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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第二章 絶対凍結気候
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絶対凍結気候02

「というか、わざわざ食べ物って探す必要あるの? 死ぬかもって状況なら、流石に頑張ってウゾウゾでも食べるつもりではいるけど」


 『繁殖』のための食べ物探しを初めて数分後。気合いを入れてあちこち歩き回るシェフィルに、アイシャが根本的な疑問を投げ掛けてきた。

 今、近くに母はいない。【私も冬越しの準備がありますので】と言って、何処かに行ってしまった。母もこの星の生物である以上冬の過酷さからは逃れられず、相応の準備が必要なのだ。母が冬越しの面倒を見てくれたのは幼くて未熟だった二回目の冬までで、『独り立ち』出来ると判断された三度目の冬からはシェフィル一人で生きている。

 今回は五度目の冬越しだ。だから母が傍にいない事は然程問題ではない。しかしこうしてアイシャに話し掛けられた時、答えられるのはシェフィルだけ。


「(うーん。獲物が見付かっていないのを良かったと言うべきかどうか)」


 話をすれば、当然その分集中は途切れる。狩りの最中にそんな嘗めた真似をすれば、失敗どころか返り討ちに遭いかねない。勿論敵に襲われる可能性も飛躍的に上昇するだろう。

 しかし平坦な大地の何処にも、獲物どころか敵の姿もなし。シェフィルは少し気持ちと表情を緩める。それからくるりとアイシャの方を振り返った。

 話し掛けてきたアイシャは今、話題に上げたウゾウゾを食べていた。シェフィルがつい先程、地面から掘り出した個体だ。顔を凄く顰めていたので不味いとは感じているし、チマチマと齧っているので食べたくない気持ちはありありと伝わる。

 それでも前と違って逐一苦悶せずに食べているのは、蘇生時に肉体構造が変化し、『不味さ』を感覚ではなく数学的に検知するようになったからか。「此処にあるものを食べられる」という最低限の適応をしてくれたのは良かったと言うべきだろう。いくらシェフィルに助けるつもりがあっても、本人が何も食べられないなら流石に無理なのだから。


「……まぁ、確かにそれが出来れば楽ではありますね。残念ながら無理ですが」


「無理なの? これならいっぱいいるって話だったと思うけど」


 シェフィルが否定すると、アイシャは首を傾げながら新たな疑問を投げ掛けてくる。

 確かに、ウゾウゾは資源量が豊富だ。母曰く「この地域だけで三十種はいます」というほど多様化したこの生き物は、惑星シェフィル全域に生息している。繁殖力も旺盛で、天敵だらけで頻繁に食べられているにも拘らず、減るどころか時折大発生するほど。冬でも数は相当いるだろう。

 流石にこればかり食べると栄養が偏るが、冬越しで一番大事なのはエネルギーの確保。栄養の偏りなんて『贅沢』を言っている場合ではない。それに冬は厳しいものの期間はさして長くないので、栄養バランスの乱れによる問題が起きる事はない筈だ。

 食べる事そのものには問題がない。

 しかし、冬にウゾウゾを『捕獲』する事は難しい。


「コイツら、冬になると地面深くに潜っちゃうんですよ。潜る力だけは凄くて、どんな硬い岩盤でもお構いなしに行きます。ですから冬の間は、私では手が届かない位置にいるため捕まえられません。仮に今から捕まえて保存食にしても、寝ている間に地面を掘り進んで逃げちゃいますし」


「そんな凄い生き物だったの……あれ? でも逃げるのが問題なら、ちゃんと締めときゃ良くないの? 酸素も凍るような寒さなんだから死んでも腐りは……いや、腐るのかしら? この環境で普通に生きてる生物がいる訳だし」


「腐る事はないですね。腐る前に蘇生しますし」


「……蘇生?」


「はい。自己蘇生です」


 惑星シェフィルの生物は生命力に優れている。それは母から細胞を分け与えられた事で蘇生した、シェフィルとアイシャが物語っている事だ。

 そして生命力がどの程度優れているかは、生物によって大きく異なる。

 ウゾウゾは構造が単純で身体能力も低いが、それ故に生命力は惑星シェフィルの生物の中でもトップクラス。中身を吸い尽くして皮だけにしても、一眠りしているうちに再生を終えて小さな新個体が誕生する。むしろ引きずり出した体組織や肉片も個別に再生して、増殖する有り様だ。

