50 エンドレスエイトⅣ
待ち合わせ時間よりも15分早くついた。すでにお祭りは賑わっていて楽しそうな声や食べ物の匂いで溢れている。
葉月先輩の浴衣姿を想像するだけでドキドキして早く来ないかと周囲を何度も見まわしてしまう。
葉月先輩からレインが来た。
『ごめん~、今日熱出ちゃってお祭り行けなくなっちゃった~。明日も無理そうかも~。
クリスちゃんも家の予定が急遽入っちゃって行けなくなったって~。
ほんとにごめん~。今度埋め合わせする!』
『わかりました! ゆっくり休んで体調治してください!』
2人とも来れないのか。残念だけど折角来たから少し屋台を回ろう。
◆◆◆
射的、焼きそば、チョコバナナ、たこ焼き、ボックスくじ……。いくつかの屋台に行ったけど既視感みたいなものを感じる。どこのお祭りも屋台なんてそこまで違いがあるわけじゃないから、今まで行ったお祭りと似てる部分があるのは当然だ。
それを抜きにしても違和感がある。1人で来ているはずなのに葉月先輩とクリスがいたらどんな光景になるのかリアルに想像できる。
消化できない違和感を感じていると僕は何者かに口元に布を当てられそのまま眠ってしまった。
◆◆◆
「俺の計画を邪魔するな」
お祭りの2日目、七森さんとのお祭りの約束はなしにしたはずだが清正には独房のような密閉され、じめじめした不快な場所に連れ込まれていた。
行動を変えすぎたせい? 今までとはかなり違う。でも同じようになぞっていても効果はあまりなかった。何度も七森さんの死を見てきた。私はもう言葉を考える気力などなく、壊れたラジカセのように同じ音声を発していた。
「それがいきなり話すことなの? 親子なんだから強引に人がいないところに連れ込むんじゃなくて普通に声かけてよ」
「普通に声をかけてもおとなしく話に応じてくれるとは思っていなくてね。いさなは僕に対する警戒心が高いから」
今、清正は私のことをいさなだと思っている。自分の話し相手が小学生だと思ってくれていたほうが油断しやすく話を聞き出すことがしやすい。いさなの日記だけでは情報が足りない。
ただ、悲しくもある。自分の娘の中身の人格が入れ替わっているのに清正は全く気付いていない。しかも入れ替わっているのはいさなの母親であり、清正の妻でもある私、龍守豊姫であるのに。もちろん、清正に自分の能力については伝えていない。それでも毎日接していれば何か違和感を感じるはずだ。何も気づかないということはつまり、妻にも子どもにも興味がないということだ。
「計画ってなんなの?」
自分の中から込み上げてくる何かに拳を握りしめて耐えながら質問をする。こんなところで泣いている場合じゃない。自分が人生で1番愛した人間が自分にも子どもにも愛が一切なかった事実に挫けている場合じゃない。
「とぼけるなよ。いさなの能力で未来予知したんだろ? 俺が自分の宗教を作っている未来を見たんだろ?」
いさなが未来予知で見た光景は清正が作った宗教の集まりということか。
「そんな計画は初めて知った。なんで私を巻き込むの?」
「宗教には心が脆い人間が集まってきやすい。現実が辛くて救いを求めているやつらさ。そいつらにいさなが持つ未来予知なんて超常的な力を見せつければ1発で信者にできる」
「なるほど、カルト宗教の教祖にでもなってちやほやされたいの?」
そう言うと、清正は大きく笑いながら否定した。
「違う違う。宗教なんて道具だよ。宗教を使って人員とお金を稼ぐ。信者から金を巻き上げるのは簡単だし、天国に行くためだよとか天罰が下るぞとか言えば無償で手足となって動いてくれるからコスパがいいんだよ」
とんでもない最低野郎だ。自分がこんな奴と結婚していたのかと思うと寒気が止まらない。
崩れ落ちそうになる膝を気持ちで落ち着けて次の質問をする。
「宗教が道具ってことは他に目的があるんでしょ?」
「みんなが幸せになれる世界を作ることだ」
堂々とした態度であり、曇り1つない眼で言い放った。
絶対に嘘をついていないと確信できる。
それに清正なら可能かもしれないとすら思える。
人の目を引く容姿、人に耳を傾けさせる声、人を惹きつける表情や仕草が備わっている。天性のカリスマ性を持つ清正なら宗教を作って自分に従う人間を組織化することだってできるだろう。
「みんなが幸せって言ってるけど、騙されてお金や時間を奪われている信者の人たちは幸せって言えるの?」
さっきまで自信にあふれた様子だった清正の表情が一瞬だけ陰る。
「あちゃー、痛いところを突かれちゃったね。
でもそんな小さな犠牲なんて考えてもしょうがない。考えてごらん。
今この国は平和な世の中と言えるよね? もちろん、犯罪がなくなったわけではないけどそれでも平和と言えるはずだ。その平和を作るために多くの人が血を流し、命を落とした。でも現代に生きる俺たちは教科書でその事実を認識するだけで、普段は考えもしない。
それと一緒。実際にそうなればそれまでの犠牲なんてみんな考えなくなるから気にしなくていいんだよ」
「っ―」
何かを言おうと口を開きかけたが言葉が出ない。即座に反論ができなくて歯嚙みする。
清正の言っていることは間違っていないけど間違っている。否定したいけど否定できない。
口論になったら清正に勝てるわけない。こいつはむかつくくらい頭もいい。とりあえず話を変えてより多くの情報を引き出す。
「みんなが幸せな世界って言っているけど具体的にはどんな世界を作るの?」
清正の口角が上がり、これまでよりも明るい声が出る。
「ノブレスオブリージュ」
「ノブレスオブリージュ? それって身分の高い人とか優れた人はそれに相応しい義務を果たさなければならないってやつ?」
「そう、博識だね。さすがは俺の娘だ」
本当にそう思っていることはないだろう。清正は龍守の能力を利用するために近づいた。私と結婚したのも子どもを作ってその子供に能力が現れるのを期待してのことだ。
バカな私が騙されたばっかりにいさなの身に危険が生じている。私がなんとかしなければならない。
「で、ノブレスオブリージュと宗教って何の関係があるの?」
「俺は才能に溢れていてそれを活かして、会社を設立してお金ももうけている。これは俺の才能で成し遂げられたものだが、才能は誰が与えてくれた?
