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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第二章 絶対凍結気候
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絶対凍結気候06

 冬が到来して、しばらくが経った頃。

 一日の始まりを告げる恒星(日の出)がないこの星には、『日数』を数える術がない。しかしシェフィルの体内には優秀な生体時計が存在し、正確に時間を刻む事が出来た。意識してカウントすれば極めて正確な秒数を数えられ、意識せずとも大まかな時間経過は把握可能だ。

 ちなみにこの時間の『単位』、つまり「一秒の長さはどれぐらいか」は、シェフィルが乗っていた宇宙船の電子機器から母が取得したものを使っている。そのため人間が用いている秒の間隔とほぼ同じである。ちなみに惑星シェフィルの生物が用いる『体内時計』は電子機器よりも正確に時間を数えられるが、十六進数で計算するため人間の時間感覚と一致しない。なのでアイシャ(人間)が用いる時間単位を使う時には、秒数で数える方がズレは生じ難い。

 話を戻すと、秒数から分に変換し、分から時間に変換していく事で、シェフィルは人間が用いる暦を数値上でなら扱える。二十四時間を一日として数えれば……今は冬が到来して、まだ半日と経っていない頃か。


「う、うぅう……」


 早速、アイシャが苦しそうに呻き始めた。

 家である洞穴の奥深く。あらゆる電磁波が吸収されて一ミリ先さえ見えない暗黒の空間内で、シェフィルはアイシャと共に身体を毛皮で包んでいる状態だ。本来呻く声の電磁波も吸い尽くされるが、身体を密着させていれば多少伝わる。

 そして呻く理由も、大凡見当が付いた。


「お腹、空きましたか?」


「う、うん……なんか、急に腹ペコに……」


 赤くした顔(暗くてシェフィルには見えていないが)を俯かせるアイシャ。『恥ずかしい』の概念を持たないシェフィルには、アイシャの反応の意味はよく分からない。

 ただ、当然の生理反応にあれこれ思うのは無駄だ。それは伝えておくべきだろうと考える。


「アイシャ、お腹が空くのは当然です。私達は今、体温を上げています。その分多くのエネルギーが必要になるのですから、身体が食物を欲するのは必然と言えます」


 細胞が熱を生み出すには、多くのエネルギーが必要だ。それは惑星シェフィルの生物であっても同じ。そして一般的にそのエネルギーは食物から得ている。

 体温を維持するために発熱し続ける細胞は、大量のエネルギーを消費している。エネルギー不足を感じ取った身体は、それを補充する行動を促進。これが空腹感の正体だ。

 その空腹を無視するのは、決して良い事ではない。本能的欲求というのは問題があるから生じるものであり、無視し続ければ身体の機能を維持出来なくなってしまう。


「実のところ、私達が冬の寒さで凍え死ぬ事は殆ど心配する必要がありません。今のように、体温を作り出すのは簡単だからです。少し前に話した、冬の半ば頃に訪れる強烈な寒さだって、中和する事自体は難なく出来ます」


「……でも、その分エネルギーを使うって事ね」


「その通りです。本来なら冬が来る前にたらふく脂肪を蓄えておき、寒さに備える訳ですが……今回はその時間がありませんでした。私達の身体はエネルギーが少ない状態だったのです。空腹は正しい反応ですよ」


 シェフィルはそう言って、包まっていた毛皮の外に片腕を伸ばす。本当は両手を使いたいが、アイシャを手放す訳にはいかない。片手で頑張る。

 探るように手を右へ左へと動かし、こつんと指先に触れたものを引き寄せれば……大きな骨が手元にやってきた。

 かつて仕留めた大型生物の骨。それを用いて加工した槍だ。形こそ槍型に整えているが、素材としては一本の骨である事に違いない。

 惑星シェフィルの生物が持つ骨は、人間の骨とは起源が違う。外皮の一部が内側へと入り込み、身体の中心を通るように伸びたもの。つまり表皮由来の器官だ。このためカルシウムなどの金属成分はあまり含まれていない反面、タンパク質や脂質など、表皮に多く見られる物質は豊富である。