 そして復活するや硬い岩をも掘り進む力で、床や入れ物をぶち抜いて脱出。この性質の所為で、どれだけたくさん捕まえても保存食にならないのである。


「量が取れる生き物って大抵単純なので、殺してもふつーに蘇生しちゃうんですよねぇ」


「ええぇぇ……確かにこれ、高等な生物ではなさそうだけど、皮にしても蘇生するって……」


「というか時間とエネルギーさえあれば、基本的に全ての生物が蘇生すると母さまは言っていました」


 前に仕留めたガルルも、中枢神経を引きずり出しても細胞自体は生きていた。シェフィルや小さな生き物達が食べなければ、あの肉体は再び生を取り戻しただろう。

 とはいえ、ガルルほど複雑かつ高度に進化した生物であれば制約も少なくない。


「まぁ、私達みたいな複雑な生き物は、ある程度纏まった肉塊じゃないと蘇生出来ませんけどね。蓄えているエネルギーが足りなくて、再生途中で餓死してしまうそうです。この前倒したガルルなら、確か二十五キロでしたかね」


「そもそも蘇生する事がおかしいんだけど。人間が把握している宇宙生命を含めても、そこまで生命力の強い生物なんてほんの一部の単純な生物だけよ」


「そうなんですか? なら、さぞや強いんでしょうねそいつら。ううむ、恐ろしや」


 見た事もない宇宙生物の、恐るべき強さを想像してみる。

 尤もシェフィルが知る限り、蘇生出来ないほど高度化した生物など、惑星シェフィルにはいない。考えても妄想にしかならないと、すっぱり思考を打ち切る。


「兎も角、ウゾウゾは冬の食べ物としては使えません。冬を生き抜くための、脂肪を蓄える役には立つので、食べられる時に食べておくのは良いんですけどね」


「ふぅん……でも、そういう事ならどうするの? 再生力の弱い、強い生き物を狩って保存食にするとか?」


「そういうやり方もありますけど、身が持たないので遠慮したいです。まぁ、探したところでほぼ見付からないでしょうけど」


「え? どゆこと?」


「今の時期だと、もう殆どの生き物が休眠に入っているからです。で、その休眠は大抵地下深くで行います」


 気温の低下や空の澄み方から察するに、冬が本格的に訪れるのはそう遠くないうちだ。

 シェフィルが感じ取っているのと同じように、惑星シェフィルの生物達も冬の到来を感じ取っている。少し前に仕留めたゴワゴワやガルルは、もう殆どの個体が冬越しのための移動――――地下深くに潜っている筈だ。今地上で活動しているのは、休眠時期がちょっと遅い体質の個体だけ。ウゾウゾは最終盤まで地表近くにいる生物の一種だが、いなくなる時は一斉に消え失せる。その時は、もう間もなくだろう。

 冬が間近な今は、獲物となる生物自体が極めて少ない。再生力の乏しい高等生物を仕留めるのは、現実的な方法ではないのだ。


「じゃあ、どうするの?」


 ウゾウゾは駄目、高等生物の狩猟も駄目。一見して八方塞がりに思える状況に、アイシャが疑問を呈するのは当然の事である。無論、シェフィルはその疑問の答えを持ち合わせていた。でなければ三度目と四度目の冬で死んでいる。

 それを言葉で説明しても良いが、より良いのは実際に見てもらう事だ。幸いにして『目的地』はもう見えてきている。


「あそこで狩りをします」


「あそこ?」


 シェフィルがとある場所を指差すと、アイシャは素直にその方角を見つめる。


「……ん、んんんんん?」


 そしてしばし見た後、大きく首を傾げた。更に注意深く凝視したら、今度は驚いたように目をパチクリ。

 すぐにシェフィルの方へと振り向く。私の見ているものは現実なのか? と言わんばかりに。

 シェフィルとしてはそこまで驚く事が予想外。何しろシェフィルにとってそれは、すっかり見慣れた場所だからだ。確かに珍しい地形ではあるが、アイシャの暮らしていた星にはなかったのだろうか? とも思う。

 シェフィルは自覚していない。自分の星がどれだけ寒く、過酷であるのかを。酸素どころか窒素も凍るような環境で、纏まった液体が存在する訳ないというのが宇宙の常識。その常識を彼女は知らない。

