表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第一章 凍える星の姫君
10/116

凍える星の姫君10

 シェフィルがガルル目掛けて駆け出したのと同時に、ガルルもシェフィル目掛けて走り出す。

 ガルルはもう姿を消す素振りもない。便利な能力というのは、エネルギーを多く使うものだ。シェフィルのような『実力者』と真っ向勝負するなら、そこにエネルギーを割くのは無駄と判断したのだろう。言い換えれば今のガルルは、全ての力を己の身体能力に集めた状態。ここからの肉弾戦が本番だと、シェフィルは一層気を引き締める。

 双方共に距離を詰めたところで、ほぼ同時に拳を繰り出す。シェフィルの丸めた拳に対し、ガルルは貫くように尖らせた手。どちらも自身が得意とするやり方で、相手を攻撃する。

 互いにぶつけ合う渾身の一撃。その結果は、シェフィルの指が一本千切れ――――ガルルの指がそれ以上の数折れるという形となった。


「ガ、ルァッ!」


「ぐっ……ぬぅあっ!」


 どちらもダメージを負いつつ、攻撃の手は弛めない。ガルルは折れた手を庇いもせず再び放ち、シェフィルはこれを足蹴でいなす。

 するとガルルは()()()()()()でシェフィルを貫こうとしてきた。

 自切した腕が再生していたのだ。今まで隠していたのか、タイミングを見計らって瞬時に生やしたのか。どちらにせよ、ないと思っていた部位からの『奇襲攻撃』を受けてしまう


「っ……!」


 素早く繰り出された手の一撃が、シェフィルの鎖骨を打つ。直撃を受けた鎖骨は砕け、肉も大きく抉られた。

 だがこれは狙い通り。首を狙ってきた一撃に、シェフィルはあえて一歩近付く事で鎖骨部分に命中箇所をズラしたのだ。更に鎖骨の硬さでガルルの指を砕き、攻撃の手を僅かにだが止めさせる。


「がるああっ!」


 この隙を突いてシェフィルは大きく口を開き、自分の鎖骨部分で止まるガルルの腕に噛み付いた!

 その噛み付いた体勢のまま頭を引き、ガルルを自分の方へと引き寄せる。前のめりに崩れたガルルの背中に向けて、肘鉄を一撃食らわせてやろうとした

 が、ガルルは下半身をぐるんと、()()()()捻ってくる。

 そしてシェフィルの肘鉄に蹴りを放ち、弾き飛ばした! 強烈な足蹴を受けたシェフィルの片腕は、万歳をするように高々と打ち上がる。


「ぎぃっ!」


 この体勢では防御が出来ない。追撃を回避するため、シェフィルは口を開いてガルルを放す。

 ただし大きく頭を振るい、地面に叩き付けるようにであるが。身体を捻っていたガルルは着地が間に合わず、うつ伏せに倒れ込む。

 そしてシェフィルは寸分の躊躇いなく、倒れたガルルの頭を踏み潰す!

 全体重を乗せた強力な一撃は、ガルルに大きなダメージを与えただろう。それは間違いない。何しろ潰れた頭部から、体液が僅かながら吹いたのだから。

 しかしガルルは怯まない。


「ガァアルルルアッ!」


 それどころかガルルは、シェフィルの太腿部分にすかさず指を突き立てた! 捻れた指が回転し、シェフィルの足の肉を穿ちながら侵入。強靭な脚力を生み出す大きな筋肉と神経を破壊する。

 シェフィルは即座に足を引いて、この動きによって突き刺さったガルルの指先を引き抜く。そして大穴の空いた足で、ガルルの顔面を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたガルルであるが、空中でくるくると回転しながら体勢を直して着地。平然と大地に立ち、シェフィルと向き合う。

 シェフィルもすぐにガルルを見る。足に空いた穴、指の欠けた手……ボロボロになった身体は僅かによろめく。


「(……思っていた以上に、手強いですね)」


 シェフィルの冷静な頭は、自分の不利を認識していた。

 与えたダメージの量で言えば、間違いなくシェフィルの方が上だ。ざっと挙げるだけでもガルルの腕に引き千切り、頭を踏み潰し、胸部に打撃も与えている。

 対してシェフィルが受けたのは鎖骨の肉を抉られ、両手が潰され、足に穴が空いただけ。そして母の遺伝子を受け継いでいるシェフィルは、これらの怪我もたちまち再生していく。噛み潰された片手と鎖骨部分の肉については、既に完全に治っている状態だ。