 これをシェフィルは齧る。

 ガリガリと、前歯で削るようにして少しずつその欠片を口に含む。小さな欠片を奥歯で磨り潰し、何度も何度も噛んで更に細かくしていく。

 念入りに噛むのは、吸収効率を上げつつ、消化の負担を減らすため。少しでも細かく粉砕する事で、分解しやすくなる。これにより増量するカロリー、軽減する負担は微々たるものだろう。しかしこの微々たるものの積み重ねが、冬の終わり頃にずしんと伸し掛かる筈だ。


「アイシャ、これを食べてください。少しずつ齧って、奥歯で磨り潰してから飲むように。消化の負担が違います」


「う、うん。分かった」


 手渡した骨を、アイシャはもぞもぞと動きながら口許に運ぶ。カリカリ、コリコリ……中々苦戦しているようだが、焦る必要はない。どうせ時間はたくさんあるのだから。

 出来ればアイシャの頑張りを眺めていたい。しかし残念ながら、アイシャと違ってこちらはあまり余裕がない。

 初めて冬を経験するアイシャは兎も角、シェフィルにとっては幾度目かの冬。故に、自分達の置かれている状況が好ましくない事をちゃんと理解していた。それもかなり、致命的なまでに。

 何しろ冬支度がちゃんと出来ていないのだ。このまま漫然と過ごせば、間違いなくエネルギー不足で二人とも死に至る。それも後になるほど身体の中のエネルギー残量が減って、取れる行動の選択肢は狭まっていく。よって早急に打開策を考えなければならない。

 まずは状況確認、家の中の『食糧』を把握する。


「(動物質のものならあちこちに置いてあるんですが、どれもこれも食べる訳にはいきません)」


 単純に『食べられる物』で言えば、シェフィルの家の中にはそれなりに数が揃っている。例えばシェフィル達が今纏っている獣の皮も、食べようと思えば食べられる代物だ。腹を満たし、空腹を和らげる効果はあるだろう。

 だが、実際に食べるのは好ましくない。

 何故なら余計に腹が減るから。この毛皮は極めて頑強なものであり、ちょっとやそっとの事では劣化もしない。食べた場合、その分解には大量の消化液や酵素が使われるだろう。

 消化というのは大きなエネルギーを使う作業だ。例えば酵素はタンパク質であるため、消化の度に大量のタンパク質を消費しているとも言える。合成に多くのエネルギーを使うのは勿論、タンパク質の材料となるアミノ酸も多く使う。勿論これらの源は、身体の中に蓄えている栄養である。もしも食べ物から十分な栄養分を摂取出来なければ、逆に身体は痩せ衰えていく事になるのだ。また飢え死に寸前の状況で負担が大きな食べ物を口にすると、一気にエネルギーが枯渇して死に至る事もある。

 腹が減ればなんでも喰える、という()()()()()で自然界は生き残れない。情け容赦のない過酷さだからこそ、食べ物はある程度厳選が必要だ。

 そうやって絞っていくと、シェフィルの家の中で食べられそうなのは……今しゃぶっている骨と、まだ手を付けていない数本の()、そして冬の直前に捕まえたメンメン十匹だけ。


「(どう考えても二人分の食量には足りませんね)」


 想定外の速さでの訪れ故に、準備が間に合わなかったのだから当然の事。当然の帰結であるし、過ぎた事に今更あれこれ言っても仕方ない。現状を変えるには、具体的な行動が必要だ。

 一番簡単なのは、追加で獲物を捕る事だろう。というより他の手はない。家の中には食べ物がないのだから。

 幸いにして、食べ物のある場所に心当たりはある。


「(まず、メンメンを捕まえたあの池。あそこに行けばまだいくらかメンメンはいるでしょう)」


 冬の到来により、池の中のメンメンは凍り付いている筈だ。捕まえるのは難しくない。あそこまで行けば、メンメンの確保は出来るだろう。

 しかしあまり数を捕れば、メンメンは容易く個体数を減らしてしまう。あの池の個体がいなくなっただけで絶滅には至らないし、自分が死ぬよりはマシだが、次の冬を乗り越えるための手段がなくなるのは将来的に不味い。それに遠出というほどの距離ではないが、此処から池までの距離はそこそこある。エネルギーを奪われていく冬に長距離移動を行うのは、リスクがかなり大きい。