 だからこそシェフィルはあまり驚かない。

 全てが凍り付く大地に出来た、赤黒い巨大な池の存在に……

 ……………

 ………

 …


「嘘……ほ、ほんとに、池……なの……?」


 アイシャが驚いたように声を絞り出す。

 今でもアイシャには信じられないらしい。しかしシェフィルには、その反応こそが信じられない。

 ほんとも何も、もう手を伸ばせば池の液体に触れられるぐらい近くにいるというのに。


「何を疑ってるのですか? この通り液体ですよほらほら」


 バチャバチャと池の液体に片手を突っ込み、掬い上げてから落とすシェフィル。真剣にその様子を見ていれば、池の液体は赤黒く、水よりも粘り気のあるものだと分かるだろう。

 池の直径は約五メートル。色付きの液体であるため深さは分からないが、シェフィルの記憶が正しければここは一メートルほどある筈だ。

 間違いなく池である。なのにアイシャはすっかり固まっていて、放心しているように見えた。やがて我に返ったのかハッとした表情になるも、やはり動揺はあるようでおろおろし始める。


「た、確かに液体だけど、でもこんな……池があるなんて……ん?」


 動揺しながらも、より細かく観察しようとしたのだろうか。池の液体に顔を近付けたアイシャは、ふと表情を怪訝なものに変えた。

 次いでくんくんと臭いを嗅ぐ。

 一回では足りず、二回三回と嗅いでいた。それから身体を起こし、首を傾げて考え込む。


「なんか、これ生臭い……?」


 ぽつりと漏らしたその考えは、極めて『正しい』ものだった。


「それはそうでしょう。この液体、動物の血と腐肉で出来たものですからね」


「えっ!? 血と肉……えっ、これって何かの生き物の身体なの!?」


「元を辿ればそうなりますね」


 シェフィルは生物から池が出来る過程を、幾度か見た事がある。

 まず、一部の大型生物がなんらかの要因で死亡して大地に横たわる。大抵はウゾウゾなどの小型種によって死骸は食べられ、数時間も経たないうちに跡形もなく消えるが……その大型生物の体液や肉に強い毒性がある場合、殆どの生物には食べられず放置されてしまう。

 この放置される毒の塊を、好む生物がいる。

 シェフィルがメンメンと呼んでいる種だ。大きくても体長三十センチほどにしかならない生き物であり、特徴はなんといってもべらぼうに強い耐毒性。ほぼあらゆる毒素を分解する体質を活かし、誰も食べない毒肉を独占して生きている。

 メンメンの成体は素早く歩き回る事が可能で、地面を疾走して餌を探す。そして死骸に卵を産み付ける。生まれた幼体は死骸を食べながら成長し、やがて成体となって自身の繁殖のために死骸を探す……そんなライフサイクルを送る。

 そしてメンメンの幼体は特殊な酵素を分泌し、餌である死骸をどろどろに液化。これにより巨大な池を作り出すのだ。


「これが生き物の作った地形なんて……でも、なんでわざわざ液化なんてするのかしら。普通に食べれば良いのに」


「それはですねぇ、メンメンの生存戦略なのですよ」


 何故メンメンが池を作るのかと言えば、それはメンメン達の食性と繁殖方法に理由がある。

 他の生物が食べられない餌を食べる事で、メンメンは食糧を独占する事に成功した。しかし毒への耐性にエネルギーを割き過ぎているからか、身体能力は極めて貧弱。ウゾウゾにさえ劣るほどだ。故に一般的な生物の死骸を食べようとしても、他生物との競争に負けてしまう。

 つまり毒性大型生物の死骸以外では、ろくに繁殖出来ないのである。

 大型生物は数が極めて少ない。大きな身体を維持するには大量の食物が必要であり、あまり個体数を増やせないからだ。ましてやその中のごく一部の種、その死骸となると、発見は極めて稀と言わざるを得ない。メンメンにとってもそれは同じであり、如何に優れた感覚と歩行能力で餌探しをしても、次の繁殖場所(死骸)に辿り着ける成体は稀だ。そもそも自身が誕生した時の活動可能圏内に、死骸が一つもないという状況もあり得る。

 そこでメンメン達は、長い成長期間を持つという進化を遂げた。

 この性質の利点は、子の成長期間の振れ幅(個体差)がとても広くなる事だ。例えば惑星シェフィルの生物の中でも特に世代交代が速いウゾウゾは、平均百時間ほどで繁殖可能となる。その中でも成長が早い個体は九十時間、遅い個体でも百十時間ほどで繁殖可能だ。つまりほんの二十時間程度の個体差しかない。

 もしもこの二十時間の間に、次世代の食べ物がなくなったら……ウゾウゾという種は餌不足で絶滅する。そして二十時間という短期間であれば、餌の種類によっては枯渇する事も起こり得るだろう。勿論ウゾウゾの食べるものは、そういった枯渇の心配がないものであるが。

