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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第二章 絶対凍結気候
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絶対凍結気候04

 凍ったメンメンを纏めて家まで運んだら、次は飼うための液体を運ぶ。

 昔拾った大型生物の頭蓋骨をそのまま用いた容器には、あちこちに穴があるため見た目ほど多くの液体は運べない。両手を器にするよりはマシ、という程度のものだ。ここに池の液体を貯める。

 池との間を何往復もして、家である横穴の中にちょっとした『池』を作る。直径五十センチぐらいの、とても小さな池だ。ちなみに池の底はシェフィルが軽く掘って凹ませているが、本当に軽くでしかない。

 そこに体長三十センチにもなるメンメンを十匹も入れるのだから、池の中はとても窮屈な状態となった。液体に浸して数十秒も経つと、凍っていたメンメンの身体は溶けて動き出す。すると他の個体とぶつかり、その刺激に驚いたのか力強く跳ねる。その跳ねた衝撃で他の個体も跳ね、他個体とぶつかった他の個体も……という具合に混乱が連鎖していく。

 びっちびっち、ばっちゃばっちゃ。十匹全部が激しく暴れ回るものだから、狭さ以上に住心地が悪そうだ。


「……なんというか、もうちょっと広い方が良くない?」


 アイシャから哀愁に満ちた言葉が出てきたのは、最期の時をこの狭い場所で過ごすメンメンへの同情だろう。

 シェフィルにも同情心ぐらいはあるので、アイシャが抱いた気持ち自体は理解する。しかし此処は苛烈な環境の世界である惑星シェフィル。生き残るためには不要な同情心を捨てて、効率的にやらねばならない。


「どうせ冬の間に全部食べるんですし、こんなもんで良いですよ。穴を広げるのだってそこそこエネルギーを使いますし。それに今は暴れていますが、基本的に大人しい生き物なのでそのうち落ち着きます。一旦落ち着けばあとは殆ど動かないので、早々暴れ出す事はなくなりますよ」


「いや、でもこう……広く飼った方が美味しいかも知れないわよ? ストレスがなくて」


「幼い頃、池で捕まえたばかりの奴を食べた事がありますが、残念ながら味は変わりませんでしたね。のびのび生きても食味は大差ないかと思います」


 アイシャの提案をシェフィルはばっさりと理屈付きで否定。アイシャは苦笑いを浮かべた。

 ただ、すぐに納得出来ないとばかりに眉を顰める。


「……味が変わらないって言うなら、あの大きな頭蓋骨で飼ってる奴はなんなのよ」


 そう言って指差したのは、部屋の一角にある大きな頭蓋骨。

 正確には、その中で飼われているメンメンだ。

 アイシャがこの星に訪れる前から、シェフィルはメンメンを飼っていた。それも人間の頭よりも大きな頭蓋骨に、たった一匹だけ入れた状態で。五十センチしかない即席池に放り込まれた十匹とは扱いが明らかに違う。

 怪訝そうな眼差しを浮かべるアイシャは、こちらの痛いところを突いたつもりかも知れない。しかしシェフィルとしてはちゃんと理由がある。


「あれは保存食ではなくペットです。もうずーっと飼ってる個体ですね」


 端から食べ物ではなく、愛玩用として飼育してきた存在なのだ。

 まさかシェフィルから『ペット』という言葉が出るとは思わなかったのか。アイシャは目を丸くして驚いた。メンメンとシェフィルの顔を交互に見つめ、そしてまた目を見開く。


「えっ? マジでペットなの?」


「はい。まぁ、最初は普通に食べるつもりで捕まえたのですが、突然変異なのか全然成体にならない個体でして。当時の冬を乗り越えた後もなんとなーく一緒に暮らしているのですが、付き合いが長くなったら流石に愛着も湧いてきましてね」


 一度愛着が湧くと、食べようという気は全く湧かなくなった。これまでの人生で飢え死にしそうになった経験は一度や二度ではないが、このメンメンを食べるのは「最後の手段」として何時も後回し、結果ここまで食べずに暮らしている。