神様だよ。才能は神様からの贈り物だよ」
高らかに言った清正に私は辟易している。神社で生まれ育った私が言うのは違う気がするけど、才能が神様からの贈り物だなんて本気で思っている人間を初めて見たし、滑稽だ。神様なんて不確定なものにそこまで恩義を感じれる清正は頭がおかしい。
「才能を最大限に活かすにはやっぱり金が必要。俺1人で稼ぐより多くの人間から集めたほうが効率的。集めたお金は町の発展や人々のために使う。どうせみんなお金なんてロクなことに使わない。そのお金をほんの少しもらって俺の才能で世界に貢献している。まさにノブレスオブリージュだ」
自分の言いたいことを言いきった清正は晴れやかな表情をしていた。
目線で私に自分の考えに同意するように訴えてくる。同意する気なんてさらさらない。
「そういうことがしたいなら政治家にでもなればいいんじゃない?」
「もっともな意見だがああいうしがらみだらけの世界は面倒くさい。内部の人間として動くより外部の人間として利用するほうが扱いやすい」
これ以上話すのは時間がもったいない。いさな、俺に協力してくれるよな?」
「人から騙し取ったお金で世の中に良くしているようだけどそれはただのエゴよ。善意の押し付けでしかない。
私は協力しない」
「残念だな。いさなが協力してくれればもっとうまく世界を良くできるのに。
でも、これでも断るかな?」
清正は懐から銃を取り出した
「もはや脅しね。娘に銃口を向ける父親がこの世界にいるなんて思わなかった」
「さあ、どうする?」
「私は触れたもののベクトルの方向を変える能力を持ってる。撃っても返り討ちになるからやめたほうがいい」
「そうか。でも、撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだって学んだから、その覚悟はできているつもりだよ。
時間稼ぎのつもりか知らないが早く決めてくれ」
清正に協力なんてしたくないが、ここで断って撃たれた場合、私もいさなもどうなるかわからない。一旦協力する素振りをして安全を確保しよう。
「いいよ、協力す―」
「嘘だね」
清正は間髪入れずに反論した。
「だから逆らえないようにする」
そう言うと部屋の唯一の出入り口である階段を上がった。
もう何が起こるかわかる。
襟をつかみ上げられ苦しそうに咳込みながら連れてこられたのは七森さんだった。
パンッ。銃の発砲音が響いた。清正は七森さんを投げ捨てた。
全身に鳥肌が立った。血が流れているのが見えた。
七森さんが右足を撃ち抜かれていた。
「きゃああああああああああああああああ!」
赤黒い血がとめどなく流れているのを見て肺の酸素を使い切る悲鳴を上げた。
一瞬で息がつまり、過呼吸になりながら七森さんに声をかける。
「だ、だ、だ、だい、じょ、うぶ、ですか。ど、うして、ここ、に」
七森さんは痛みをこらえながら笑みをつくった。絞り出したような声で話し始める。何度もした問いかけだ。言葉がもう出てこない。
「よくわからない。い、1日目の、お祭りで、急に気を失って……」
すぐに家に帰ったわけじゃなかったんだ。
「すぐに救急車呼びますからじっとしててください」
「状況はわかったか? 撃ったのは足だから死にはしないよ」
「協力する! 何でもする! だからもうやめて!」
私は地面に額をこすりつけてお願いした。状況がこれ以上酷くならないように早くこの場を納めなければいけない。
清正が歩いて頭を下げる私の近くまできた。足を上げて私の頭の上に置いた。
「最初からそうしていればよかったんだよ。さっきは適当に協力する振りでもしようとか考えてたでしょ?」
何も言えなない。悲しみと屈辱に耐えるので精いっぱいだ。
「2度と下手な嘘なんてつけないようにもう1発そいつに撃ってやる」
「やめ―」
頭を上げようとし押さえつけるように清正の足に力が入った。
「すまない。急に動いたからつい踏みつけてしまった。まあ、友達が苦しむ様子くらいみせてやるよ」
清正は左手で私の首を掴み、起き上がらせもう1度地面に叩きつけて顔だけ上げさせた。
「そこで見てろ。ギリギリ死なない程度に1発撃ってやる」
「やめてーーーーー!!」
私の制止の叫びを無視して発砲音が2回響いた。
「間違えて2発撃っちゃった。もう死んだな」
「いやあああああああああ!」
「これ以上、犠牲を出したくなければ協力しろ。警察に通報しても根回しはできているから意味はない」
「……」
「涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった汚いブス顔を直してから神社に戻れよ」
清正はそれだけ言ってこの場を離れた。
「七森さん! 七森さん! 七森さん!」
何度も呼びかけるが返事は返ってこない。おびただしい量の血だけが周囲にたまっている。
そして私の意識は飛んだ。
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