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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第二章 絶対凍結気候
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絶対凍結気候01

 空を見上げれば、満天の星が目に映る。

 宇宙の彼方より飛んできた弱々しい光は、薄い大気にさえも遮られてしまう。しかしあらゆる気体が凍り付き、大地に白い雪として降り積もっている惑星シェフィルには、その大気が存在しない。星明かりを妨げるものはなく、故に空には数え切れないほどの、どんな惑星よりも濃密な星空が広がっていた。

 家である横穴の入口付近に立つシェフィルの頭上にも、その星空が広がっている。

 シェフィルが見上げている空は、今もキラキラと星明かりで輝いている。雪の降り積もった平坦な大地と合わさり、(シェフィルは『絵』など知らないが)絵になる美しい風景を作り出していた。尤もどんなに美しくても、生まれてからずっとこの星で暮らすシェフィルにとっては見慣れた景色。今更あれこれ思うところなどないが……だからこそ微かな変化にも気付く。

 普段であれば、この星の星空は微かにだが歪んでいる。宇宙空間にあるごく低密度の水素原子が、ほんの少しだけ星空の光を乱反射させているからだ。

 しかし今の空はその歪みが少ない。星の光がよりすっきりとした見た目になっている。普通の人間はおろか、人間が用いる観測機器でもこの変化を捉えるのは困難だろう。長くこの星――――惑星シェフィルで暮らしてきた、シェフィルだから分かる変化だ。

 ありのままの星空に、より近い光景と表現しても良いだろう。

 シェフィルはその景色の意味を知っている。それが決して喜ばしくない予兆である事も。普段宇宙空間にある水素によって景色が歪むという事は、それが澄んで見えるのは宇宙にある水素が減っている以外に理由がない。

 この星を中心にした()()()()()()()()()()()()()()()()()、凍り付いた水素が重力に引かれて星に落ちた後なのだ。それは普段以上にこの星が冷えている証であり、季節が巡りつつある事を意味する。

 間もなく、『冬』が訪れる。


「残念ですねぇ。アイシャとももうお別れなんて」


「待って待って待って待って? なんで私死ぬ前提なの?」


 感傷に耽っていたところ、共に家から出ていたアイシャのツッコミが入った。振り向いて見たアイシャの顔は、困惑からか苦笑いが浮かんでいる。シェフィルだけでなく、近くにいる母にもその顔を見せていた。

 ――――間もなくアイシャは死ぬ。

 その『現実』を先程突き付けられたアイシャは、随分と困惑しているようだった。説明してくれ、と言わんばかりに。実際、シェフィルと母は詳しい説明をしていない。おまけにアイシャはつい先程この星に来たばかりの身である。いきなり死の予言だけを告げられたなら、戸惑うのは当然であろう。

 アイシャには説明が必要である。それは母も分かっている事。まずは母の方から、右往左往しているアイシャに話を始めた。


【端的に言うなら、冬が来ます】


「……冬?」


【本来そのような呼び名は使っていないのですが、人間の電子機器にあった季節に関する単語の中で、これが最も特徴を言い当てています】


「恒星もないのに、季節なんてあるの?」


【はい。厳密にはエネルギーの急激な枯渇現象ですが、一定周期で発生する気象条件という意味では、季節と称するのが妥当でしょう。またこれはシェフィルの活動によるものですから、恒星活動や公転周期とは無関係です】


「アンタ達の活動……?」


 母の難解な話(シェフィル的感想)にアイシャは目をパチクリさせ、考え込む。何が引っ掛かったのかシェフィルには分からないが、今この時に重要なのは一つだけ。

 つまり、間もなくエネルギーの枯渇……とても寒い時期が訪れるという事だ。


【エネルギーを温存するため、シェフィルの生態系全体が休眠に入ります】


「みんな安全な場所で寝ちゃいますから、食べ物がないんですよ。それと寒さに耐えるためエネルギーも普段より多く使います」


「ああ、うん。まぁ、冬ならそうなるわよね……」


「そのためお腹が空いて、死ぬかも知れない訳です。正直なところ、私も毎回死にかけています。あればかりは何度やっても慣れません。つまりあなたの事を助ける余裕はないのです。で、あなた一人では冬を乗り越えるなんてどう考えても無理です。よってあなたは死にます」


