58 新世界の神
銃口を向けられたその瞬間に僕は駆け出し、銃を持つ右手を掴んだ。
「今だ!」
「おう!」
僕の叫びと同時に隠れていた慎吾と山岸が出てきて清正を取り押さえる。そのすきに握力が緩んだ右手から銃を奪い取る。
銃を出した瞬間に飛び掛かってくるなんて思ってもいなかっただろう。その虚を突けたことで清正から銃を奪えた。
「ぐはっ」
背後から攻撃を受けた清正は反応しきれずに地面に伏せられる。
「こいつ、馬鹿力すぎるだろ」
「オレたち2人がかりで押さえることだけでギリギリなんて」
清正は暴れまわり慎吾と山岸の拘束から逃れようとする。全身のあらゆる筋肉を駆使して起き上がろうと抵抗するが何とか2人で無力化し続けられている。
数分は抵抗して、袴が土で茶色くなったころに清正の動きは止まった。
「お前ら2人、どこでそんなに筋力つけたんだよ。俺はかなり鍛えてるから体格のある男が2人いるぐらいでダウンさせられるはずないんだよ」
清正は自分が力負けした原因を尋ねた。
「ほう~、あんたみたいな屈強な男に認めてもらえるなんて、鼻が高い。あいつらに感謝だな」
「半信半疑で飲み始めたが効果があったのかもな。合法ドーピングコンソメスープ」
山岸の言葉を聞いてピンと来た。写真部として色んな部活を見て回った中で、料理研究部に行ったときにクリスが作っていた。今回はそれの改良版ってことか。合法になったとはいえドーピングコンソメスープのレシピが出回っているのは、経験した身からすると恐怖でしかない。
「すごいのは俺らよりも、真っ先に銃口に突進した叡人だ。
なんで殺されるかもしれないという状況であそこまで思い切った行動ができたんだ?」
「銃で撃ったら発砲音が響いて目立つ。だから大きな音が目立たなくなる花火が始まるまでは撃たないと考えた」
そこで僕はボードゲーム部に頼んで花火の時間が遅らせられるように頼んだ。リア充のイベントを合法的に潰せると部員たちは息まいて張り切っていた。潰すんじゃなくて時間を後ろ倒しにしてほしいだけなんだけどな。
ボードゲーム部はどうやって潜り込んだのか知らないが、打ち上げ場近くで脱衣麻雀やカラオケ機器を用意して熱唱したりと騒ぎを起こしていた。そこに生徒会も現れて鎮圧しているように見せかけて実はさらに状況がややこしくなったようだ。
「なるほどー、叡人頭いいなー。いや、そうだとわかっていたとしても銃口に向かって走る度胸は普通ないわ。頭も度胸もすげーよ」
慎吾が関心して僕のことをほめちぎっている中、冷静な山岸が口を開いた。
「七森、こいつどうすればいいんだ? 銃持ってたから警察呼ぶのか?」
「警察は呼んでも無駄です。そいつとグルですから」
クリスは山岸の提案をバッサリと却下した。
「じゃあどうするんだ? 犯罪者をオレたちだけで扱うのは無理だぞ」
「その通り。お前らガキどもには何もできない。目の前に自分の命を狙っているやつがいてもどうすることもできない。だがそれはお前らが無力だからではない。
俺が神から寵愛されているからだ。神から寵愛されている俺は警察だって味方につけられるし、自分の力で状況を変えようとせず俺のことを崇めて縋ってくる信者から金を巻き上げてなんだってできる!」
追い込まれているにも関わらず、清正は神から与えられた才能への信頼から威勢は全く弱まらない。
「おなたの言う通り私たちだけでは何もできない。でもこの状況を世界中の人が見ていたらどうなると思う?」
クリスがそう言うと木の陰から縦に巻いた豪奢な金髪をなびかせモデル歩きで姿を現した少女がいた。
「おーほっほっほっほ。さっきまで新聞部Ituberとしてお祭りの様子を配信していたのですが、なんと配信を切り忘れていましたわ。あら、同接数がこんなに。Vtuberなんだが配信切れ忘れてたら伝説になっていましたわ」
高飛車に笑いながら世界中に今の状況が配信されている事実を西園寺さんが述べた。
「いくらお父さんでも世界中に配信されている状況をもみ消すことなんてできないでしょう?」
銃を奪われ、体の自由を奪われ、これまでの行いを白日の下にさらされた清正の動きは完全に止まっていた。
「黙っていると言うのはお父さんが負けを認めたと判断していいの?」
黙った清正にクリスは再度問いかけた。
「ああ、俺の負けだ。これが配信されているということは、もう再起は不能だ。諦めるしかない」
「随分とあっさり諦めるんだな」
これまで自分の理想の世界を作るために大掛かりな計画を実行していたのに幕引きがあっさりしすぎている。
「これも神の与えた試練だ。またどこかでやり直す」
『その必要はない。お前は用済みだ』
突如、清正の体から人の生存本能に危険だという信号を送らせるような声が響いた。
この場の全員が硬直している中で清正だけが歓喜に打ち震えている。
「もしかして俺にあらゆる才能を贈ってくださった神なのでしょうか。あなたを信奉している龍守清正です!」
『お前みたいな愚物に才能を与えたのは間違いだった。寝てろ』
声が命令した瞬間、清正の目は閉じられた。
『どけ』
言うと同時に清正は押さえていた慎吾と山岸をものともせず起き上がった。
「痛って」
「ちっ」
急に力を増した清正に対応できず2人は地面に打ちつけられる。
「あら? いつのまにかわたくしのスマホがつかなくなりましたわ。どうしてかしら」
『記録されていて面倒だからその機械の未来、つまり寿命を奪った』
「なっ―」
「お、お前は誰だ?」
絶句する西園寺さんを横目に清正の姿をした得体の知れない何かに唇を震わせながら僕は聞いた。
『我はこの神社が祀っている神だ』
「ここに住んでいて神様は初めて見たけど何しに来たの?」
クリスは恐怖を全く感じさせない物言いで尋ねた。
『お前もここの血筋の人間だな。肝が据わっている。目的はここにいるお前らを消すことだ』
「随分勝手な神様ね。私たちが何をしたっていうの? むしろ悪だくみしているお父さんを止めたんだけど」
『失敗はしているが清正の行動は間違っていない。
我のような神は信仰心で生きている。龍守家の人間に特別な能力を与えたのは不思議な力で信仰心を煽るためだ。
だが最近は神を信じる信仰心が減少しており、神としての力を残せなくなっている。そこで清正に様々な才能を与えて我のために動くよう洗脳したがお前らに邪魔されたわけだ。加えて能力を知る人間は少ない方が神秘性が増し、信仰心を煽れるのにお前らは堂々とさらした』
「要するに、自分が死にそうだからその前に私たちを殺そうってわけ? 神がやることとは思えない」
『我の邪魔をした罰を与えるのだ』
清正の体から白い霧のようなものが無数に伸び僕たちの首に巻きつき絞め上げ始めた。
「かはっ」
首を絞める白い霧に触れることはでき、引きはがそうとするがびくともしない。白い霧に全力で拳をぶつけても、爪を立てても絞めつけが緩むことはなく、むしろ徐々に強まり、甚振っている。誰もがなすすべなく意識が遠のき始めた。
クリスが何度もループして作り出した活路が神という突然現れた謎の存在に閉ざされようとしている。
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