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57 彼女の死亡フラグを折れたなら

 お祭り2日目が始まった。


 未来が変わらないのであれば僕は死ぬ。お祭りに対する既視感はあるのにこれから死ぬという実感はない。クリスの冗談なんじゃないかと思ってしまう。いや、クリスの本名は龍守いさなで中身はいさなの母親の龍守豊姫で豊姫さんは乗り移りの能力があってうんぬんかんぬん……のほうも冗談としか思えないけど。


「七森さーん!」


 クリスが大きく手を振って呼びかけた。


「お待たせ」


「今日も楽しもうね~。花火大会の時は2人は予定があるんだよね~?」


「そうなんですよ、ごめんなさい。どうしてもやらなきゃいけないことがあって」


 クリスは申し訳なさそうに葉月先輩に謝った後、僕にだけ聞こえる声で言った。


「七森さん、話したんですか?」


「なるべくこれまで通りを続けるには来てもらう必要があるだろ」


「そうですね。どこかを改変して思いがけない展開になるのは困るので」


 クリスが言いたいことは何となくわかる。自分の好きな人を危険な目に遭わせてしまうことに懸念をしているのだろう。


 僕が殺されるのが確定した未来というなら葉月先輩は大丈夫だろうし、危険を防ぐ方法は考えてあるから大丈夫だ。


「最初はどこ行きますか?」


「たこ焼き食べたい~」


「じゃあ、たこ焼きに行きましょう!」


◆◆◆


 花火大会の時間が近づき、人の流れが徐々に変わっていく。


 花火を打ち上げる場所で僕たちの知っている人が少し騒ぎを起こしているようだが僕は知らない振りをした。


「あっれ~、おかしいな~、クリスの懐中止まっちゃってるよ~。さっきねじ巻いたばっかりなのに~」


「死亡フラグ立てるな」


 これから自分が死ぬ未来を変えに行くのに縁起が悪すぎる。


「それを回避するのが主人公の七森さんじゃないですか。そろそろ時間なので行きます」


「わかった」


 3人でしばらくお祭りを楽しんでいるとクリスから未来を変える合図が届いた。


「私はどうすればいいのかな~?」


「葉月先輩も来てください。ただし、僕たちからは離れてもらって万が一のことがあった時の連絡係になってもらいます」


「う、うん」


「七森さん、準備は大丈夫なんですか?」


「ああ、何とかなりそうだよ」


「よかったです。急なお願いを聞いてくれるなんていい人たちですね」


「全員が善人ってわけではないと思うけどな」


「それでも手伝ってくれるのはありがたいじゃないですか」


 僕とクリスの移動中の会話に葉月先輩はきょとんとしている。


「何の話をしているの~?」


「今から未来を変えるんですよ。

 彩音さんはこの辺に隠れていてください」


 クリスは木や草が生い茂って身を隠しやすい場所を示した。


「わかった。ここで何かあれば連絡すればいいんだよね?」


「そうです。危険だと思ったらすぐにこの場から離れてください」


 葉月先輩は短く頷いてその場にとどまった。


 僕はレインで最終確認を終わらせて清正が来るのを待った。


◆◆◆


「おや、いさなとその友達の叡人君じゃないか。こんなところで何をしているんだ? ここは危険だから入ったらだめじゃないか」


 清正が姿を現した。クリスの言う通りのタイミングと経路だった。


 長身で筋肉質な体、整った爽やかな顔立ち、優しくを惹きつける笑顔と声。これから銃で人を殺す様子を全く感じさせない自然体だった。


「ごめんなさい。でもちょっと話をしたくて」


 クリスは臆せず真っ直ぐ見つめて言った。


「あ、もしかして告白する途中だった? ごめんね、邪魔しちゃって。それでこんな人気(ひとけ)がないところにいたのか」


「違う。話したいのはお父さんと」


「へー。どうして俺がここに来るってわかった? もしかして視えた?」


 『視えた』っていうのは『未来が』ってことだろう。


「隠さなくても大丈夫ですよ。龍守家に未来予知に関する能力を持って生まれる人がいることは知っています」


 今まで余裕の笑みを浮かべていた清正だったが僕の言葉で一瞬表情が強張った。だが、すぐにいつもの笑顔に入れ替わる。


「どうして部外者である君が知っているのかな?

 いさなから聞いたのかい?」


「はい。あなたのやろうとしていることも」


「ふーん。いさな、家の能力のことは部外者に話してはいけないと言ったはずだ。どうして言ったんだ?」


 明るい表情を下げて冷たい声音で清正はクリスに問いかけた。


 やっぱりいさなに能力のことがあるとわかっていても、豊姫さん、つまりクリスに能力があることは知らないし、クリスの正体にも気づいていない。


「お父さんのろくでもない野望を打ち砕くには私一人じゃできないからお願いしたの」


「ろくでもないだって?」


 清正の表情が明確に暗くなった。大気を凍らせるくらいの冷たい怒りがクリスに向けられる。


 だがクリスはそんな怒りを平然と受け止める。


「聞こえなかった?