 つらつらと理由を説明したところ、アイシャはこくりと頷きながら「成程」と呟く。


「って、勝手に殺さないでよ!? まだ死ぬとは限らないでしょ!?」


 遅れてアイシャから、感情的な反発が返ってきた。

 しかしだからこそ駄目だとシェフィルは思う。感情で現実は変わらない。現実を変えるのは、あくまでも感情から生じた行動である。指摘に感情を返しても、なんの意味もない。


「勝手にとは言いますが、あなたこの星の冬を甘く見てません? さっき言いましたけど、長く暮らしている私でも生き残れる自信はないんですよ」


「うぐ……で、でも、私だってシェフィルと同じように、この星の生き物に生まれ変わったんだし、無理って事は」


「無理でしょう。だってあなた、自分で獲物を捕まえられないじゃないですか」


「……わ、分けてもらったりー?」


「分けませんよ。何故自分の命を危険に晒してまで、あなたに食べ物を与えなければならないのですか」


 バッサリと切り捨てれば、アイシャの表情が大きく引き攣る。わなわなと身体を震わせ、顔色も赤くした。

 感情が大きく揺れ動いている。それはシェフィルにも察せられた。


「け、ケチーっ! 死ぬかも知れない人を見捨てるなんて、それでも人間!?」


「人間ですよ。むしろなんで今更私が人間である事を疑うのです?」


 更にアイシャは極めて感情的な意見をぶつけてきたが、されどシェフィルはこれに首を傾げる。煽るつもりはなく、本心から疑問に思って。

 シェフィルにも感情はある。アイシャの性格は自分と全く異なるが、それを嫌だと思わず、むしろ賑やかで好感を抱いていた。今し方見せた感情的な反応も、自分にはない意見だからこそ興味深く思う。そんな好ましい相手を失うのは嫌だ。何より折角出会えた『人間』の仲間を、冬の所為で失うとなればとても悲しい。

 しかしそれを、自分の命を危険に晒す理由にする気はなかった。

 最優先なのは自分が生き延びる事。自分が生き延びなければ、子孫が残せないのだから。アイシャが死んだところで、自分が生きていれば繁殖のチャンスはまた訪れるかも知れない。逆にアイシャが生き延びても、自分が死んだら自分の遺伝子は残せない。

 合理的に考えれば、現状アイシャを助ける事にはなんの価値もないのだ。感情で判断の優先順位が変わらないシェフィルに、感情の訴えをぶつけても何も変わらないのである。


「う、うぅ……えっと……えっと……」


 そして感情頼りの説得は、相手に通じなければその時点で終わりだ。アイシャが言葉を失い、しどろもどろとなったように。


「話は終わりましたか? まぁ、ああは言いましたけど余裕があれば食べ物は分け与えますよ。ただ期待はしないでくださいね? じゃあ私は食べ物探しに行きます。あまり時間もないので」


 もう反論は終わりと判断し、シェフィルは食べ物探しに向かおうとする。

 今の言葉にも嘘はない。もしも冬を越えるのに十分な食べ物を得て、それでもまだ余りがあるなら、シェフィルはアイシャを助けるつもりだ。アイシャに生きていてほしいという気持ち自体はあるのだから。

 しかしそんな奇跡はまずあり得ない。何度も冬を乗り越え、その度にシェフィルは死にかけた。今回に限り、有り余る食べ物が得られる訳もない。

 残念ですねぇ――――胸の中でそう思いつつ、シェフィルはアイシャの存在を、自分の中の順位付けで下の方に変えた。

 丁度、その時の事である。


「……助けてくれたら、愛しちゃうかも」


 ぽそりと、アイシャが独りごちたのは。

 シェフィルは振り向いた。進もうとしていた足を強引に止め、ぐりんと上半身を動かすようにして。あまりにも急な動きをしたからかアイシャは身体を震わせ驚くも、シェフィルは気に留めない。

