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55 順応性を高めなさい。あるがままを受け止めるの。

 待ち合わせ時間よりも15分早くついた。すでにお祭りは賑わっていて楽しそうな声や食べ物の匂いで溢れている。


 葉月先輩の浴衣姿を想像するだけでドキドキして早く来ないかと周囲を何度も見まわしてしまう。


 葉月先輩からレインが来た。


『準備できたから鳥居で待ってるね~』


 そうだ、2人は神社で着付けしてもらっているんだった。それなら先に来ていて当然だ。先輩の浴衣姿に胸を弾ませながら僕は入り口の長い階段を軽い足取りで駆け上がった。


「叡人君~」


 階段を上り終わって膝に手をついて切れていた息を整える。自分の名前が呼ばれた。


 顔を声がするほうへ顔を向けて視界に入ったのは精霊か女神かはたまた天使か。


 普段と違いすぎて一瞬誰だかわ分らなかった。


 葉月先輩は薄い桜色の生地にオレンジや黄色、赤など暖色系の花柄が淡く描かれた浴衣を着ている。幼く見える浴衣かもしれないが紫紺の帯が大人っぽさを演出している。


 いつもは着けている眼鏡を今日は外しているから、すぐに葉月先輩と気づけなかった。だが、この胸の高鳴りに覚えがある。葉月先輩の浴衣姿も眼鏡がない姿も初めて見たはずなのになぜか()()()のようなものを感じる。


「黙って見ていられると恥ずかしい……」


 先輩がうつむくと白い睡蓮の簪が存在感を露わにする。


 巾着袋のひもを何度も持ち替えながらもじもじ体を揺らしている。提灯の照らす明かりも相まって顔が朱に染まる。


「す、すごく似合っていると思います……」


 言葉が出ない。周りは喧騒に包まれているはずなのに今は自分の心臓の音しか聞こえない。さっき整えたはずの息はまた乱れている。


 何か言わなければ。自分の違和感を頭を振って消し去る。


 顔を上げると先輩と視線が交錯する。そして弾かれたように僕の視線はあさっての方向に向く。


「2人とも私のことを忘れていませんか?」


 クールなアルトの声が僕の意識を現実に引き戻した。いつも通りの声だが少し鼻声だし目が涙ぐんでいる。


「クリス、久しぶり。どうしたんだ、泣いているのか?」


「な、泣いてなんかいません!

 ていうか、七森さんも泣いてませんか?」


 頬を手で触ると水滴がついているのがわかった。


「あれ? なんでだろう。なんかクリスのことを見たら安心したっていうか落ち着いたというか……」


 なんでこんなにクリスのことを見てほっとしているのだろうか。


 先輩の浴衣姿やこのお祭り自体に既視感を感じるのにクリスに抱いた感情は全く覚えがない。


 クリスの顔色が明らかに変わり、突然近づいてきた。


「こっちに来てください。

 彩音さん、少し七森さんを借ります」


「う、うん」


 葉月先輩は困ったような顔でうなずき、


 僕はクリスに強引に手を引かれるがまま2人きりになった。


「七森さん、何か少しでも変だと感じたことってありますか?」


 クリスがいつになく真剣な表情で問いかけた。途方もない状況の中で活路を見出したかのようだった。


 僕はその真剣さの真意がわからない。


「クリスの今の様子かな。今から楽しいお祭りなのにどうしてそんな切羽詰まった顔をしているんだ?」


「そういうことじゃなくて!」


 声を荒げてクリスは否定した。いつも明るく元気で、今日みたいな日ならなおさらそうなるはずだが、何かへの恐怖や焦りみたいなものを抱えているように見える。


「クリス、何か悩み事でもあるのか? 僕がその質問に答えられたら解決するのか?」


「わかりません。どうすればいいのかわからないんです」


 クリスは弱弱しくそう答えた。 


 衰弱しているクリスになんて声をかけていいのかわからないから、素直に質問に答える。


「既視感みたいなものは感じる。先輩の浴衣姿は今日見たのが初めてのはずなのになぜか見覚えがある。

 お祭りも小さいころに来て以来なのに最近も来た気がする」


 クリスは目を見開いた。


「あと、クリスを見た瞬間すごくほっとした。もう会えないかもしれないって気持ちがなぜか知らないけどあった」


 自分でも何を言っているのかわからないけど、感じたことをそのまま伝えた。


 クリスはしばらく瞑目して信じがたいことを口にした。


「七森さんの感覚は正しいです。実は私は何度もお祭りを七森さんと彩音さんとやり直しています」


 告げられた事実に驚きつつも、既視感の正体がわかり腑に落ちてもいる。すんなりと事実を飲み込む自分はやはりオタクだと思う。不謹慎かもしれないがシュタインズ・ゲートやハルヒの世界に潜り込んだみたいでわくわくしてしまっている。