 お父さんの自己満足のオナニー世界なんてくだらないって言ったの」


 その言葉を聞いた清正は静かに肩を震わせて笑い出した。


「ふふふふふ、ふはははははははは!」


 壊れたように髪をかきむしりながら数秒間不気味に笑い続けた。


「ここまで俺が侮辱されたのは人生で初めてだ。しかもその相手が娘なんて。娘の反抗期がここまでとは、世の父親は大変だな。

 反抗期だろうと娘であることに変わりはない。間違ったことは正してやらなければならない」


「何を教えてくれるの?」


「龍守家の誤りと俺の正しさを教えてやろう」


 何度もループしているクリスからすれば興味のない話だろうが聞かせたほうがいいだろう。


「聞かせて」


 その言葉がスイッチになったのか清正の話し方が変わった。これまでは話している相手に好印象を与える話し方から不特定多数の多くの人間の考えを変えようとするような演説に変わった。


「俺がやりたいことは、俺が代表を務めている会社の社名通りノブレスオブリージュだ。叡人君も聞いたことがあるだろ?」


「はい。最近隣の富宇賀町が発展していてそれに協力している会社ですよね」


「その通り。引っ越してきてばかりなのによく知っているね」


 大仰に頷き僕を肯定した。


 僕が引っ越してきたことなんてこの人に言ったことはないけど。


「ノブレスオブリージュっていうのは簡単に言えば身分や能力が優れている人はそれに応じて義務が生じるというものだ。

 優れた力はそれに相応しい使い方をしなければならない」


「カルト宗教まがいなことをしてお金を集めることが優れた力の使い方として正しいの?」


 クリスの指摘が入る。


「痛いところを突くね。そう見えてしまうこともあるが、お金は騙し取っているわけではない。みんな僕の考えに同意してくれている。震災があったときの募金に近い」


「同意、ね。

 洗脳の勘違いじゃない? 変な映像や音楽で不安を煽って自分の味方になるようにしたんでしょう?」


「曲解はよしてくれ。俺の仲間を侮辱しているも同然だ」


「仲間じゃなくて奴隷でしょ」


 清正は大きくため息をついた。


「いさなと話しても前に進まない。僕の話を最後まで聞いてから意見を言ってくれ」


 清正は特に承諾を得ようとせずに話を続けた。


「とにかく、俺のやりたいことは優れた能力を世の中のために活かしていきたいってことだ。

 龍守家が間違っているという話に移ろうか」


 空気を入れ替えるように清正は咳払いをして、声の調子を整えた。


「龍守家が間違っているというのは言うまでもなく能力の使い方だ。未来を予知したり、変えることができるのにそれを漁業のためにしか使わないなんてどう考えても愚かだ。

 もっと世の中のために使う方法なんていくらでもあるのにどうしてそうしないと思う?」


 清正は僕に語り掛けた。


「わかりません」


 清正が言っていることは正しい。そんな力があるなら他に色々使い道はある。


「漁業のため以外に使うと天罰が下るらしいぞ。

 こんなくだらない理由で世の中のために使わないっておかしいだろ。

 未来を知ることができれば犯罪、事故、災害あらゆる不幸を未然に防げるのに。

 俺ならこの力を使って世界を救うことができる。みんなが幸せにれる世界を作れる」


 演説が終わったのか、清正は静かに目を閉じている。


「何か言いたいことはあるかな? 叡人君」  


「そんなことができるわけないだろ、バーカ。

 あなたが何でもできる完璧超人だかなんだか知らないが世界を思いのままに動かすなんてでくきるわけない。神にでもなったつもりか?」


「僕は人間だから神にはなれないよ。ただ、神の寵愛は誰よりも受けていると思うよ」


 清正のことを否定したつもりで言ったがまったく意に介していない。むしろ僕の否定の言葉を喜んで受け止めている。


「神の寵愛?」


「そうだ。才能は天からの贈り物と言われる。そして俺はあらゆる分野で才能がある。勉強やスポーツ、コミュニケーション、芸術、経営、何でもできる。もちろん、つまずくこともあるが、それは俺に課せられた神の試練であり、全て乗り越えてきた」


 自分のことを話す清正の言葉には自信が溢れている。


 自分の今までの行いが正義であり、成功しているからこそ世界を自分の理想に変えることに躊躇いや不安がないのだろう。


「じゃあ、今回が人生初めてで最大の失敗になる」


「は? 計画はいさなだけを攫って俺に協力するように頼むもので、お前が現れたくらいで計画は崩れたりしない。なぜなら―」


清正の言葉を遮って僕が答えた。


「僕を殺すからでしょ?」


 余裕綽々だった清正の顔がわずかに歪む。


「それもいさなが視たんだな。その通りだよ。だが変えることはできない」


「かもしれないけど、僕を今殺すこともできない」


 清正の視線が矢のように鋭くなり、射抜いた。いつもの偽りの柔らかい笑顔に見慣れているから、足がすくむ。


 ここでひるむな、追い詰めているのは僕たちだ。少しずつでいいから清正の余裕を剝いでいく。


「殺せないなんて誰が決めた?」


 清正は懐から銃を取り出し、銃口をこちらに向けた。


読んでいただきありがとうございます!


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