 しかし残留しているダメージ量は、シェフィルの方が上だろう。

 理由は身体機能にある。この星に暮らす生物は極めて多種多様であり、全てに共通する肉体的特徴なんてものはないが……それでも基本的な傾向は存在している。恐らくは『起源』に由来するもので、その基本はガルルにも該当する筈だ。だからシェフィルは、倒した事のないガルルの身体の特徴を知っている。

 まずガルルの身体には脳がない。数学的思考を生む演算能力の大部分は中枢神経が担うものの、全身の細胞でもある程度は代替可能であるため、例え中枢神経を失っても活動自体は可能だ。

 心臓や血管も持っていない。液状化した体組織が全身を循環しており、その流れによって栄養素を運搬する。骨については大型化した種ならそれっぽいものがあるが、ガルルぐらいの大きさなら恐らく存在しない。身体を支えるのは液状体組織の圧力と頑強な表皮、それと力を生み出す筋繊維だろう。液状体組織は全能性(あらゆる細胞に変化出来る性質)を有しており、傷付いた組織があるとそこに集結。代替品として働きつつ損失組織の細胞へと変化し、再生を行う。勿論中枢神経も再生可能であるため、例え引っこ抜こうが死にはしない。

 また皮膚や筋繊維などの分化後細胞も、全能性を持つ液状体組織に『再変化』する事も可能なため、損失量が大きくなって液状化体組織が著しく少なくなった時は、全身を再構築する事で生理機能のバランス調整も出来る。例えば腹に大穴が空いたとしても、身体自体を小さくする事で失血死を回避出来るのだ。

 そして構造が単純なため、これらの機能で消費するエネルギーは非常に少ない。更に各器官の細胞がこの再生能力の発動に適応した、ある種の共通規格を備えているため、変化に必要な時間が非常に短い。極めて短時間で組織の再生を完了させる。

 簡潔に纏めれば、この星の生物は全身を切り刻もうがぐちゃぐちゃに潰そうが、死なない上に大して疲れもしないという事だ。

 対してシェフィルは、そうもいかない。

 シェフィルの身体は人間の構造を基本としている。だから脳も脊髄も心臓も肺もあり、血液は血管を通って全身に回る。心臓が失われれば致命傷であるし、脳に至っては僅かな損傷が死に繋がるだろう。

 普通の人間と違い、細胞はやや全能性を持っているため、筋肉や皮膚ぐらいなら再生出来るが……遅い上に消耗も大きい。脳に至っては代替が出来ない。全能性が低いため、大怪我をした際に全身の再構築といった荒業も使えない。この星の生物と異なり、失血多量による死は現実的な脅威である。そして細胞もまた人間的な構造をしているため、再生時の機能分化などで大きくエネルギーを消費してしまう。

 そのためシェフィルは、この星の多くの生物に比べて『体力』が少ない。見た目では圧倒的にシェフィルが有利でも、実際はガルルの方が優位なのだ。

 ならば、シェフィルにこの勝負は勝ち目がないのか?

 否である。


「(ですが、こちらも簡単にはやられませんよ!)」


 シェフィルは走り出し、ガルルと肉薄。再び肉弾戦を仕掛けた。ガルルもまた動き出し、シェフィルの身体に向けて鋭い手先と足を放つ。

 シェフィルの拳をガルルは受け流し、ガルルの蹴りをシェフィルの足が弾く。ガルルの腕がぐるぐる回りながら顔に飛んできたら、シェフィルはそれを頑強な頭蓋骨の一撃こと頭突きで弾き飛ばす。

