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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第三章 進化の根源
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進化の根源06

「いやはや、凄いものでしたぁー……ウゾウゾがあんなに美味しくなるなんてぇー……うへへへへへへ」


 感謝の言葉を述べながら、シェフィルは頬がどんどん弛む。今にもどろっと溶け出しそうなぐらいに。

 焼きウゾウゾを口に入れて早十分。ようやく正気に戻った……と言えなくもない程度だが理性的になったシェフィルに、アイシャは苦笑いを返す。


「まさかそんなに喜ぶとは思わなかったわ。そりゃ、あのウゾウゾがこれだけ美味しくなるとは私も思わなかったけど」


「なんかもうこれ以外食べたくないぐらい美味しかったです」


「それだけ喜んでもらえたなら、こっちとしても作った甲斐があったわ。まぁ、地球とかの文明圏ならこれよりもっと美味しいものがふつーにあるけど。というか一般人に出したら、速攻で不味いって言われるわね」


 食材とか器具とかが此処よりもずっと良いし、と付け加えるアイシャ。焼きウゾウゾすら不味いとは、文明に浸った人類の舌は一体どれだけ肥えているのか。

 シェフィルには想像も付かない話であるし、信じ難い事でもあった。

 しかしアイシャの言葉に嘘はない。焼きウゾウゾはシェフィルにとって驚くべき美食であったが、人類文明で作られている料理と比べれば『ろくなものではない』味だった。人類文明は幾万の歳月を費やして食の品質を改良している。より美味しく食べられるよう生命の形質を操り、より美味しく調理出来るよう数多の特殊器具を作り出した。食材も、器具も、方法も、全てが至高の領域であり、今も発展は留まらない。

 品種改良も何もないどころか、身を守るため不味く進化したウゾウゾを焼いただけの料理。こんなものが人類文明の辿り着いた味覚の境地に、足下ですら及ぶ訳もないのだ。

 シェフィルには人間達がどんなものを食べているのか、想像も付かない。そこまで人の舌を肥やした『料理』に一層興味が湧く。尤も、宇宙船も人類居住惑星の場所も知らないシェフィルには行きようがないが。

 それよりも、今そこにある味覚を楽しむ方が合理的だろう。まだウゾウゾの身体は残っているのだから。


「アイシャ! 次はその中身を焼きましょう! 焼いたらどうなるのか気になります!」


「はいはい、そんな慌てないで。すぐに作るから……ふふっ」


 湧き立つ想いを止められず、シェフィルは次を要求。そんなシェフィルを窘めた後、アイシャはくすりと笑った

 直後、ハッとしたような顔になるアイシャ。次いで家の壁に向かうと、ガツンッと額を壁に打ち付けるという謎行動を起こす。


「アイシャ? どうしましたか?」


「う、ううん! なんでもないわ! なんでもない……うぅ、子供が出来たらこんな感じかもとかなんで考えてんのよ私ぃぃ……」


 アイシャの小声でのぼやきは、しっかりシェフィルの耳にも届く。とはいえ子供がいた時の想像の何が悪いのか、理解出来ないシェフィルにアイシャの気持ちは分からない。

 もしもここでシェフィルが「子供がいたら何か問題があるのですか?」と訊けば、アイシャはまた一段と悶えただろう。しかし分からないが故にシェフィルは黙っていたので、アイシャは数十秒ほどで我を取り戻す。赤面した顔も可愛いなぁと、シェフィルは思った。