 対してメンメンは、成熟するのに凡そ()()()()も費す。ウゾウゾより大きいとはいえ、百倍も成長が遅いのだ。そして個体差の範囲が平均の一割程度であると仮定した場合、前後に約一千時間、合計二千時間も幅がある。

 一体の親から誕生した子孫達が、この二千時間の間だらだらと成体になる。成体の誕生が長い間続けば、新たな死骸を見付けられる可能性はぐんっと上がるという戦略なのだ。

 勿論、成体の寿命を長くするという方法でも長期の餌探しは可能だろう。しかしメンメンは耐毒性の所為で身体能力が貧弱。多少すばしっこいだけで、捕まえるのは難しくない。

 おまけにメンメン自体には毒がない。他の生物から毒素を得て身体に溜め込む種というのもいるが、メンメンにはそれが出来ないのだ。というのもメンメンが必要とする耐毒性はあまりにも幅広く、分解だけで手いっぱい。溜め込む仕組みを追加する余裕なんてないのである。

 このため天敵はかなり多く、あまり長生き出来る生物ではない。いくら長命でもその前に死ぬのだから、成体寿命の長さはあまり意味はないのだ。

 勿論幼体であってもこれは同じ。いくら成長時間が長くとも、その前に食べられたら意味がない。だが幼体には身を守る術がある。

 それは、餌である大型生物の身体だ。


「有毒の大型生物の身体の中にいれば、他の生き物に襲われる心配はありません。メンメン以外には食べられないぐらいの猛毒なんですからね。とはいえ死骸さえ食べなければ良い訳ですから、肉だと掘り起こせますし、そういう敵が現れた時にさっと逃げられません。逆に液体であれば……」


「そっか。メンメンを食べようと思ったら敵は池の中に潜らないといけないし、メンメンの方は逃げる時に肉よりも簡単に動き回れると。へぇー、凄いものね」


 生態的な説明を終えたところで、アイシャは感嘆の声を上げた。それと共に、シェフィルに尊敬の眼差しを向けてくる。

 アイシャに好意的な感情を向けられて、シェフィルは笑みが抑えられないぐらい嬉しくなった。繁殖相手に褒められたからか、はたまた仲間である人間に認めてもらえたからか。きっと両方だろうとシェフィルは思う。

 ……メンメンの生存戦略については母からの受け売りなのだが、それは黙っておく事にした。自分に向けられた好意は自分だけのものにしたい、ちょっと欲深さが出たので。


「で、私達はそのメンメンを食べようとしているって事で良いのよね?」


「え? あ、はい。そうですそうです。この池にはメンメンがいます。池の大きさからして、結構な数がまだいる筈です」


 喜びに浸っていたシェフィルが我に返ったのは、アイシャが話を本題に戻してから。それが主題だったと思い出したシェフィルも、すぐに此処を訪れた理由を語る。


「でも、この池って毒なのよね? どうやってメンメンを捕まえるの? というか私触っちゃったけど大丈夫?」


「問題はないですよ。猛毒だなんだと言いましたけど、その手に付いたのも舐めなければ特に害はありません。仮に舐めたところで、少量なら腹痛と下痢で済みますし。そして私達人間には、他の生き物と違い器用な手と賢い頭があります。よって」


 話を途中で止めたシェフィルは、おもむろに池の中へと腕を突っ込む。そのままの体勢でしばしじっとして……一気に腕を引き上げた。


「こんな感じに捕まえられます。はい、これがメンメンの幼体です!」


 シェフィルはその手で掴まえた生き物をアイシャに見せ付ける。

 冬を生き残るために必要な、貴重な食べ物。それを見たアイシャは、どういう訳かぴたりと固まった。何やら考え込んでいる様子だったが、不意に顔を真っ青なものへと変えていく。


「……きゅう」


 そして仰向けに倒れた。

 いきなり倒れたアイシャであるが、シェフィルはこの反応を一度見ている。ウゾウゾを初めて見た時と同じだ。

 どうにも人類文明に浸った人間というのは、見た目でぎゃーぎゃー騒ぎ過ぎる。そう思いながらシェフィルは、自分が捕まえた大物をよく見つめる。

 人間の眼球を彷彿とするぎょろりとした目玉と、その目玉の後方から生える細長い胴体、そして黒目から伸びる無数の触手という、一般的な人間には気味の悪い生命体を――――

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