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凍結惑星シェフィル  作者: 彼岸花
第一章 凍える星の姫君
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凍える星の姫君01

 真っ白な大地が、地平線の彼方まで続いている。

 地形は平坦。山や谷などの起伏は全く見られず、何処までも平らな大地が続いてた。岩場や木々のような、身を隠せる場所もない。あるとすれば、大地を覆う白いもの……数センチ程度降り積もった白い『雪』の中ぐらいだろう。

 空には満点の星空が広がっていた。言い換えれば、遠く離れた星々だけが地上を照らしていた。煌々と間近で輝く恒星も、陽の光を反射する衛星の姿も見えない。

 地上を覆う大気は存在しない。何故なら、空気さえも凍るほど地上が冷え切っているため。窒素や酸素どころか水素さえも凍結し、石や砂で出来た大地の上に降り積もっている。これが雪の正体だった。

 あらゆるものが凍り付く、冷たく暗い世界――――それがこの星の姿である。

 ただしこの日、この場所にはほんの少しの熱が灯されていた。

 そこにはバラバラに砕けた金属の塊が、四方八方、何十キロもの範囲に散っている。金属の大きさは疎らだが、大きなものは十メートルを超えるほど。全て集めて一塊にすれば、百メートルを超える巨大な『船』が出来上がるだろう。

 これらは船の残骸だ。そしてこの船は星の外から、勢いよく墜落した。墜落の衝撃は凄まじく、最早船は原型を留めていない。大気がないため墜落時に摩擦は発生しなかったが、衝突時の運動エネルギーの一部が熱へと変わった結果、破片は数百度にまで加熱。大地に降り積もっていた固体分子を、その熱によって気体へと変えた。これにより破片の周りは雪が溶け、石や砂が露出している。

 尤も、破片も墜落から数分が経った今ではすっかり冷え切り、気体化した物質もすぐに凍結して降下。近隣一帯に降雪という形で戻り、また降り積もっていく。静かで冷たい世界が戻りつつある。

 そこを訪れる『生物』がいた。

 生物は高さ十メートルを超える存在だった。太さ三メートルほどの『幹』が真っ直ぐに伸び、先端部分に幅六メートルにもなる『傘』を乗せている。キノコ型、と表現するのが()()()()()()()()には理解しやすいだろう。根本には長さ十メートルを超える触手が何十本と生えており、これが足のように大地を踏み締めて前進する。体色は宇宙の暗闇よりも黒く、体表面の凹凸さえも判別出来ない。

 大きな傘をぐるりと囲うように、白く輝く目が並んでいる。数は十以上あり、ギョロギョロとあちこちに向けられていた。一見して口は見当たらず、何かを食べる姿を想像するのも難しいだろう。

 奇怪な外見の生物。それが、五十体以上大地を歩いていた。皆が船の残骸の傍まで向かい、やがて一体が立ち止まると、他の個体もぴたりと立ち止まる。


【これが墜落物か】


 そうしていると、一体の生物が()()

 全てが凍り付くこの世界に空気はない。だからその言葉は音ではないもので発せられ、周りにいる仲間達へ問題なく届く。


【ああ、そのようだな。なんらかの文明の乗り物だろう】


【事故か?】


【恐らく。しかし念のため、調査が必要だ】


【同意します。回収と並行して解析を行うべきです】


【異論はない】


 無感情な、けれども多少の『個性』を感じさせる言葉の応酬を交わした後、生物達は船の残骸へと向かう。

 生物達は残骸を触手で掴むと、それを自らの身体に押し付ける。すると残骸は生物の身体の中にズブズブと沈み、やがて完全に飲み込んだ。

 残骸を飲み込んだ個体は、背中からキラキラと輝く粉を吹き出す。粉として吹き出したそれは地面に降り積もり、大地を形作る一部と化す。粉の噴出はやがて止まり、すると生物は次の残骸を身体の中に取り込む。取り込んだ後はまた粉を排出し、そして残骸をまた取り込む。

 生物達はこの動作を繰り返す。何も言わず、何かを得るでもなく、成長する事もなく。彼等の行動により、船の残骸はどんどんその姿を消していった。

 やがて、残骸の中から肉塊が姿を現すようになる。

 それは『人間』の肉だった。

 とはいえ内臓と表皮がひっくり返ったような外観から、一目で人間だと分かる者はいないだろうが。数は復数存在しており、中には多少形が残っているものもあったが……身体が半分潰れていたり、身体が三回ほど捻れていたり、真っ黒に焼き焦げていたり。いずれも生命を保てる状態ではない、極めて痛ましい姿をしていた。