 目まぐるしく繰り広げられる攻防の中、シェフィルは母からの教えを思い出していた。

 母曰く、強さとは弱点でもある。

 強大な身体能力を持てばエネルギー消費が増大するように、たくさんの卵を生めばそこから誕生する子は小さく非力になるように。あらゆる形質は見方を変えれば欠点となる。だからこそ一つの生物種が世界全てを覆う事はない。環境や生態系の違いによって、『最適』な形質が異なるからだ。

 即ちガルルが強敵であるなら、強さの理由を逆手に取れば弱点となる。無論これは「どんな相手にも必ず勝てる」等という甘い考えを許すものではない。小さな虫けらが何をどうしたところでシェフィルには勝てないように、隔絶した力の差の前では弱点に意味などない。

 だがシェフィルとガルルの力はほぼ互角。よって弱点への攻撃は十分通じる。

 そしてこの攻撃に必要な『策』を練るのは、シェフィル(人間)の得意分野だ。


「(素早い動き、咄嗟の判断力……非常に高度な情報処理能力を持っているのは間違いありません)」


 シェフィルはここまでの戦いを思い起こす。

 ただ思い起こすだけなら、シェフィルよりもこの星の生物達の方が遥かに得意だ。数学的情報処理による記憶は、人間の道具である記録媒体よりも正確に情報を保存する。シェフィルの神経も同じく数学的情報処理で記憶を行うが、人間的構造を持つ神経細胞は動きが不完全。僅かな、けれどもこの星の生物にはないノイズが混ざってしまう。

 だから過去の戦いを思い起こし、相手の能力をより正確に把握出来るのは、ガルルの方だ。そんな事はシェフィルも分かっている。

 故に、シェフィルはその先――――情報からの『想像』を行う。

 予測ではない。予測ではガルル達この星の生物を上回る事など出来ない。正確に記憶された数値から、正確かつ高速の演算により、未来予知が如く予測を行うこの星の生物に勝つなど土台無理。

 だが、どれだけ正確でも、この星の生物は予測までしか出来ない。

 何故なら思考の全てが数学的であるから。全てを数字で把握するが故に、数字のない部分を導き出す事は出来ない。X+1の答えは、Xの値が分かるまで導き出せないのと同じ事。未来予知同然の思考はしても、不確定情報を前提にした想像まではしない。

 だからガルルは、シェフィルの弱点が『脳』だとは考えていない。この星の生物しか知らないガルルは、人間であるシェフィルの弱点を知らず、頭に重要器官があるとは思わないのだ……戦いが長引けば反応速度や防御優先度から、頭部へのダメージを避けているとバレるだろうが。

