7 過去日記……って普通の日記じゃん
校門を出て、すぐ近くのベンチに見たことがある小学生がいた。
声をかけようと思って近寄るが全く気付く様子がない。
膝にノートを広げていて真剣に読んでいる。気になってそのノートを後ろから覗きこんでみる。日付ごとに文章が書かれている。日記だろうか。
『8月6日
明日からお祭りが―
「うわぁ! 誰⁉」
急に大声を出してノートをバタンと閉じてこちらをクリスが振り向いた。
「七森さんか、驚かさないでくださいよ」
クリスは「ふー」と一息ついた。
「日記でも読んでるのか?」
「み、見ました?」
僕の目を見て唇を震わせながら尋ねた。その様子は見られた羞恥心というよりかは見てしまった僕を案じているように思えた。
なんて答えるのが正解かわからないからとぼける。
「何を?」
「ノート」
間髪入れずに答えた。嘘はつかないほうがいい気がする。
「日記っぽいように見えたが、具体的な内容は全く見れていない」
答えを聞くとクリスは胸をなでおろした。
「そう。これはもうそう☆こうかんにっきだから誰にも見られたくないのです」
「特技妄想、趣味妄想かよ」
ふふっと満足げに微笑んだ。
「自己紹介に加えるつもりです。
ところで今日は初登校だったけど、みんなと仲良くなれそうですか?」
「あ、ああ。みんな優しかったし、楽しくなりそうだ。さっきまで学校内や部活を案内されていたところだった」
クリスの言葉から自己紹介の悪夢を思い出してしまった。
「それで遅かったんですね。待ちくたびれちゃいましたよ」
あんだけ真剣にノートを読んでいたんだからかなりの時間だろう。
「なんの用があったんだ?」
「知らない人に囲まれ、友達もできなかった七森さんを癒すためですよ」
ウインクしながらそう言った。
「余計なお世話だ」
そんなことを言うためにわざわざ長時間待っていたのだろうか。
「強がりじゃないと思っておくことにします。
部活は何か入りますか? 隣人部とかGJ部とか奉仕部がいいと思います!」
「そんなもんねーよ。ここは3次元だぞ。
何に入るのかは考え中」
「入るんだ? 写真部?」
「エスパーかよ」
なんでわかるんだよ。もしかして知っているのか。
「七森さんは才能あるからやるべきだよ」
そのことには触れるな。単純なきっかけだけど、踏み出せそうだったんだから。まだ踏み込むな。
「無責任なこと言うなよ。才能があって、嬉しくて頑張ってもくだらないことで全部駄目になることだってあんだよ」
言葉を発したのが自分だと気づくことに遅れるくらい冷徹な声だった。
「ごめんなさい」
小さな声で謝られた。
落ち着け、謝らなきゃいけないのは僕だ。
「今のは僕が悪い」
「ううん」
クリスは首だけ振ってそれ以上は何も言わない。
お互いに沈黙が続く。このまま別れるのは気まずい。何か話さないと。そう思っても昨日会ったばかりの小学生と共通の話題なんてない。いや、昨日の話題がある。
「そう言えば、昨日行けなかった神社ってどんなところなんだ?」
「え、神社?」
急な話題の転換に目を丸くしている。
「あそこはなんて言う名前の神社なんだ?」
「龍守神社って言うの。龍を守るって書いて龍守」
「名前かっこいいな。名前の通りで龍を祀っているのか?」
「そう。水を司る神龍でここの海を守ってくれているの。他にも大漁とか海上安全、海の生物の繁栄とかを願って龍守神社ができたんだよ」
「歴史ある神社なのか?」
「室町時代からあります。昔からこの辺りは漁業が盛んだったんだけど、室町時代になると国内海運・国際貿易がさらに活発になって、人が増えて漁村が生まれました。龍守神社はそのときに建てられたもの。
この神社には逸話も多くあって台風とか大雨を事前に予測して被害を抑えたとか大漁に魚が獲れる場所を把握してたり、とにかく不思議な力もあってこの神社への信仰は厚かったんですよ」
クリスの語りは饒舌だったし、話慣れているようにも感じた。
「不思議と言えば、もう1つあります。この家の子どもは女の子しか生まれないんです。だから毎回婿養子をもらっています。力のある神社だから誰が跡取りの婿になるかでいつも揉めてたいです。
ただ、そのおかげで古くから続く家にあるような排他的な雰囲気はありませんでした。逆に外部の見解を得る機会に恵まれたから、ここまで存続できている可能性もあって一概に子どもが女の子だけであることがデメリットとは言えません。ま、今では漁業自体が衰退しているから昔ほどの影響力はないんですけどね~」
一気に話すと、静かになった。と思ったら「しまった」という焦りの顔を見せた。
「ごめん、話長かったですよね?」
「勉強になってよかったよ。それにしても詳しいね。龍守神社が好きなの?」
「好きっていうかむしろ嫌いだけど、知らざるを得なかったというか……」
「学校で地元の歴史の勉強をしたとか?」
「それそれ! 無理矢理覚えさせられるとやる気なくすよねー」
指をビシっと突きつけて激しく同調してきたが、なんか嘘くさい。
「これからその神社一緒に行かないか? 詳しいみたいだし、色々教えてよ」
「今日はちょっと無理ですねー」
「明日は?」
「明日は習い事があるからなー」
困った顔をしながらクリスは僕の申し出を断り続けた。
仲良くなれたとは思ったが、あまりしつこくすべきじゃないな。
「わかった。今度1人で行ってみるよ」
「見に行くほどのものはないですけどね 。
あ、さっきも言ったけど、私は明日は会えないから寂しがらないでくださいね!」
「誰が寂しがるか」
「ふふっ。そう言っていられるの今のうちだぜ。
じゃ、私は予定あるから帰りますー」
クリスは走り去っていった。
あいつ、何しに来たんだよ。
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