「お、おほん……兎も角、次は体組織の方を焼いてみましょうか」


「はい! 楽しみです!」


 アイシャは体組織を手で掬うと、フカフカボーに擦るように塗りたくる。粘性が高いお陰で簡単に巻き付き、フカフカボーの周りに留まる。

 それを火にかざすと、ぼこぼこと蠢く。例え液状でも、やはりウゾウゾの肉体。エネルギーを得れば活動するという事か。

 今度は先程よりも焼き時間は短め。白濁していた体組織は透き通り、やがて綺麗な黄色へと変わっていく。アイシャ曰く飴色と言うらしい。

 皮を焼いた時よりも美味しそうな色合いだ。アイシャとしても今度は満足いく焼き加減だったようで、朗らかな笑みを浮かべる。


「良し、焼けたわ。はい、どうぞ」


「はい! ぱくっ!」


 受け取った瞬間、シェフィルは焼き体組織を口にする。満面の笑みでシェフィルはそれを噛み、味わい……

 顔を嫌悪感で歪めた。

 次いでだばーっと、その中身を吐き出す。


「に、にがひぃぃいぃいぃ……」


「えっ。そんなに?」


 苦悶の顔を浮かべるシェフィルに驚きながら、アイシャも焼き体組織を食べる。

 アイシャの顔がシェフィルよりも酷くなるのに、然程時間は掛からなかった。


「ごほぉ!? げほっ! ごほっ……こ、これは確かに無理ね。まさかここまで苦味が出るとは思わなかったわ。おまけに旨味とかは全然ないし」


「無理ですこればぁぁ……」


「ああ、食べた量が少なくて助かったわ……」


 一口齧っただけのアイシャはすぐに平静を取り戻したが、ぱくりと丸ごといってしまったシェフィルは中々調子が戻らない。苦しみ、藻掻き、呻き続ける。

 例えるならば、その苦味は針のよう。舌ところか頬や歯茎にすら突き刺さり、強烈な刺激を与えてくる。口全体が痺れたような感覚に見舞われ、最早これはただの毒なのではないかと思うほどだ。

 感覚の全てが演算によって処理されているこの星の生物なら、この不味さにも難なく耐えられるだろうが……あまりにも刺激が強いので、毒性だと誤認して食べるのを止めてしまうだろう。元が無害なウゾウゾだと理性的に判断しなければ、我慢して食べる事も出来ない。だからこそシェフィルは苦しみながら食べているのだが。

 どうにか落ち着けたのは、食べてから数分経ってから。それでもまだ舌に焼き付くような、とんでもない苦味が残っていた。


「うぅ……これは駄目です。私でも食べられたもんじゃないですよ」


「かもねぇ。焼いて苦味が増大するなら、中身は加熱したら駄目ね。ああ、いや。茹でこぼしという手があるか。苦味が水溶性ならなんとか出来るかも」


 まだ諦めていないのか、ぶつぶつとアイシャは独りごちる。

 正直なところもうウゾウゾの焼き体組織は食べたくないと思ったが、しかし『ゆでこぼし』なる料理には興味が湧いた。こんな苦いものを食べるための料理方法なのだとすれば、人類文明の食への探究心はちょっとシェフィルには理解し難い。だからこそ惹かれる。


「ま、それは後々やり方を考えましょう。それよりも、残りのウゾウゾを食べましょうか。今度は練習じゃなくて、美味しくね」


「……そうですね。ええ、それが良いと思います!」


 尤も好奇心は、間近にある美味しいものにあっさり上塗りされたが。

 これまでの料理で練習台にされたウゾウゾは五匹。しかし捕まえてきたウゾウゾは十匹なのであと五匹もいる。練習にかれこれ一時間ほど使ったので、すっかり頭を再生させていたが……その治りたての頭を潰せば動きを止めるのは簡単だ。

 そして食べ方の試行錯誤が必要なければ、この五匹のウゾウゾを捌く事などアイシャにとっては造作もあるまい。


「さぁ、今日はウゾウゾパーティーよ!」


「わーい!」


 パーティーなるもの知らぬシェフィルであるが、楽しげな響きに両手を上げて喜ぶのだった。

 ……………

 ………

 …

 焼きウゾウゾによるパーティーは、ほんの三十分ほどで終わった。

 捌いては食べ、捌いては食べ。それを繰り返したら五匹のウゾウゾを、シェフィル達はあっという間に平らげてしまった。体長二十センチもあるウゾウゾを一人二匹半以上、試作分も含めれば五匹近く食べたと思うと、中々の量である。

