィルは然程気にしないが、アイシャの感情が変化した理由は知りたい。

 ましてや惜しい等という言葉を、今此処で使う理由がシェフィルには思い浮かばない。シェフィルとしては自分の心境よりも『原因』の方に関心が向く。


「惜しいって、何がですか?」


「料理よ料理! 今回食べた動物達、絶対もっと美味しくする方法があるのにぃ……!」


 尋ねてみると、どうやら料理の出来に不満がある様子。

 シェフィルはこてんと首を傾げた。


「そうなのですか? でもこれだって凄い美味しいですよ?」


 そう言ってもしゃりと食べるは、焼きアゴムシ。

 アイシャが予想した通り、顎周辺の筋肉がよく発達していて、焼いた事で旨味が一気に増した。肉も柔らかくなり、生では飲み込むのも一苦労だったものが美味しく(それでも文明圏にいる人間にとっては吐き気がするほど不味いらしいが)頂けている。

 アカタマやフワワンの肉も美味しくなっていた。強いて言うならアカタマの腹は、焼いたら妙な臭いを漂わせていたが……しかし嗅ぎ慣れないというだけで不快感はない。

 勿論ウゾウゾも美味しくなっている。それも前に食べたやつよりも格段に。経験を重ねた事で、最適な捌き方や焼き加減を習得したのだろう。

 シェフィルとしては何処に文句を付けられるのか、分からないぐらい上出来だ。そしてそれはアイシャにとっても同じなのか、不服そうな顔のままこくんと頷く。


「ええ、確かにとても美味しくなったわ。試しにアゴムシを生で齧ってみたけど、食えたもんじゃなかったし」


「アイシャの顎の力では噛み千切れませんでしたからねー。あれはあなたが貧弱なのがいけないと思いますが」


「……ええ、まぁ、確かにそうね。あと臭いし苦いし脂でギトギトだし。だから焼いて美味しくなったのは、料理としては大成功よ。だけど……ううぅぅ……!」


 心底悔しそうな唸り。そして落とした視線が向く先にあったのは、両手で抱えている『甲殻』。

 フワワンの外骨格だ。形こそ料理のために解体した時と同じ状態を保っているが……よく見ればこんがりと焼けている事が分かる。アイシャがこれも焼こうと言って、丹念に炙ったのだ。

 その時に漂わせていた香りは、シェフィルにとっては初めて嗅ぐものだった。生臭さにも似ていたが不快感はなく、むしろ食欲を掻き立てるものと言えた。

 しかし焼いた甲殻は劇的に硬くなり、アイシャどころかシェフィルの顎でも噛み砕けないものとなってしまった。加熱により、組成が悪い方に変化してしまったらしい。叩き割れば口に入るサイズには出来そうだが、それを飲み込んでも消化されず、胃腸を傷付ける恐れがある。

 よって食べない事にしたそれを、アイシャは随分大事そうに抱えていた。


「そんなに食べたかったのですか、それ。確かに匂いは良かったですけど」


「……直接食べるつもりはないわよ。ただ、これを煮込めば良いお出汁が取れたかもって思うと勿体なくて」


「おだし、ってなんですか?」


「定義という意味では、料理に旨味や香りを与えるためのもの、かしら。つまり料理の味をより良くするために入れる具材ね」


「んー? 美味しいなら、それを食べれば良いと思うのですが」


「そういう料理もあるけど、お出汁は味や香りを改善するのが目的よ。出汁が出た後のものを出し殻と言って、場合によっては取り除く事もあるわ」


「? なんで取り除くのです? そのまま食べれば良いのでは?」


 料理自体をほんの数時間前に知ったシェフィルには、出汁の考え方はちょっと難解だった。

 アイシャもそれは仕方ないと思っているのか。一旦そういう料理があると理解してと言い、それから出汁について語り出す。

 曰く、人類は古代より様々な食材で出汁を取ってきた。例えば昆布や鰹節、様々な野菜と動物質を合わせて作るブイヨンが有名だ。そうした出汁の材料の中には、エビなどの『甲殻類』を用いるものもある。

 フワワンの甲殻の香りは、エビなどの甲殻類に似ているらしい。香りが似ているという事は、旨味成分なども似ているかも知れない。仮に旨味が殆どなくとも香り付けだって料理を美味しくする技法の一つ。

