9 貧乳はステータス
「おはよう、叡人」
ナイキのスポーツバッグを斜めに掛けた慎吾が滴る汗を拭きながら席についた。
「おはよう、朝練お疲れ」
「新しい学校にはもう慣れたか?」
「まだ1日だよ、結構緊張してる」
環境が変わって落ち着かない部分もあるけど、慎吾や茜みたいな優しい友達がいればなんとかなりそうだ。
「昨日、部活見て回って、入りたい部活はあったか?」
「気になった部活はあったよ」
「何部?」
「まだ気になっているだけで入ると決めたわけじゃないから、言えない」
写真部に入ろうとは思っているけど、理由を聞かれたら困る。気になる人がいました、なんて言えない。
「なんだそれ、好きな人ができたみたいな言い方だ」
あながち間違ってはいない。
「叡人くん、好きな人ができたの? それってあたし?」
「茜なわけないだろ」
シトラスの香りを漂わせながらとことこ歩いて茜も話に入った。
「なんで慎吾が答えるし。
で、なんの話をしてたの?」
「昨日の部活のこと」
「あーね。気になる部活あったの?」
「うん。放課後に行ってみる」
「ちなみに何部?」
「決まったら言うよ」
「今ゲロっちまえよ。うりうりー」
肘で小突きながら茜が言った。
「ダル絡みはよせ、茜」
「お、嫉妬か?」
挑発するような表情で慎吾に問いかけた。
「バーカ。誰がお前みたいな貧乳女に嫉妬すると思ってんだよ」
「貴様、今なんて言った?」
茜の雰囲気が変わった。両拳を固く握り、地の底から響いてきたような低い声で言った。火山が噴火する直前のように茜の周囲の地面は揺れている。
「聞こえなかったのか、平胸盛。
天下は取れても、胸に詰めたパッドは取れねーよな。はっはっは」
「おい、慎吾。悪いことは言わない、謝れ。今の茜はやばい」
僕は茜に聞こえないように慎吾に耳打ちをして謝罪を促す。
「俺はバレー部のエースだぞ。あんなピンポン玉みたいなサイズを扱うなんてわけないぜ」
「2度も言ったね。親父にも言われたことないのに!」
父親が娘に貧乳なんて言わない。
「それを甘ったれって言うんだ。もっとバイトして豊胸手術代を稼いだらどうだ?」
「遺言はそれでいいよね? 答えは聞いてない」
茜は無言で慎吾に近づき、襟をつかんだ。
バレーで鍛えられた身長180センチの慎吾を茜は軽々と持ち上げた。慎吾の体はきれいな弧を描きながら宙を舞い、床に叩きつけられた。
見事な背負い投げ。
少しの静寂の後、教室は大きな歓声と拍手に包まれた。
茜は握りしめた拳を高く上げていた。
「お前ら、席につけー。朝のホームルームを始めるぞ」
ツッコミ不在かよ。
◆◆◆
「じゃあ、七森、この問題解いてみてくれ」
「はい」
数学の先生に指名され、問題を解きに黒板の前に行く。
前いた学校はタブレットや電子黒板で授業をしていたから黒板にチョークで文字を書くという行為に慣れていないから少し緊張する。
ふむ、悪くない。チョークを黒板にこする感触とカッカッとなる音は新鮮だ。
黒板に文字を書く感覚を楽しんだ後、念のため自分の数式を見直す。
ケアレスミスはないな。正解への道筋もスマートだ。
数学は好きだし得意だ。数学は与えられる限られた情報から1つの正解を導くパズルゲーム。答えは1つなのに解き方は無数にある問題が特に好きだ。最短距離で答えに辿り着いたときは気持ちいい。でも、遠回りしながらもようやく回答に辿り着いたときも達成感がある。
「正解だ。よくできている」
「ありがとうございます」
席に戻ると慎吾が小さな声で話しかけてきた。
「叡人って頭いいんだな。俺、あの問題さっぱりわからなかった」
「あの問題コツがいるというか、気づけなきゃ解けない問題だから気にしなくていいよ」
「あとで教えてくれ」
「おけ」
環境は変わったけどやることは同じだから困っていることはない。授業も前の学校のほうが進むのが早かったから、この学校の授業についていけないということはない。
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