 飼われているメンメンは、その事に感謝やらなんやらは感じていないだろう。あのメンメンにとっては頭蓋骨の中が住処であり、ただそこで生きているだけ。そもそもウゾウゾ並に単純なあの身体には、何かを記憶するための発達した神経系は存在しない。シェフィルの存在を認知しているかも怪しいところだ。

 それを理解した上で、シェフィルはこのメンメンと一緒にいたいと思っていた。母からは【非合理的な対応ですね】と言われているが、だからといって止める気はない。知性ある生物とはただ合理的に振る舞うものではなく、気紛れに非合理を嗜む事もあるのだ。勿論生存を脅かさない範囲で、という意識は忘れずにいるが。


「あの子に手を出したら流石に怒りますからね? 食べちゃ駄目ですよ?」


「いや、流石に人様のペットは食べないわよ……というか今捕まえてきたのも、まだ食べない方が良いわよね。冬の間の保存食なんだし」


「そうですね。今から食べる物はまた取りに行くとしましょうか」


 アイシャの言葉に同意しつつ、シェフィルは外の景色を眺める。今度はどの獲物を探そうかと思考を巡らせながら。

 とはいえこれが中々に難しい。


「しかし何を探しましょうかねぇ。このぐらいの時期は毎度獲物がいなくて困りますよ。ウゾウゾもそろそろいなくなってるかもですし」


「確か冬になると、みんな地中深くに潜っちゃうのよね?」


「そうです。それもかなり深い位置なので、私でも掘るのはちょっと難しいです」


 実際に掘って探した事はないが、母曰く、かなり浅い位置で潜るのを止める種でも地下百メートルまでは進み、大半の種は五百メートル以上潜るという。穴掘りが得意なウゾウゾなどは六千メートルほど地下まで行くようだ。

 頑張ればシェフィルもその位置まで掘れない事はない。両腕の力を使えば、数百メートル分の『自重』で圧縮された岩盤も砕けなくはないだろう。

 しかし人間の身体は、地中深くへと進出するのに向いた作りをしていない。このため穴掘りには多大なエネルギーが必要になる。いくら獲物を得ても消費が大きければ、あまり大きな『利益』にはならない。

 加えて地中の何処に食べ物となる生物がいるか、事前に察知するのは困難である。電磁波には物体を透過する性質があるので、それを観測出来るシェフィルは『透視』も出来るのだが……高密度の岩石がひしめく地中では数メートルが限度だ。仮に見通せたとしても、冬に備えて休眠中の生物達は殆ど電磁波を出さない。こうなると探し方は当てずっぽうにならざるを得なくなり、外す事も少なくないだろう。

 そして一番の問題は、地中生活種の存在だ。

 地中で暮らす生物はウゾウゾのような大人しく安全なものばかりではない。ウゾウゾを好んで食べる肉食性の種や、その肉食性生物さえも食べる大型種もいる。シェフィルより大きな種も少なくない。何より相手にとって地中は生活空間であり、シェフィルと違って縦横無尽に動き回る事が出来る。そんな奴等と遭遇したら、余程の格下でない限り勝利は勿論、逃げる事さえも困難と言わざるを得ない。

 旨味がないのに苦労は多く、失敗の可能性も高くて危険まである。長い目で見ればむしろ消費の方が大きいぐらいとシェフィルは予測している。他に手がないぐらい追い込まれて一か八かの賭けに出るなら兎も角、今の状況で地中へと潜るのはむしろ逆効果だ。