 上手く使えたなら、料理の質が何段階も向上しただろう。


「ほへー。殻を使うだけでそこまで出来るのですかー」


 というアイシャの話を受け、シェフィルは素直に感嘆する。『味』のためだけに食材を使うなど無駄の極みにも思えるが、見方を変えればそこまでしたくなるほど料理が美味しくなるのだろう。

 シェフィルだってもっと美味しいものを食べたいという気持ちはある。別段好き好んで、食べる度に吐き気を覚えるような肉を食べている訳ではないのだ。勿論食料が足りない時にそれを追求するのは非合理だと思うが、生き物が豊富な今の時期ならやる価値はある。

 しかしどうやっても出来ない以上、諦めるしかない。


「ですが『にこむ』というのは、水がないと出来ないのですよね?」


「ええ、その通り。で、大気のないこの星だと水は液体になった途端気化して凍り付く。つまり液体の水は存在し得ない」


 たとえ液体の水が確保出来たとしても、油石の火力は瞬く間に水の温度を数万度も上昇させるほど強い。惑星シェフィルの生物相手には火傷させる程度でも、水なら数トンあっても瞬時に蒸発させるだろう。どうやっても煮込む事は不可能だ。


「だからないもの強請りなのは分かってるけど……ああ、もっと美味しく出来る自信があるのに」


 ガッカリした様子のアイシャ。何度もため息を吐いている。

 仕方ない事だとはシェフィルも思う。

 しかしアイシャが落ち込んでいるところは、出来れば見たくないという気持ちもあった。なんとかしてあげたくて打開策を考える。だが料理について何も知らない自分に何が出来るのかと、本能が冷静にツッコみを入れてくる。「それよりも他の獲物を捕まえる方が合理的だ」とも訴えてきた。

 確かに自分に出来そうなのはそれしかないと、シェフィルは本能の提案を快諾する。


「アイシャ、元気を出してください。とびきり美味しい生き物を捕まえてきますから!」


「……とびきり美味しい生き物?」


「はい! モージャの死骸です! 他の生き物と違って、あれは料理をしなくてもふつーに食べられるぐらいの味です! 料理したら凄い事になりますよ!」


 胸を張り、堂々とした物言いでシェフィルはアイシャを励ます。

 実際のところ、春になってかなり時間が経ったのでもうモージャの亡骸など何処にもないかも知れない。出来ない可能性が高い事をしようと言うのは、なんとも不合理だとシェフィルも思う。だが他にやれる事も思い浮かばない。

 果たしてシェフィルの想いはアイシャに通じたのか。くすりとアイシャは笑みを浮かべる。


「まぁ、確かにあれは脂ギットギトだから、焼いたら美味しそうよね。溶けた脂がぼたぼた滴る様子が目に浮か……」


 ただしその笑みは、同意した傍から固まった。

 ただ固まっただけではない。アイシャの目は左右に小刻みに揺れ動き、思考を巡らせている様子だ。

 何を考えているのだろうか。尋ねようとシェフィルが口を微かに開いた瞬間、


「……………アヒージョ」


 ぽつりとアイシャはそう呟いた。

 あひーじょ? 聞いた事もない単語に、シェフィルはキョトンとしてしまう。するとアイシャはその隙をつくかのような勢いでシェフィルに迫り、手をがっしりと握り締めてきた。

 続いて自身の興奮を表すように、ぶんぶんと手を掴んだまま腕を振るう。


「アヒージョ! そうよアヒージョよ! なんでこれを忘れていたのかしら! あはははは! モージャの肉があれば、アヒージョを作れるわ!」


 爽やかに、高らかにアイシャは笑う。見方によっては異様な興奮状態で、意味の分からない事を叫んでいるようにも映る。

 けれどもシェフィルはそんなアイシャを心配せず、むしろ口許に笑みを浮かべた。心から楽しそうに笑っているアイシャを見れば、彼女がおかしくなった訳でない事は明白なのだから。

 ただ一つ問題を挙げるとすれば。

 「やっぱモージャの死骸はもう何処にもありませんね!」という、かなりの高確率で起きる現実に直面した時、どう言い訳すべきか分からないぐらいか。

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