 ずかずかと来た道を戻り、シェフィルはアイシャのすぐ傍に立つ。目線を合わせるやがちりとアイシャの手を掴む。


「今、なんと?」


「ぇ。あ……た、助けてくれたら、愛しちゃうかも。その、愛が芽生えるきっかけの王道なのよ! 誰かに助けてもらうのは!」


 しどろもどろになりながら、アイシャは力強く断言した。

 愛。それは人間が繁殖を行う時、必要になるもの。

 アイシャから聞いた話をシェフィルは思い出す。今のアイシャとシェフィルの間には愛がないから繁殖が出来ないという事。そして愛を育むには長い時間が必要であり、すぐに芽生えるものではないと言っていた。

 今すぐ繁殖出来ない相手だから、シェフィルはアイシャを見捨てるのに抵抗がなかった。されどアイシャを助ければ愛が生じ、繁殖出来るようになるのなら、話は違う。そういう事なら何がなんでも助けたい。何がなんでも繁殖したいのだから。

 とはいえシェフィルも馬鹿ではない。


「……ほんとですかぁ?」


「ギクッ」


 自分が助かりたくて嘘を吐いているのではないか。そんな疑いがシェフィルの中で湧く。

 シェフィルはアイシャ以外の人間と交流した事などないが、しかし母と暮らしてきた日々で(保存食にしないといけない分を食べてしまった時など)嘘を吐いた事が何度もある。人間が嘘を吐く生き物だと、自分自身の経験から知っているのだ。アイシャも嘘を吐く事があるかも知れない。

 なのでシェフィルは疑っていたのだが、対して母は違う考えだった。


【シェフィル。アイシャの言葉は、恐らく本当の事でしょう】


「え? どうしてです?」


【人間の繁殖にアイが必要であるなら、それは人間という生物種、厳密には個体が子孫を残す上で好ましい形質と思われます。その上で考えるべきは、人間の繁殖戦略です】


 母曰く、人間の成長はとても遅い。シェフィルも繁殖可能となるのに、多くの時間を必要とした。アイシャの宇宙船に積まれていた時刻システムを基準とし、シェフィルがこの星に来てからの時間を算出すると……凡そ十五年。肉体的に繁殖が可能となったのはその三年前なので、成熟するのに十二年も掛かっている。

 この星の生物の場合、ガルルでも繁殖可能となるのに三ヶ月も掛からない。それを考えると、シェフィル(人間)の成長速度はあまりにも遅い。

 しかもシェフィルが生き延びた状況から考察するに、人間は子育ての繁殖戦略を採用している。子育ては子供が確実に育つ反面、子に多くの資源とエネルギーを投資する必要があるため、一度に産める子の数が極めて少ない。人間の場合、一度の出産数は恐らく一体だ。生涯での繁殖数は不明だが、繁殖に費やすコストの大きさからして十未満と思われる。

 一生の間に生み出す子の数が十未満というのは、これもまた惑星シェフィルの生物から見ると極めて少ない。子供の数というのは生存戦略によって最適数が違うもので、一概に多ければ優秀というものでも、少なければ高等という事もないが……少ない故の問題というのは当然ながらある。

 その一つが、子供が『貴重』である事。

 産む子供の数が少ないという事は、許容出来る失敗()の数も少ない。一体一体の子供を大事に育てなければならないし……可能ならば子供の質も高い方が良い。子供の能力が低いと、独り立ちしても天敵に食べられたり、獲物が捕れなくて餓死したりして、子孫が残せないかも知れないからだ。