「うーん、寝ている生き物を掘り起こして、なんて楽は出来ないかー」


「向こうからしたら寝ている間に食べられたくないですからね。対策が進化するのは当然でしょう」


「そうかもだけどー……あ、ちなみに私達は休眠出来たりしない?」


「出来るんです? 人間って、休眠出来ない体質だと思っていたのですが」


「なんでそーいうところばかり人間っぽいのよ……」


 休眠が可能ならシェフィルとしても嬉しかったが、どうやら無理らしい。大きく項垂れたアイシャの反応が如実に物語っていた。

 次いで不満そうにアイシャは頬をぷりっと膨らませる。


「もぉー、休眠するなら浅くて良いじゃない。わざわざそんな何百メートルも潜らなくても」


「潜らないと駄目だから、それぐらい深くに行くんですよ。一時的ではありますが冬には厳しい気象現象がありますし、少数ではありますが冬に活動して休眠中の生き物を食べる種もいますから、ちょっとやそっとの深さだと普通に死にかねないんです。特にヤバい奴も一種いますし」


「えっ、なにそれ。なんか怖いんだけど……」


 得体の知れない存在に恐怖したのか、アイシャの顔が引き攣る。

 その顔を見たシェフィルはくすりと笑みを零す。なんとも可愛らしく思えたので。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。休眠中の生物を食べるのに、大した身体能力は必要ありません。つまりそいつらは然程強くはないので、襲われても私ならば返り討ちに出来ます」


「あ、そうなの? でもヤバいヤツもいるって言ってたじゃない」


「相性と言いますか、冬はアイツの独壇場なので出来れば戦いたくないんですよ……とはいえ冬に外を出歩かない限り、早々会う事もありません。まぁ、どんな相手かは冬の間に話しましょうか。それよりも、今は冬支度です」


 一旦話を打ち切り、シェフィルは外に目を遣る。

 結局、色々考えたところで一番良いのは外を出歩く事だ。ひたすら探し回り、何か見付け次第食べていく。それを冬まで繰り返し、少しでも身体に脂肪を蓄える。今までシェフィルはそうやって冬を越してきた。

 冬の訪れまであと少し。その前に少しでも何かが食べられれば良いのだが――――


「……ん?」


 そんな思考は、しかしすぐに打ち切らざるを得なくなる。

 おかしい。

 直感的に覚えた違和感。理屈も何もないが、その感覚が強烈に脳内を駆け回る。ならばきっと何かがおかしいのだと、本能を信じてシェフィルは注意深く外を観察した。

 しばし眺めていると答えは得られた。ただしその答えにシェフィルが喜ぶ事はない。むしろさぁっと血の気が引いていく。

 地平線近くの空が、異様なものと化していた。

 ()()()()()()()()()()()。惑星シェフィルには大気がないからこそ、宇宙の彼方から飛んでくる星明かりがとても澄んで見える。そして恒星もないため、眩しさで隠れてしまう星もない。全天を宇宙の星々が覆い尽くしている光景こそが、見慣れた何時もの景色だ。なのに今、地平線付近には星が一つもない。あまりにも空が暗過ぎる。

 奇妙なのは空だけではない。地上もだ。あらゆる大気が凍り付き、真空となっているこの星の表面。だが、その表面……地平線の境目に奇妙な『黒い靄』がある。

 否、靄ではない。何時もだったら僅かながら存在している電磁波が、跡形もなく消えているのだ。光もまた電磁波であるが、それも全て消失している。

 つまり地表面一帯が、暗闇に覆われているという事だ。靄のように見えるのは、電磁波の消えている範囲が揺れ動いているから。実際には靄どころか、エネルギーすら一切存在しない。

 そしてその範囲は地平線を埋め尽くすほどの、出鱈目なものである。しかも暗闇の範囲は急速に拡大していた。勢いが衰える様子はないどころか、現時点では加速度的に勢いを強めている。

 遠からぬうちに暗黒は惑星シェフィル全域――――シェフィル達がいる横穴にも到達するだろう。

 目前で繰り広げられる様々な現象。シェフィルはそれらに気付き、導き出された事実を受け入れた。恐怖も絶望も悲しみもしない。そんな感情に意味はなく、何より浸っている時間はない。

 今正に、冬の訪れをシェフィルは目の当たりにしているのだから。

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