 よってメンメンの追加捕獲は最後の手段に取っておく。ある程度追い詰められるまでは、他の獲物でやりくりすべきだろう。


「(私にとっても急な寒さです。他の生物にとっても、恐らく急なものだったでしょう)」


 冬に備えるため地上を歩いていた生物は、数こそ多くないが、全くのゼロではない筈。

 そしてシェフィルのように、不意を突かれた個体も多い筈だ。無論それらの生物も寒さに対抗しようと、シェフィルと同じように体温を上げるなどして対処したに違いない。

 だが、シェフィルが冬の強襲を乗り越えられたのは、もう五回もこの寒さを経験してある程度慣れていたからだ。それと繁殖可能になったばかりの、人間という生物の全盛期を迎えた身体というのもある。生まれたばかりの幼体や、年老いた個体であれば、あの寒さに耐えられず凍り付いているかも知れない。

 運が良ければ家であるこの横穴から出たすぐ近くに、それこそ二人分の食糧が転がっている可能性もある。まずはそうした、不運な生き物探しからやるのが妥当だろう。

 とはいえ、今から外を歩き回るのはやはり危険なのだが。


「(……今回は寒さからして、かなり強いでしょうし)」


 ちらりとシェフィルが目線を向けたのは、外へと続く家の出入り口。

 普段であれば星空と平坦な大地が見える。その僅かな光も全て吸い尽くされ、今は何も見えないが……過去四回も経験していれば、何が起きているかは知っている。

 今頃、この近くの何処かで猛烈な『嵐』が発生しているだろう。

 嵐といっても風や雨は吹き荒れていない。全てが凍り付く寒さの中では、風となる大気も液体も存在しないのだ。では何が嵐を形作るかと言えば、大地に降り積もった雪こと固体分子である。

 降り積もっていた多種多様な固体が、まるで沸騰するかの如く高々と浮かび上がるのだ。その高度はざっと百メートル近い。もしもその上にいれば、シェフィルの身体も同じぐらいの高さにまで打ち上がるだろう。

 舞い上がるのは雪だけではない。その雪に埋もれていた岩なども舞う。岩の直径はざっと十メートルを超えており、あんなものが直撃すれば、シェフィルでもそれなりの怪我を負ってしまう。おまけに沸き立ち方には『ムラ』があり、岩が何時、どのぐらいの勢いで、何処から飛んでくるか分からない。尤も、沸き立つ足下と共に浮かんだ身体では、どれだけ注意しても飛んできた岩は避けられないだろうが。

 この奇妙な『嵐』は冬の特徴的な景色だ。母から伝え聞いた理屈曰く、これは惑星シェフィルの気候に由来するものらしい。

 常に熱エネルギーを吸収している惑星シェフィル。その大地の大部分は、実のところ熱エネルギーが枯渇した状態である絶対零度(氷点下二百七十三・一五度)にはなっていない。その周囲に暮らす生物達の体温や行動により、常に加熱されているからだ。それでも水素が凍り付く氷点下二百五十二度を下回っているが、兎も角生物のいる土地は地下深くよりも暖かいという。

 しかし冬が訪れると、この温かな熱が急速に奪われていく。場所によっては一気に二十度近く低下するらしい。

 この急激な冷却作用により、地中の岩盤に大きな亀裂が入る事がある。亀裂が生じた際のエネルギーも吸い取られるが、発生から吸収までに僅かな猶予があるため、周囲数百メートル程度の範囲には衝撃が届く。届いた衝撃により大地は局所的に揺れ動き、揺れ動いた大地が固体化した分子や岩を吹き飛ばす。

 これが地上で起きる嵐のメカニズムだ。地下にある大きな岩盤の周囲でのみ起きるため、嵐一つの範囲は極めて狭いものだが……岩盤自体は複数存在しており、嵐もまた複数ある。おまけに何時、何処で発生するかも分からない。

 シェフィル達の暮らす横穴は、母が地下に何もない事を確認済みであるため安全だが……外は何処が安全圏か分からない。今から外出しても、翻弄された挙句大岩の下敷きになりに行くようなものだろう。


「(でも、何時かは止みます)」


 されど嵐は永遠ではない。いずれ地中の岩盤は冷えた状態で安定し、亀裂の発生も止まる。そうすれば嵐は収まり、岩などが飛んでくる事もない。

 嵐が止んだ後なら外に出られる。嵐は時として数百メートルもの岩盤崩落や隆起も引き起こすため、外に放り出された生物の凍結体が見付けられるかも知れない。それを食べれば、大きさ次第とはいえ飢えを凌げる筈だ。