 では子供の質を上げるためにはどうすれば良いのか? 一番簡単な方法は、優秀な遺伝子との間に子供を作る事であろう。


【恐らくこの優秀な遺伝子の選別過程で、アイというものを実感するのでしょう。アイを抱いた個体であれば、子孫を残しても問題ないという方式です】


「むむむ……確かに誰彼構わず繁殖相手にはせず、優秀な相手との間に子供を作ろうとする生き物はいますね」


【そして遺伝子の優秀さには様々な観点がありますが、やはり食料確保能力が一番だと思われます。何はともあれ、食べ物が得られなければ繁殖は困難ですから】


「……ふむぅ」


【だとしたら、過酷な冬に自分を養う事が出来た個体との間にアイが生じるのは、ごく自然な事でしょう。いえ、むしろそうした行動を見せなければ、アイは発生しない筈です】


 母の言葉にシェフィルはこくこくと頷く。

 母の話はあくまでも推論だ。とある生物の持つ生態が『何故』あるのかは、自分自身にだって分からない。周りの環境などから、そのメリットを推察するのが限度である。

 だから母の言う事が正しいとは限らない。しかし生物学的には筋の通っている話だ。シェフィルも色々と考えてみたが、母の考察が一番愛を正確に解析していると思える。ならば母の意見を信じるのが、子孫を残す上で最も確実な方法だろう。

 そして母の言う通りであれば、「自分の事で手いっぱいだから」なんて理由でアイシャを助けないのは『愚策』だ。危機的状況だからこそ、自分が生物として如何に優秀かを示す絶好のタイミング。むしろこの危機的状況でアピールしなかった個体が、果たして日常生活で自分自身の優秀さを証明出来るのか?

 否である。


「(なら、多少のリスクは仕方ありませんね……)」


 シェフィルは自分の命を一番に考えた結果、アイシャを見捨てようと考えた。しかし繁殖するためであるなら、その考えは改める。

 シェフィルが自分の命を最優先にするのは、自分の遺伝子を残す上でそれが最適だと考えたから。しかし繁殖のため、自分の遺伝子を増やすためであるなら……()()()()()()()()()()()()()()()()

 遺伝子さえ残せれば、自分の命さえも二の次。それが惑星シェフィルに生きる生命の本能なのだ。そして今までの自分の判断が誤りだと分かれば、それに固執しないのもシェフィル(生物)としては当然の事。


「アイシャ!」


「うひゃぃ!?」


 シェフィルが名前を呼べば、アイシャはびくりと跳ねるように驚く。何故そこまで驚くかは分からないが、気にする事もないだろうと判断するシェフィル。それよりも伝えたい事がある。


「任せてください! 私が、必ずあなたを死なせません!」


 繁殖のためのアピールだ。

 自分に利益があると判断して即座に行動を変える。シェフィルは知らない事であるが、それは人間的にはあまり好まれない対応である。ましてや『口説き文句』となれば、嫌悪の対象となっても仕方ない。

 されどシェフィルに裏はない。より正しいと思う方を選んだだけ。何より、彼女は切り替えた考えに対して真剣だ。自分の利益になるからこそ、本心を伝えられる。

 心からの言葉は、アイシャにどう響いたのか。

 宣言を聞いたアイシャはパクパクと口を動かし、次いで妙に赤くなった顔を逸らす。尤もその目は、シェフィルの真剣な顔をじっと見ていたが。


「……顔が良いって、ズルい」


 やがて出てきた言葉は、シェフィルには脈絡がよく分からないもの。


「はい? なんの話です?」


「なんでもないわ。うん、なんでも」


 意味が分からず尋ねるも、露骨にはぐらかすアイシャ。アイシャがそう言うならそうなのだろうと、シェフィルは深く気にしない事とした。

 ともあれやるべき事は定まった。そしてやるからには全力で、今すぐにでもやらなければならない。何しろ『冬』は間もなく訪れるのなから。


「よーし、頑張るぞー!」


 拳を握り締めながら、シェフィルは元気に明るく気合いを入れるのだった。

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