 されど生物達は人間達の亡骸を見ても、感情など一切露わにしない。金属の残骸と同じく、なんの躊躇いもなく身体に押し付け、取り込み……反対側から粉を排出するだけ。これもまたどんどん片付けられていく。


【……おや】


 ただ一人の遺体を除いて。


【どうした】


【何か問題が起きたか】


【問題は起きていません。ですが、この死骸は少し他と違います】


 生物の一体が止まっていると、他の生物達が続々と集まり、尋ねてくる。尋ねられた個体は、自分が拾った人間の死体をおもむろに持ち上げ、生物達に見せた。

 その死体は、赤子だった。だが生物が気にしたのは死体の幼さではない。

 赤子の死体の綺麗さだ。手足の切断や頭部喪失といった肉体的欠損はなく、内臓破裂なども見られない。皮膚は老婆のようにしわしわとなっていたが、何処も破れてはおらず、失血もなさそうだ。

 綺麗さの原因は、赤子の死体の上に覆い被さっていた二つの『肉塊』のお陰だろう。その肉塊がクッションの役割を果たし、赤子の身体を墜落時の衝撃から守ったのだ……尤も、赤子はこの星の寒さ、または真空に耐えられず息絶えたが。体液や血中酸素が凍り付いて、全身が青く染まっていた。皮膚がしわしわなのも、体内水分が凍結している影響だろう。


【そうだな。外傷は見られない】


【だがそれがどうした? 作業に支障はないだろう】


 生物達は死体の綺麗さに同意しつつ、それがなんだとばかりに尋ねる。


【蘇生させ、飼ってみたいのです】


 その問いに対し、生物はそう答えた。

 答えを聞いた生物達は、これといって驚きもなく、否定もしない。


【そうか】


【良いんじゃないか。規定違反でもあるまい】


 生物達はそれだけ伝えると、死骸と残骸を取り込む作業を再開した。

 赤子の死体を抱えた個体は、作業する仲間達から離れていく。ある程度距離を取ると、生物は赤子の死体を白い大地の上に置く。赤子は服を着ていたが、これは破り、船の残骸と同じように身体へと取り込む。

 生物はしばらく裸の赤子を眺めた後、自分の触手の一本を、他の触手でぐるぐると巻いていく。次いで巻き付けた触手に力を込め、ぶちりと自らの力で触手の一本を引き千切った。

 びちびちと蠢く触手を、赤子の胸の上に置く。すると触手はどろりと溶け出し、赤子の身体に染み込む。黒い液体が身体を蝕み、根を張るように黒い紋様が赤子の死体全体に伸びていった。紋様はやがて薄れ、消えていく。

 紋様が消えると、青かった赤子の身体が赤みを帯びていく。凍結によりしわしわになっていた表皮に張りが戻り、眼球や唇にも『水気』が戻ってきた。

 ついには小さな指が動き出す。口が開き、無大気の中で呼吸の真似事を行う。

 死体だった身体は、ものの数分で生きた動きを取り戻した。


【ふむ。蘇生は成功しましたね】


 生物は、声ではない言葉で独りごちた。

 死体を蘇らせる。神が如く所業を、しかしその生物は誇らない。生物の仲間達も遠目に見るだけで気にもしない。彼等にとって、この程度の事は取り立てて驚くような事柄ではないのである。

 それは生まれた赤子にとっても同じ事。自分が死んでいた事も、蘇った事さえも、赤子は理解しない。

 ただ本能のまま空腹と不快感を訴えるべく、声とは違う泣き声を上げて目の前の『大人』に助けを求めるのだった。

 ――――これが赤子にとっての、最初の転機。人間ではない何かに拾われ、何かにされた日だった。

 そして時は流れ、人間が使う暦に換算して十五年後。

 赤子だった少女の人生を大きく変える、二度目の『転機』が訪れた。

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― 新着の感想 ―
不幸な事故で見知らぬ土地に流れ着き、現地の生き物に育てられる子供………まるでターザンか仮面ライダーアマゾンですね。 いや、地球外の宇宙が舞台だから『巨獣特捜ジャスピオン』の方が近いかな? 新作お疲れ…
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