 しかしシェフィルはそれよりも早く、ガルルの弱点を想像出来る。


「(その優れた中枢神経は、きっと全身の動きを制御しているのでしょう)」


 この星の生物にとって、中枢神経は再生可能な部位である。そして全身の細胞が演算を行い、中枢神経の代わりを果たす事も可能だ。

 だが、それでは高い運動能力は発揮出来ない。素早い反応、的確な行動、精密な動作……それらを行うには極めて性能の高い、情報処理に特化した肉体にならねばならない。

 故に捕食者であるガルルは、中枢神経を高度に発達させている筈だ。ガルルの身体を解剖していない以上断言は出来ないが、想像は出来る。

 そして中枢神経が情報処理の中枢を担っているなら、他機能で代替するのは効率が良くない。最も優れた器官に全部任せれば、他の細胞は別の仕事に注力出来るのだから。

 よって中枢神経を破壊した場合、その動きは大きく鈍ると想像出来る。

 ここまでの想像を証明するものはない。だからこの星の生物ではその想像をせず、確信に至る情報が集まるまで行動を起こそうとしない。

 だがシェフィルは不確定な想像に賭けられる。

 それが人間の『強さ』であり、完全無欠なこの星の生物を一瞬早く出し抜くチャンスなのだ。


「ふっ!」


 シェフィルは飛んできたガルルの腕を、片腕で抱え込む。ガルルは即座に反撃の拳を振り上げたが、シェフィルはそれを受ける前に大きくガルルを引き寄せた。

 狙うは、ガルルの背中側。

 シェフィルは知っている。この星の生物の多くが、背中側に中枢神経を持つ事を。あくまで傾向に過ぎず、ガルルがそうだとは限らない。

 しかしガルルは背中への攻撃を、二度避けている。

 たった二度では確実とは言えない。されど更なるデータを求める前に、「きっとそうだ」と思い込んでシェフィルはガルルの中枢神経の場所を予測する。


「(ここです!)」


 そして予測した場所に攻撃を叩き込もうとした。

 だが、そのままでは決して当たるまい。

 人間との混ざりもの故に、演算速度で劣るシェフィルの攻撃など、ガルル達この星の生物から見ればワンテンポ遅いからだ。既にガルルはシェフィルの攻撃を予測し、あらゆる攻撃パターンを想定しているだろう。その中でも最悪の、中枢神経を損傷する攻撃への防御を最優先にしている筈だ。

 更に防御後の体勢で対処不能にならないよう、数手先の立ち回りまで想定している。よってただ攻撃を放っても思ったようには当たらない。

 そこでシェフィルが繰り出すのは、


「ぐがあああああああああっ!」


 全く無意味な咆哮を、至近距離にあるガルルの顔面に浴びせる事だった。

 そう、戦略的な意味はない。ないが、ガルルはそんな事など知らない。そして数学的思考を持つため、ガルルの中枢神経は情報を処理しようとする。

 だがこの咆哮は、今までの戦いとは全く関係ない情報だ。

 そんなものが追加されたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。五つの情報の組み合わせが5✕5=25通りなのに対し、六つの情報の組み合わせは6✕6=36通りと急激に増大するように、処理する情報が多ければ多いほど……余計な情報の追加は処理を遅らせる。

 余計な計算を強いられたガルルは、ほんの一瞬動きを止めてしまう。

 あくまでも一瞬だ。高度な演算能力による力押しで、爆発的に増加した組み合わせだろうと瞬時に計算を終わらせる。更に演算途中で「こんなもの考慮に値しない」という判断も下せるだろう。アイシャのような『ただの人間』では、認識すら出来ない停止時間で全ての問題を片付けてしまう。

 されどシェフィルなら、その一瞬の隙を突ける。


「あああああああッ!」


 咆哮を上げた勢いのまま、本命の攻撃を振り下ろす! 

 ガルルはようやくシェフィルの思惑を察知。身体を捻る事では回避出来ないと判断したのか、最短最速の動きで腕を振り上げる。

 自分の失敗、危機的状況を前にしても寸分たりとも焦らず、最善の行動を起こす。それは正にこの星の生物が発揮する強さであり、もしもシェフィルが勝利を確信(慢心)していたなら、的確に防御され、手痛い反撃をもらっていただろう。

 しかしシェフィルは慢心などしない。十年以上この星で生きてきたシェフィルに、そんなものは存在しないのだから。

 最大最速の一撃を、シェフィルの筋肉は最高効率で放ち――――ガルルの背中を打つ!


「ギッ!」


 叩かれた瞬間、ガルルはその身体を僅かに硬直させた。背中から神経に強い刺激が伝わった事で、中枢神経へのダメージ、そして過大な『情報』の二つが加わり、処理機能が低下したのだ。

 もしも人間的思考があれば、ここでがむしゃらに腕を振り回すぐらいは出来たかも知れない。だが数学的思考を持つガルルには、数値で導き出された結果がなければ身体は動かない。

 そして今度は、咆哮を浴びた時よりも硬直が長い。痙攣と呼ぶのも生温い、震えに近い無意味な動きを繰り返す。

 シェフィルの予想通り、ガルルは優秀な中枢神経に情報処理を大きく依存していたのだろう。その中枢神経が破損した事で、情報処理機能自体が破損。演算結果が異常なものとなり、正しい動きが出来なくなっているのだ。