「タイムリープものってことか。こういう場合って誰かが死ぬのが定番だろ? 僕の感じた感情からして死ぬのはクリスか?」


「私も七森さんと同じ側の人間だから人のことは言えないですけど、適応力すごいですね」


「人は環境に適応して生きていきるものだからね」


「毒されてますね。

 質問の答えですけど、両方とも死んだことがあります」


 僕の感覚からして死ぬのはクリスだと思っていたが、僕も死ぬのか。


「基本的には毎回七森さんが死んでいましたが、前回のループでは先に私が死にました。その後七森さんがどうなったのかはわかりません」


「僕は死んだのか」


 クリスを見た時に感じた安心感は喪失感から来たものであったのか。まさか自分も死んでいるとは思わなかったけど。


「ええ、その未来を変えるために私は何度もやり直しました。前回で七森さんが死ぬ未来を変えることはできました。

 その影響かどうかはわかりませんが今回は七森さんがいつもと少し違う様子だったので私も動揺しました」


 クリスの様子が変だったのもこれが原因だったのか。同じお祭りが繰り返されているという事実は理解したがそれ以外のことがまったくわからない。


「ループしていることはとりあえずわかった。だが、なぜループしているんだ? 引き起こしているのはクリスってことでいいのか?」


「そこに関して龍守家の事情とループの中で起きた出来事について全て説明します」


 僕はクリスから龍守家に生まれた人間には能力がある場合があること。


 龍守清正が龍守家の能力を悪用して自分の考える理想の世界を作ろうとしていること。


 クリスの能力が未来の人間に乗り移ること。


 クリスの正体は龍守豊姫であり、能力によって娘のいさなの体に乗り移っていること。龍守豊姫が龍守清正の妻であり、龍守いさなの母であること。


 豊姫は2014年から現在に来ていること。


 龍守清正が銃で僕やクリスを殺したこと。


 何をしても殺される結果は変わらなかったこと。




 一通りの説明を受けて何か矛盾に感じることはない。クリス、いや豊姫さんがお祭りを繰り返していると言われて納得できないわけではないが、簡単に信じれるかと言われたら違う。


「ありきたりな質問ですけど、豊姫さんが能力で同じ未来を繰り返しているという証拠はあるんですか?」


「今まで通りタメ口で呼び方もクリスでいいですよ。私もそれに慣れているので。

 証拠についてはおばあちゃん、私からしたらお母さんなんだけど、龍守沢女(さわめ)がもっているかもしれません」


 呼称についてはややこしくなるな。中身は母親の豊姫さんだけど外見は小学生のいさな。まさに見た目は子ども、頭脳は大人であり、綾辻クリスという偽名は意外とピッタリだったかもしれない。


「なんでおばあちゃんが持っているんだ?」


「本来なら未来で作ったものは元の時代に戻ればなかったことになって消えますから未来のものを持ち込めません。でもおばあちゃんの能力は触れた能力を無効化します。私もおばあちゃんに触れられたら乗り移りは解除されます。その影響で未来で作り出したものが、もしかしたら今も残っているかもしれません」


 複雑だが、要はiPhone20を未来で買ってきても、元の時代には持ち帰ることはできない。でもそれが能力を無効化するおばあちゃんであれば可能かもしれないってことか。


「私は前回のループで七森さんにインスタントカメラで撮った写真をおばあちゃんに渡すようにお願いしました。写真の日付は明日になっているのでそれが証拠です」


「つまり僕がちゃんと渡せているかどうかが重要なのか」


「私の推測が正しければですけどね。写真がなくても私の推測が間違っていた可能性もあるので七森さんが渡せなかったとは限りません。

 とりあえず、おばあちゃんに確認しに行きますか?」


「いや、クリスのことを疑っているわけでもないし。

 もし見覚えのないインスタントカメラの写真を持っていればおばあちゃんからクリスに声をかけてくると思う。そのことよりも明日の解決策を考えよう」


「そうです……あっ」


 クリスが同意しようとしたところで何かを思い出したような声を出した。


「七森さん、彩音さんのこと放置すぎてません?」


「あ、やば。作戦会議はまたあとにしよう」


「ええ。早く戻りましょう」


読んでいただきありがとうございます!


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『俺が高評価してやんよ!』

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