 この星に暮らす生物は、大抵の場合大食漢だ。何しろ身体能力が高く、星のエネルギー吸収に対抗するため常に発熱していなければいけない。ウゾウゾのようにそこら中に餌があるなら兎も角、獲物を襲って食べるような種は、出来るだけたくさんの餌を食い溜めしておこうとする性質がある。シェフィルの身体(そしてアイシャの身体も)にもその機能はあるので、五匹以上のウゾウゾを食べられた事自体は驚くに値しない。

 シェフィルが驚くのは美味しくない、いや、美味しくなかった春のウゾウゾを最終的に五匹も食べてしまった事だ。ここまで夢中に食べてしまうとは、料理とはなんと凄い技術なのだろう。


「あぁー……満腹で、幸せですー……」


「そりゃ何より。作った側冥利に尽きるわね」


 家の床こと地面に仰向けで横たわり、蕩けた顔を見せるシェフィル。傍で同じく転がるアイシャも、心底嬉しそうに語った。


「人間というのは、凄いですねー。料理でこんなに味が変わるなんて、思いもしませんでしたよー」


「ふふん、料理は人類の叡智の中で、最も歴史あるものよ。少なくとも私はそう信じてる。まぁ、今時の現代人は料理なんて殆ど作らないけど」


「? 何故です? 生肉の方が好きになったのですか?」


「違う違う。料理はしないけど、料理自体を放棄した訳じゃないわ。ただ、機械が作るのに任せるようになっただけ」


 アイシャ曰く、現代の人類文明では何処の家庭でも家政婦アンドロイドが普及しているという。

 家政婦アンドロイドは人間を『家事』という労働から開放した。一般家電と同程度の充電をさせれば、掃除も洗濯も買い物も、そして料理も作ってくれる。人間が何かをする必要はない。高度で生産性のある仕事(活動)の後は、優雅に家でくつろげば良い。

 しかも家政婦アンドロイドの作る料理は絶品だ。何故なら彼等には家人に関する情報をデータベースで纏めており、その人間が好む最も適切な味を解析出来るからである。体調や前日食べたもの、思考パターンさえも解析し、本人すら自覚していない『最高の味』を導き出す。

 おまけに機械である彼等は手間を惜しむ、勘違いするという概念すらない。調味料は一ミリグラムのズレもなく投じられ、四人家族でもそれぞれの好みに完璧に合わせられる。焼き加減も赤外線センサーで常に把握するため、壊れていない限り失敗はあり得ない。

 人間がどれだけ頑張っても、このアンドロイドを超える料理は作れない。


「もう、人間が機械以上に出来る事なんてない時代だもの。より美味しいものが作れるんだから、そっちを頼るのが合理的よね」


「ほへー。人間の作る機械って凄いんですねー……あれ? ならどうしてアイシャは料理が出来るのですか? 機械に任せていたら、自分が作れるようにはならないと思うのですが」