 中枢神経もいずれ再生するため、動きはすぐにでも正常なものへと戻るだろう。ただしそのすぐというのは、一秒か二秒後だ。

 シェフィルがガルルの身体を持ち替え、右腕を首に回し、左手で頭を抑える体勢へと持ち込むのに、その半分の時間も必要ない。


「ぬ、ぐうぅうう……!」


 そしてシェフィルは両手に力を込める事で、ガルルの頭を少しずつ横向きに回していく。

 以前ゴワゴワを仕留めた時のように、その頭を捩じ切るために。


「ッ! ギギガァッ!」


 体組織の硬さもあって、頭が引き千切られる前にガルルは中枢神経の回復が間に合う。同時に状況を把握、至近距離で下半身を捻り、シェフィルの腹部に蹴りを見舞う。

 流石にこの至近距離では蹴りも躱せない。直撃を受けたシェフィルは身体の奥深くまでダメージが通り、腸の破裂を感じ取る。

 しかし問題はない。消化器官程度ならば再生可能であり、体内で起きた出血ならば細胞の働きで『回収』出来る。心臓や肺以外であれば、どんな傷を受けようと、動きを妨げられる事はない。そして痛みを数値で把握する以上、内臓破裂程度でシェフィルは怯まない。

 蹴りのお返しとばかりに、シェフィルは渾身の力を込め――――ガルルの頭を捩じる。

 一回転ではまだ皮膚と繋がっているため、更にもう一回転。皮膚をぶちぶちと破り、ついに引き千切ったそれを投げ捨てた。

 だがまだガルルの動きは止まらない。情報処理に必要な中枢神経は胴体部分にあり、頭の方はさして重要ではないのだ。

 ガルルの身体は的確にシェフィルの身体に掴み掛かり、投げ飛ばそうとしてくる。ガルルの腕からはギチギチと異音が鳴っており、身体を掴む力は今までの戦いですら感じた事がないほど強い。

 生命の危機を前にして、肉体が自壊するほどの力を発揮しているのだろう。所謂苦し紛れだが、ちんたらしていたら組み敷かれかねない。頭部はやがて再生し、押さえ付けたシェフィルを生きたまま捕食するだろう。

 そうなる前にシェフィルは、頭を失って露出した、ガルルの首断面に腕を突っ込む。

 液状の体組織を掻き分け、奥深くまで伸ばした腕が大きな塊を掴む。硬さ、長さ、形状……素早く測定したそれが消化器官や筋繊維ではなく、ガルルの中枢神経だと確信する。


「ぬ、ぅううああっ!」


 そして最大の、一切手加減のない力で引き抜く!

 ずるりとガルルの体内から出てきたのは、白い肉塊こと中枢神経だった。

 身体機能を制御していた演算回路を失い、ガルルの身体はついに力をなくす。大地に倒れ、痙攣すらしなくなった。

 立ち上がる気配はない。

 厳密に言うなら、まだ生きてはいる。体組織や皮膚などの細胞は問題なく活動し、失われた中枢神経の復元、それと頭の再構築を始めている筈だ。現にシェフィルが捩じ切った首の断面は蠢き、少しずつ盛り上がっている。血液代わりの液状体組織が減った分だけ身体を縮小し、不足したエネルギーや資源は一部の細胞を分解して得る事で、再生自体は問題なく行われるだろう。

 しかしあまりにも遅い。

 零れ落ちた体液に反応し、地面から小さな生き物が出てくる。蛆虫型生物であるウゾウゾを筆頭に、四本の足を生やした体長一センチ程度の円盤型生物エンエン、細長い身体と頑強な甲殻を持ったムカデ型生物ダラダラなどだ(名前はいずれもシェフィルが命名)。

 その小さな生き物達はガルルの体液を吸い取り、首の断面から入り込んで肉を食らう。ガルルの身体の再生速度よりも、小さな生き物達の摂食スピードの方が上だ。放置していれば、いずれガルルの身体は跡形もなく片付けられるだろう。

 勿論、シェフィルも喰う。戦いの中で失われた多くのエネルギーを補うためにも、食べないという選択肢はない。本来ならば今すぐにでも。

 そうは思えど、シェフィルは一旦我慢する。非合理的な行動なのは分かっているが、それでも人間の本能が要求するのだ。

 まずは勝利の雄叫びを上げろ、と。


「ぃやったああああああっ!」


 強敵を打ち破ったシェフィルの咆哮(電磁波)が、真っ白な大地の彼方まで響き渡る。

 それを合図としたかのように、しばらくすると母とアイシャがこの場に戻ってきたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