 しかし何時嵐が止むかは分からない。通常であれば冬の半ば頃だが、今回がその通りになるかは不明だ。それにエネルギー吸収自体は止まっていないので、電磁波の失われた地上は真っ暗。視覚頼りのシェフィルには厳しい環境である。

 何より嵐の後には、『あの生物』が現れるようになる。

 決して強い生物ではない。しかし冬の間であれば、どんな生物よりも強い優位性を持つ。冬以外ならどうでも良いが、冬の間は絶対に会いたくない。可能ならば、奴が活動している期間の外出は避けたい……

 様々な考えが頭を過っていく。だがいずれも条件が厳しく、簡単にはいかない、或いは危険なものばかり。分かっていた事だが厳しい現実を前に、シェフィルは少しばかり表情を強張らせた


「シェフィル、どうしたの……?」


 時に、アイシャが声を掛けてきた。

 シェフィルは驚いた。電磁波が吸い尽くされている今、微かな電磁波で世界を見通していたシェフィルであっても、景色は殆ど見えない。密着しているアイシャでさえ、肌から伝わる電磁波なしには何一つ分からない状態だ。

 ましてやアイシャは、『蘇生』したばかりの身体である。寒い時に使うべき、自分の身体の機能も満足に把握していない赤子のような存在。無論目にも同じ事が言えて、今の状況ではろくに周りなど見えていない筈だ。それこそ、今一枚の毛皮の内側にいるシェフィルの顔も見えていないと思われる。

 なのにアイシャはシェフィルの変調を察知したかのように尋ねてきた。隠していたつもりはないのだが、ハッキリと気配に出していたつもりもない。


「――――どう、と言いますと?」


 驚きのあまり、思わず訊き返してしまう。誤魔化すような言い方をした自分に、シェフィル自身少し驚いてしまうぐらい無意識の言葉だった。

 されどアイシャは答えず、ぴとりとシェフィルの身体に寄り添う。暗闇の中にある顔は見えないが、身体は微かに震えていた。

 恐らく、不安なのだろう。

 誰かの心を読むなど、シェフィルには出来ない。しかし人間であるが故に、様々な事柄から感情を察する『共感』の能力を持つ。社会性生物である人間が得意とする技だ。

 それにシェフィルも初めて冬を経験した時、アイシャと同じように不安になった。安心したい、安心させてほしいと、心の奥底で願っていた。


「……そうですね。ちょっと問題はあります」


 だからといって事実を誤魔化す事はしない。本当の事を知らなければ、正しい事は出来ないのだから。


「……そう。ごめんなさい。多分、私がいたから、支度が出来なかったのよね」


「何故謝るのです? あなたは私の邪魔をしに来た訳ではないのですから、何も悪い事などしていないでしょうに」


 謝罪してくるアイシャに、シェフィルは尋ねる。本心から、シェフィルはアイシャに過失はないと思っている。

 想定よりも早い冬の訪れも、そんな時期に起きたアイシャの到来も、全ては偶然の産物。

 そして偶然の結果死ぬなんて、生物の世界では珍しくもない。誰が悪い、運が悪いと考えるだけ無駄だ。アイシャが意図的に何かしたのではない以上、謝られても意味が分からないだけ。

 仮に、アイシャが何かした結果がこの状況だったとして。


「まぁ、なんとかなるでしょう。これまでもなんとかしてきましたし、なんとかしなければなりません。今までとなんら変わりませんよ」


 やる事は何時もと同じ。精いっぱい、生き延びるだけだ。

 果たしてアイシャはその言葉をどう感じたか。アイシャからの答えはない。

 けれども、きゅっとシェフィルが着ている獣の皮の裾を掴んできたので――――悪い感情ではないだろう。自分が小さな頃、母の触手相手にそうしていたのだから。

 これでは繁殖相手じゃなくて子供ですね。

 そう思いながらも、シェフィルは何も言わずに口を閉じる。アイシャの気持ちを汲んだのではなく、少しでも消耗を抑えるための行動だった。

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