 首を傾げながらシェフィルはアイシャに尋ねる。

 シェフィルとしては、この問いに深い意味はない。なんとなく気になったから言葉に出しただけ。

 しかしアイシャにとってはそれなりの意味があったのか。シェフィルに問われた彼女はぐっと口を閉ざしてしまう。

 尤も、閉じていた時間はほんの数秒だけ。小さなため息を吐いた後、アイシャは口を開く。


「……なんというか、きっかけについては一言で言えなくもないけど、言いたくもないというか」


「? つまり?」


「……つまり。初恋の人が出来て、手作りお弁当を食べてほしかったからよ」


 拗ねるような、不愉快そうな、そんな声色でアイシャは答えた。

 シェフィルにとって聞き捨てならない台詞だ。ハツコイなるものが何か、最初は分からなかったが……アイ()という言葉の仲間のように感じられたのだから。

 根拠のない直感であるが、無視は出来ない。したくない。


「むぅ。そのハツコイというのはなんなのですか? なんかアイに近い響きを感じるのですが……もしやアイシャはその人と繁殖したのですか?」


「ぶっ!? し、してないしてない! 繁殖はしてない! 愛とかもないし! したのは恋だけだから! そ、その、恋って言うのは、愛の前段階みたいなものよ!」


「そうですか」


 アイシャは大慌てで否定。そこまで強く否定するものなのか? アイシャの気持ちが分からず、シェフィルはまたもこてんと首を傾げる。

 ……ついでに、自分の気持ちも分からない。何故あのような質問をしたのだろうか。アイシャが誰かと繁殖していたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。むしろ繁殖経験がある方が、自分と繁殖した後の子育てを上手くしてくれそうで好都合ではないか。

 なんだか胸の奥がもやもやする。

 自分の中に渦巻く不可思議な感覚に意識が向きそうになるシェフィルだったが、それを『現実』に引き戻したのはアイシャの咳払いだった。


「ん、んん……兎に角、繁殖とか関係なく好きな人に、手作りの料理を食べてほしかったの。だから本とかネットとか使って、色々勉強したわ。失敗もいっぱいしたわね」


「ふむふむ。べんきょーというのはよく分かりませんが、頑張ったという事ですかね?」


「そうね、私的には頑張ったわ。それでお弁当を作って、その好きな人に食べてもらったの」


「ほー。それで、どうなったのです?」


「そいつはね、ハッキリこう言ったわ――――不味いって」


 キッパリと、迷いない口振りで語られた答え。

 しかしあまりにも酷い答えに、シェフィルは困惑から固まってしまう。だがアイシャは止まらない。


「そりゃまぁ、高々一週間かそこらしか練習してませんし? アンドロイドの腕前と比べたら拙いなんてもんじゃないでしょうから、不味いという評価自体は仕方ないわ。ええ、うん、今思えばね」


「は、はぁ」


「だけどその後なんて言ったと思う!? プロでもないんだからこんな無駄な事はしない方が合理的だ、君との交際はコストパフォーマンスが悪そうだから遠慮しとくよって言いやがったのよアイツ!」


「……………」


「そりゃ最近の男女交際もコスパで判断するのは知ってたし! 整形で見た目を変えるのも普通だから価値観が合う方が重要なのは分かるわよ! だからって人が一生懸命作った料理をコスパ呼ばわりしやがって! ああ今思い出しても腹が立つ!」


「……………」


「だからもう、むかっ腹が立って仕方ないから見返してやるつもりで料理ばかりしてて。で、趣味になったの。趣味としての料理は普通だし。だから私が料理出来るのはそのクソ野郎のお陰。以上!」


 最早途中からシェフィルは相槌すら打っていないが、アイシャは言いたい事を言いきってスッキリしたのか。腹が立つと言いながら、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 途中からアイシャの話はよく分からなかったが、シェフィルにも理解出来た事が一つある。それはアイシャが恋した人間が、アイシャを拒んだという事だ。

 しかも、よりにもよって料理を理由にして。


「……意味が分かりません。アイシャの料理、すっごい美味しかったのに」


 それはシェフィルにとっての本音。心からの言葉。

 果たしてアイシャは、どう受け取ったのか。


「……ふふ。そうね、こんなに美味しい料理を作れる彼女、今時珍しいのに。逃した魚は大きいって諺、知らなかったかもね」


「大体合理的だのなんだの言う割に、アイシャと繁殖する機会を逃してるじゃないですか。コイがアイの前段階なら、まずはコイする相手を確保すべきです。子孫を残すという最終目的を見失ってる以上、アホとしか言いようがありません」


「あはは! 確かに、全然合理的じゃないわねぇ。ご飯を作ってくれる上に繁殖まで出来るなんて、どー考えても最高の相手なのに。そんな奴こっちから願い下げだわ」


 けらけらと笑うアイシャの顔は、心からのものに見える。

 その笑みを見ながらシェフィルが思うのは。


「(そのアホがいなかったら、こういう時間もなかったのですかね)」


 アイシャとの時間が、掛け替えのないものだという感覚だった。

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